副隊長の力
月明かりが砂浜を照らし、波の音と、そして雑木林の木々の騒めく音が響く中。
鳴神を使用し雷を纏った悠馬は片方の瞳だけを漆黒に染め、アメリカ支部副隊長のバースへと距離を詰めていた。
バースとの間合いに入り腹部を一度殴り、浮いた身体を上空へと蹴り上げる。
「カッ…!!」
悠馬が容赦なく放った、腹部への二撃。
数十センチほど宙に浮いている男の表情を見た悠馬は、驚きを隠せず目を見開いた。
こいつ、笑ってやがる。
悠馬の鳴神は、まだまだ不完全な領域だ。
悠馬が師匠と呼ぶ人物の鳴神と比較すれば、速度は本来の鳴神の5分の2程度。火力もそれと似たようなものだった。
だが、それでも、普通に鍛えているであろう大人を軽々蹴り上げれるほど肉体は強化されているし、結界事件の時を思い返して貰えばわかるだろうが、夕夏の鳴神よりもはるかに速い。
今の悠馬の速度だって常人からしてみれば十分異常な速度だし、そう簡単に反応されるものではない。
悠馬はそう、たかをくくっていた。
しかし蹴り上げられた男は、悠馬が膝蹴りをした部分を的確に手のひらでガードしながら、ニヤリと笑ってみせたのだ。
「カカッ、ガキにしてはやるじゃねぇか!俺の体重は80キロを越してるのに、それを蹴り上げるとは…!だが!まだまだ弱え!」
蹴りを受け止めながらそう話すと、バースはニヤニヤと笑いながら悠馬の顔面へと回し蹴りを入れる。
雑木林の方へと軽く吹き飛んだ悠馬は、頬に残る軽い痛みを感じながら地面を転がり、体勢を整える。
「ほら、転がってる暇はねえぜ!カカッ!」
悠馬がゆっくりと立ち上がろうとしていると、目にも留まらぬ速さで近づいてくる赤髪の男が映る。
咄嗟の判断で右手を伸ばし拳を放った悠馬は、バースにその手を掴まれ表情を歪めた。
さすがは軍人、兵士というべきなのか、鳴神で強化された肉体で攻撃をしているというのに、ビクともしない。
力を弱めるどころか薙ぎ倒そうとしてくるバースは、おそらく身体強化の異能で近接戦闘がお好みなのだろう。
鳴神に引けを取らない速さ、そして筋力。
バースの異能を勝手に身体強化系だと判断した悠馬は、声を荒げた。
「うぜぇ…!」
悠馬はワザと、自身の背面へと体勢を崩す。
そうすれば当然、つい先ほどまで地面へと悠馬を押し付けようと力を加えていたバースは、前屈みになる。
そんな前屈みになったバースの腹部を蹴り、悠馬はそのままバク宙をしてみせた。
バースが猛スピードで掴みかかって来たということもあり、その力を利用した蹴りは彼を数メートル飛翔させる。
そんなバースへと畳み掛けるように、悠馬は右手に炎を纏わせると、周りが雑木林であることなど無視して炎を放った。
「燃えろ。プロミネンス」
轟音とともに、燃え盛る炎がバースをさらに奥へと吹き飛ばす。
今ので気絶してくれていればいいのだが、副隊長にまで上り詰めている人物が、たったの数発で戦闘不能になるということはないだろう。
視界の悪い雑木林の中、辺りを警戒する悠馬は黒く焦げた木々を横目に突き進む。
「あらよっと」
雑木林の中を突き進む悠馬を、木の上から奇襲してくるバース。
ギリギリのところでそれを回避した悠馬だったが、続けて飛んで来た腹部への右ストレートを受け止めきれず、もろに拳がめり込む。
「かはっ…」
まるで腹部に丸太が飛んで来たような痛み。
直後、電気と電気の陽同士が反発したような、激しいノックバックを食らった悠馬は、意識の半分を持っていかれながら流れ星のように上空を流れた。
今の反発現象。
悠馬はバースの異能を見誤っていた。
バースは身体強化系の異能などではなくて、悠馬と同じく、雷系統の異能を使う能力者だったのだ。
しかし悠馬がバースの動きを見て、身体強化系の能力者だと判断したように、ヤツは肉体の行動速度や身体能力がかなり向上しているわりに、雷を纏っていない。
