私の独断
「そんな…」
先ほどの和気藹々とした雰囲気から、打って変わってお通夜のような雰囲気になる室内。
テンションだだ下がりの寺坂が話した内容は、総一郎が逮捕された、という内容だった。
「暴力団と繋がりがなければ…すぐに釈放されるはずです…ですが…」
「…これが美哉坂宗介の復讐なら、そう簡単に釈放させるわけがない」
寺坂が言いたい言葉の続きを話す鏡花。
何年間もかけて組み立てた緻密な計画であるなら、そう簡単に総一郎を救うことはできないだろう。
「……」
そんな話を聞いて、黙り込む悠馬。
悠馬にはある不安があった。
今の時代で暴力団と繋がっていれば…世間からはかなり叩かれてしまう。
それは有名な人ほど、叩かれやすい。
前総帥ともなれば尚更だ。
第5次世界大戦で総帥をしていた総一郎が、暴力団と繋がりがあったら?
新博多で起こったテロに焚きつける人も少なくはないはずだ。
あの事件は、戦時中ということもあって、総帥の対応が遅れた。
あれを総帥が意図的に遅らせたなどという憶測が飛びかえば、迫害されるのは総一郎だけでなく、民衆の矛先は、夕夏と優梨に向くことだろう。
その状況だけは何としても避けないといけない。
「暁悠馬。話がある。付いてきてくれ」
「…はい」
寺坂に名前を呼ばれた悠馬は、凹む夕夏を置いて、彼の後へと付いていく。
襖を抜けて、外廊下を歩き、内廊下を歩くこと数分。
道順は覚えていない。
状況が状況ゆえに、寺坂に付いて行きながらも、悠馬も軽く放心状態だった。
やっと手に入れた幸せを、こんなところで終わらせるわけにはいけない。
でも、どうやって。どうしたらこの状況を打開できるのか。
何が目的で宗介がこんなことをするのか。悠馬には理解ができなかった。
「入ってくれ。総一郎さんの書斎だ」
「…」
寺坂に指示され、大人しく室内へと入る。
椅子に腰掛けた寺坂を見て、黙ったままソファに腰を下ろした悠馬は頭を抱えて、深いため息を吐いた。
「どうなってるんですか。状況が飲み込めません。俺は宗介が朱理に暴力を振るってることは知ってますけど、なんで総一郎さんが恨まれているのかはわかりません」
「そうだろうな…なにしろ、君や夕夏が生まれる前のいざこざだ。…だからまず、最初に言っておきたいことがある」
悠馬が知っているはずもない。
そう断言した寺坂は、真剣な趣で悠馬を見ると、机を叩き、重い口を開いた。
「総一郎さんは何もしていない。この一件は、美哉坂宗介の逆恨みであって、そしてこの一件を君に話すのは、私の独断だ」
「……聞かせてください」
何も知らずに、わけのわからないまま大切なものを失うよりも、事情を知っておきたい。
なんの迷いもなく、聞かせて欲しいと告げた悠馬は、寺坂から告げられた内容を聞いて、驚くこととなった。
話を要約すると、総帥候補が2人、宗介と総一郎にまで絞られたタイミングで、何者かが宗介の妨害を行った。
それは現在、総一郎が置かれている状況と同じく、暴力団との繋がりという形で。
結局宗介は、弁明できるだけの材料を持ち合わせておらず、世間からは大バッシング、幸せな暮らしを一瞬にして奪われ、妻は世間から誹謗中傷の嵐。
結局宗介の妻は、それに耐えきれず、朱理を産んだ後に自殺したらしい。
そうした中で、宗介は憎悪を抱いていく。
自分を貶めたのは誰なのか。自分をこんなどん底にまで追いやったのは誰なのか。
少し考えてみれば、宗介の探している人物は、すぐにわかる。
いや、そういう風に思考誘導されている。
総帥候補が2人。自分の兄が、弟に負けるのを嫌って、貶めた。
単純だが、1番しっくりくる筋書きだ。
宗介に総帥になって欲しくなかった総一郎が、宗介を蹴落とす。
あり得る内容だし、宗介が総帥になれずに最も特をするのは、総一郎なのだから、そう結論付けるのも仕方のないことだ。
しかも総一郎は、総帥になったばかりだということもあってか、世間の目を気にして、宗介に手を差し伸べなかったらしい。
どうやらそれが決定打になってしまったようだ。
自分の兄が、自分を貶めた。自分の世界を、自分の家族をめちゃくちゃにした。
