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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アメリカ支部編
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裏切り者

「暁闇を知っているか?」


 静かになった室内で、もう一度同じ質問をするジャクソン。


 夕夏と美月は、その質問の答えを知っているためか、お互いに無言になり、混乱していた。


 片方はジャクソンの言う暁闇の恋人で、もう片方は暁闇の協力者。


 そんな2人にとって、この質問というのは、完全に想定外、すぐに答えられる質問ではなかった。


「…知らないか」


 2人の無言を、知らないと受け取ったジャクソン。


 全ての質問を終えたのか、2人がリアクションを起こす前に鎖に触れた彼は、それとほぼ同時に響いた、不快なほど軋む音を立てた扉を振り返る。


「カカッ、隊長、何やってんすか?こんな所で」


「っ!?」


 どこかの軍人なのか、迷彩柄の服に身を包んだ赤髪坊主の男。


 その姿を見た夕夏と美月は、完全に思考停止に陥った。


 迷彩柄の服。


 まぁ、それだけならまだわかる。テロリストだって、犯罪組織だった着るモノだから。


 問題はそこじゃない。


 赤髪坊主の男の、胸元に付いているバッジだ。


 そこには小さな勲章が1つと、そしてアメリカ支部の国旗が描かれていた。


「アメリカ支部…」


「これは立派な国際条約違反ですよ!貴方たちは…いえ、アメリカ支部は何を考えているんですか!」


 国際条約によって、互いに不干渉が課せられている国家同士。


 しかも、学生の通う異能島に、なんの許可も得ずに入っている。


 先ほど身分を明かさなかったこと、そして黙っていて欲しいと話していたことから、そう分析した夕夏は、自分の今置かれている状況が理解できず、冷や汗を流した。


「バース副隊長!何しに来た!その服を脱げ!」


 つい先ほどまで、穏やかに尋問をしていた人物とは思えないほどの怒鳴り声。


 激怒しているご様子のジャクソンは、バース副隊長と呼ばれた人物まで歩み寄ると、胸ぐらを掴み角へと投げ飛ばす。


 忘れてはいけない。


 今回の任務は、極秘任務だ。


 何があっても、アメリカ支部の連中だと悟られてはいけない。


 況してや軍服、軍人であることを示すバッジを付けて、不法入国している国で活動するなど論外だ。


 例えそれが、自分たちの乗船していた潜水艦の中であったとしても。


「カカッ、どうしたんです?そんなに焦って」


 声を荒げるジャクソンを見て、面白そうに笑うバース。


 その顔には、反省の色は一切見えず、デルタと違って、ジャクソンを困らせて遊んでいるように見えた。


 ジャクソンが今回の任務で、抜擢したメンバーの中で、自身の次に位が高い人物。


 それがバースだった。


 彼はアメリカ支部の兵士になってからわずか2年という短期間で、数々の功績、そして異能が認められ、副隊長という座にまで上り詰めていた。


 その速度はアメリカ支部最速記録で、周りの兵士からは羨望の目で見られるほどだ。


 しかしながら、彼には大きな問題があった。


 彼は、自分の異能、そして実力があることを自負しているため、周りとの協調性がないのだ。


 自分の昇進がかかった場面なら、平気で仲間を見捨てる。


 彼は自分のためなら、道徳も倫理も平気で投げ捨てるような人物なのだ。


 そうやって彼は、僅か2年で昇進に昇進をして、アメリカ支部兵副隊長の座に就いた。


 そうして現在の、身勝手な行動だ。


 総帥直々に指令を受けた極秘任務にもかかわらず、あろうことか一般人にアメリカ支部兵だと公開するような服装。


