本当は肝試しじゃないヨ
7月24日、放課後。
人気のない教室の中、男子生徒のすすり泣くような声が廊下に響き渡る。
それはまるで、お化けがすすり泣いているような、夜の学校であれば、警備員が悲鳴を上げて逃げ出すようなものだ。
「ひでぇよ…人間のすることじゃねえよ…」
1年Aクラスの教室の中に響き渡る、嗚咽を漏らしながらの話し声。
そこには、引きつった表情ですすり泣く碇谷の姿があった。
その原因は、数分前。
今日の夜は肝試しということもあって、上機嫌だった碇谷は、足早にAクラスの悠馬の元へと訪れていた。
その理由は、自分自身のファッションセンスを気にして、だ。
彼女がいない碇谷にしてみれば、今日の肝試しは女の子とお近づきになれるまたとない機会。
当然、そんなチャンスを無駄にしたくない碇谷は、アダムに話を持ちかけられてから、自分の服装について考え込んでいた。
この機会に彼女を作る。
そして夏は楽しむんだ!
そんな期待が、碇谷の胸の中にはあった。
しかしながら、碇谷は現在泣いている。
「まぁまぁ…落ち着けよ」
そんな、すすり泣く碇谷を宥める悠馬。
「落ち着いてられるか!アイツ、また俺に嘘を…!」
「今回はアダムのせいじゃないだろ。アダムだって知らずに俺たちを誘ったんだ」
「わぁってるよ!アダムの誕生日なんだろ!」
怒鳴る碇谷。
そう。今日はアダムの誕生日だったらしい。
悠馬も碇谷も知らなかったが、7月24日はアダムの誕生日で、そして今日肝試しのお誘いなどと言っていたのは、アダムに悟られないよう、女子たちが適当な嘘をついた結果だった。
つまり、いくら待とうが肝試しなど開催されない。
碇谷が待ち望んでいた、女子とのお近づきイベントは行われないのだ。
このことをメッセージで夕夏に告げられた悠馬は、碇谷へ報告。
そして現在に至るというわけだ。
「そもそも、アルカンジュもアダムも両思いなら、こんなチマチマしたことせずに告ればいいだろ告れば!なんで俺の夢も希望も打ち砕くんだ!」
叫ぶ碇谷。
すでに放課後ということもあり、教室には誰もいないため容赦なく秘密を暴露していく。
アルカンジュとアダムは、碇谷の言った通り両思いだったらしい。
アダムがアルカンジュに想いを寄せていることは気づいていたものの、碇谷も悠馬も、アルカンジュもアダムに想いを寄せているとは、気づきもしなかった。
ちなみに、今日のイベントは肝試し。ではなく、アルカンジュがアダムにプレゼントを渡して告白。という流れになっているらしい。
つまり悠馬も碇谷も、仕掛け人ということだ。
「いいじゃん。可愛い女の子、沢山いるらしいぞ」
「う…それはそうだけど…」
今日、アルカンジュの告白を手伝ってくれる女子メンバー。
それは1年生なら誰もが遊びたいと思うような女子生徒を寄せ集めたメンツとなっていた。
アルカンジュはもちろんのこと、夕夏に美月、湊や真里亞に、美沙や加奈。
女子メンバーは、万全の体制でアルカンジュの告白を援護することだろう。
「よく考えてみろよ碇谷。アダムの誕生日がなければ、お前は今日、無駄な1日を過ごしてたんだぜ?肝試しがなくとも、女子と会うのは決まってるんだ。お前からしたら、一石二鳥だろ。お化けも出ないし」
「!!!お前…天才か!」
歓喜する碇谷。
それもそのはず、碇谷は怪談や心霊スポットといったものが苦手だ。
合宿では、ペアだった真里亞に気づかれないよう異能を使っているほどのビビリだった碇谷からしてみれば、肝試しがないと言うのは得をしたようなものだ。
しかも可愛い女の子もいるのだから、よくよく考えてみると、碇谷は得しかしていない。
なにしろ、何もしていないのに、アダムと友達だったからという理由で可愛い女の子たちに囲まれるのだ。
「でもそれだけじゃ満足できねぇ…せめて何かこう…自慢できるようなイベントが…」
「なんだよソレ…」
女の子とお近づきになれるというのに、さらに何かを求める強欲な碇谷。
きっと碇谷は、肝試しでちょっとカッコつけて、それを後でいろんな奴に自慢してやろうなどと考えていたのだろう。
魂胆が通と似ている。
学力は碇谷の方が下だけど。
