道場にて
え?何?言葉はいらないって感じ?
夕夏の父親から、予想もしていない提案を受けた悠馬は戸惑っていた。
きっと質問責めにあったり、罵倒を浴びせられたり…そんなことをされるだろうとまでは予測していたのだが、これは予測していなかった。
まさか彼女の父親から、剣で語ろうなどという提案をされるなんて。
確かに、言葉でいくら取り繕おうが、それが真実か、本音かなんて、本人以外誰もわからない。
自分がどれだけ本気なのかを伝えるためには、言葉よりも、力の方がいいのかもしれない。
「わかりました。その申し出、お受けします」
「道場を使う。着替えは?」
「総一郎さんがそのまま戦うのなら、このままで大丈夫です」
総一郎の服装は、着物。
比較的動きやすそうには見えるものの、現代の日本人で、着物を着たまま見事に剣を振るうことのできる人物なんて、そうはいない。
もしかすると、着慣れていない着物で戦いを行なって、手を抜いてあげようなどと考えているのかもしれないが、それを断った悠馬は、自分の服装を見る。
悠馬の服装は、制服だ。
きちんとした服装で挨拶はすべきだと考えていた悠馬は、自分が持ち合わせている服の中で、もっともきちんとした制服に身を包んで、この場に訪れていた。
ズボンは正直、動きづらいのだが、それは総一郎だって同じはず。
そう考えた悠馬は、お互いに対等な条件だと判断し、総一郎が着替えないなら着替えない、着替えるのなら着替える。といった返答をする。
「ふ…随分と舐められたモノだな」
しかし、対等に戦いたい悠馬の意見は、総一郎にとっては、舐めた発言だと受け取られてしまったようだ。
「悠馬くん、頑張ってね」
「うん。がんばるよ」
その場から立ち上がり、襖から出ていく総一郎に続く。
そこから先、道場に着くまでは、会話は一切行われなかった。
総一郎の後を追うこと5分。
辿り着いた木製の床に壁、そしてほんのり木の香りがする道場へと辿り着いた総一郎は、後ろをついて来た悠馬へと振り返り、声をかける。
「ルールを決めようか」
「はい」
「結界と異能の使用は禁止。真剣ではなく木刀を使う。寸止め。それ以外は何をしてもいい。木刀が不利だと判断したら、素手でも体術でも、なんでも使ってくるといい」
異能などは使用禁止の、純粋な力の戦い。
能力は使わないといえど、前総帥との1対1の決闘。
人生初の展開に緊張する悠馬は、生唾を飲み込みながら、コクっと首を縦に振る。
「わかりました」
きっと、剣術以外にもかなりの自信があるのだろう。
剣が不利だと判断すれば、別の攻め方をしていいという趣旨の発言をした総一郎の行動一つ一つを見る悠馬は、この時点でもう、彼から隙がなくなっていることに気づき、冷や汗を流す。
「この木刀を使う。確認してくれ」
木刀に不正、不良品がないかの確認。
何もそこまでしなくても…と思うが、総一郎は対等な戦い、そして木刀を言い訳にはさせてくれないらしい。
投げられた木刀を受け取り、その木刀に触れた悠馬は、なんの違和感も問題もないことを確認すると、首を縦に振る。
「大丈夫です」
「では構えろ。始めるぞ」
準備体操もなし。
随分と早く決着を付けたいのか、それとも手加減でもしてくれるのか。
準備体操もせずに決闘があるとわかり、少し焦る悠馬だったが、準備がないということはつまり、そこまで全力でもしないのだろう。
少し安心したように、道場を見渡す悠馬は、次の瞬間、驚愕することとなる。
「っ!?」
総一郎から、道場の景色へと意識を逸らした瞬間。
気づけば喉元までたどり着いていた木刀を、後ろに倒れこむようにして右足で弾いた悠馬は、接近して来た総一郎から距離をとって、木刀を構える。
どうやら悠馬の考えは、甘すぎたようだ。
準備体操がないということはつまり、お遊び程度の、剣を交えるだけだと考えていたが、今の動きを見る限りでは、本気でこちらを潰しにきている。
後少し反応が遅ければ、完全に持っていかれていた。
決して油断できるような相手じゃない。
今目の前に立っているのは、そこら辺にいる一般人じゃない。
3年前まで日本支部を取り仕切り、この国のトップに君臨していた、総帥なのだ。
気を引き締め直した悠馬は、真剣な眼差しで、総一郎の動きを見る。
「ほう…1発で終わらせる予定だったが…素直に驚いた」
よっぽどの自信があったのか、そしてまだまだ余裕があるのか、拍手をする余裕すら見せる総一郎。
それが若干、癪に触ったのか、無造作に総一郎の間合いへと踏み込んだ悠馬は、お返しと言わんばかりに、喉元に木刀を突き出す。