そう判断した宗介は、こうして現在、総一郎への復讐を始めたというわけだ。
「話は以上だ。裏で宗介は、様々な悪行に手を染めていると噂されているし、もう真っ当な道を歩くこともできないだろう」
「それで?寺坂さんはどうするんです?」
内容はあらかたわかった。
総一郎を逆恨みしている宗介が、復讐しようとしているということだ。
寺坂が何をするのか、どう動くのか。
片方の瞳を真っ黒に染めながら問いかけた悠馬は、いつになく不機嫌そうに見える。
「…警察の下っ端は、どうやら宗介側に付いているように見えた。だから今回は、紅桜家を使おうと思う」
「暗殺ですか?」
「いや。宗介と繋がりのある、これだけ大規模なでっち上げを行える人物を探す」
世間からマイナス評価の高い宗介が、たった1人でここまでの行動を取れるわけがない。
間違いなく、裏で繋がっている人物がいることだろう。
そう判断している寺坂は、この国の最も黒い部分、警察と同等の権限を持ちながら、人殺しのできる紅桜家を使う決断をしていた。
「でもそれじゃあ終わらないでしょう。十数年前の犯人を見つけないと、宗介の憎悪は治らない」
「…それは…もう時効な上に、明確な証拠も残っていない。探せないんだ」
この一件が解決したって、宗介が総一郎を憎んでいれば、同じような出来事が何度だって起こってしまう。
「とにかく。話はしたぞ。理由も説明した。君は大人しく、夕夏を守ることだけに専念してくれ」
「…はい」
***
それから一体、どこをどうやって歩いたのだろうか?
何をすればいいか、どうすればいいのか全くわからなくなってしまった悠馬は、トボトボと美哉坂邸の中を歩き回り、そして外に出ていた。
小さな湖を月明かりが照らし、虫の鳴き声が響き渡る。
「どうすればいいんだ」
夕夏を守るって言ったって、誹謗中傷から彼女を守ることはほぼ無理だ。
不特定多数の誹謗中傷は、ネットからでも、ふとした瞬間にも吐き捨てられるものであって、それを全て防ぐことはできない。
出来ることがあるとするなら、メンタルケアくらいのものだ。
「フフ、随分とお困りのようだな。暁悠馬」
「っ…」
迷いに暮れる悠馬の横に現れた、漆黒の影。
つい先ほどまで何もいなかったその場に、突如として現れたその人物は、悩んでいる悠馬を見て愉快そうに笑ってみせる。
道化のお面。真っ黒なローブ。
夏だというのに、暑くないのだろうか?
「なんだよ。1人にさせてくれ。今は誰と話している余裕もない」
今考えるべきなのは、夕夏をどう守るかであって、雑談をすることではない。
雑談がしたいのなら他所でしてくれと言いたげな悠馬は、ゆっくりとその場から立ち上がると、美哉坂邸を目指して歩き始めようとする。
「オイオイ、待てよ。オマエ、その様子だと何も思い浮かんでないんだろう?」
「…お前、俺が何で悩んでいるのかわかってるのか?」
死神は何も知らない。そう思っていた悠馬は、何かを知っていそうな口ぶりの死神の声を聞いて、ゆっくりと振り返る。
「当たり前だ。俺を誰だと思ってる。冠位だぞ。世界最強の。そんな俺が、何も知らないはずないだろう。いいから座れ」
自称世界最強の冠位さん。
何かを知っていそうな彼に、藁にもすがる気持ちで言われた通りにその場に座った悠馬は、しんと静まり返った湖の前で、死神の話が始まるのを待つ。
「まず最初に。今回、宗介と裏で繋がっている人物と、十数年前、宗介を貶めた人物は同一人物だ」
「…は?」
ということはつまり、宗介は現在、自分を過去に貶めた人物に、何も知らずに協力してもらっているということになる。
救えない、というか、かなり悲しい事実だ。
「笑っちまうよな。自分を貶めた奴に、娘の身体を売って協力してもらってるんだぜ?娘はそいつの慰み物にされて、毎晩毎晩、中年オヤジに抱かれてるってのに、呑気なものだよな。ったく、反吐がでる」
「おい…どういうことだよ…ソレ」
死神へと手を伸ばす悠馬。
悠馬は朱理を救うつもりでいた。
それは異能祭で彼女と出会ったときから、そう誓っていたからだ。
だから、宗介の虐待さえなくなれば、朱理はきっと救われる。解放されるのだと、本気で思っていた。