悠馬の鳴神はというと、周囲にバチバチと雷のようなものを定期的に発しているし、悠馬の師匠だって悠馬より遥かに少ないが、走った後なんかは身体の一部にピリッと雷が放出されていた。
つまりバースは、悠馬の知っている鳴神よりも格上の鳴神を使えるのか、それとも身体強化系も持ち合わせているのかの二択だ。
悠馬とバースのスピードはほぼ互角か、バースの方が少し早いだけ。
そこまで考えたところで、悠馬は師匠の言葉を思い出していた。
「お前の鳴神はまだまだだ」
ようやくその意味を、その言葉の真意を理解できる日が来たのかもしれない。
おそらく師匠が悠馬に教えたかった鳴神というのは、外に雷を放出せずに、無駄な体力の消耗をなくした鳴神だったのだ。
鳴神=燃費が悪い。と思っていた悠馬はその可能性を思いつき、不機嫌なため息を吐いた。
「あの野郎…それを説明してくれていたら、俺だってやり方を模索してたのに…詳しく教えなかったから、鳴神が中途半端じゃねえか…」
もっと早く教えてくれてたらもう少し…いや、完全に相手を圧倒することくらいできたろうに。
「にしても、バース副隊長だっけ…?見かけによらず繊細な鳴神を使うんだな…」
飛びかけの意識の中でそんなことを考える悠馬は、悪人のような顔をしたバースを思い出しながら、直後、背中に鈍い痛みを感じる。
飛びかけの意識が、一気に覚醒状態へと移行するほどの痛み。
バコン!とアルミのようなものが凹んだ音が聞こえ、ずり落ちる。
悠馬はショッピングモールの屋上に突き出ている、看板に激突したのだ。
100メートルほど飛んだんじゃないだろうか?
もし仮にこれがお遊びだったなら、大はしゃぎですげぇ!と笑っている場面なのだろうが、そうも言ってられない。
看板を見上げた悠馬は、くの字に曲がってしまった悲惨な看板を目にして、一度ごめんなさい。と謝罪する。
そして屋上から見える雑木林の中から、ショッピングモールめがけて一直線に進んでくる影があることを知り、慌てて立ち上がる。
「まじかよ…!」
こんな商業施設で派手にどんぱちやり合えば、確実に停学だ。いや、もしかすると退学かもしれない。
公共物の破壊。と言う単語がトラウマになっている悠馬は、ショッピングモールの何もない屋上を助走がわりに使用する。
奥に見えるのは、大きなマンションの影だ。
距離は30メートルほど。
鳴神を使用して助走が200メートルほどあれば、多分いけるだろう。
この場で戦うことよりも逃げることを最優先に考えた悠馬は、クラウチングスタート姿勢になり、合図もなしにいきなり走り始める。
失敗したら紐なしバンジー。
翌朝には血まみれの道路が話題になっていることだろう。
そんなことを考えながら全力で走る悠馬は、一直線上の雷の線を残しながら一気に加速し跳躍した。
まるで無限にも感じる、空中浮遊感。
風の音しか聞こえないその空間の中で、マンションの屋上を掴んだ悠馬は、自身の体を持ち上げてよじ登る。
「死ぬかと思った…」
そんな焦りを見せる悠馬が、なぜ逃げることを最優先に考えているのか。
その理由は、悠馬は現状のバースとの戦いが自分の身に余ると判断していた。
普通にやり合えば、確実に負ける。
本気で、つまり殺していいならば対処はできるだろうが、生きて無力化するのは無理だと判断したのだ。
ならば悠馬にできることは、バースを出来るだけ遠ざけて、数分では戻れない距離まで離したところで、自分はゲートで潜水艦前に戻る。ということだけだ。
1つ目の屋上で待機することなく再び助走をつけ始めた悠馬は、次のマンションへと飛び移ると、再びその次のマンションへ…を、アクロバティックに決めていく。
おそらくこの動画を撮影して動画サイトにアップしたら、そこそこな再生回数にはなるんじゃないだろうか?
