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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
夏休み編
144/474

混乱

「悠馬くん…」


 時刻は2時過ぎ。


 虫の鳴き声も静かになり、物音ひとつ聞こえない時間帯に、一人の女子生徒の不安そうな声が響く。


 ここは美哉坂邸の中。夕夏の部屋である。


 瞳から溢れでる涙は、頬を伝ってベッドへと落ちていく。


「お父さんも…」


 夕夏は今、不安と恐怖で頭が混乱していた。


 実家に帰省して、突然の父親の逮捕。そして一緒に実家へと訪れたはずの悠馬が、突然姿を消した。


「寂しいよ…怖いよ…天照…」


 夕夏は父親のことを嫌い、とよく表現するが、その表現の仕方は間違っている。


 夕夏は父親の強引な部分、つまりお見合いを強行したり、仕事で家を開けっ放しにするところが気にくわないだけであって、それ以外のところは別に、普通、もしくは好きなのだ。


 そんなお父さんが捕まってしまった。


 いつも嫌い嫌い言って、好きだという言葉を告げたこともないのに、どこか遠くへ消えてしまう。


 そんな恐怖を抱えている夕夏は、枕に顔を埋めると、呻き声をあげる。


「ぅぅ…嫌だよ…」


 悠馬くん?どこにいるの?


 泣き疲れたのか、それとも元々、夕夏の消灯時刻は23時だったからか。


 電池切れのように、ゆっくりと眠りについた夕夏は、すぐに呻き声ではなく規則正しい寝息をたて始めた。



 ***



 真っ白な空間。


 壁すら見えないその空間に1人立ち尽くす夕夏は、ここが自分の作り出した空間だと知っているため何も焦ることなく辺りを見回す。


「天照?」


 ここへ来る時は、決まって先に待機しているはずの契約神、天照大神。


 その姿が見えないことを疑問に思ったのか、恐る恐る声をかけた夕夏は、返事が返って来るのを待つ。


「す、すみません!夕夏!今お客さんが来ているんです…!すぐに連れて行くので、待っていてください!」


「お客さん?」


 ここは夕夏のイメージした空間であって、その領域には契約している天照と、そして本人である夕夏しか踏み込めないはず。


 悠馬だって踏み込めないし、他の神だって踏み込めない領域なのだ。


 もし仮にこの領域に踏み込める存在がいるとするなら、それは夕夏と契約を行なっているということになる。


 天照の発した言葉の意味が理解できなかった夕夏は、お客さんという単語に首を傾げ、その場に待機する。


「椅子とテーブル」


 夕夏がそう告げると同時に、何もなかったはずの空間には椅子と机が現れる。


 この世界は夕夏のイメージで、何色にでも、どんな景色にでも変わってしまう。


 言うなれば、ここは夕夏が王である世界なのだ。


 3つの椅子と、そしてその真ん中にある大きなテーブルを用意した夕夏は、1つの椅子を静かに動かし、席に着く。


 待つこと5分。


「お、お待たせしました…」


 とたとたと何もない空間を忙しく歩く天照が、申し訳なさそうな声を上げながら現れる。


 その姿はいつもと変わらず、黒髪に着物姿だった。


 ひとつ違うところがあるとするなら、それは天照の後ろに、もう1人何者かが控えているということだ。


 この空間では、人間である夕夏と同じく、天照も人型で存在している。


 そのため、天照の後ろに控えている人物が、人間なのか神なのかは定かではない。


 薄ピンクのような髪色に、桜色の瞳。


 身長は夕夏ほどで、スタイルもかなりいい。


 胸は残念ながら夕夏よりもないように見えるが、それでも平面とまではいかない。


「あ、あの…その方は?」


 一体誰なのだろうか?


