定刻通り
7月24日、時刻は20時半。
定刻通りに集合場所へと辿り着いていた悠馬は、いつもと変わらぬ様子で、横を歩いている花蓮と手を繋いでいた。
「うっわ、薄気味悪い所ね。まさかそのアルカンジュちゃんって人、こんなところで告白するつもりなわけ?」
不安そうに悠馬を見る花蓮。
彼女の心配の理由は進行方向、つまり真正面の荒んだ土地に原因していた。
彼らの正面に見えるのは、第4区、通称旧都市。
合宿の際にアダムが話していた、異能島七不思議などという話に出てきた土地だ。
監視カメラもなく、立ち入りが固く禁じられている空間。
異能島へ通う生徒たちは、度胸試しなどと言って、おふざけで侵入している生徒も多いようだが、何が起こるかもわからない、不気味な場所だ。
そしてここが、本日の会場。
設定上では、本日ここで肝試しをすることになっている。
「いや、流石に移動するだろ…ここで告白は…なぁ?告白までの流れは、夕夏とか、真里亞とかが考えてくれるって聞いたから、流石にないだろ…」
ムードのかけらもない。
もし仮にここで好きな人に告白されたとするなら、センスを疑うレベルだ。
第1でも可愛い女子たちが協力するのだから、ここでの告白はない。ないと願いたい。
そう心の中で強く願っている悠馬だが、若干の不安は拭いきれずにいる。
「お!暁!と花咲さぁん!」
アルカンジュの告白のことを心配する2人。
そんな彼らの元に現れたのは、Bクラス、アダムの友人である碇谷だった。
花蓮がいるということもあってか、やけに上機嫌にスキップしてくる碇谷。
こいつを今すぐ蹴飛ばしてやりたい。
そんな気持ちに囚われた悠馬だが、花蓮の前でそんなことは出来ないと、大人しく足を引く。
「…誰?悠馬」
「こいつは碇谷。とんでもなくバカだ」
上機嫌な碇谷に、聞こえないように小さく囁く花蓮。
初対面の花蓮は、碇谷の名前など知らない。
「初めまして、碇谷くん?いつも悠馬がお世話になってます」
「あはは、敬語はよしてくださいよ花咲さん。同い年なわけですし〜」
「お前もその気持ち悪い敬語をやめろ。そして俺の彼女に色目を使うな!」
デレデレと花蓮に擦り寄ってくる碇谷に、怒鳴り声をあげる悠馬。
目の前で彼女が言い寄られるのを見るのは、気分のいいものではない。
「あ、そうだったな!悪い!ついつい!」
「それじゃあ、よろしくね。碇谷くん」
悠馬に追い払われて、花蓮から距離を置いた碇谷。
そんな彼に向かって、罵ることもなく話をする花蓮は、いつも覇王に見せるような態度ではなく、営業スマイルだ。
きっと、悠馬のために、アイドルとしての花咲花蓮を演じてくれているのだろう。
「はい〜、末長くよろしくお願いします〜」
「おーおー、集まってますなぁー!加奈さん!」
「予定時刻なんだから、集まってるに決まってるじゃない」
仲良さげに現れた、美沙と加奈。
定刻に集まるのは常識だと言いたげな加奈だが、残念なことに本日の主役たちは集まっていない。
まぁ、主役は遅れてくると言うし、そういうものなのかもしれないが。
「あ、久しぶり美沙」
「おお!花蓮じゃん!来てたの?」
「うん、飛び入り参加しちゃった!」
「花蓮ちゃん、知り合いなのか?」
「うん、だって私と美沙、モデルしてたし」
久しぶりと話をする2人。
美沙と花蓮は、異能島に入学するよりも前、モデルとして共に活動をしていたこともあった。
残念なことに、悠馬はモデルに一切興味などなかった為知らなかったが、2人は連絡先を交換する程度には仲が良かった。
「いやぁ、花蓮の言ってた王子様が悠馬だとは思わなかったんですけど!」
「あはは!名前言ってなかったもんねー」
仲睦まじくお話をする2人。
そんな光景を眺めていた悠馬は、興味なさそうに歩いている加奈の元まで近づくと、声をかける。
「珍しいな。赤坂がこういうイベントに参加するなんて」
基本イベントごとに参加することのない加奈。
理由は定かではないが、噂などを聞くからに、自分の親の職業が関係しているのかもしれない。
彼女の父親は、大物政治家。
裏では悪いことをしている、お金でなんでも揉み消しているなどという噂もある、胡散臭い政治家の娘なのだ。
そんな理由もあってか、女子たちは彼女と距離を置いている。
いや、加奈自身が距離を置いているというべきか。
