表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アメリカ支部編
115/474

アダムの結界

 人気のない道路を、全速力で走り抜ける。


 雷を纏いながら走る悠馬は、背後から付いてくる花蓮とアダムを振り返り確認すると、再び前を向き走る。


「花咲さん、まじ助かった!」


「このくらい、お安い御用よ」


 風を纏い、軽い飛行状態のように宙に浮いている花蓮と、同じように宙に浮いているアダム。


 彼は移動速度を上げる異能を所持していないようで、結局花蓮がアダムの移動の補助をしていた。


 アダムは現在、花蓮の異能のおかげで飛んでいるわけだ。


「もうすぐショッピングモールだ。花蓮ちゃん、アダム、油断だけはするなよ」


「わぁってるよ!」


「ええ。そんなことしないわ」


 悠馬の確認に、反応を見せる2人。


 遠くで誰か戦っているのか、木々の倒れる音が、彼らの耳へと入ってきた。



 ***



「くっ…何ですかあの異能は…」


 湊の報告を受け、悠馬たちがショッピングモールへと向かっている真っ最中。


 木の陰に隠れている真里亞は、余裕そうに立っている黒人の大男を確認し、声を漏らす。


「僕だってあまり手荒なことをしたくないんだ。だから、アルカンジュを渡してくれれば、危害を加えないことを約束するぞ」


「はっ、誰も信じませんよ。怪しい男の言葉なんて」


 黒人の大男の周りに浮かぶ、そこそこ大きな石や葉っぱ、そして木々の枝。


 おそらく、真里亞とアルカンジュの遠距離からの攻撃を考慮した結果なのだろうが、彼の異能について詳しく知らない真里亞は、木の陰に隠れたまま声をあげる。


「アルカンジュさん、貴女、異能は?」


「私…レベル6なので…植物を扱えるけど、それも花を咲かすくらいしか…」


 横の木の陰に隠れていたアルカンジュの異能を確認した真里亞。


 返ってきた返事は、今の状況を到底打開できるものではなかった。


 アルカンジュはもともと、この島に入学するだけの実力を有していない。


 セラフ化を使えば入学するだけの実力はあるだろうが、元々の異能は本土で生活する人々と何ら変わらないものなのだ。


 しかし、日本支部は彼女を安全な場所で保護するために、異能島へと入学をさせている。


「そうか。残念だ。ならば君は、少し痛い思いをするかもしれない」


 真里亞の返事を聞き届けた黒人の大男は、右手の人差し指をクイッと動かすと、宙に浮いていた葉っぱの数枚を、彼女へ向けて飛ばす。


「っ…!なるほど、サイコキネシス、念力ですか…!」


 木の陰に隠れていた真里亞の頬を掠る深緑色の葉。


 頬から伝ってくる血を指先で拭った真里亞は、彼の異能が何なのかを理解すると同時に、どうすればいいのか、どうすればこの状況を打開できるのかを、真剣に考える。


 真里亞の異能は、任意の人物のレベルを最大で1上げるという、1人で居ては使い道のない、そして1つの異能しか持っていない真里亞にとって、本人は恩恵を得られないという異能だ。