 自身と天照しか存在できないはずの空間に、突如として現れた人物。


 男じゃなくてよかった。とホッとしながらも、新たに現れた女性(?)に不安を抱く夕夏は、無表情なその人物を見て、余計に不安になる。


「わ、私が紹介しますね!この人は椿さん…です!多分人です!」


「え、ええ…?」


 天照って神様でしょ?多分人って、なんでそんな曖昧な言い方するの?と言いたげな夕夏は、微妙そうな表情で首をかしげる。


 名前は分かったものの、人か神かもわからない。


「ここはお茶も出ないのか?」


「…お茶」


 しかも図々しい。


 今それどころじゃないんだよ!とキレそうになった夕夏だが、それを堪えると、椿が要求したものを、テーブルの上に生成する。


「って、ん?」


 椿の第一声を聞いて、図々しい女と思った夕夏だが、彼女は椿の声を聞くのは、1回目ではなかった。


 過去に何度か、聞いたことのある声。


 確か最初は、異能祭の後夜祭後、悠馬が悪羅と戦っていたのを発見した時。


 2回目は、バースに美月が刺されて、激昂した時。


「ちょっと!貴女一体誰なんですか!?結構前から私の中に居ましたよね!?私こんな変な人と契約した記憶ないよ!」


 椿が前々から自身の中に居たことに気づいた夕夏は、勝手に椅子に座りお茶を飲み始めていた椿に身を乗り出す。


「あー、言われてみれば、2ヶ月くらいこの身体に閉じ込められてるな〜、お前が夜に悠馬くぅん!って、ヨロシクしてるのも見せてもらった」


「な…!」


 顔を真っ赤に染める夕夏。


 前々から椿が存在していたことはわかっていたものの、まさか夜の行為の詳細などまで知っているとは思わなかった。


 もしかして、私の目って、契約してる天照とかも好き勝手覗けるの?


 そんな不安を抱いた夕夏が天照へと視線を向けると、天照はすぐに視線をそらす。


 どうやら天照も、椿と同じく行為を見ていたらしい。


「……貴女は…何者なんですか」


 恥ずかしいことを知られ、あまり大声で文句を言えなくなる夕夏。


 少し大人しくなった夕夏は、顔を真っ赤にしながら、椿へと質問をする。


「私は椿。なんというか、まぁ半人間ってところだな。ひとつ確かなのは、私は今、お前が生きている世界で過去に、お前と同じように生きていたってことだ」


 何か過去を思い出すように、真っ白な天井を見上げながら話をする椿。


 どうやら彼女は、過去に死んでいる人間だったようだ。


 つまり過去の人間。彼女からしてみると、今は未来ということになる。


「どうして私の身体の中にいるんですか?なんで…私を自殺に追い込もうとしたり、人殺しを強要しようとしたりしたんですか?」


 2つの質問。


 なぜ人間が自分の身体の中にいるのか。そして異能祭、バースの一件と、自殺や殺しを強要してきたのか。


「ひとつ目の質問は、私にもわからない。目覚めたらお前の中にいた。そして2つ目だが、それはその状況における最適解だったからだ」


「最適解?」


「ああ。お前の今の彼氏が、あのまま戦えば数分後に死ぬことはわかってた。お前が戦っても、死ぬのはわかってた。なら2人で死んだ方が幸せだと思ったんだよ」


 あの状況下で奇跡的に死神を発見できた夕夏だったが、椿の言う通り悠馬が死んでもなんらおかしくない状況だったのは事実だ。


 1人取り残されるくらいなら、自分も一緒に死んでしまえ。


 そう言いたげな椿は、悪びれもせずに答える。


「2つ目は、お前があの赤髪を殺さなくちゃ、銀髪の友達が死ぬと判断した。現に、お前の彼氏が現れなければ、そしてある神からの救いがなければ、銀髪の友達は確実に死んでた」