「制服なのに、動きも随分といい。鍛えているのか?」
「ええ。少し」
悠馬の突きをすんなりとかわした総一郎は、悠馬のガラ空きの背中を仕留めようとする。
その背後への一撃を、背中に木刀を回し防いだ悠馬は、一度前転をして、くるりと総一郎の方を振り返る。
「…そろそろ本気で来たらどうだ?」
「そうさせてもらいます…ねぇ!」
総一郎の煽り。
一度瞳の色を漆黒へと変えた悠馬だったが、すぐにいつもの瞳の色へと戻し、総一郎の振りかざした木刀を払い、距離を詰める。
「もらっ…」
総一郎から弾いた木刀が、右手にない。
勢いよく突っ込んだ悠馬は、すでに右手から消えた木刀を目で追う余裕もなく、木刀を総一郎の心臓付近で、寸止めさせる。
「…」
総一郎は、右手で木刀を振りかざし、弾かれた直後に、木刀を左手へと持ち替えていた。
総一郎の木刀は、悠馬の右肩付近で寸止めされていた。
「引き分け…ですね。ありがとうございました」
木刀を下ろした悠馬は、一度汗を拭うと、総一郎に深々と頭を下げる。
「…ああ。君の気持ちはよくわかった。それだけの力があるなら、きっと夕夏も守っていけるはずだ」
お世辞を言ってくれる総一郎。
しかしながら、異能を使わない戦いなど、当てにはならない。
今の時代の戦いは異能が主流で、ほかの勝負事では測れないものがある。
能力ありきの勝負になると、初見殺しの異能複数持ちである悠馬が1戦目は勝利を収めれるだろうが、2戦目からはおそらく、五分五分、総一郎の圧勝というふうに、厳しくなっていくことだろう。
「お父さん。お父さんが認めるんなら、私もう、絶対、ぜーったいにお見合いなんてしないからね」
勝ち誇ったように、鼻でふふんと笑ってみせる夕夏。
いつもは見せない彼女のドヤ顔が、すごく可愛い。
「ああ。好きにするといい。夕夏、彼を連れて優梨に挨拶をして来なさい。お前の帰省を、心待ちにしていたからな」
「はーい!」
優梨、という名前を聞いて、嬉しそうな返事をした夕夏。
彼女は悠馬の元まで駆け寄ると、彼の手を引き、道場から去っていく。
その光景を、総一郎と寺坂が見送る。
「どうも、歳をとると頭が硬くなる」
「そんなことはないですよ、総一郎さん。貴方は貴方なりに、夕夏を守ってきたではありませんか」
2人を見送った後。道場に残された2人は、深刻そうなご様子で、その場に立ち尽くしていた。
「…寺坂。どう思う?」
「剣だけの勝負ではまだなんとも言えませんが。異能祭で闇を使わずに他を圧倒、そして剣技もあれだけ見事ならば、他も期待していいのではないでしょうか?」
悠馬について、話を始める2人。
総一郎は何も、夕夏を道具として無理やりお見合いさせたいわけではなく、この先起こるであろう、ある重要な出来事を危惧しているからこそ、彼女を安全な権力者に、そしてよくしてくれるであろう人物とお見合いをさせていたのだ。
「そうだな。そうだといいんだが…」
総一郎の不安そうな声が、道場内に響いた。
***
廊下を歩くこと、5分。
つい先ほど、総一郎との戦いを終えた悠馬は、自分が少し汗をかいていることを心配しているご様子で、何度も制服の匂いを確かめている。
「大丈夫だよ、悠馬くん汗臭くないし」
なんでもお見通しの夕夏。
行動だけで、何を心配しているのか察知した夕夏を褒めたくなる悠馬だったが、別に褒めるような内容でもないため、止しておく。
「ところで優梨さんって、誰?お姉さん?」
「ううん。私のお母さん」
「ぅ…怖いな…」
総一郎があんな風なら、優梨はおそらく、言葉責めしてくるはずだ。
勝手な偏見を抱く悠馬は、引きつった表情で、夕夏の後を追う。
「あはは。大丈夫だよ。お母さんは優しいし、私によく似てるらしいから」
夕夏によく似ている。
それを聞いた瞬間、気持ちが楽になったような気がする。
夕夏に似ているってことは、美人で優しくて、いつもニコニコしているような、完璧系女子だ。
さぞ美しい人なんだろうな。
夕夏の母親がどんな人なのか、勝手に妄想を膨らませる悠馬は、夕夏が立ち止まったことによりその妄想を中断させる。
「それじゃあ、開けるよ?」
「うん」
一度断りを入れてから、大きな襖をスライドさせる夕夏。
「お母さん、ただいま」
手慣れた雰囲気で襖を開いた夕夏は、帰宅の挨拶とともに、部屋の中へと入っていく。
整理整頓された、綺麗な部屋。
机の上には、書類が綺麗に並べられていて、夕夏と同じく、几帳面な性格であることはすぐにわかる。
前総帥の嫁、財力的にもかなり余裕があるはずなのに、仕事でもしているのだろうか?