「そうだ!自慢つったら、お前の彼女連れてこいよ!花咲花蓮と会ったって言ったら、俺も人気者になれるだろ!」
「はぁ!?嫌だよ!なんでそうなる!」
「頼むよぉ〜…!俺も少しくらい、羨ましがられたいよぉ〜!」
鼻水を流しながら、悠馬にしがみつく碇谷。
悠馬はドン引きしたご様子で、碇谷のお願いを断りながら腕を払う。
「ならバラす!お前が花咲花蓮連れてこないなら、今日の予定全部アダムにバラす!」
「…お前、清々しいほどのクソ野郎だな」
ワガママを言い続ける碇谷。
異能祭でも注目されなかった碇谷は、どうしても話題の的にされたいらしい。
それは男なら、誰でも一度は考えることだろう。
何かで目立って注目されたい。何かの話題の中心になりたい。女子から話しかけられたい。
「んじゃ良いんだな!俺は今から、本気でアダムに連絡するからな!」
「待てバカリヤ。一応花蓮ちゃんに聞くだけ聞いてやる。断られたら大人しく受け入れろよ」
さすがに、他人の告白に水を差すわけにはいかない。
告白といえば、人生の中でもトップクラスの大勝負だ。結婚、就活の次くらいに。多分だけど。
そんな大きな勝負事を、碇谷の不純な理由で、無駄にするわけにはいかない。
渋々花蓮へとメッセージを飛ばした悠馬は、直後に返ってきたメッセージを見て、碇谷へと向き直った。
「オッケーだって。いいか?お前、絶対に変なことすんなよ?特に誕生日プレゼントから告白の時は、絶対に!口も開くな!」
「あ、ああ!俺は花咲花蓮に会えるだけで満足だ!今日の服は何にしよう!」
花蓮が来ると知り大はしゃぎの碇谷は、つい先ほどまで泣いていた人物とは思えないほど上機嫌に、鞄を手にすると教室から出て行く。
「俺には感謝の言葉もなしか…」
随分と身勝手な発言をした挙句に、感謝もしない。
そんな碇谷に若干の不満を抱いた悠馬は、呆れ気味にため息を吐いた。
***
一方、碇谷と悠馬が教室内で話をしている頃。
第2学区の大型商業施設の中には、第1高校の制服を着た女子生徒たちが数人、カフェで話し合いをしていた。
第2学区の大型商業施設。そこにはさまざまな店が立ち並び、飲食店から洋服屋さん、日用品に散髪屋さんまで並ぶ、異能島でもトップクラスの大きさを誇る、ショッピングモールだ。
放課後ということもあってか、私立高校の生徒、国立高校の生徒、そして中学生の姿が山のように見える。
「さて。それで?アルカンジュさん。さすがに行動が遅いのでは?」
カフェの中、アルカンジュに向けて厳しい指摘をしたのは、真里亞だった。
「だ、だって…私センスないから…プレゼントとか迷ってて…毎年渡しそびれるんです…告白も…」
案外ピュアなのか、モジモジと話すアルカンジュ。
彼女はアダムと同じく、同時期に日本支部へと転校して来た学生で、中学時代から異能島へと通っている。
1年Aクラスの所属で、教室では悠馬の隣の席である彼女は、話によると中学時代からアダムに恋をしていたらしい。
だというのに、未だに何の進展もない。
聞いたところ、今まで一度もアダムに誕生日プレゼントを渡したことはないと言うし、会話だってあまりしていないと来た。
おそらく好きになってから2年も3年も経っていると言うのに、今更いきなり誕プレを贈って告白をするなんて、いくらなんでも遅すぎだ。
「ま、まぁ?真里亞ちゃん、その辺に…」
「いいえ!やるからには、今日この日、貴女の告白を成功させますよ、アルカンジュさん」
変なスイッチが入ってしまった真里亞。
夕夏が宥めていることなどガン無視で、瞳の奥をメラメラと燃やしながら、拳を掲げる。
「ところで、告白は良いんだけど、残りのメンバーは?」
「えぇと…手筈では、私たちが遅れた時のために、先に待ち合わせ場所で待機してもらってるようになっています」
湊の質問。
男に対してトラウマを抱いている湊からしてみれば、告白自体、いや、このイベント事自体、あまり気乗りするものではなかった。
しかし、現在湊の横に座っている美月が、行くと言った。
だから湊は、こうして大人しく付いて来ているのだ。
現在この場にいるのは、アルカンジュ、美月、湊に夕夏、真里亞の5人だ。美沙はアダムや碇谷、そして悠馬と面識があるため現地集合組へ、そして私はセンスがないからパス。と言った加奈も、現地集合組になっている。
