結末を知る者たち
「やぁやぁ死神さん、元気してる〜?」
セントラルタワー、100階。
書庫と机、最低限のものしか並んでいない空間に座っている道化の仮面をつけた男は、やけに珍しい、賑やかな声を耳にして頭を抱える。
その声の主は、異能島の理事を務める、間宮、そして十河の2人のものとは全く違う声。
自身と2人を除いて全員を解雇してしまったセントラルタワーのなかでは聞こえるはずのない、4人目の声だった。
「星屑…オマエ、どうやって入ってきた?」
「そりゃあ、あの機械をちょちょいと弄って!」
あの機械、と言うのは、セントラルタワー1階に設置されてある、厳重なロックのことなのだろう。
いかにもワルな表情で、指をちょちょいと動かす星屑を見た死神は、呆れのため息を吐く。
「オマエ、言っておくがそれは立派な犯罪だぞ?」
勝手にロックを解除して不法侵入。
扉が開いていたならまだしも、開いていない扉をこじ開けたのだから大問題だ。
しかも、この島の全てを管理するセントラルタワーの最上階への侵入。
いくら学生といえど、その行為は到底許されるものではない。
「まーまー、許してよ!俺だって協力したじゃん!」
今にも警察を呼びそうな死神に対して、星屑は焦ったように話をする。
「まぁ、別に構わん。オマエが敵でないことは、ずっと前から知っているからな」
「そりゃどうも」
「ところで今日は何の用だ?」
ふざけた会話も終えて、ここからが本題。
こんなことを話すために、わざわざ厳重な警備を掻い潜って最上階まで来たわけじゃないだろうと判断した死神は、単刀直入に質問をする。
「確認?っていうのかな?俺が思い描いている未来と、そして死神さんの思い描いてる未来。きちんと話しておかないと、お互いに行き違いがあった時に大問題だからね〜」
未来を知る星屑。
彼の異能は、未来を見ることができるなどという、優しく優れた異能などではなかった。
彼の本当の異能は、結末を知る。という異能だ。
人間の人生というのは、数え切れないほどの選択肢の連続だ。
そんな数え切れないほどの選択肢のそれぞれを選んだ結末が、星屑には流れてくる。
もちろん、全ての人間の結末を見れるわけじゃない。
ただ、特異点となる、大きな結末を何通りも見ることができるのだ。
例を挙げるとするなら、花蓮の件だろう。
花蓮が死ぬという未来の結末を、悠馬が助けに入るという分岐点を設けたことによって、彼女の命は救われた。
もちろん、救われたのだが…
星屑の脳内には、花蓮の死んだ結末も焼き付いているのだ。
全てがうまくいったとしても、星屑の脳裏に悲惨な結末は焼き付いたまま。
加えて、星屑の異能は、自身が好き勝手に干渉できるものではない。
結論から言うと、星屑はその分岐点に干渉することはほぼ不可能なのだ。
大きな特異点になればなるほど、選択を迫ることはできても、どっちの結末が幸せなのかは伝えることができない。
心苦しい異能だ。
「なるほど。状況把握か」
「そうそう。だって君は、正真正銘の未来人!俺が知らないことを、平然とやってのけるわけだし!それの邪魔をするのは気がひけるだろ?だから教えてくれよ!」
死神のことを未来人と呼んだ、星屑。
それが事実ならば、星屑が知っている特異点とは全く違った、そして全く新しい特異点だって作り直すことができることになる。
なにしろ、星屑には小さな特異点が見えない。
大きな特異点だけでは変えられないものを、死神ならば変えられる可能性があることとなる。
そして、その過程で邪魔をするわけにはいかない。
特異点を変えるという大きなことをやろうとしているのに、それに気づかず、元の特異点に戻しておきました!などということがあったら、絶対にいけないのだから。
「まずは木場さんと刈谷!俺の結末では、2人とも死亡と退学なんだけどサ…こっちは俺も干渉したから、変わるのも無理はないと思うけど…なんで異能島で療養させてんの?」
一番最初に星屑が質問したのは、花蓮を巡って悠馬と戦うことになった、刈谷と木場についてだった。
「その2人に理由はない。オマエと俺が、花咲花蓮に生きて欲しいと判断したから、その過程で生じた副産物だろうさ。オマエが直接悠馬に干渉したからかもしれない」