 レベル8を9に。レベル9を10に。


 最大で同時に、10人程度のレベルを底上げできる、集団戦では超強力な強化系の異能を持っている真里亞だが、今この場面では、何の役にも立たない。


 アルカンジュのレベルを上げたところで、7が限界。


 自分のレベルを上げたって、他の異能が扱えるようになるわけじゃない。


 そして相手は、物体を自在に操る異能の持ち主。


 今は木の陰に隠れていることと、そして向こうも反撃を警戒しているため捕捉できず、近づこうとはしてこないが、それが永遠に続くという可能性はまずない。


 こっちが反撃をしてこないと悟ると、警戒しながらも、近づいてくるだろう。


 要するに、真里亞とアルカンジュが、反抗できるだけの力を持っていないと気づかれるのは、時間の問題というわけだ。


 見たこともないような大男を思い出した真里亞は、背筋をブルっと震わせると、冷や汗を流す。


 あれに殴られたら、間違いなく一発で気絶してしまうことだろう。


 それに、体格だってかなり鍛えているように見えた。


 走って逃げたって、女2人。すぐに捕まえられるに違いない。


「貴方は何をしにここへきたんですか?お兄さん」


 逃げられないなら、時間を稼ぐしかない。


 このまますんなりと捕まえられるよりも、時間を稼いだ方が、助けもくるかもしれないし、通りすがる人もいるかもしれない。


 その結論に至った真里亞は、逃げられない可能性と、戦って負ける可能性を考慮して、話を始める。


「特別な任務だよ。流石に内容までは言えないが、予定通りに事が運ぶなら、この島の住人に危害を加る予定はない…いや、1人を除いて危害を加えないことだけは保証しよう」


 真里亞の質問に対して、任務をしにきたが、別に危害を加えるつもりはないと言おうとした大男。


 しかしすぐに、任務の内容を思い出したのか、訂正を入れたその男は、真里亞たちと同じように、足音を立てずに木の影へと身を隠す。


「へぇ。それはおかしな話ですね。貴方のお仲間だと思いますけど、つい先ほど、我々に強引に迫ってきた男もいましたし。貴方だって、異能を使いましたよね?」


 異能を使った、最初に顔を合わせた外国人も、アルカンジュの肩を強く握っていた。


 とても、危害を加える予定はない、などと言っている人と、その組織が行うような行動ではない。


「それはまぁ…成り行きというものだ。安心してくれ、我々は、犯罪者でないことは約束する」


「そう言われましても。この島に不法侵入している時点で、犯罪者でしょうに…質問を変えます。貴方方の目的は、最初からアルカンジュさんなんですか?」


 真里亞の質問は続く。


 この際時間を稼げればいいという考えの真里亞は、特に何も考えずに、揚げ足を取ったり、困らせたりして、相手を考え込ませる作戦だ。


「いや。違うが…違うのだが。私たちは彼女のこと…いや、彼女たちについて、耳にタコが出来るほど聞かされた事がある」


 彼もアメリカ支部に所属する、兵士。


 所属年数が浅いと言っても、自国の失態についてはよく聞かされているのだろう、入隊以前の、アルカンジュの件についても、きちんと知っていた。


「さ。話はこれくらいにしようじゃないか」


 少し待って見たが、異能で不意打ちをしてくる気配もない。


 2人は攻撃系の異能を持っていなくて、時間稼ぎがしたかったのだと判断を下した大男は、木の陰から様子を伺いつつ、今度は右手を上げて、宙に浮いている石や木々を放つ。


「アルカンジュさん!伏せてください!」


「は、はい!」


 相手に時間稼ぎだと勘付かれた?


 いや、多分最初から勘付いてはいたはずだ。


 ただ異能に警戒して、近づいてこなかっただけ。


 そして今、彼は攻撃してこないことを悟り、自ら攻勢に出るという判断を下した。


 こうなってしまえば、真里亞とアルカンジュは、あっという間に負けてしまうことだろう。


「わ、私がセラフ化を…!」


「やめなさい!命を使う必要はありません!」


 叫ぶ真里亞。


 彼女が叫ぶと同時に、頬を掠った小石。真里亞はその痛みと、恐怖に全身を震わせた。


 確実に殺されてしまう。


 神宮と戦った時は、連太郎や南雲といった強力な助っ人もいたため、恐怖を感じることはなかった。


 しかし今回は違う。


 きっと助けは来ないだろう。


 夕夏たちがどういう状況なのかもわからない真里亞は、そんな絶望感を抱きながら、ゆっくりと瞳を閉じた。


「ごめん。アルカンジュ。随分と遅くなっちまった」


「先行くぞ、アダム」


「ああ!任せとけ!」


 全てを諦め、瞳を閉じた真里亞の耳に聞こえてきた声。


 目を開くと、つい先ほどまで黒人の大男が発動させていた異能は、何故か全て消滅していた。


 驚く大男と、それに目もくれず、通過して行く悠馬と花蓮。


 1人残ったアダムは、鞘に収められた剣を地面に突き刺し、口を開いた。


「さてと…なぁ、イカツイ兄さん。アンタ、またオレとアルカンジュを捕まえる気か?」


「アダム…いや、オレは…!オレたちは!」


「まぁいいよ。どちらにしろ、アンタはオレの大切な人に手を上げたんだ。オレのやることは決まってる」


 アダムとアルカンジュを保護しようとしている。


 まだ上には話していない、随分と勝手な行動だが、大男はデルタの通信を聞いたときに、2人を保護すべきだと判断し、独自に動いていた。


 そんな大男を前に、話を最後まで聞く様子もなく剣を持ち上げたアダムは、鞘を引き抜き、黄金色に輝く剣を露わにする。


「っ…!仕方ない…!」


 アダムに話は通用しない。


 怒っているせいなのか、聞く耳持たずに剣を引き抜いた彼を見た大男は、つい先ほど発動させていた異能と全く同じように、木々とそして落ちていた石を宙に浮かせ、アダムへと放つ。


