幕間4
目を開いて真っ先に見えたのは、驚くほど白い天井だった。
いや、ここがどこか?というのは、もうすでにわかっている。
2度目ともなれば…いや、1度目でもここがどこか。という疑問はすぐに払拭された為、2度目だってそれより早く状況を飲み込める。
「病院…」
自分の現在いる場所を察した悠馬は、何の音もしない室内でそう呟く。
「悠馬?悠馬!よかった!起きたのね…!」
悠馬が呟いてすぐ。
右手にあった温かいぬくもりが動いたような気がして、視線を動かした先には、瞳に涙をためる花蓮の姿があった。
「ごめん…また迷惑かけちゃったね…」
泣きながら、声を上げながら悠馬へと抱きつく花蓮。
そんな彼女を受け入れた悠馬は、胸元で泣きじゃくる彼女の頭を撫でながら、謝罪する。
「ほんとよ…!怖かったんだから!悠馬がこのまま目覚めなくなったら…どうしようって…」
「このままって…花蓮ちゃんは大げさだな…昼まで眠ってただけじゃん」
時刻は12時過ぎ。
日差しもあることから、昼間だと判断した悠馬は、このまま目覚めなくなったら〜などと話す花蓮に、微笑みかける。
「2日よ…!あれから2日経ってるのよ…」
「は…!?」
2日?2日って?え?
てっきり、夜に倒れて昼に起きた。約13時間程度の睡眠などと考えていた悠馬は、花蓮の発した内容を聞いて、目を見開く。
2日って、今日終業式じゃね?
みんな今頃、夏休みだー!ってはしゃいでるんじゃないのか?
昼過ぎともなれば、終業式も終わり、どこへ遊びに行くのか考えているような時間帯だ。
クラスメイトと遊ぶ予定を立てる。という大事なイベントを逃した悠馬は、花蓮をわしゃわしゃと撫でながら、声をあげる。
「花蓮ちゃん、夏休みはずっと俺と遊ぼう」
「は?無理よ。仕事あるし」
「ぐふ…」
夏休みに遊ぶ友達がいないんじゃね?
そんな不安を覚えた悠馬は、彼女である花蓮と夏休みを過ごす。という答えを導き出したが、あえなく玉砕。
夏休みは本土への帰省も楽になるし、花蓮にとっては、夏休み、冬休み、春休みなどというちょっとした休暇は、本土に戻って仕事をするような期間なのだ。
花蓮がアイドルとモデルをやっていることを思い出した悠馬は、ショックを受けたように、瞳を真っ黒な色に染める。
「おうち帰りたい…」
「悠馬…おじさんに捨てられたんじゃなかったっけ…?」
「うぅ…花蓮ちゃんが意地悪言う…」
自分が無茶なお願いをした、そしてわけのわからないことを話していることに気づいていない悠馬は、花蓮の火の玉ストレートを2発受け、KO寸前だ。
「青春中にすまないね。診察の時間だよ」
そんな、ノックアウト寸前の悠馬を助けたのは、50代ほどで白髪に白衣の、いかにもベテランな医者だった。
「悪いけど、彼と二人きりで話がしたいんだ。少し退席してもらえるかな」
「あ、はい。わかりました」
頭を撫でる悠馬から、ゆっくりと身を引いた花蓮は、お医者さんの言う通り、大人しく廊下へと出て行く。
「別に…彼女がいてもいいんじゃ…」
なぜわざわざ外に出したのか。
別に花蓮になら何を聞かれてもいいと思っていた悠馬は、医者の行動に疑問を抱き、尋ねてみる。
「私の独断でね。君が1人で聞いた方がいいと判断したんだ。結構ショッキングな話だよ」
ショッキングな話。
そう言って、悠馬に書類を渡した医者は、ゆっくりと瞳を閉じて、悠馬の反応を待つ。
「…細胞年齢が40歳…?」
書類に書かれていた内容。
それを見た悠馬は、眉間にしわを寄せながら、自身の細胞年齢に驚く。
「そう。勝手ながら、調べさせてもらったよ。一応、未来のある君のために。前回も調べさせてもらった。前回の測定結果は30歳。そして今回は40歳。君ねぇ、これが何を意味してるのか、わかる?」
細胞が老化している。
そのくらいしか理解できない。
一見、なんの問題もないように聞こえるその単語。
しかし老化というものは、悠馬が思っているよりもずっと深刻なものだった。
「細胞の限界は人によって違うけどねえ…大体の人の限界は、100歳という結論が出ている。それを過ぎると崩れ始めるんだ。そして君は、わずか1ヶ月で、10歳も歳をとってるんだよ。若いからって無茶してるんだろう?何やら世間では、寿命を消費する異能もあるようじゃないか」