どの結末でも悲惨な運命にあるはずの2人が、その運命から抜け出た。
その原因は、星屑が悠馬に選択を迫ったからだろうと結論づけた死神は、特に考えるそぶりも見せず、椅子に座る。
「そかそか。そういえば今の悠馬もイレギュラー化してるんだった。俺の知ってる結末にならないのも、無理ないか!」
「そうだな」
星屑の知っている結末の中では、悠馬は闇堕ちなどしていない。
そもそも、悪羅百鬼という人間が存在していなかったのだ。
「悪羅百鬼…一体何者なんだろうね?あれも未来人かな?俺たちみたいに、やり直してると思う?」
「はっ、オマエはやり直してないだろ。ただ未来のオマエの記憶を、ほんの少し覚えているだけ。だから悠馬が聖人だったという印象が強いだけだ」
不思議そうな星屑に対して、死神の話は続く。
「多分、オマエが見ている結末の一部分は、未来でオマエが見ていた結末と融合している。だから今、オマエの異能が当てにならない時があるんだろうさ」
未来では、現在起こっていることが起こっていなかった。
例えば、悠馬は今付き合っているが、未来の星屑がいた空間では付き合っていなかった。
そしてその付き合っていなかったという記憶が、星屑の頭の中に印象として残っているため、結末が食い違う、全く知らない別のルートへと分岐してしまうのだろう。
「悪羅は知らん。興味もない」
「ははっ、結構重要なことなのに…やっぱりあのお方?」
悪羅のことは全く知らない。興味もないと断言した死神を見た星屑は、あのお方という単語を呟く。
それと同時に、死神は硬直する。
「…そうだ」
「残念なことに、俺は視認したことがないから、あのお方の結末は見れないんだよね」
視認した対象の結末しか見れない異能。
残念そうに話をする星屑に対して、机をコツンと叩いた死神は、仮面の位置を整える。
「アイツに結末は通用しない。オマエ程度の異能は、軽く書き換えられてしまうと考えておいたほうがいいだろう」
「あう…こっわ。すでに書き換えられてたらどうしよう?」
悪羅よりも警戒すべき人物。素性が全く不明の、3番目の世界的大犯罪者について話す2人は、ふざける様子もなく、真剣に言葉を交わした。
「それで、あのお方と戦うためのパイプとして、ジャクソン隊長を生かしてアリスに貸しを作ったの?アメリカ支部と共闘しようって魂胆?」
「まぁ、2割ほどあっているが、俺はアメリカ支部の協力は期待していない」
「星屑。俺は戦神を手に入れたいんだよ。アレは絶対に必要になる」
「なるほど…」
ジャクソンが無事にアメリカ支部へと帰る事が出来れば、バースの悪行、そして素性も知らない暁闇に助けられたという報告が行く事だろう。
そうすれば当然、アリスは不安を抱くはずだ。
副隊長を殺せるレベルの実力があることに。
そう考えて真っ先に思い浮かぶのは、戦神だ。
戦神は学生で、素性もわからない暁闇の調査をするにはもってこい、昼間から堂々と調査はできるし、加えてバースよりも実力が上だ。
絶対に起用してくる。
ジャクソンを生かしたのは、アメリカ支部から戦神を引き抜くためだ。
自分の思い通りに事が運ぶよう計画している死神は、納得する星屑を見て、少し無言になる。
「はは。死神さん、君はやっぱり面白いことを考える…!いいね!俺の知らない結末になりそうだよ!共に抗おう!」
聞きたいことは聞けた。
死神が今後しばらく、何を行う予定でいるのかを聞けた星屑は、満足そうに扉へと向かい、そして扉の前でお辞儀をする。
「またね!死神さん……いや、悠馬。今度は全部、救えるといいね」
そう小声で呟いた星屑の声は、死神の耳へ届くことはなかった。
***
真っ暗な部屋の中。そこには3人の影があった。
「はぁ〜あ…薄暗い…そろそろ電気つけて、パーっと楽しまない?」
「申し訳ありませんが、それはできません。わかっているでしょう。貴方は犯罪者の身。電気をつけて顔バレでもすれば、私の首も、そして貴方の隠れ家もなくなってしまいます」
電気をつけたい。と呟いた人物の顔は、この世界に住む人間なら、誰でも知っている人物だった。
真っ黒な髪。剣で斬られたような痕を顔に残している人物、異能王殺しの悪羅百鬼だ。
「ふふ…オマエのクビが飛ぶのは困るな…」