 友達を失いたくないなら、バースを殺して救え。


 それが椿の出した答えだ。


「ちなみに、お前の肋骨を治したのは私なんだから、文句を言われる筋合いはないぞ?周りのやつは知らないだろうが、お前は覚えてるはずだ」


 バースに膝蹴りを入れられ、骨が砕けたような音と、そして今まで感じたことのないほどの激痛が走ったのは夕夏も覚えている。


 目が覚めると痛みはなくなっていたし、単に威力が今までと比にならなかったから鈍い音を立てたんだろう。などという考えをしていたが、どうやらそうではなかったらしい。


 夕夏の負傷箇所は、彼女が全て修復してくれたようだ。


「ありがとうございます」


「素直でよろしい」


 椿の発言の全てに納得はしていないものの理解ができた夕夏は、深々と頭を下げる。


 椿は悪い奴かもしれないが、敵ではないらしい。


「…ところで…今日は何をしに…」


「そうだ!ここからが本題だった!」


 2人が無言になった際、1番最初に口を開いた天照によって、夕夏が声をあげる。


「私のお父さんが!捕まって…!悠馬くんがいなくなっちゃったの!見てたんなら、状況はわかるよね?」


「ああ。私はお前の感情が不安定になった時しか干渉できないからな。お前の感情が揺れているときは、大体のことは見えてる」


 とんでもない奴だ。


 夕夏の感情の波がどうなっているのかはわからないが、昂ぶっている時と、悲しんでいる時を覗かれているのは確実。


 夕夏にプライバシーがなくなった瞬間だ。


「どうにかならない…かな?」


「どうとでもできる。私がいればな」


「ちょ、ちょっと!椿さん!?まさか夕夏に…」


「お前は何か誤解してる。おい、夕夏。お前は聖能力を保有しているはずなのに、一度も使えたことがないよな?」


「…はい」


 天照の制止を無視した椿に指摘をされ、バツの悪そうな顔をする夕夏。


 夕夏は6大属性の3つを保有しているはずだが、聖を使えた記憶は一切ない。実質炎と雷しか使えていない。


 ただ、検査を受けた際に、聖の異能を保有していると言われただけなのだ。


「お前の異能は、聖じゃないんだよ」


「え…?」


 初めて知った、衝撃の事実。


 自身の異能を否定された夕夏は、驚きを隠せずに声を上げた。


「お前の本当の異能は物語能力。自分の思い通りに世界を描ける、その気になれば世界を丸ごと作り変えることのできるような、神の領域に踏み入ることのできる異能だ」


 悠馬の異能なんかよりも遥かに強い、次元の違いすぎる異能。


 下手をすれば、異能王に勝るかもしれない異能を保有していることを告げられた夕夏は、混乱した様子で頭を抱える。


 いきなりすぎる。いきなり、貴女は神の領域に踏み入ることができる。などと言われたって、混乱するしかない。


「でもまぁ、安心しろ。どうやら今の世界では、物語能力は3つに分裂している。今のお前じゃ、神になるなんてできないし、異能王にすら敵わない」


「よかった…」


 どうやら自分の身体には、思っていた以上の力はなかったようだ。


 そう安心する夕夏は、椿の〝思い通り〟という単語を思い出して、顔を上げる。


 異能王には敵わないが、夕夏のレベルは10。10以下の人間なら、思い通りになるということじゃないだろうか?


「あの…椿さん。どうとでもできるって…物語能力を使うってことですか?」


「私のことは呼び捨てでいい。どうせ死ぬまでお前に付き合わされるんだ。さん付けなんてしなくていいさ」


 さん付けで呼ばれることがくすぐったいのか、それとも鬱陶しいのか。


 天照は自分はさん付けなのに…と言いたげに頬を膨らませているが、そんなこと見向きもしない椿は、お茶をズズッと啜りながらニヤリと笑みを浮かべる。


「そうだ。私としても気になってるんだよ。今のお前が、どれだけの物語能力を使えるのか。お前の力量次第では、父親を救い出すことも、宗介だっけ?あの男を救い出すことも、そもそも警察に捕まったという事実すら取消せる可能性がある」


 自分の思い描いた通りに、人々を動かせるかもしれない異能。


 物語能力について詳しいのか愉快に話をする椿は、飲み終えたカップを机の上にカタン!と置くと、ゆっくりと椅子を引きながら立ち上がる。


「も、物語能力って…どういう風に使うんですか?」


「お前が願っていることを口にすればいい。まぁ、願いを言う前に物語、とつけなければ能力は発動しないがな」


 椿の説明は続く。


「物語能力は、セラフ化以外の全ての異能を使いこなせる上に、自分の選んだ任意の対象の行動をある程度指定することができる。ま、その辺は使ってみてからだな」


 百聞は一見にしかず。


 何度説明したって、実際にやってみないとわからないだろう。


 使い方だけ説明した椿は、夕夏の元へと歩いていくと、彼女の両肩を手で叩き耳元で囁く。


「お前の彼氏は、お前が心配するほど弱くはない。必ずお前の元に戻ってくるはずだ。だから信じて待て」


「は、はい…わかりました」


 今は悠馬の心配ではなく、父親のことを優先するべきだ。


 椿が必ず悠馬が戻ってくると明言したため少し不安が和らいだのか、決意を露わにした夕夏は、椅子を立ち上がると天照と椿に笑いかける。


「ありがとう。これが終わったら、次は3人でゆっくりお茶でもしようね」


「待て。お前の部屋に誰か入ってきてる。物語能力の実践のチャンスだぞ」


「え…?」


 これから1人、ゆっくりと眠ろうなどと考えていた夕夏。


 そんな彼女とは裏腹に、外界、つまり夕夏の肉体がある空間に異変を察知した椿は、いきなりチュートリアルだと言いたげに夕夏の背中を押す。


「行って来い」


「ぇぇぇえええ!?」


 想定外の事態。


 夕夏は混乱したように、悲鳴にも近い叫び声をあげた。

添い寝したい…

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