「夕夏に誘われたからよ。それ以外の理由で、私が来るはずないじゃない」
入学前、中学時代からの幼馴染である夕夏。
他の女子とあまり関わりがないと言っても、夕夏と仲のいい加奈は、どうやら彼女のお誘いを断れなかったようだ。
ちょっと不服そうに悠馬に返事をした加奈は、小さな石段に座り込む。
「暁くんは?貴方だって、私と似たり寄ったりでしょう。結構ノリ悪いし」
「あはは…酷い言われようだな…」
席が近いということもあってか、悠馬のことをよく分析している。
ノリが悪いのはお互い様だろうと言いたげな加奈。
「事実でしょう?」
「ま、そうだけどさ。俺は合宿でアダムと同じ部屋だったし。アルカンジュもクラスメイトだしさ。素直に応援してあげようかと思って。ほら、もし仮に2人が付き合ったって、俺にはメリットもデメリットもないわけだしさ」
「素直に…ね」
素直、という単語に反応をした加奈は、空を見上げると、小さなため息を吐く。
「私、貴方が羨ましいわ。暁くん。私は素直になんてなれないから」
「素直になれない、ね」
悠馬には、加奈と似た経験があった。
それはつい先日、異能祭で花蓮に許嫁破棄宣言をした時だ。
自分の気持ちに素直になれなかった。
自分の気持ちを抑えて、花蓮に別れを告げた。
それは決して楽なことではなかったし、素直になれないっていうのは、凄く苦しいことだ。
ただひたすら感情を溜め込んで、その怒りや苦しみ、何もかもが行く宛もなく、頭と胸の中をぐるぐると渦巻く。
とても気分がいいものとは言えない。
「いつか素直になれたらいいな」
「無理よ。そんな日、一生訪れないから」
素直になるには、自分の気持ち次第だ。
覚悟だって必要だし、恐怖も感じる。
変なアドバイスをするわけでもなく、いつかと告げた悠馬は、にっこりと笑みを浮かべ、冷たい眼差しの加奈を見る。
「ま、今日はお互い、2人の恋を応援しようよ」
「そうね。そうしましょう」
「お待たせしました〜!ごめん、道に迷ってさ!この辺バスも何もないし!」
加奈と悠馬が話を終えてすぐ。
ほんの少しだけ息を切らしながら、その場へ到着すると同時に言い訳から入るアダムは、頭をかきながら、申し訳なさそうに頭を下げる。
「おーおーアダムくん。アダムくんが遅すぎて、大半の女子は帰っちゃったぞ〜?」
「え"っまじですか?」
定刻より10分ほど遅れての到着。
そんなアダムに対して、ニヤニヤと笑いながら嘘をついた美沙は、その言葉を間に受けて、驚く彼を見てケラケラと笑う。
「あはははは!冗談よ!冗談!まだ到着してないだけ!ほら、女の子には準備がたくさん必要だからさ?」
女の子の準備。
それは私服の確認であったり、お化粧であったり、様々。
男には一生わからない事だとは思うが、自分が遅刻したから、みんな帰ったわけではないことを知ったアダムは、安心したようにホッと一息吐く。
「んで!この人が花咲花蓮さん?スッゲェ可愛いな!悠馬、オレが告ってもいいか?」
「お前、その冗談アルカンジュの前で言ってみろよ」
アダムがアルカンジュのことを好きだと知っている悠馬は、冗談だということを知りながら容赦のない発言をする。
「う…そ、それは…」
アダムにとっては、効果抜群だ。
通とは違ったタイプの、すぐに冗談を言うお調子者のアダムにとっては、ダメージが大きい。
好きな人がいるというのに、彼氏持ちの女の子をナンパし始めた罰だ。
言い返すことのできないアダムを見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべた悠馬は、花蓮の元へと歩み寄ると、まるで碇谷とアダムを牽制するように、2人を見る。
「ひゅーひゅー!バカップルー!悠馬、やるときはやる男じゃん!いっつもは陰キャみたいに黙ってるのに!」
学校では基本的に無口。
自発的には話そうとしない悠馬が、珍しく他人を脅すような発言をした。
そんな珍しい光景を目にした美沙は、冷やかすように笑いながら、悠馬を見る。
「ば、バカにするなよ!」
「そうよ!私たち、バカップルじゃないわよ!訂正しなさい!美沙!」
「いんやぁ〜、これはバカップルですよ〜ねぇ?碇谷くん〜」
バカップルじゃないと全力否定する2人。