しかし、現実は悠馬が思っているほど甘いものではなかった。
宗介は朱理を対価として支払い、そいつが自分を貶めた人物とも知らずに、朱理を抱かせているらしい。
朱理はもう、救えない。
物理的には救えるだろうが、精神的には救えない。
なんで、どうしてあの時、朱理が苦しんでいたのか。
ようやくその本当の意味を理解した悠馬は、真っ黒な瞳で、死神に摑みかかる。
「なんで!なんでそれを知っていて助けない!お前は冠位だろ!世界を救う立場なんだろ!」
「だからこうして、オマエに伝えに来たんだろ。オレは失敗したんだよ。オレが事の真相を知った時には。朱理は自殺してた。オレじゃあ救えなかったんだ」
「な…にを…」
救えなかった?自殺してた?何を言ってるんだこいつは。
感情をむき出しにしていた悠馬は、わけのわからない死神の話を聞いて、ゾッとする。
得体の知らない何かに、片足を突っ込んでしまったような、そしてその片足から、沼に引きずりこまれていくような、そんな恐怖感だ。
「戯言だ。忘れてもらって構わない。…話を本題に戻そうか?」
「ああ…悪い…」
冷静になった悠馬が手を離すと、ゆっくりと起き上がる死神。
「宗介を…朱理を汚しているのは、赤坂暮戸。赤坂加奈の実の父親で、そして政治家だ」
「…赤坂…暮戸…」
絶対に消さなければいけない存在。
障害物でしかなく、邪魔をしてくる存在。
「朱理を救うには、すぐに動くしかないぞ?タイムリミットは案外早い上に、下手をすると暮戸が次の段階にシフトしてしまう」
「次の段階?」
「ああ。暮戸が欲しいのは、朱理じゃなくて夕夏と優梨だ。…暮戸は、世間的に潰されかけた2人を救うという名目で、優梨と婚儀を図ろうとしている。優梨も夕夏も、美人だからな。あの手の変態から見れば、喉から手が出るほど欲しいんだろうよ」
「クズが…」
暮戸には加奈という娘がいる。
つまり彼は結婚しているのだ。
だというのに、朱理に手を出すだけじゃ飽き足らず、夕夏や優梨を手に入れようと、毒牙にかけようと画策しているらしい。
なぜ暮戸が宗介に協力するのか。その理由を知った悠馬は、無意識に闇を纏わせながら、怒りを露わにする。
「胸糞悪い話だよなぁ?いや、本当に」
「タイムリミットは何時間ある?」
「2日ほどだ。明日、暮戸は優梨に結婚の申し出をするはずだ。優梨は夕夏の未来のことを考えて、2日後にその申し出を受ける…あとはわかるな?」
「…それまでに暮戸を殺す」
暮戸を殺せさえすれば、そんな結末にはならない。
夕夏の親友の父親だろうが、邪魔をするなら消すしかない。
まるで悪羅を恨んでいるように、暮戸をターゲットにロックオンした悠馬は、鬼のような形相を浮かべる。
「待て待て。それでは事態は解決しないと、さっき自分で言っていただろ」
計画が破綻したところで、宗介の怒りは治らない。
寺坂にそう言ったのは、悠馬だった。
冷静そうに見えるが、脳内では完全に冷静さを失っている悠馬を宥める死神は、メモのようなものを取り出し、悠馬に手渡す。
「タルタロスに迎え。必ず役に立つはずだ」
「タルタロス…」
そこは日本支部最凶の、犯罪者収容施設だ。
新東京の地下にあり、地下1階から、地下100階層にまでなる、地下にぽっかりと空いた、奈落のような収容所。
人々はそれを、タルタロスと呼んでいる。
世間で大量殺人を起こした人間や、紅桜家が秘密裏に捉えた大犯罪者、数々の悪行を重ねてきた、悪羅クラスとも言われる犯罪者たちまで収容される、日本支部最凶の収容所。
それがタルタロスだ。
普通の人では立ち入りができない上に、警備員は全員レベル10。
万一の時に備え、爆破まで可能になっているその空間は、世界でも屈指の要塞、収容所として名を馳せている。
「これが変装道具だ。その姿で行くと、門前払されるだろうからな。上手くやれよ」
「ああ。わかった。ありがとう」
死神の話を聞き、行き先が決まった悠馬。
変装道具を受け取った彼は、闇夜の中、ゆっくりと立ち上がると、その場から姿を消した。
「ふ…フフフ…健闘を祈る。暁悠馬」
死神ぃ…お前…




