昼ごはんを食べよう2
注文を終え、商品が来るまでの空いた時間。
向かい合って座っている悠馬と花蓮は、ある話をしていた。
「そういえばアダムくんとアルカンジュさん?だっけ?あの2人はどうなったの?」
その内容は、つい先日、肝試しを装って開催される予定だったアルカンジュの告白についてだった。
結局、アメリカ支部の妨害、そして夕夏と美月の誘拐に、悠馬が倒れるなどして、2人の告白がどうなったのかを知らない花蓮は興味深そうに身を乗り出す。
「あー…それは、後日ちゃんとした報告がしたいって言ってたから、2人の口から聞いてほしい」
アメリカ支部の一件。その事件がキッカケとは言えないが、お互いに好き合っていた2人が付き合うのは時間の問題だった。
結論から言うと、2人は付き合っているらしい。
悠馬はアダムから付き合ったと言う報告を受け取ったものの、迷惑をかけたメンバーたちには、また後日お詫びとして、どこかで集まった際に自分たちの口から話したい。と言う旨のお願いも聞いた為、2人がお付き合いをしていることは、誰にも話していない。
「そっかそっか。報告出来るようなことがあるなら、良かったわ」
後日ちゃんとした報告。と言う単語が何を指すのかは、すぐにわかる。
付き合えたんだろうと判断した花蓮は、人の恋愛だと言うのに、嬉しそうな表情を浮かべる。
他人のことも、自分のことのように喜んでくれる。
みんなきっと、花蓮のそういうところに惹かれるんじゃないだろうか?
「それで?悠馬は?進展あるの?」
「俺?誰と?」
「篠原さんとよ。私、仕事とかであまり話したことないからさ?」
花蓮の質問。
花蓮は夏休みに入ってからの今日までの半分を、本土での仕事で消費していた。
当然、そんな彼女が悠馬と顔を合わせる時間が多いはずもなく、花蓮は夏休みに入ってから、悠馬と会うのは今回で2度目なのだ。
もちろん、その間美月とは遭遇していない。
悠馬の病室で少し話はしたものの、それ以上でも、それ以下でもない美月のことを気にするのは、彼女としては当然のことだろう。
「付き合った後、ちゃんと連絡とってる?」
「さ、流石にそれを疎かにするほど馬鹿じゃないぞ…!」
美月と付き合い始めたことは、知っている花蓮。
彼女が心配しているのは、付き合ったその後のようだ。
彼女、いや、この島の中で最も付き合いが長い花蓮は、悠馬がどれだけ鈍感なふざけた人間なのかを、誰よりも知っている。
そんな彼のことを心配するのは、花蓮の仕事になりつつあった。
しかし悠馬とて、いつまでも鈍感でふざけた野郎のままでいるつもりはない。
夏休みに入ってから毎日、美月とは連絡も取り合っているし、寮に遊びにいくくらいの仲だ。
付き合いたてのカップルとしては、上出来じゃなかろうか?
「ほんとかしら?それならいいんだけど」
「ほんとだよ!不安なら、今度美月に聞けばいいだろ」
自信ありげな悠馬。
しかしその自身は、ほぼ100パーセント、美月が付けてくれた自信だ。自力で手に入れたものではない。
美月がこの光景を見ていたら、呆れてため息を吐くこと間違いなしだ。
「まだまだダメだ」と。
「夕夏とは?私、最近夕夏とも会えてないのよ。仲良くやれてる?」
「うん。夕夏も花蓮ちゃんと会いたいーって言ってた」
夕夏とはほぼ毎日一緒の寮にいるだけあってか、寝る以外の時間を共にすることはかなり多い。
別に仲は悪くなっていないし、むしろ順調だと思えるほど会話も弾んでいるし、仲良くやれているという判断でいいだろう。
「そっか〜、これから1週間はオフだし、夕夏の正面の寮でしばらくお世話になろうかしら?」
「あはは…」
悠馬と夕夏の真正面の寮を、特待生という権限で我が物にしてしまった花蓮。
1週間くらい、うちで泊まればいいのに…などと言う度胸のない悠馬は、笑いながらそれを受け流す。
「花火もしたいわね。ちょうどビーチ横な訳だし」
「そうだね。夜だと誰もいないだろうし」
悠馬と夕夏の寮の後ろは、ビーチだ。
当然夜になると、近所騒音を気にしてか、人は居なくなるわけで、20時以降はほぼ貸切状態、悠馬と夕夏の寮の庭と言っても過言ではないほど、静かになる。
花火をしたって、近所迷惑にはならないだろうし問題ないだろう。