 それが悪いこととも理解していない。


 こう言うのをなんと言うか。


 才能はあっても、人としては終わっている。


 今日の任務の半分は、彼の性格を矯正させるためにある。と言ってもいいほどだった。


「出ていろ。あとで話がある」


 今ここで叱責したところで、2人の少女にアメリカ支部の失態を見せつけてしまう。


 ジャクソンは今回の任務で、部下の人格的なレベルアップを図ろうとしていたが、バースはそれ以前からやり直す必要がある。

 そう判断し、半ば呆れた表情で彼を突き出した。


「カカッ、隊長、いいんすか?せっかくの貴重な情報源をそうやすやすと逃しちまって」


「任務の内容をよく思い出せ。勝手なことばかりしていると、いつまで経っても隊長にはなれないぞ」


 バースに目をくれることもなく、厳しい言葉を放つジャクソン。


 遠くなっていく足音を聞き届けたジャクソンは、扉が閉まると同時に、再び夕夏と美月の元へと向かった。


「すまないな。恥ずかしいところを見せてしまった」


「うしろ…」


「ひっ…」


 和かな笑みを浮かべながら、2人の鎖を外そうと、手を伸ばしたジャクソン。


 和かなのは彼なりに、変な警戒をさせないように考えた結果なのだろう。


 しかし夕夏たちは、そんな和かなジャクソンには目もくれず、背後を見つめ、そして恐怖のどん底へと叩き落とされた。


「テメェは甘いんだよ、ジャクソン。こんな生ぬるいやり方してるから時間がかかる」


「っ!?」


 バースはその場から、退席などしていなかった。


 退席を確認しなかったジャクソンにも非はあるものの、立派な命令違反。


 2人の反応、そしてバースの声を聞いたジャクソンは、反射的に振り返ろうとするが、ジャクソンの首元には、一度銀色の何かが煌き、そして気づいた時には、首元が冷たくなったような感覚にとらわれた。


 夕夏と美月の洋服に、飛び散る鮮血。


 真っ赤な血液が、勢いよく吹き出し、美月の頬にかかる。


「いやぁぁああっ!」


「っ…ぅ…」


「バース…副…長なに…を…」


 意識が薄くなっているのか、それとも首をナイフで切られたせいか、首元を抑えながら、途絶え途絶えの声を発したジャクソンは、その場で膝をつきながら、虚ろな目でバースを睨む。


「カカッ、邪魔だったんだよ。いつまで経っても隊長の席から退かない、老いぼれどもが!」


 ニヤニヤと笑いながら、血を流すジャクソンを見下ろすバース。


 バースは、ある不満を持っていた。


 アメリカ支部で、歴代最速で副隊長となった今、上にある席といえば、隊長、総帥、そして冠位くらいのものだ。


 バースはまず最初に、総帥を諦めた。


 彼は異能を扱い才能には長けていたものの、頭脳明晰とはいかなかったからだ。


 とてもじゃないが、国を動かせるような力はないと思った。


 そして冠位。


 あるかもわからない席を取りに行くなんて、時間の無駄だ。


 噂程度の冠位という席には、目もくれずにスルーしたバースが、副隊長の座に就いて目指したのは、隊長の席だった。


 しかし、バースは隊長を目指す過程で、ある不満を抱いていた。


 どこの国でも、副隊長になるまでは、比較的に簡単だ。


 功績を残し、才能を認められ、評価を得られれば誰だってなれる。


 それなりの異能を持っていれば、数年も経てばきっと副隊長になれるはずだ。


 だが隊長は違った。


 第5次世界大戦。


 各国は隊長という席を数十から数百設け、隊長に各部隊取り仕切らせ、様々な国で戦争を行なった。


 その結果、何が起こるだろうか?


 本来であれば、指揮をとる人間は総帥1人。そこからピラミッド型に、頂上から下るようにして人数が増えていき、兵士へと情報が行き渡る。


 果たして、いくら総帥といえど、100人近い隊長を纏められるだろうか?