実際、悠馬も花蓮も、互いのこととなるとバカになるのだが、自覚症状がないため、美沙の発言には納得がいかないご様子だ。
「あ?ああ!國下さんの言う通りだと、俺は思う!」
「くそ…!バカリヤ!鼻の下伸ばしやがって…!」
彼氏持ちの花蓮よりも、フリーの美沙の言いなりになるという、卑劣な戦法。
鼻の下を伸ばしながら、美沙の援護をし始めた碇谷を怒ったように睨みつけた悠馬は、アダムがつけた蔑称で碇谷を呼ぶ。
「んだとぉ!」
「はっ、そもそも俺は学年8位の学力を持ち合わせてるんだ。俺がバカなら、第1に通ってる生徒は9割バカなんだよ!はははは!」
「悠馬、今のアンタは本当にバカっぽいわ…」
バカかどうかは、学力で決まるわけじゃない。
だというのに、学力だけで判断をする悠馬は、割と本気でバカなのかもしれない。
呆れたご様子で悠馬を止めた花蓮を見た碇谷と美沙は、互いに顔を見合わせると、勝ち誇ったような笑みを向け合う。
「うぐぐ…」
「っていうかさ〜、花蓮と悠馬って、ぶっちゃけしたわけ?セッ…」
「はい美沙さ〜ん?それ以上先を言うと、色々とマズイことになるからやめましょうかー?」
ぶっちゃけた話を始めようとする美沙。
彼女が最後まで言い切る前に言葉を塞いだ花蓮は、感情のない笑みを浮かべながら美沙へと歩み寄る。
「え?なに?もしかして悠馬、不能?」
怒った様子の花蓮を見て、何か不満があるのではないかと勘違いをする美沙。
「いや!違うから!ちゃんと使えるから!」
不能と言われたのが納得のいかない悠馬。
ぶっちゃけ、花蓮と悠馬は、経験済みだ。
しかしながら、そんなことは他人の前では言えない。
「初々しー…何よ、さっさとおっ始めなさいよ。青姦でもなんでも」
「美沙!ちょっとぶっ込みすぎ!黙ってなさいよ!順序ってのがあるでしょ!」
「はいはいー」
ギャーギャーと賑やかになる、夜の第4区前。
この辺りは寮もないため、苦情はないだろうが、もし仮に寮があったのなら、絶対に苦情が入っている。
「しっかし、遅くないか?アルカンジュ」
「他の奴も遅いなぁ…」
賑やかな空間での、アダムの一言。
肝心なことを忘れつつあった面々は、今日はアダムの誕生日であって、アルカンジュの告白を手伝うという重要なお仕事を思い出す。
時刻は既に、21時を回っている。
補導の時間まで、残り1時間。
予定よりも30分も遅れている上、連絡すらない。
「確かに、いくらなんでも遅すぎる。ちょっと私、連絡してみる!」
告白の言葉選びでも迷っているのか、それとも迷子なのか。
ちょっとした不安感を抱きながら、1人道の端へと寄った美沙は、携帯端末を取り出し、そして画面をつけると同時に声を上げた。
「ちょっと!圏外なんですけど!」
「何?美沙の携帯端末壊れたわけ?仕方ないわね、私が夕夏に…って…あれ?私の携帯端末も圏外なんだけど…」
「俺のも圏外だ…」
各々が携帯端末を確認し、全ての携帯端末が圏外になっていたことが判明する。
「え?何?ここ電波入らないの?」
「いや…それはないと思う…だってオレ、ここまで地図アプリで位置情報確認しながら来たわけだし…」
美沙の疑問を否定するアダム。
ここに来るまでに迷っていたアダムが、携帯端末で位置情報を確認しながら来たというのだから、全員が圏外になる、などという可能性は極めて低い。
「お化けだったりして」
「ひっ…ちょ、やめろよ赤坂さん!」
加奈の発言にビビる碇谷。
合宿の時と同じく、マジな心霊体験らしきものは、死んでもごめんなようだ。
「…何か聞こえてこないか?」
「お、おい!暁まで何言い出すんだよ!やめろって!」
追い討ちをかけるような、悠馬の発言。
しかしながら、悠馬は碇谷を脅したわけではなく、本当に何か音が聞こえたから口を開いたのだ。
しんと静まり返った第4区前に、パタパタと響く足音。
全員が全員、まさかお化けじゃないだろうな?と身構える。
「うっ…」
そしてようやく現れた、白い影。
月明かりに照らされながら、大きく肩で息をする女子生徒は、Aクラスの湊だった。
「あれ?湊…」
「助けて!暁!夕夏が襲われて!美月が!美月が!」
泣き叫ぶような湊の声。
美沙の声など無視して発せられた声は、静かな夜の道に、大きくこだました。
今日ってハロウィンらしいですよ(´༎ຶོρ༎ຶོ`)