なにしろビーチ横の寮は4つしかないのだ。花蓮が2つ所持、悠馬が1つ、夕夏が1つの時点で、迷惑のかかる人はいない。
「それじゃあ、私、今日の夜からそっちに行くわね」
「うん、待ってる」
はやくも今晩からの予定が決まった悠馬は、やけに上機嫌に微笑む。
彼女が近くでお泊まりをするのだから、嬉しいのも当然のことだろう。
「お待たせいたしました」
ちょうど会話も終わり、少しの間が空いた直後。
タイミングを見計らったかのように、ウェイトレスが注文した商品を手に持ち、歩み寄ってくる。
グッドタイミングだ。
そのタイミングの良さに、心の中で歓喜した悠馬は、本日の昼食を見て目を輝かせる花蓮へと視線を移す。
「ねぇ悠馬、写真撮っていい?ファンの人たちから色々コメントもらってさ。1ヶ月間悠馬の話しなかったら、別れたんじゃないかとか言われて…」
悠馬と付き合い始めたその日に、盗撮をしてその画像をネットへアップをした花蓮。
当然、それをみたファンたちは大騒ぎだった。
まさに阿鼻叫喚。数万件のコメントが寄せられ、収拾がつかないほどの騒ぎになったらしい。
幸い、あまりSNSをしない悠馬は、匿名から叩かれる、調べ上げられる。などと言うことはなかったが、興味本位で彼氏について聞いてくる人も多いのだろう。
あれだけ大々的に王子様を探していたのだから、その画像が一枚で終わってしまえば、破局したと思われても仕方ない。
「いい…けど、顔より下ね?さすがに、それより上は恥ずかしいから…」
意外と女々しい悠馬。
顔を晒すのは恥ずかしいし、怖いのだろう。
少し戸惑いながら花蓮に指示を出す悠馬は、背筋をピンと伸ばし、運ばれてきた料理を自分の手元に寄せる。
「うん、りょうかーい!」
音のないカメラで写真を撮った花蓮は、悠馬に顔が写ってないことを確認させると、SNSにアップを始める。
こういったことを定期的にSNSで発信して行くというのは、かなり面倒なことだ。
それを見ているだけで、アイドルやモデルといった仕事がどれだけ面倒なのか、少し理解できる気がする。
まぁ、花蓮が好きでやっているんならいいのだが。
彼氏とデート中!
というタイトルに画像を添付させた花蓮は、再び悠馬に携帯端末を向ける。
「えへへ…ねぇ悠馬、私用に、もう一枚だけ写真撮ってもいい?お仕事中でも、悠馬の顔見たいから…」
「そ、それは恥ずかしいから、許可取らずに盗撮してくれ…」
引きつった顔の写真を撮られて、永久保存されるのは御免だ。
そう思った悠馬は、自身がごく自然体でいるときに盗撮してほしいという謎の願望を口にする。
「わかった!じゃあ、許可もらわずに写真撮るね!」
「うん。許可する」
撮影許可をいただいた花蓮は嬉しそうに、そして嬉しそうな花蓮を見た悠馬も嬉しそうに、各々が注文した商品を手元に寄せ、手を合わせる。
「それじゃあ」
『いただきます』
すぐに盗撮を行わなかった花蓮と、悠馬は、お互い同時に挨拶をして、昼食を食べ始める。
「はい悠馬、あーん」
花蓮の先制攻撃。
薄々、というか、多分そのうちされるだろうとはわかっていたためパニックにはならないが、初手からその行動をしてくるとは思っていなかったため、驚きを隠せない、
少し焦りながら、花蓮がフォークに巻いたカルボナーラを口にした悠馬は、口の中に広がる濃厚な旨味と風味を堪能し、喉を鳴らす。
その直後、悠馬はぽろっと本音をこぼした。
「できれば、花蓮ちゃんの口づけフォークで食べたかった…」
そうすればもっと美味しかったろうに…
それと同時に発生する数秒の間。
口に出すつもりはなかったものの、もしかしたら自分が思っていたことを言葉にしていたのかもしれないと我に返った悠馬は、冷や汗を流す。
絶対ドン引きされたやつだよこれ。
今の失言は、ただの変態のソレだ。
「冗談だよ〜あはは☆」的なノリで取り消すこともできないし、キッショ死ねやと言われてもおかしくないレベルの失言をしてしまった。
徐々に青ざめて行く悠馬は、無表情な花蓮を見て、絶望する。
土下座するしかないよこれ。ってか、なんて言い訳するの?今の本音だし、なんて言い訳するのが正解なの?助けて美月さぁん!
