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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
夏休み編
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暁悠馬の優雅な日常

 朝。冷房のカタカタという駆動音が小さく室内に響き渡り、まだ眠い頭をゆっくりと覚醒させていく。


 うっすらと目を開いた悠馬は、外から聞こえてくる賑やかな声と、そして微かに聞こえる蝉の鳴き声を聞いて、ベッドから起き上がる。


「昨日は楽しかったな…」


 昨晩の出来事。

 たくさんの知り合いを呼んで開催されたバーベキューは、あれからアダムとアルカンジュが付き合い始めたという報告の後に、みんなで花火をして幕を閉じた。


 ここ数年間、花火などしてこなかった悠馬からしてみれば、とても幸せで、有意義な時間だったと言ってもいいだろう。


 携帯端末を手にした悠馬は、最後にみんなで撮った集合写真を眺めながら、微笑んで見せる。


「また来年も、こういうことしたいなぁ…」


 花火にバーベキュー。


 青春を謳歌していると言っても過言ではないイベントに参加した悠馬は、はやくも来年のことを考え始めているご様子だ。


「さてと…着替えるか」


 携帯端末に保存されている画像を見て、一通り満足した悠馬は、服を脱ぎ、お着替えを始める。


 悠馬の今日のご予定。


 彼女が3人もできた悠馬にとって、夏休みというのはさぞ幸せな時間だろう。


 何しろ、彼女が3人もいれば、ほぼ毎日3人のいずれかと遊べる可能性は高い。

 などと考えている人もいるだろうが、案外そうでもない。


 悠馬の今日のご予定は、何もない。


 夏休みが始まってから、数週間。


 はやくも予定がなくなってしまった悠馬は、こうしてボソボソと独り言を呟きながら、夏休みを過ごしているのだ。


 昨日の夜は少し遅くまで片付けをしていたということもあってか、昼近くまで眠っていた悠馬は、鏡を眺めて寝癖を直しながらTシャツを手に取る。


「筋トレするか…本読むか…ランニングは夜にやるとして…」


 今日は最初に何をしようか?


 お友達と遊ぶ予定のない悠馬は、自身のやるべきことを考えながら、首をかしげる。


 昼間からのランニングは暑すぎるためパス。日が暮れて涼しくなるであろう夕方から夜にかけてランニングをすることだけ決めた悠馬は、服を着ると、椅子に座り本を手にする。


 最近の悠馬の生活。

 それは他の生徒と何ら変わらないものとなりつつあった。


 1ヶ月前までは、復讐のことを最優先に考え、全てを投げ捨ててきた悠馬だったが、花蓮の気持ちを知り、自分の気持ちを知り、彼は穏やかになっている。


 心に余裕ができた悠馬は、こうして本を読むことも始めたのだ。


 夏休みの悠馬の生活は、本を読む→夕方近くに筋トレをする→ランニングをする。というものになっていた。


 ダイニングに1人座った悠馬は、物静かな空間で、1人読書に耽る。


「はい、紅茶」


「ありがとう」


 悠馬が本を読み始めてすぐ。


 集中力の凄い悠馬は、ものの1分ほどで本の世界に入り込むと、机の上に置かれた紅茶を一口飲みながら、真剣に文字を読む。


 その姿は、優雅という単語が相応しい。


「…ん?」


 紅茶を一口飲み、ティーカップを机の上に戻した悠馬は、ある異変に気付いた。


 この寮、1人用だったよね?


 え?何今の。誰に紅茶渡されたの?誰が淹れた紅茶?