「…そんな異能…」
使った記憶がない。
40歳と言われても、身体は思うように動くし、だるさだって感じない。
むしろいつも通りだ。
何と言われようが、あまり実感がわかない悠馬は、驚く様子もなく、話を聞く。
「心当たりがわからないってことは、頻発して使うものなのか、それとも1回で10年分の寿命を消費しているのか。どちらにせよ、今後のことを考えるなら、異能の使用は控えた方がいいよ」
「はい…」
「ではこれで…」
「待ってください」
細胞年齢の話を終えて、立ち去ろうとする医者に対して、声を放った悠馬は、ゆっくりと振り返った彼を見て、不安そうに口を開く。
「美月は…篠原美月の容体はどうですか…?」
「ああ…彼女なら昨日、一足先に退院しているよ。一応、今日も検査で来るようには言ってあるから、君が気にしていたとだけ伝えておこう」
「っ!ありがとうございます」
美月は無事だ。1番不安要素だった美月の安否。
そのことを知れた悠馬は、安堵の表情を浮かべ、去って行く医者に深々と頭を下げた。
***
時刻は13時。
まだ退院はできないと告げられた悠馬は、ろくに寝ていなかったのか、自身の膝の上で眠っている花蓮を優しく撫でながら、蝉の鳴き声を聞く。
「すっかり夏だな…」
外にいると鬱陶しい、蝉の鳴き声。
しかし、涼しい空間からそれを聞いていると、鬱陶しさなど感じないのだから、人間というのはかってな生き物だ。
「おじゃまします…」
「こんにちは〜悠馬くん」
「…」
何もすることのない、暇で暇で仕方がない悠馬。
そんな悠馬に会うために現れた人物の姿たちがいた。
夕夏、美月、湊だ。
湊はまだ抵抗があるのか、無言のまま病室への入ってきたが、少なからず悠馬への感謝はしているのだろう。
以前の彼女なら、病室にすら訪れなかったはずだ。
「あ、花蓮ちゃん眠ってるの?おはよう悠馬くん。元気そうで良かった」
2日眠っていた悠馬。夕夏も、大声を出して飛びつきたい気持ちはあったのだろうが、花蓮が眠っているということと、周りにクラスメイトがいることもあってか、控えめに話をする。
「あー…うん。おはよう。ごめん。心配かけて」
「ううん。私たちを助けに来てくれたんだから…心配はしたけど、謝るようなことじゃないよ」
そう言って夕夏は、ゆっくりと歩み寄り、悠馬と唇を合わせる。
「ちょ…夕夏…」
キスをされた悠馬は大パニックだ。
もし仮に、ここが2人きりの空間、若しくは花蓮を含んだ3人だけの空間だったら、悠馬だって純粋に喜んでいたことだろう。
しかしながら、今回は違う。
男嫌いの湊と、そして美月もいるのだ。
しかも2人は、夕夏と悠馬が付き合っていることを知らない。
それでキスをしたら、ドン引きされること間違いなしだろう。
ますます溝が深まった。
ショックを受ける悠馬に2人が発した言葉は、意外なものだった。
「ごめん暁くん…私たち、2人が付き合ってること、昨日聞いてるよ」
「うん。だからそんなに慌てなくても…引かないし…暁くんが、男子の中で1番できるのは事実だから…夕夏の気持ちは分からなくもない」
湊の心境の変化。
今までの湊は、男子を憎むべき対象。二度と触れたくない対象として、近づいて来る男子たち全てに、誰も優遇することなく冷たい言葉を吐いていた。
そんな彼女がついに、悠馬に心を許した。
きっとそれは、今回の結末が、男の干渉を受けて悲惨な結果では終わらず、全員無事で終わったからだろう。
彼女もようやく一歩、一歩だけ、前に進めたのかもしれない。
「それとごめん。暁くん。全部の負担を、暁くん1人に押し付けた」
「あ…いや。いいよ。そもそも、いきなり襲って来たのはあの変な組織だろ?湊さんが謝ることじゃないよ。みんな元気なんだから、それでいいじゃん」
これでいい。これが良かったんだ。
謝って来る湊を諭した悠馬は、みんな無事で、そして今回は全てを救えたことに安堵しながら、微笑みかける。
俺にも救えたものはあったんだ。
「あ…っと。ところで美…篠原さんはどんな治療受けたんだよ?1日で退院できる怪我じゃなかったろ?」
話もひと段落し、静かになった室内に響く悠馬の声。
あの日、ナイフで腹部を刺された美月の怪我は、そう簡単に治るものではなかったはず。
