表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここは日本の異能島!  作者: 平平方
夏休み編
139/474

私の独断

「そんな…」


 先ほどの和気藹々とした雰囲気から、打って変わってお通夜のような雰囲気になる室内。


 テンションだだ下がりの寺坂が話した内容は、総一郎が逮捕された、という内容だった。


「暴力団と繋がりがなければ…すぐに釈放されるはずです…ですが…」


「…これが美哉坂宗介の復讐なら、そう簡単に釈放させるわけがない」


 寺坂が言いたい言葉の続きを話す鏡花。


 何年間もかけて組み立てた緻密な計画であるなら、そう簡単に総一郎を救うことはできないだろう。


「……」


 そんな話を聞いて、黙り込む悠馬。


 悠馬にはある不安があった。


 今の時代で暴力団と繋がっていれば…世間からはかなり叩かれてしまう。


 それは有名な人ほど、叩かれやすい。


 前総帥ともなれば尚更だ。


 第5次世界大戦で総帥をしていた総一郎が、暴力団と繋がりがあったら?


 新博多で起こったテロに焚きつける人も少なくはないはずだ。


 あの事件は、戦時中ということもあって、総帥の対応が遅れた。


 あれを総帥が意図的に遅らせたなどという憶測が飛びかえば、迫害されるのは総一郎だけでなく、民衆の矛先は、夕夏と優梨に向くことだろう。


 その状況だけは何としても避けないといけない。


「暁悠馬。話がある。付いてきてくれ」


「…はい」


 寺坂に名前を呼ばれた悠馬は、凹む夕夏を置いて、彼の後へと付いていく。


 襖を抜けて、外廊下を歩き、内廊下を歩くこと数分。


 道順は覚えていない。


 状況が状況ゆえに、寺坂に付いて行きながらも、悠馬も軽く放心状態だった。


 やっと手に入れた幸せを、こんなところで終わらせるわけにはいけない。


 でも、どうやって。どうしたらこの状況を打開できるのか。


 何が目的で宗介がこんなことをするのか。悠馬には理解ができなかった。


「入ってくれ。総一郎さんの書斎だ」


「…」


 寺坂に指示され、大人しく室内へと入る。


 椅子に腰掛けた寺坂を見て、黙ったままソファに腰を下ろした悠馬は頭を抱えて、深いため息を吐いた。


「どうなってるんですか。状況が飲み込めません。俺は宗介が朱理に暴力を振るってることは知ってますけど、なんで総一郎さんが恨まれているのかはわかりません」


「そうだろうな…なにしろ、君や夕夏が生まれる前のいざこざだ。…だからまず、最初に言っておきたいことがある」


 悠馬が知っているはずもない。


 そう断言した寺坂は、真剣な趣で悠馬を見ると、机を叩き、重い口を開いた。


「総一郎さんは何もしていない。この一件は、美哉坂宗介の逆恨みであって、そしてこの一件を君に話すのは、私の独断だ」


「……聞かせてください」


 何も知らずに、わけのわからないまま大切なものを失うよりも、事情を知っておきたい。


 なんの迷いもなく、聞かせて欲しいと告げた悠馬は、寺坂から告げられた内容を聞いて、驚くこととなった。


 話を要約すると、総帥候補が2人、宗介と総一郎にまで絞られたタイミングで、何者かが宗介の妨害を行った。


 それは現在、総一郎が置かれている状況と同じく、暴力団との繋がりという形で。


 結局宗介は、弁明できるだけの材料を持ち合わせておらず、世間からは大バッシング、幸せな暮らしを一瞬にして奪われ、妻は世間から誹謗中傷の嵐。


 結局宗介の妻は、それに耐えきれず、朱理を産んだ後に自殺したらしい。


 そうした中で、宗介は憎悪を抱いていく。


 自分を貶めたのは誰なのか。自分をこんなどん底にまで追いやったのは誰なのか。


 少し考えてみれば、宗介の探している人物は、すぐにわかる。


 いや、そういう風に思考誘導されている。


 総帥候補が2人。自分の兄が、弟に負けるのを嫌って、貶めた。


 単純だが、1番しっくりくる筋書きだ。


 宗介に総帥になって欲しくなかった総一郎が、宗介を蹴落とす。


 あり得る内容だし、宗介が総帥になれずに最も特をするのは、総一郎なのだから、そう結論付けるのも仕方のないことだ。