 本に視線を落としながら、どこの誰に紅茶を渡されたのか理解できなかった悠馬は、顔をガバッとあげると、あたりをキョロキョロと見渡す。


「美月…居たのか」


「うん、着替えが始まる前からずっと居たけど…なかなか気づいてくれないから」


 サラサラとした銀色の髪と、吸い込まれるような紫の瞳。


 ようやく悠馬に気づいてもらった美月は、嬉しそうに微笑みながら悠馬の方へと歩み寄る。


「どう?私の淹れた紅茶、美味しい?」


「ちょっと待って。もう一回飲ませて」


 特に意識もせずに、一口目を飲んでしまった悠馬。


 下手なことを言って、嫌われたくない。そう思った彼は、もう一度紅茶を口に含むと、真剣な表情を浮かべる。


 酸味も苦味もなく、茶葉の風味がよく効いている。


 ほんの少しだけ砂糖を入れているのか、甘みのようなものを感じるが、決して甘すぎず、その砂糖がいいアクセントとなって、口の中を包んでくれる。


 鼻を吹き抜ける茶葉の香りを堪能しながらティーカップを置いた悠馬は、審査を待っている美月を見ると、頬を緩めた。


「美味しい。程よい甘みで、俺こういう紅茶が好きだ」


「あはは…良かった〜照れるなぁ…」


 初めて淹れた紅茶が、大好きな彼氏から高評価だった。


 頬を赤らめながら、手で顔を隠す美月は、嬉しそうにモジモジとしながら机に突っ伏す。


「ところで美月…どうやって俺の寮に入ったの?」


 今世紀最大の疑問。


 目覚めて間もない悠馬は、鍵を開けた記憶もなければ、彼女に合鍵を渡していた記憶もない。


 なぜここに、どうしてこんな時間から美月がいるのか、それがわからない悠馬は、不思議そうに問いかける。


「あー…昨日、片付け遅くまであったよね?」


「うん、22時半過ぎまで片付けした」


 昨日のバーベキューは、21時半まで花火などをしてしまった為、最後の片付けはかなり忙しいものとなっていた。


 結局、異能島の補導時間までに片付けが終わらなかったため、最後の方は近くに住む、夕夏、美月、悠馬、そして花蓮でお片づけをしたのだ。


 4人で片付けた結果は22時半。補導時間を30分もオーバーして片付けは終了した。


「あの後、結局寮に帰れなくて。ほら、補導されたら、学校側からイエロー出るし、流石に怖いからさ」


 異能島の厳しい補導時間。


 学生同士のいざこざや、事件事故に巻き込まれないように決められている補導時間を守らなければ、自身の通う学校へ即連絡、からの理由に応じた罰則が課せられている。


 イエローの場合はよくて厳重注意と反省文、悪くて停学。


 それを何度か繰り返すと、保護観察処分的な悲しいことになってしまう。


 行くところに制限がされたり、許可を貰わないと外出できなくなったり。


 美月はそれを危惧したのだ。


「だから昨日は、夕夏の寮に泊まってたの。花蓮と夕夏と、3人でお泊まり会」


「羨ましい…」


 本音をこぼす悠馬。


 美月、花蓮、夕夏に囲まれて眠りたいなどという願望を少なからず抱いていた悠馬からして見ると、3人のお泊まり会というのは、かなり羨ましいものなのだろう。


 いや、正直な話、男だったら誰だって羨ましがるかもしれない。


 可愛い女の子とのお泊まり会というのは、男にとっては夢のようなものだ。


「それで、少し悠馬の寮に遊びに行こうかなって思ってさ。悠馬、朝ごはん食べた?」


「なるほど。食べてないよ。ついさっき起きたばかりだし」


 夕夏の寮とつながっている、悠馬の寮。


 なぜ鍵を持っていない美月がこの場にいるのか。その謎が解けた悠馬は、彼女のありがたい申し出を受け入れる。


「ふふ…なんか夫婦みたい」


 悠馬が朝ごはんを食べていないと聞いて、立ち上がる美月。


 今まで一度も悠馬に料理を作ったことがないためか、それとも朝から彼氏にご飯を作るからか。


 夫婦だと呟いた美月は、嬉しそうにキッチンへと向かう。


「何が食べたい?」


「うーん、目玉焼き?」


 朝ごはん、といえば軽いものだろう。


 昼近くということもあってか、あまり大量には食べるつもりのない悠馬は、目玉焼きをご所望の様子だ。


「はいほーい。…って、うわ、悠馬の冷蔵庫の中、なんでこんなに野菜が入ってるの?」


 傷一つ付いていない、綺麗に掃除の行き届いた冷蔵庫。


 裏を返せば、全く使っていない、触れていないようにも見える冷蔵庫の中を見た美月は、驚きの声を上げた。


 それもそのはず、悠馬の寮には、毎晩夕夏が料理をするために訪れている。


 そのため、冷蔵庫の中には、ある程度の具材、即興で何かが作れるように、鮮度のいい野菜が買い揃えてあるのだ。


「夕夏がご飯作ってくれるからさ。色々買ってる」


「悠馬と夕夏って、ほんと仲良いよね。ハンバーグ作った時に実感したけど」


 美月が入れ替わりのクスリを飲んだ時に、悠馬の身体で夕夏とともに作ったハンバーグ。


 夕夏がご飯を作ってくれると聞いて、あれからも毎日ご飯を作っているのだろうと察した美月は、若干呆れたご様子だ。


「うん…まぁね。入学試験の時から隣の寮だったし。仲良くもなるし、好きにもなるよ」


「悠馬もずいぶん変わったね。合宿の時は、一歩踏み出すことをあんなに怯えてたのに」


 2ヶ月前の合宿の時。


 花蓮という許嫁の件でくよくよしていた悠馬が、わずか2ヶ月でこれだけ変わってしまったのだから、人間何が起こるかわからないものだ。


「何が大切か。何を失いたくないか。ようやくわかったんだ。俺は、失いたくなかったもののために戦うんじゃなくて、失いたくないもののために戦うって、決めたんだ」


 今を大切にしたい。今を失いたくない。


 もう2度と同じ過ちを繰り返さないと誓った悠馬は、調理をする美月を眺めながら、そう呟く。


「そっかそっか」


「うん。だからもう、大丈夫。1人で死のうなんて、復讐さえ出来ればいいなんて考えてない。俺は結構強欲だからさ。悪羅を倒して、幸せになる。美月と花蓮ちゃんと夕夏と。幸せになりたい」