 答えは否だ。


 総帥が管理しきれなくなった隊長は、好き勝手に暴れ、ルールや国家の尊厳など無視して、思うがままに、隊長命令だと敗戦国を荒らして回った。


 そんなことがあって、8代目異能王、エスカが就任した際に、各国の隊長枠は10人、総帥がきちんと管理できるだけの人数にするように、と国際条約で決まったのだ。


 すると当然、今まで隊長にいたメンバーを削り、選りすぐりの10人が選ばれるわけだ。


 そしてその席は、なかなか空くことがない。


 戦争があれば、どこかの隊長が死んで席が空く。ということもあるかもしれないが、平和な日常では、椅子は一向に空かないのだ。


 日に日に老いていき、実力も衰えていく奴らが、自分の上司。


 それがバースは許せなかった。


「カカッ、牙を抜かれた猛獣はここでくたばっちまえよ。戦神なんて、まやかしに囚われた老いぼれの時間は、おしまいだ」


 放っておけば死にそうなほど血を流しているジャクソンを鼻で笑ったバースは、彼のことなど無視して、夕夏と美月の元へと歩み寄る。


「オイ、お前らのどっちか、死にたくなかったら暁闇の居場所吐け。知らないなら今ここで殺す」


「…そこにいる貴方の上司のように、ですか?」


 足をガクガクと震わせながらも、話をする夕夏。


「カカッ、違えよ。オレは殺してねえ!暁闇が殺したんだ!そしてこのオレが、隊長を殺した暁闇をぶっ殺して、アメリカ支部に持ち帰る!」


 ジャクソン殺害の罪を暁闇になすりつけ、そしてその暁闇を自分が殺して、首を持ち帰る。


 そうすれば、隊長よりも強い、そして隊長殺しである暁闇を討伐したという功績が手に入り、空いた席に自分が座れるだろう。


 それがバースの企てたプランだ。


 バースは最初から、暁闇の調査などする気がなかった。


 なにしろ最初から、ジャクソンを殺し、その罪を暁闇になすりつけ、悪羅と繋がっていた危険因子に仕立て上げるつもりだったのだから。


「ほら、話せよ。この老いぼれみたいに、死にたくねえだろ?」


「仲間を平気で手にかける奴に、話すことなんてない。ていうか、仲間内の揉め事に巻き込まないでよ…私も夕夏も、全く関係ないじゃ…っ…」


 自分たちは関係ないのに巻き込むな。


 そう言いたい美月が、冷ややかな表情でバースにそう告げようとした瞬間。


 夕夏は目を見開いた。


 銀色に輝くナイフが勢いよく、美月の腹部へと突き刺さった。


「カカッ、言い忘れてたか?知らないならここで殺す。余計なことを話しても、ここで殺す。オレァ短気なんだよ」


「っ〜ぁぁぁあ!」


「美月ちゃん!」


 バースがナイフを引き抜くと同時に、美月の着ていた白いシャツには、じわぁっと赤い血が広がっていく。


 美月は痛みで悲鳴をあげながら、苦しそうな表情で、その場で膝をつく。


「カカカッ、安心しろよ。30分くらいは生きれるはずだ。死んだら犬の餌にでもしてやるから、安心しとけよ」


「…っ〜〜〜!結界!天照ッ!」


 美月がナイフで刺された。


 その光景と、バースの発言を聞いた夕夏は、頭が真っ白になると同時に、鬼のような形相で結界を使用していた。


「ふざけた奴だ。殺しちゃっても、誰も文句言わないんじゃない?殺そうよ。殺せ。殺せ」


「うる…さい!」


 夕夏の耳にだけ聞こえてくる、声。


 それは天照の声ではなく、後夜祭の後、助けを求めていた時に聞こえてきた声と同じものだ。


 ガシャン!という鎖を引っ張る音と同時に、その鎖を根元から引き抜いた夕夏は、炎を纏いながら、表情を歪める。


「貴方だけは…絶対に許さないッ!」


「カ、カカッ!こりゃ驚いた!異能が使えなくなる特殊な鎖で繋がれている状況下で、異能を使う奴がいるなんて!盛り上がっ…んだテメェ…その姿は…」


 異能を使えなくする、特殊な鎖。


 そんな状況の下で、結界、そして炎の異能を発動させた夕夏を愉快そうに見ていたバースは、彼女の様子がおかしいことに気づいて、眉間に皺を寄せる。


 亜麻色だった髪の色が、薄いピンクのような色になったり、元の亜麻色の髪になったりしている。


 毛先の方はすでに薄いピンク色になっていて、亜麻色に戻ることもない。


 そして、茶色の瞳も、片方は真っ赤な色へと変貌を遂げていた。


 その姿はまるで、悠馬が悪羅との戦闘で使った、セラフ化を彷彿とさせるものだ。


「っ…!まさかこのガキ、セラフ化を使おうとしてやがるのか…?」


 頭を抑える夕夏を見たバースは、炎で熱くなっているはずの室内の中で、全身が冷えていくような感覚に囚われ、本能的に異能を発動させた。


「死ねやガキ!」


 これ以上放置するのはマズすぎる。


 まるで首元に手を回され、ゆっくりと締められていくような感覚、恐怖感。


 放置していれば、自分が殺されると直感したバースは、声を荒げる。


 異能の力なのか、一瞬にして夕夏の懐にたどり着いたバースは、彼女の両肩を強く握ると、自身の手がジュッと焼けていることなど無視して、夕夏の腹部へと膝蹴りを入れる。


「っあ…」


 直後、バキッという鈍い音が室内に響き、それと同時に、夕夏の纏っていた炎、そして変容していた髪色は元に戻った。


「あーあー…大人しくしてりゃあ楽に死ねたのに。今のは肋が何本か逝ってるだろうなぁ〜、カカカッ!」


 バースに蹴られ、腹部から鈍い音を立てた夕夏は、力を失ったように床へと倒れこむ。


「はい、3人死亡〜、カカッ、これも全部暁闇の仕業だ」


 ジャクソンの首元を切り、美月の腹部を突き刺し、夕夏の肋をへし折ったバース。


 特になんの反省も、罪悪感も抱いていないのか、愉快そうに笑ってみせた彼は、ポケットから無線を取り出すと、火傷した手でボタンを操作し、叫び声をあげた。


「大変だ!何者かにジャクソン隊長が殺された!保護していた女2人もだ!きっと暁闇だ!早く探し出せ!」


 態とらしくそう叫んだバースは、無線を切るとニヤリと笑みを浮かべ、重い扉に手をかける。


「カカカカッ!これでこのオレが隊長だ!」


 全ての罪を、暁闇へとなすりつけたバース。


 ゆっくりと閉まっていく扉の中に、不快な笑い声が遠く聞こえた。

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