あの金髪と黒髪は任せなさいよ
アダムが途中離脱したことなど気にも留めず、木々の中を突き進む悠馬。
背後からは相変わらず、疲れた様子も見せない花蓮が付いてきていた。
「いいの?アダムくんだっけ?1人で勝ち目あるわけ?」
「ああ。アイツは入試の時に王もやってるんだ。それに、任せとけって言ってたろ。俺はその言葉を信じる」
「そう。そうね」
アダムを信じる。
彼の異能について、悠馬は詳しく知らないが、それでもアダムが入学試験で赤の王を務めていたことは知っているし、身体能力がかなり高いことも知っている。
仮に相手がベテランの軍人とかだったら厳しいかもしれないが、経験の浅い軍人や、犯罪者連中なら、軽く対応出来ることだろう。
そう判断した悠馬は、特にアダムのことを心配した様子もなく、先へと進んでいく。
今の悠馬の中での最優先事項は、夕夏と美月だ。
その2人の安全が、そして救出が、悠馬にとってもっとも大事なことだった。
2人が会話を進めていると、雑木林が終わり、小さな砂浜が見えてくる。
「こんなとこに、砂浜あるんだ…」
砂浜は横幅は50メートル、縦は20メートルほどの大きさで、周りは雑木林、そして人通りもないこともあってか、人が使っていたような様子はない。
女子である花蓮ですら知らないようなスポットなのだから、異能島に通う生徒のほとんども、こんな狭い砂浜へと訪れる機会はないのだろう。
「なんだあれ…」
そんな、人の寄り付かなさそうな砂浜の一角。
波打ち際に打ち上げられた、というか、停止している黒くて大きな、まるで潜水艦のような形をしたなにかを目にした悠馬は、月明かりだけを頼りに、目を細める。
「船…かしら?それとも爆弾?」
「爆弾は勘弁して欲しいな…」
あと数分で爆発だ!タイムリミットまで時間がない!なんて、笑えない。
ふざけて言っているのか、それとも、本気で言っているのか。
言われてみれば、爆弾にも見えなくもない形状の何かを目にしている悠馬は、不安そうな表情を浮かべながらも、その物体へと近づいていく。
大きさは15メートルほどだろうか?縦の大きさは6メートルほどあって、異能なしでは上に登ることは出来ないだろう。
黒い光沢が月明かりで照らされ、それが魚などではなく、人工物であることはすぐにわかった。
「潜水艦…だな…」
甲板もなにもない。
船とは程遠い形状、そして爆弾とも思えないサイズの物体を、潜水艦と断定した悠馬は、その場に現れた黒い影を見て、花蓮の口を押さえ、抱き寄せる。
「む…むむ!」
いきなり抱きしめられ、口を押さえられた花蓮は、パニックだ。
顔を真っ赤にしながら、何か抵抗をしようとする。
突然抱きしめられて、口を押さえられたのだから、何が起きているのか理解できていないご様子だ。
今はそんな状況じゃないでしょ!と今にも怒鳴りたそうな表情を浮かべた花蓮は、悠馬の視線の先、無言のまま悠馬が見据える先にいる人物を見て、抵抗をやめた。
身長はかなり高く、ガタイもかなり大きい。
それなりに鍛えている悠馬と比較したって、筋肉量が違うと、子供でもわかるレベルの大きさだ。
多分、こんな男に殴られたらひとたまりもないだろう。
そんなことを考え、身体を震わせた花蓮は、口元にあった悠馬の手がゆっくりと降りて行き、口を開く。
「悠馬、あの大男、今狙えば気づかれないわよ」
「ああ…でも、こんな潜水艦で来てるってことは、1人や2人じゃないだろ。もし仮にここで派手に戦って、中に乗組員が待機でもしていたら、2人の命が危険に晒されることになる」
この大きさの潜水艦。
1人や2人で操縦を行い、この島に来たということはまずないだろう。
最低でも4.5人いると考えたほうがいい。
加えて、彼らは夕夏と美月に危害を加えている。
これはあくまで憶測の話だが、危害を加えた女子生徒を、その場にそのまま放置。ということはまずしないだろう。
放置するリスクが高すぎる。
特に、慣れた犯罪者集団ともなると、下っ端でもそのことは理解しているはずだ。