相当な血を流していたし、輸血や傷口のことなどを考えると、1日で治る。というのは無理がある。
ゴッドリンクは多分失敗しているし、いったいどんな治療を受けたのか。
「えっと。その話は2人で…ごめん、湊、夕夏。外で暁くんと2人で話して来てもいいかな?」
「え?うん」
「私も構わない」
2人の承諾を得て、病室から出て行く美月。
その後を悠馬は追った。
***
「なぁ、美月…どうしたんだ?」
病院の階段を登り、屋上へと向かう。
無言のまま階段を上って行く美月に尋ねる悠馬の表情は、どこか不安そうに見える。
「重要な話だから、さ。誰にも聞かれたくない話」
「あ…わかった」
誰にも聞かれたくない話。
それはつまり、イジメや過去のことについてなのだろう。
この島で唯一、美月の秘密を知る悠馬は、誰にも聞かれたくない話と聞いてそう察する。
「少し暑いね…」
屋上の扉に手をかけ、ゆっくりと開く。
それと同時に、蒸し暑い風が踊り場まで吹き込んで来て、蝉の鳴き声が響く。
眩しい太陽に目を細めながら、真っ白なタイルの屋上へと降りた美月は、人がいないのを確認すると、悠馬に笑みを向けた。
「悠馬。私の身体、見て」
「は!?ちょ!待って!タイム!」
振り向くと同時に、制服を捲り上げた美月。
前にも似た展開があったが、今は美月に好意を抱いている自覚症状もあるため、顔を真っ赤にして目を逸らした悠馬は、混乱する。
「大丈夫。下着は見えてないから。こっち見てよ」
「でもお腹見えてるだろ…?」
「それを見て欲しいの!」
「なんでだよ…」
見てほしいと言われ、恐る恐る視線を戻す悠馬。
微笑む美月の体を見た悠馬は、その驚くべき状態を見て、完全に停止する。
お腹の傷がない。
事故、イジメでできたと言っていたあの傷が、跡形もなく消え去っている。
そんな数ヶ月で治るものではない。美月は一生消えないと言っていたわけだし、最新鋭の設備でも、その傷は治せなかったはずだ。
「…え…と。もしかして…」
そこで悠馬は、ようやく気づく。
ゴッドリンクは、失敗などしていなかったのだと。
それなら合点も行く。
なぜ美月が1日というごく短期間で退院できたのか。
なぜ2日前、瀕死だった美月が目覚めたのか。
なぜ腹部の傷が治っているのか。
最後者は悠馬も知らない効果であったものの、シヴァの結界の可能性が高いと踏んだ悠馬は、みるみるうちに頬を赤らめ、その場にうずくまった。
ゴッドリンク。
それは相思相愛でなければ発動しない、ただの友達では発動しないものなのだ。
つまり、言ってしまえば悠馬も美月も、お互いを好き合っている状態というわけになる。
「っ…美月…お前俺のこと…」
その先の言葉は、ナルシストなどと馬鹿にされそうだから言わなかったものの、美月も悠馬の様子を見て、彼が何を言おうとしているのかを察したようだ。
悠馬と同じく、みるみるうちに頬を赤らめた美月は、手で顔を覆うと、こもった声で叫んだ。
「うん…!私!ずっと悠馬のことが好きだったんだから!だから…!悠馬が私のこと好きって知れて。すごく嬉しい…!」
美月の告白。
きっと、ゴッドリンクがなければもっと後。もしかすると、卒業まで互いの気持ちに気づかずに過ごしていたかも知れない。
彼女の告白を聞いた悠馬は、手で口を押さえながら、小さな声を漏らす。
「好きだ…」
相思相愛。互いに思い合っていることに気づいた男女がやることと言えば、1つだろう。
そう、告白だ。
「…好きです。付き合ってください」
「…えぇ…美月が告白すんの…」
てっきり、自分が告白すると思っていた悠馬よりも早く、その言葉を発した美月。
「え!?あ!ごめん!悠馬が言うつもりだったよね!あはは…」
「いや!気にしないで!俺も美月のことが好きだ…!だから…!よろしくお願いします」
初々しい告白の瞬間。ぐだぐだなのは、この際目を瞑るとしよう。
「これからも、よろしく」
「こっちこそ」
まるで青春ドラマの1シーンのように、綺麗な屋上の中、お互いの気持ちを確かめ合った2人は、互いの言葉を聞いて、微笑み合う。
「戻ろっか?」
「うん…!」
幸せな余韻に浸りながら、去って行く2人。
それはさながら、付き合いたてのカップルのようだった。