「あはは。ちゃんと目的も決まったんだ?安心した。勝手に迷走して、成り行きで付き合ってるわけじゃないってわかって」


 美月としては、そこが気がかりだったのかもしれない。


 やけくそでいろんな人と関係を持ったり、わけのわからない行動をとったり。


 最近の悠馬を見ていて、もしかすると迷走しているのかもしれない。そんな不安を抱いていた美月は、悠馬の本音を聞くことができて、満足している様子だ。


「さすがに、そこまでクズじゃないよ。人生の大先輩から、逃げないほうがいいって言われたし」


「はは、なにそれ」


 何気ない会話で、笑い合う2人。


 目玉焼きができたのか、キッチンから出てきた美月の手には、少し大きめの皿に、目玉焼きとレタス、そしてミニトマトが乗っかっていた。


「へぇ、美月って料理できたんだ?」


「馬鹿にしないで。私、料理は人並みに作れるんだから」


 もしかすると、美月は料理が下手くそかもしれない。


 入学してから今まで、彼女の料理を見たことがなかった悠馬は、勝手にそんなことを想像していたが、美月は人並みには料理が作れるらしい。


「美味しそう」


「お口に合うかわかりませんが、どうぞ」


 美月が作った目玉焼き。


 お箸をもらった悠馬は、美月が見守る中、目玉焼きを摘むと、黄金色の黄味が破れないように、一口目を食べる。


 口の中に広がる、素朴な味わい。


 悠馬は目玉焼きに上手い下手があるように考えているようだが、目玉焼きという料理は、卵を割って焼いて調味料をふりかけるだけだ。


 その手順で失敗をするというのなら、端的に言って料理のセンスがない。


 況してや、不味くなるということはまずないだろう。


 つまりなにが言いたいかというと、目玉焼きに上手い下手はないのだ。


 なにしろ焼けば完成するのだから。


「美味しい」


「ふふ、お気に召したようでよかった」


 初めて食べた、美月の手料理。


 彼女の目玉焼きを嬉しそうに頬張る悠馬は、あっという間に目玉焼きと、そして盛り付けられていた野菜を食べ終え、紅茶を口にする。


「ご馳走様でした。美味しかったです」


「はーい」


 彼女の美味しい手料理が食べられて満足の悠馬と、彼氏に料理を大絶賛されて満足の美月。


 食器を下げ終えると、椅子に座っていた悠馬の肩へと手を伸ばした美月は、瞳を閉じながら彼を抱きしめる。


「ど、どしたの?美月」


「悠馬成分補充中」


「なんだよそれ…」


 後ろから抱きついてきた美月の手に優しく触れ、頬を赤らめる悠馬。


 昨日はキスの直前で通に邪魔をされたが、今日は邪魔をする存在など、誰1人として存在しない。


 なにしろここは悠馬の寮で、今は2人きりの空間。


 誰も入って来る心配はないし、安心して口づけを交わすことだってできるだろう。


 美月の抱擁を拒むことなく受け入れる悠馬は、幸せそうに見えた。


「はい、補充完了!」


「足りなくなったら、いつでもどうぞ」


 悠馬成分を補充し終えた美月。


 美月から手を離された悠馬は、名残惜しそうに見えたものの、次回のことも考えているご様子だ。


 優雅に紅茶を飲む悠馬。


「悠馬くん!」


 そんな2人の元に、甲高い、悲鳴にも近い声が聞こえ、それと同時に、脱衣所の扉が勢いよく開かれた。


 亜麻色の髪を揺らしながら、息を切らす夕夏。


 かなり慌てているのか、彼女の顔には、焦りが見られた。


 一体何かあったのだろうか?


「悠馬くん、お父さんが明日から、うちに来いって!」


「ぶ…ゲホッゲホッ!」


 夕夏の口から放たれた、衝撃の内容。


 紅茶を口に含んでいた悠馬は、その衝撃の話を聞いて、紅茶が変なところに入ったようだ。


 彼女のうちに来い。そんな衝撃的な提案。


 彼女の家に行くのなんて、ずっと後の話になるだろう。

 そんな甘い考えをしていた悠馬だったが、現実というのはそこまで甘くないらしい。


 しかも帰省は明日から。


 こうして悠馬の優雅(?)な日常は、今日も続く。

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