「痛いだろうが我慢してくれよ!君ら2人は、なんとしてでも連れて帰る!」


「断る。人工結界。アーサー」


 猛スピードで宙を飛ぶ石が、アダムへと到達する直前。


 彼が結界を唱えると同時に砕け散った石ころは、まるで最初から存在などしていなかったように、砂埃になって消えて行く。


「っ…これが…人工結界…」


「…凄まじい結界ですね…」


 人工結界。


 その実験を受けた孤児の中で、唯一生き残ったアダムは、自身が生まれ持っていた異能を失うと同時に、絶大な力を手にした。


 アーサー王の結界。


 アーサー王伝説をモチーフに作られたその結界は、人間が到達し得る領域を超えて、神の領域、すなわち結界の領域へと到達した、唯一の人工結界だった。


 手にしている光り輝く剣は、擬似聖剣エクスカリバー。


 聖剣エクスカリバーの破片を元に造り直された、現代科学で再現し得る、最高レベルの剣だ。


 そしてその剣と、結界の効能は、あらゆるものを両断すること。


 アダムが斬りたい、消したい、敵と認識したものを全て両断できるものだ。もちろん、その中には本来斬ることの出来ない、異能も入っている。


 そしてもう1つ。こちらは聖剣エクスカリバーの破損が大きかったためか、上手く再現はできていないものの、アダムの治癒能力は、結界の使用時のみかなり飛躍する。


 本来であれば、不死身になるはずなのだが、残念なことにそこまでの再現はできていない。


 人生で初めて、いや、おそらく世界で初めてだろう。


 人工結界の全力を目撃している大男と真里亞、そしてアルカンジュは、光り輝く聖剣に目を奪われながら、生唾を飲み込む。


「っ…アダムくん…」


「大丈夫!オレのは寿命減らないから!そこで待ってろ!すぐに終わらせるから!」


 不安そうに見つめてくるアルカンジュに微笑みかけたアダム。


 その顔はいつものように、無鉄砲さと、そして子供っぽさが残っているように見えた。


「ここで必ず保護してみせる!」


 大男が、再び異能を放つ、その瞬間。


 大声をあげて手を動かした大男は、いつのまにか背後に回っていたアダムの姿を見つめながら、身体が思い通りに動かなくなったのか、その場に倒れこむ。


 どしゃっという、地面に倒れた音が響き、男は徐々に、目を細めて行く。


 血の類は、流れ出ていなかった。


 アダムは、相手を一刀両断することなく、無力化して見せたのだ。


 安心したようにため息を吐くアダムは、鞘にエクスカリバーを納めると、何もない空間にそれを投げ込む。


 悠馬の神器と同じように、アダムが手を離すと同時にその場から消えたエクスカリバー。


「ごめん。アルカンジュ。怖い思いをさせちゃったな…真里亞さんも。悪い」


「私に謝罪は必要ありません…と。少し用事があるので、おいとまします」


 3人だけの空間。


 正確には大男もいるのだが、完全に気絶をしているため、実質3人だけの空間の中で、なにかを感じた真里亞は、その場から急ぐようにして退席する。


 それは、予定よりも大幅に狂ってしまった、本日行うはずだったイベントを、行うためだ。


「ううん。アダムくん。いつもありがとう。私は君が居てくれたから、ここまで来れたと思う。ううん。これからも、君がそばに居てくれるなら、私は何もいらない」


「っ…ぇ…?」


 近づいてくるアダムに、そっとプレゼントを差し出しながら告白するアルカンジュ。


 アダムは完全に想定外だったのか、それとも両想いであることに、未だに気づいていなかったのか、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、彼女を見つめ返す。


「ずっと!あの日!あなたと出会ったからずっと!私は君のことが好きです!私はいつ死ぬのかも…寿命がいつくるのかもわからない!もしかしたら、もう数年しか生きられないかもしれない!でも!それでも!そんな私でいいなら!好きです!付き合ってください」


 実験のせいで、自分はアダムよりもずっと早く死んでしまうかもしれない。


 もしかすると、それは1年後や、数ヶ月後のことなのかもしれない。


 そんな不安を背負いながら、ありのままの気持ちを伝えたアルカンジュは、瞳をギュッと閉じながら、涙をこぼす。


「アルカンジュ…オレもずっと、好きだった。寿命なんて関係ない。ずっと側にいる。約束するよ」


 ようやく想いが通じた2人。


 嬉しそうな笑みを浮かべたアダムは、プレゼントを受け取ると同時に彼女を抱きしめ、空いていた手で頭を撫でる。


 後はきっと、悠馬がなんとかしてくれるはずだ。


 だから今は、少しだけ、この余韻に浸らせてほしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