「では、本題に入ります!今日みなさんにお集まりいただいたのは、みなさんが恋愛に強そうだからです!そしてセンスがありそうだから!」
頼んでいたジュースを飲みながら、話を始めるアルカンジュ。
「?え?どゆこと?」
「告白のお手伝いでしょ?」
まるで理解ができない。
アルカンジュ以外のメンバーは、ここは呼ばれた理由は、告白の打ち合わせ。
どうやって2人きりになり、どうやって告白をするのか。どんな会話をするかなど、そういう打ち合わせをするものだとばかり思っていた。
「ま、まさかとは思いますけど、さっきの口ぶりから察するに…」
「…まじ?」
アルカンジュ以外の4人が、顔を青くする。
毎年センスがなくて、誕生日プレゼントを渡せないという口ぶりから察した4人は、顔を合わせると、冷や汗を流した。
「プレゼント、まだ買ってないです」
『はぁぁぁあ!?』
完全に想定外。
4人の予定では、告白の打ち合わせをして、すぐに残りのメンバーと合流、そのままアルカンジュとアダムを2人きりにして、告白。という流れだった。
好きな人の誕生日当日。待ち合わせ時間まで、残り3時間もないというのに、プレゼントすら選んでいない女子。
プレゼント選び+打ち合わせなんて、3時間で終わるのかと聞かれたら、かなり厳しいだろう。
「なんで?」
「だって私センスないですし…」
「じゃなくて、なんでもっと早く相談しなかったの?」
湊の問いかけ。
「最初は1人で解決しようとしたんですけど、気づいたら当日で…」
毎年悩んでプレゼントを渡しそびれる奴が、1人で選んでうまく行くはずがない。
口には出さないが、4人は時間がないことに焦りを覚える。
「こんなところで呑気にお茶してる場合じゃないよ!アルカンジュちゃん!」
「そうよ!もっと早くに連絡してくれれば、余裕持ってプレゼント選べたのに!」
こんなところで呑気にお茶をして、告白の流れを考えている場合じゃない。
アダムへの誕生日プレゼントを探すことが最優先事項だ。
きっとアダムだって、今日が自分の誕生日だということは知っているはず。
ならば少なからず期待もしているだろう。そんな時に、もしプレゼントを持っていない女子たちが現れたら、どう思うだろうか?
きっとがっかりするはずだ。
そんなテンションで告白をされたって、うまく行くものもうまくいかなくなるかもしれない。
「っていうか、アダムくんの好きなものってなんですか?それさえわかれば…」
「知らないです」
「好きなブランドは?とりあえず好きなブランド物買っていけば…」
「わからないです」
『……』
真里亞と湊の意見に対して、知らないわからないのアルカンジュ。
「あのー?アルカンジュさん、確認なんだけど、アダムくんのこと好きなんだよね?」
「もちろんです!」
ダメだこいつ。早くなんとかしないと。
追い詰められまくる4人。
プレゼントは買ってない、アダムの好きなものもわからない、時間もない。
地獄の三拍子が揃ってしまったことに頭を抱えた真里亞は、携帯端末を手にすると、重い口を開いた。
「…仕方ないですが…みなさん手当たり次第に、男子生徒の好きなものを確認しましょう」
「うん、わかった」
「そうするしかないよね…」
男子の流行りなんて、あまり詳しくない。
そもそもアルカンジュが呼んだ助っ人のうち3人は、彼氏いない歴=年齢、そして唯一彼氏がいる夕夏ですら、付き合って日が浅いのだ。
そんな彼女たちが出来ることなんて、たかが知れている。
明らかな人選ミスだ。
それに気づいていないアルカンジュは、4人が焦っているのを見つめながら、安心したような表情を浮かべる。
実際はかなりやばい状況なのだが、アルカンジュは他人に相談したからもう安心。と思っているようだ。
「あ、あと出来れば私の勝負服も選んでほしいなー…なんて…」
『それは後!』
この期に及んで危機感のないアルカンジュ。
少し怒ったような声でアルカンジュを黙らせた4人は、必死に男子の流行について検索したり、連絡をしたりするのだった。
明日はハロウィン…うぅ…