猫型ロボットのように、心の中で美月のことを頼る悠馬。
しかし、当然ながら美月に連絡を取っているわけではないため、返事は返ってこない。
「ご、ごめん…気が利かなくて…」
無の表情になっていた花蓮は、すぐに申し訳なさそうな表情を浮かべ、頭を下げる。
もしかすると、彼女は今の行動で好感度が下がってしまったなどと考えているのかもしれない
「あ、いや!これは花蓮ちゃんとエッチなことしたいとか、そういう感じの邪な…突発的な感情だから!花蓮ちゃんの謝ることじゃないよ!」
何を言ってるんだろうか?
自分で墓穴を掘っているような気がしなくもないが、後の祭りだ。
言い切った悠馬は、花蓮の方を見つめ、彼女の返事を待つ。
「なるほど…悠馬って、ど変態?」
入学試験初日に女子(夕夏)の全裸を覗くくらいには変態だが。
実際に彼女に面と向かって言えるわけなどないため、心の中でそう呟く。
「まぁ…高校生って、そんなもんじゃないか?」
むしろ毎晩、花蓮や夕夏、美月を抱き枕にして寝たいくらいだ。
これは男として異常なのだろうか?いや、きっとみんなそうだ。
高校生ならそんなこと、一度や二度、そして三度考えたことはあるはずだ!
自分がそうなのだから、周りだってそうだろう。そんな勝手な結論を出した悠馬は、断言してみせる。
「ほら、あーん」
悠馬が男子高校生全員を敵に回している真っ最中。
会話の最中に、パスタを一口口に運んだ花蓮は、口づけしたフォークを悠馬に向ける。
無論、フォーク単品ではなく、パスタも添えてある。
花蓮の差し出したパスタの絡まったフォーク。
悠馬はされるがまま、花蓮から差し出されたパスタを口に運んでもらい、そのまま吟味する。
「とても美味しゅうございます」
間接キス!間接キスしたよ!!あの花咲花蓮と!
心の中でそう発狂する悠馬は、自分がキスも、それより先の行為をしたことなど忘れ、間接キスで一喜一憂する。
気持ち的に、というか、もともと三つ星料理店で美味しいパスタが、さらに旨味が増した気がする。
いや、そんなこと言ったら、シェフに殺されそうだし、場の雰囲気をぶち壊しそうだから口にはしないが。
「花蓮ちゃん、あーん」
お返し。
パスタを二口もいただいた悠馬は、まだ手をつけていないマルゲリータの、綺麗に分断された一切れを手に持ち、花蓮の口元へと持って行く。
「あーん」
悠馬が口元まで運び、花蓮は髪が口に入らないように右手で払いながら、ピザを口の中へと咥える。
その姿は完璧美少女。
周りにお客さんがいない2人だけの空間だったら、間違いなく抱きついていたことだろう。
「うん、美味しい!」
実際、これだけ高い金額設定で美味しくなかったら大問題なのだが…
高いお金を払うだけのことはあって、フードコートとは比べ物にならない美味しさだ。
周りの人には邪魔をされないし、いい雰囲気のお店の中で、ゆっくりとご飯を食べられる。
それだけで、お金を払う価値はあるのではないだろうか?
それから2人は互いに、食べることを優先する。
周りのお金持ち生徒たちからは、少し好奇の視線を送られていたような気もするが、富裕層の学生や、この島に取引をしに来た大企業の社員が多かったためか、話しかけられることも、手を振られることもなく、静かな時間を過ごすことができた。
間接キスって、なんだかいいですね…