月明かりが照らす夜に、真っ暗なマンションの上を華麗に飛ぶ雷を纏った影。
それはとても幻想的で、美しく見えた。
しかしそんな1人だけの独走は、長くは続かない。
「カカカ…!おせぇぞクソガキ!遅すぎて追いついちまった!」
マンションの屋上を駆け抜ける悠馬に追いついた赤髪の男、バースは、悠馬を煽りながら隣のマンションの屋上を駆け抜ける。
「炎はイマイチだったし…氷かなぁ…」
相手に聞き取られないよう、追いついてきたバースに与える次の攻撃を考えた悠馬は、振り向くことなくマンションの屋上を走る。
そんな、攻撃するそぶりも見せずただひたすら屋上を走る悠馬を見たバースは、痺れを切らして悠馬の走っている屋上へと飛び移る。
バースが自分と同じマンションの屋上へと飛び移ったことを確認した悠馬は、振り向きざまに氷の異能を槍のような形状にして、バースへと放った。
ザザザザ!という音と共に、マンションの屋上で砕け散る氷たち。
その全てを回避してのけたバースは、悪人ヅラをより一層顰めて、めんどくさそうな声をあげる。
「チッ…トリプルかよ…」
どうやらバースは、炎と雷。それが悠馬の異能だと思っていたらしい。
先ほどと同じように再び距離を詰めてくるかと思いきや、警戒したように距離を取るバース。
氷の異能は実体があるわけで、実質物理的な攻撃と何ら変わらない。
ジャンプしている時に食らっては、危険だと判断したのだろう。
「アメリカ支部も大変ですね。わざわざこの島に不法入国して、隊長が殺されるなんて」
足を止めているバースに向かって話を始める悠馬。
「カカッ、なぁ?ガキ。おかしいとは思わねえか?」
「…なにがさ?」
「俺はわずか2年足らずで、副隊長にまで上り詰めた。隊長にだって引けを取らない実力も持っている」
身の上話だろうか?
隊長が殺された件で、色々と思うところがあるのだろう。
攻撃を一切せずに話を始めたバースを見た悠馬は、大人しくその話を聞くことにした。
「だというのに、昇進もできない。戦争も起こらない。いくら功績をあげたところで、国際条約で隊長の上限は10人。俺がどれだけ頑張ったって、隊長が消えねえ限り、俺たち副隊長は上へは上がれねえ」
隊長を目指して入隊したというのなら、それはショックなことなのだろう。
わずか2年で副隊長になるという偉業を成し遂げものの、偉業はそこでおしまい。
隊長が退かない限り隊長にはなれないなんて、それはもう実力関係なしの、時間の問題なのだから。
「隊長たちはたった3年で平和ボケしちまった。今の地位に縋り付くだけで、後釜に席を譲ろうともしない」
「そりゃ大変だな」
つまりバースは現状、どこかで戦争が起こって隊長の誰かが死なない限り、上へは上がれないということだ。
それは実質頭打ち状態と言ってもいいだろう。
「だから今回、この任務がいい機会だった。隊長を殺したのは俺だよ!カカッ!そんでもって、今から暁闇をとっ捕まえて隊長殺しの称号をプレゼントしてやるんだ!そして俺が隊長!面白そうだろ?」
下品に舌を出しながら笑ってみせるバースを見た悠馬は、呆れて声も出せなくなる。
彼の話からするに、バースは自分の上司を殺して昇進をしようとしているわけだ。
「あー…俺が思ってたようないいやつじゃなくて、驚いてる」
両手を少しあげて、待て。というようなポーズを見せた悠馬は、呆れ気味にそう呟くと額に手を当てる。
さっきまで、バースも色々頑張って隊長になれないなんて可哀想だな。なんて思っていた同情心を返して欲しい。
「カカッ、だろうな。ところでお前は、どうして潜水艦のところまで来たんだ?お前が来なけりゃ、俺だってこんな面倒なことしてねえのによぉ」
バースの質問。
なぜ悠馬がいきなり攻撃を加えてきたのか、そしてなぜあの場に現れたのかを知らないバースは、不思議そうに訊ねる。
「女子生徒2人、捕まえてませんか?2人とも同じ学校の生徒で、片方は彼女で、片方は親友なんですよ。解放してくれませんか?」
「カカッ…カハハハハ!なるほど!そうかよ!」
悠馬が潜水艦前まで殴り込もうとしていた理由を聞いて、腹を抱えて笑うバース。
別におかしいことも、変なことも言っていない悠馬は、そんな彼を見て不思議そうに首をかしげる。
そんなことのために殴りこんだのかと、呆れて笑っているのだろうか?
「いや。悪い。笑いすぎたな。あの2人だな。知ってるぜ。少し態度がデカかったからなぁ…こうなっちまった」
面白おかしく笑うバース。
話を始めると同時に彼が投げた、月明かりに銀色に反射するモノを受け取った悠馬は、刃先に付着しているモノを見て目を見開いた。
渡されたナイフの先についている、まだほんの少しだけ湿っている赤い何か。
それは間違い無く、血液だった。
「カカッ、今頃死んでるんじゃねえか?2人とも」
バースの口から放たれた、無慈悲な言葉が悠馬へと突き刺さる。
もうすぐクリスマスですね〜(気が早い)