だからおそらく、潜水艦の中に夕夏と美月がいることだろう。
もしいなかったとしても、この周囲に連れて来られる可能性が高いのは確実だ。
悠馬がそんなことを考えていると、雑木林がバサバサと蠢き、声が聞こえてくる。
「よ、デルタ。女2人から情報は聞き出せたか?」
「眠ってるよ。隊長に任せてきた。俺たちは元の任務に戻るぞ」
悠馬と花蓮が息を潜めていると、雑木林の中から出てきたもう1人の人物。
金髪大男と違って、こちらは黒髪で、アジア系の男だが、金髪の男と同じく、ガタイはかなりいい。
女2人、という単語を聞いて、可能性を確信へと変えた悠馬は、静かに一歩を踏み出すと、会話をしている男たちにはギリギリ見えない空間から、様子を伺う。
「悠馬、どうするの…?流石に潜水艦の中は…」
「とりあえず、あいつらの話を聞いて、出来る限りの情報を知っておきたい」
流石に潜水艦の中への侵入は無理じゃないのか。
そう言いたげな花蓮に向けて、情報収集をしてから考えると発した悠馬は、横に歩み寄ってきた花蓮の手を握り、聞き耳を立てる。
「んで?バースは何してるんだよ?アイツ、無線にも応答ないし、やる気あるのか?今回の任務はたったの5人でこの広大な島を調査しないといけないのに、1人がサボると俺たちに負担がきちまう!」
バースと呼ばれた人物に不満があるのか、声を荒げる黒髪の男。
「5人…」
1番知りたかった情報が聞けた悠馬は、頭の中で状況を整理し始める。
まず、現在アダムと戦っていた男が1人。
現在目の前にいる男2人で、3人。
そしてバースと呼ばれた男が所在不明で、隊長が潜水艦の中にいる。
計5人だ。
人数がかなり少ないことに疑問を覚えたものの、その疑問を振り払った悠馬は、無言のまま話を聞く。
「バースは潜水艦の中にいたが。手伝う気は無いようだ。すでに軍服を着ていたし、外へは出られないと思う」
「はぁ!?何勝手なことしたんだよ!アイツ!副隊長だからって調子に乗りすぎた!俺らでいっぺん締めようぜ!我慢ならねえ!」
働きアリもいれば、働かないアリもいる。
すでに軍服を纏っていたバースを目撃し、そして一度怒っていたデルタは、落ち着いた口調で、ありのままを説明する。
「それもいいな。間違いなく罰則は貰うだろうが、それでアイツが図に乗るのをやめるなら、安いものだ」
「アリス総帥、怒ると怖いもんなー」
『っ!?』
聞き耳を立てていた2人は、アリス総帥という単語を聞いて、全身を硬ばらせる。
アリスはアメリカ支部の総帥だ。
そんな彼女が、どうして?なぜ?こんな奴らを異能島に派遣してるんだ?
立派な国際条約違反じゃないか。
湊の言っていた通り、アルカンジュに何かをしに来たのか、それとも他の何か、目的があるのか。
「それなら、暁闇の調査を俺たち2人で終わらせて、バースを締めたことをチャラにして貰えばいい」
「そだな!」
暁闇の調査結果を2人だけの功績として、バースを締めたことをなかったことにして貰う。
そう話す2人は、辺りをキョロキョロと見回しながら、人がいないのかを確認する。
「暁闇って…悠馬のことでしょ?なんでアイツら…知り合い?」
「知らないな…全くと言っていいほど、知らない」
不安そうに訊ねてくる花蓮に対して、2人の顔になど見覚えがない悠馬は、アメリカ支部の連中と絡んだことがあったのか、真剣に考える。
「うん、ないよ」
問題は様々起こしたことのある悠馬だが、一度もアメリカ支部に訪れたことも、そしてアメリカ支部に被害を与えたこともないと判断し、完全否定する。
「なら…」
花蓮が何か話をしようとした瞬間、勢いよく開いた潜水艦の扉。
ガタン!という、壊れそうな音を響かせながら開いた扉からは、赤髪坊主の男が現れた。
その服装は、紛れもなく、アメリカ支部の軍服だ。
2人が嘘の情報を流している可能性もあったものの、その可能性をゼロへと変えた悠馬は、焦ったそぶりを見せる赤髪の男を見て、再び息を潜めた。
「お前ら…!無線応答しろよ!」