 しかも総一郎は、総帥になったばかりだということもあってか、世間の目を気にして、宗介に手を差し伸べなかったらしい。


 どうやらそれが決定打になってしまったようだ。


 自分の兄が、自分を貶めた。自分の世界を、自分の家族をめちゃくちゃにした。


 そう判断した宗介は、こうして現在、総一郎への復讐を始めたというわけだ。


「話は以上だ。裏で宗介は、様々な悪行に手を染めていると噂されているし、もう真っ当な道を歩くこともできないだろう」


「それで?寺坂さんはどうするんです?」


 内容はあらかたわかった。


 総一郎を逆恨みしている宗介が、復讐しようとしているということだ。


 寺坂が何をするのか、どう動くのか。


 片方の瞳を真っ黒に染めながら問いかけた悠馬は、いつになく不機嫌そうに見える。


「…警察の下っ端は、どうやら宗介側に付いているように見えた。だから今回は、紅桜家を使おうと思う」


「暗殺ですか?」


「いや。宗介と繋がりのある、これだけ大規模なでっち上げを行える人物を探す」


 世間からマイナス評価の高い宗介が、たった1人でここまでの行動を取れるわけがない。


 間違いなく、裏で繋がっている人物がいることだろう。


 そう判断している寺坂は、この国の最も黒い部分、警察と同等の権限を持ちながら、人殺しのできる紅桜家を使う決断をしていた。


「でもそれじゃあ終わらないでしょう。十数年前の犯人を見つけないと、宗介の憎悪は治らない」


「…それは…もう時効な上に、明確な証拠も残っていない。探せないんだ」


 この一件が解決したって、宗介が総一郎を憎んでいれば、同じような出来事が何度だって起こってしまう。


「とにかく。話はしたぞ。理由も説明した。君は大人しく、夕夏を守ることだけに専念してくれ」


「…はい」



 ***



 それから一体、どこをどうやって歩いたのだろうか?


 何をすればいいか、どうすればいいのか全くわからなくなってしまった悠馬は、トボトボと美哉坂邸の中を歩き回り、そして外に出ていた。


 小さな湖を月明かりが照らし、虫の鳴き声が響き渡る。


「どうすればいいんだ」


 夕夏を守るって言ったって、誹謗中傷から彼女を守ることはほぼ無理だ。


 不特定多数の誹謗中傷は、ネットからでも、ふとした瞬間にも吐き捨てられるものであって、それを全て防ぐことはできない。


 出来ることがあるとするなら、メンタルケアくらいのものだ。


「フフ、随分とお困りのようだな。暁悠馬」


「っ…」


 迷いに暮れる悠馬の横に現れた、漆黒の影。


 つい先ほどまで何もいなかったその場に、突如として現れたその人物は、悩んでいる悠馬を見て愉快そうに笑ってみせる。


 道化のお面。真っ黒なローブ。


 夏だというのに、暑くないのだろうか?


「なんだよ。1人にさせてくれ。今は誰と話している余裕もない」


 今考えるべきなのは、夕夏をどう守るかであって、雑談をすることではない。


 雑談がしたいのなら他所でしてくれと言いたげな悠馬は、ゆっくりとその場から立ち上がると、美哉坂邸を目指して歩き始めようとする。


「オイオイ、待てよ。オマエ、その様子だと何も思い浮かんでないんだろう?」


「…お前、俺が何で悩んでいるのかわかってるのか?」


 死神は何も知らない。そう思っていた悠馬は、何かを知っていそうな口ぶりの死神の声を聞いて、ゆっくりと振り返る。


「当たり前だ。俺を誰だと思ってる。冠位だぞ。世界最強の。そんな俺が、何も知らないはずないだろう。いいから座れ」


 自称世界最強の冠位さん。


 何かを知っていそうな彼に、藁にもすがる気持ちで言われた通りにその場に座った悠馬は、しんと静まり返った湖の前で、死神の話が始まるのを待つ。


「まず最初に。今回、宗介と裏で繋がっている人物と、十数年前、宗介を貶めた人物は同一人物だ」


「…は?」


 ということはつまり、宗介は現在、自分を過去に貶めた人物に、何も知らずに協力してもらっているということになる。


 救えない、というか、かなり悲しい事実だ。


「笑っちまうよな。自分を貶めた奴に、娘の身体を売って協力してもらってるんだぜ?娘はそいつの慰み物にされて、毎晩毎晩、中年オヤジに抱かれてるってのに、呑気なものだよな。ったく、反吐がでる」