書類の山と、そしてこちらに背中を向けて座っている女性を見た悠馬は、そんな想像をしながら、一歩踏み出す。
後ろ姿は、夕夏によく似ている。
髪は夕夏よりも少し短いが、髪型が同じだったのなら、間違って抱きついてしまうレベルだ。
「おかえり〜夕夏。カレシは?ちゃんと連れて来た?」
「うん!ちゃんと連れて来た!」
「え!?どこ?あ…キミが夕夏の!」
夕夏の嬉しそうな声を聞いて、振り向いた優梨。
ノリが若いなぁ…などと考えていた悠馬は、彼女の母親の顔を見ると同時に、思考を停止させた。
は?嘘だろ?これお母さんじゃない。
確かにメイクはしていて、大人のような雰囲気は醸し出しているものの、容姿は夕夏となんら変わらない、制服を着ればJKとしてやっていけるレベルだ。
多分、というか、これが人妻でなければ、悠馬は大歓喜していたことだろう。
ようやく(?)人妻の良さに気づいた悠馬は、頬を赤らめながら、まじまじと見つめてくる優梨から視線をそらす。
「は、初めまして。暁悠馬です。よろしくお願いします」
「あら〜、可愛いリアクションしてくれて、お母さん嬉しいな?悠馬くんね、これから私のことは、義母さんって呼んでね」
「ちょ、ちょっと母さん!それはまだ早いから!」
初対面でいきなり、義母さんと呼ぶ許可をいただいた。
いきなりすぎる内容に、驚いた夕夏は母親を揺さぶり、ふざけたことを言わないようにお願いをしているご様子だ。
「あはは。でも、ここに来たってことはあの人も許してくれたんでしょう?多分、こんな機会もう2度とないし、今日の夜は××××とかしといたほうがいいんじゃない?」
「セッ…」
彼女の母親の口から出た、衝撃的な内容。
今日の夜のご予定について話をされた悠馬は、顔を真っ赤にして俯くと、夕夏とは顔を合わせないようにする。
「もう!お母さん!やめてよ!悠馬くんが困ってるじゃん!」
違います。彼は夕夏との行為を思い出して顔を赤面させているだけです。
母親からもゴーサインをいただき、2人を止めるものはもう誰もいない。
「まぁまぁ、そのくらいの歳の時は、私もあの人も、猿みたいにしてたからね、若気の至りって奴?あの時のことを思い出すとゾクゾクする〜」
「お、お母さん!」
性格は夕夏とは全然似ていないらしい。
容姿はよく似ていると思ったものの、性格は真反対だと把握した悠馬は、優梨の会話をなるべく聞き流しながら、興奮を抑える。
夕夏は悲鳴にも近い叫び声で、優梨を止めに入っていた。
「ま。今日はゆっくりしてってね。暁くん。もしかしたら、ちょーっと嫌なことあるかもしれないけど、夕夏は嫌いにならないであげてね?」
「?嫌いになりませんよ」
嫌なことなんて、この場に悪羅でも現れない限り、悠馬は嫌だと思うことはないだろう。
優梨の発言に違和感を覚えた悠馬はこの日、本気で嫌なことに苛まれることとなる。
だが、それをまだ知らない今の悠馬は、呑気なものだ。
無邪気に首を傾げながら、夕夏のことは嫌いにならないと明言した悠馬。
そんな彼を見て、笑顔を見せた優梨は、おもむろに立ち上がると、悠馬を抱きしめる。
「ありがとう、娘をよろしくね」
「は、はい…!」
「もう!お母さぁん!」
夕夏の叫び声が、室内に響き渡った。