残念なことに、残りの2人の姿はよく見えない。
それは薄暗いためなのか、異能を使い阻害されているのか。
「そうだね〜、今君のクビが飛んだら、これから起こる世界会合の情報も手に入らなくなるし、キッツイな〜。ね、総帥サマ」
「我が王…おちょくるのはやめてください」
どうやらこの中では、悪羅が1番上のようだ。
総帥サマと呼ばれた人物は、少し嬉しそうに、そして困ったように答える。
「それで?今回の話題はなんだったんだ?」
「暁闇、死神、あのお方、そして異能島についてかな」
悪羅ではない人物の質問に、総帥サマと呼ばれた人物が答える。
彼はどうやら、本当に総帥のようだ。
世界会合で各国のお偉方が話していた重要な内容を、的確に告げる。
「死神はあのお方に繋がりのあるものなんじゃないかって疑っているんだけど…どう思いますか?王」
仮面をつけ、素顔を露わにしない。
その上、功績を挙げ過ぎている。
明らかに出来過ぎな現状を、この人物は疑問視しているのだろう。
「断言するよ。アレはあのお方じゃない。少なくとも、あのお方と敵対する存在だ。下手に俺たちへの干渉はしてこない」
「ほう…?新入りは味方か」
「でも油断はしないでね。アイツは犯罪者に容赦ないから。最終目標が同じなだけであって、それまでの過程は全く別物だから」
目指す目標は同じでも、その過程は違う。
悪羅が見捨てるべきだと判断したものを、死神は救いたいと判断するかもしれないし、逆も然り。
意見が食い違うたびに、激突する可能性だってあるのだ。
敵ではないが、味方でもない。
そう判断した悪羅は、味方と発言した男に対して、そう告げた。
「それもそのはずか…私と悪羅は…この世界を…結末を変えるためだけに、沢山の犠牲を出した」
「そう。だけど、死神はその犠牲を払わずに結末を変えるつもりなんだよ。だから俺たちとは、相容れない。なにしろ俺たちは悪で、彼は正義、なのだからね」
悪羅の話は続く。
「だから君はそこまで警戒しなくてもいいんだよ。アルデナくん」
そう締めくくった悪羅は、アルデナと呼んだ人物の方を向く。
暗がりで見えなかった、2人の人物の姿。
総帥サマと呼ばれていた人物は、イタリア支部総帥、そして先代異能王の息子である、コイル・アルデナだった。
そんな人物が、理由は定かでないが、自身の父親を殺した人物を慕っている。
「わかりました。ご助言、感謝いたします」
総帥の1人が、裏切り者で内通者。
きっとそのことについて知っている人物は、ここにいるメンバーを除いて、誰一人としていないことだろう。
「オクトーバーくんも、下手に動かないでよ?捕まったら計画狂うし、ね?」
もう1人の人物の名を口にした悪羅。
ここにいる3人目の人物は、2番目の世界的大犯罪者、世界大戦の引き金となる火種を作った男、元ロシア支部総帥のオクトーバー・ランタンだ。
世界的大犯罪者の、トップ1.2が足並みを揃えている。
「ああ。さすがの私も、下手に動くなどということはしない。特異点までの時間も大して残っていないのだ。やるべきことを果たせば、あとは大人しくする」
「そっかそっか。それを聞いて安心したよ」
ここにいる人物たちが起こす行為というのは、決して正義の味方のようなものではない。
誰かを救うために全てを救うのではなく、誰かを救うために全てを切り捨てる。
結末を変えるためには、何だってするのが、悪羅百鬼、そしてオクトーバー・ランタンだ。
「すみません。我が王。連絡が入りましたので、これにて失礼させていただきます」
「はい。情報提供ありがとう。また頼むよ」
総帥という身もあってか、忙しそうに携帯端末を取り出し、去っていくアルデナ。
そんな彼を見送った悪羅は、大きく手を振りながら、にっこりと笑みを浮かべた。
「ねぇ、オクトーバーさん、楽しみだね。あのお方が苦しんで死ぬのが。俺たちから全てを奪うはずだった奴から、全てを奪うのは」
「ふふ…ははは…!そうだな…結末を変えるついでの大掛かりな復讐というのは、心躍るものだ」
この2人も、死神と星屑と同じく、結末を知っている。
これから何が起こるのか。誰が死ぬのか。どうやって世界が終わるのか。
その悲惨な結末全てを変えるつもりでいる2人の悪人の笑い声が、室内に響き渡った。