声を荒げる、赤髪の男。そんな彼に対して2人が向ける視線は、冷めたものだった。
その様子を見るからに、今出て来た男が隊長でないことは一目瞭然。
彼がバースと呼ばれている男だと考えていいだろう。
「なんだ、バース副隊長。緊急の用でもないのだろう」
「ジャクソン隊長が!何者かに殺されたんだぞ!緊急だろッ!お前らここで何してた!誰か通らなかったのかッ!」
態とらしく両手を広げ、声を荒げるバース。
そんな彼の姿を見た大男2人は、深刻な表情をして、辺りを見回す。
「バース副隊長、それは本当か!?」
「嘘なんて吐くはずねえだろ!」
「くっ…どこのどいつだ…!潜水艦内の状況は!」
「俺が見た時は、血塗れになったジャクソン隊長しかいなかった!女は2人とも、まだ眠ってる!」
平然と嘘を吐くバース。
ジャクソンはほぼ即死だろうが、夕夏と美月にはまだ息がある。
きっと2人は、そのことに気づけば人命が最優先だといって、暁闇の調査を後回しにするはずだ。
そして2人が助かれば、バースのしでかしたことは、全てバレてしまうことだろう。
2人をどうしても助けたくないバースは、2人は時期に死ぬだろうと判断し、真っ赤な嘘を並べる。
「そう遠くに逃げてないはずだ!オレも探すが、お前らも協力してくれるよな!」
『ああ!もちろんだ!』
緊急事態ともなれば、嫌い合っている仲であっても、協力を始める。
協力要請をすんなりと受け入れ、走り始めた男を見ていたバースは、ニヤリと笑みを浮かべ、雑木林の中へと消えていく影を見届けた。
「悠馬。どうするの?なんか事態ヤバそうなんですけど!」
「俺たちの他に、何者かがいたってことだろ。だとすると、正直かなりマズイ…あの焦りっぷりだと、手当たり次第にとっ捕まえかねないぞ」
2人の焦り方は、尋常じゃなかった。
おそらく、人を見かけたらとりあえず捕まえて、詰問をすることだろう。
そう考えた悠馬は、まだ近くにいるであろう真里亞、そしてアルカンジュにアダム、もしかすると戻って来ているかもしれない湊などのことを考え、表情を歪める。
「じゃ、あの黒髪と金髪は私に任せなさいよ」
「だめだ」
「じゃあどうするの?私、異能を使えばあの2人に負ける気はしないけどなぁ…」
2人は任せろと言ってきた花蓮に対して、ダメだと即答した悠馬は、真剣な表情で彼女を見つめる。
確かに彼女は強い。
だが、だけど。相手が花蓮を上回る可能性だってあるのだ。
それに相手はアメリカ支部の兵士。
そう簡単に倒せるほど、ヤワじゃないことはわかってる。
「…約束してくれ…危なくなったら、逃げるって」
「当たり前よ。せっかく悠馬と付き合えたんだもの。変なことして、人生無駄にしたくないわ」
そう言って走り始めた花蓮を見送った悠馬は、潜水艦を出たところで、頭を抱えている人物を見て、ゆっくりと歩き始める。
「初めまして?バース副隊長ですっけ?」
「カカッ、んだテメェ?」
「緊急事態中に申し訳ないんですけど…俺には関係ないし、この場で戦わせて貰いますね…!」
***
「待ちなさいよ。2人仲良くどこへ行くつもりなのかしら?」
雑木林の中を駆け抜ける、大男2人。
そんな2人よりも早く、風の異能を使って先回していた花蓮は、落ち着いた様子で、2人に向かって問いかける。
「女…?」
「まさかこの女が隊長を!?」
「はぁ?そんなわけないでしょ。なんでアンタの国の不祥事を全部、私のせいにされるわけ?」
2人の疑問を一蹴した花蓮は、怒った表情を浮かべながら、会話を続ける。
「私、怒ってるのよ。私の大事な友達を…アンタたちは殴ったんだって?だから私も、アンタらにそれ以上の痛みを与えるわ。結界、シヴァ」
騒めく木々と、明らかに変わった花蓮のオーラ。
いきなりフルスロットルの花蓮は、一歩後ずさった2人を見て、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。
「私は優しくないから。手加減なんて期待しないわよ」
寒くなりましたね…