「おい…どういうことだよ…ソレ」


 死神へと手を伸ばす悠馬。


 悠馬は朱理を救うつもりでいた。


 それは異能祭で彼女と出会ったときから、そう誓っていたからだ。


 だから、宗介の虐待さえなくなれば、朱理はきっと救われる。解放されるのだと、本気で思っていた。


 しかし、現実は悠馬が思っているほど甘いものではなかった。


 宗介は朱理を対価として支払い、そいつが自分を貶めた人物とも知らずに、朱理を抱かせているらしい。


 朱理はもう、救えない。


 物理的には救えるだろうが、精神的には救えない。


 なんで、どうしてあの時、朱理が苦しんでいたのか。


 ようやくその本当の意味を理解した悠馬は、真っ黒な瞳で、死神に摑みかかる。


「なんで!なんでそれを知っていて助けない!お前は冠位だろ!世界を救う立場なんだろ!」


「だからこうして、オマエに伝えに来たんだろ。オレは失敗したんだよ。オレが事の真相を知った時には。朱理は自殺してた。オレじゃあ救えなかったんだ」


「な…にを…」


 救えなかった?自殺してた?何を言ってるんだこいつは。


 感情をむき出しにしていた悠馬は、わけのわからない死神の話を聞いて、ゾッとする。


 得体の知らない何かに、片足を突っ込んでしまったような、そしてその片足から、沼に引きずりこまれていくような、そんな恐怖感だ。


「戯言だ。忘れてもらって構わない。…話を本題に戻そうか?」


「ああ…悪い…」


 冷静になった悠馬が手を離すと、ゆっくりと起き上がる死神。


「宗介を…朱理を汚しているのは、赤坂暮戸。赤坂加奈の実の父親で、そして政治家だ」


「…赤坂…暮戸…」


 絶対に消さなければいけない存在。


 障害物でしかなく、邪魔をしてくる存在。


「朱理を救うには、すぐに動くしかないぞ?タイムリミットは案外早い上に、下手をすると暮戸が次の段階にシフトしてしまう」


「次の段階?」


「ああ。暮戸が欲しいのは、朱理じゃなくて夕夏と優梨だ。…暮戸は、世間的に潰されかけた2人を救うという名目で、優梨と婚儀を図ろうとしている。優梨も夕夏も、美人だからな。あの手の変態から見れば、喉から手が出るほど欲しいんだろうよ」


「クズが…」


 暮戸には加奈という娘がいる。


 つまり彼は結婚しているのだ。


 だというのに、朱理に手を出すだけじゃ飽き足らず、夕夏や優梨を手に入れようと、毒牙にかけようと画策しているらしい。


 なぜ暮戸が宗介に協力するのか。その理由を知った悠馬は、無意識に闇を纏わせながら、怒りを露わにする。


「胸糞悪い話だよなぁ?いや、本当に」


「タイムリミットは何時間ある?」


「2日ほどだ。明日、暮戸は優梨に結婚の申し出をするはずだ。優梨は夕夏の未来のことを考えて、2日後にその申し出を受ける…あとはわかるな?」


「…それまでに暮戸を殺す」


 暮戸を殺せさえすれば、そんな結末にはならない。


 夕夏の親友の父親だろうが、邪魔をするなら消すしかない。


 まるで悪羅を恨んでいるように、暮戸をターゲットにロックオンした悠馬は、鬼のような形相を浮かべる。


「待て待て。それでは事態は解決しないと、さっき自分で言っていただろ」


 計画が破綻したところで、宗介の怒りは治らない。


 寺坂にそう言ったのは、悠馬だった。


 冷静そうに見えるが、脳内では完全に冷静さを失っている悠馬を宥める死神は、メモのようなものを取り出し、悠馬に手渡す。


「タルタロスに迎え。必ず役に立つはずだ」


「タルタロス…」


 そこは日本支部最凶の、犯罪者収容施設だ。


 新東京の地下にあり、地下1階から、地下100階層にまでなる、地下にぽっかりと空いた、奈落のような収容所。


 人々はそれを、タルタロスと呼んでいる。


 世間で大量殺人を起こした人間や、紅桜家が秘密裏に捉えた大犯罪者、数々の悪行を重ねてきた、悪羅クラスとも言われる犯罪者たちまで収容される、日本支部最凶の収容所。


 それがタルタロスだ。


 普通の人では立ち入りができない上に、警備員は全員レベル10。


 万一の時に備え、爆破まで可能になっているその空間は、世界でも屈指の要塞、収容所として名を馳せている。


「これが変装道具だ。その姿で行くと、門前払されるだろうからな。上手くやれよ」


「ああ。わかった。ありがとう」


 死神の話を聞き、行き先が決まった悠馬。


 変装道具を受け取った彼は、闇夜の中、ゆっくりと立ち上がると、その場から姿を消した。


「ふ…フフフ…健闘を祈る。暁悠馬」

死神ぃ…お前…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