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七夕祭り

 7月7日。


 日本支部異能島。そこはイベントが盛りだくさんだった。


 彼の名は、暁悠馬。


 異能島への入学理由は、悪羅への復讐のための異能を身につける方法の模索。


 そんなことを考え入学した悠馬は現在、闇堕ち以前から大好きだった花咲花蓮と付き合い始め、第1のアイドルこと美哉坂夕夏とも付き合い始め、少しずつ変わり始めていた。


 そして、その悠馬は、異能島のカレンダーを見て驚いた。


 この島、事あるごとにイベントがあるのだ。


 夏至祭とか、そんな小さなイベントまで。


 ちょっと考えればすぐにわかるが、この島へ一度入学してしまえば、そうだ、本土へ行こう!と思って気軽に行くことはできなくなる。


 色々と手続きは必要だし、金も時間もかかる。


 行くとしても、長期休みの時、つまり夏休み、冬休み、春休みの時に実家へ帰省するくらいだ。


 そんな理由もあり、異能島の生徒は普通、休みの日も、放課後も島の中で生活していた。


 そんな日常が、延々と続けば、何が起こるだろうか?


 マンネリ化するのだ。


 最初の1年はどこに行くか、どこへ出かけるか迷うだろうが、3年にもなると、殆どの場所を回り終えている。


 そんな話をよく聞く。


 だから異能島では、小さなイベントでも、大規模でやるようになっていた。


 ここは七夕祭りの会場である、第5学区の大通りだ。


 第5学区は、大きな通りが多く、そして直進した先には大きな神社もあるため、こういったお祭りごとではよく使われるらしい。


 生徒たちが私服で行き交うその空間の中を、キョロキョロと挙動不審に見渡す茶髪の男、暁悠馬は、センスのかけらも感じさせない、ひょっとこのお面を被った人物の手を引きながら、早足で歩いていた。


「花蓮ちゃん、大丈夫?」


「え、ええ…ちょっと視界が悪いけど、悠馬とデートするためだもの。なんの問題もないわ」


 赤い浴衣を纏う、ひょっとこのお面をかぶった花蓮。


 彼女の柔らかな掌を優しく握りしめている悠馬は、花蓮のデレたような言葉を聞いて、頬を赤らめている。


 そう!今は花蓮ちゃんとのデート!


 待ちに待った、何気に人生初デートだ!


 今までこの日を、どれだけ待ったことか。どれだけ我慢してきたことか。


 大好きな人とのデートという願いがようやく叶った悠馬の喜びは、頂点に達していた。


「悠馬、私周りにバレてないわよね?」


「多分バレてないと思う。結構カップルも多いし、目立ってないよ」


 周りから聞こえてくる、太鼓や笛の音。行き交うカップルに男子グループ、女子グループを見渡した悠馬は、自分たちが注目されていないことを確認し、ひと安心する。


「花蓮ちゃんの浴衣、すっごくかわいいね。似合ってる」


 少し落ち着いた赤い浴衣に、牡丹の花の柄が施されたもの。


 手を引きながら、花蓮の方を向いた悠馬は、カランカランと下駄を鳴らす彼女を見て、思わず頬を緩める。


「あ、ありがと///」


 お面のせいで、今どんな顔をしているのかはわからないが、照れているのだけは伝わってくる。


 自分で可愛い、似合ってるなどと発言した悠馬なのだが、花蓮の照れたような声を聞いて、目をそらすと気を紛らわすようにして、辺りを見回した。


「人、多いね」


「そうね。でも良かった!停学とか色々あったおかげで、悠馬と2人でデートできたから!……夕夏がいないのは残念だけど」


 少しだけお面をずらし、呟く花蓮。


 彼女としては、夕夏も一緒がよかったらしい。


 少し悲しげな表情に見える。


 そんな花蓮を見つめる悠馬だったが、残念なことに、今から夕夏を呼び出すということはできない。


 なんてったって、夕夏も夕夏で、この祭りを友人と楽しんでいるのだろうから、こっちの勝手な都合で、それをぶち壊しにするわけにはいかない。


「それじゃあ、夏祭りは3人で行こうよ?」


「ん!絶対よ!約束よ?」


「うん、約束だ」


 悠馬を握っている手の力を強めながら、呟く花蓮。


 まるでワガママを言っている、幼い子供のようだ。


 そんな彼女にドキドキが止まらない悠馬は、プライドもあるのか、表情には出さずに心音だけ加速させて行く。


「あ!悠馬、私あれ食べたい!」


「寄ろうか?」


 会話がひと段落して直ぐ。


 見えてきた屋台の1つを指差した花蓮は、ニコニコと笑いながら、綿菓子屋さんを目指す。


 彼女は綿菓子が食べたいらしい。


「らっしゃーい。なんか買ってくか?」


「綿菓子を2つください!」


 2つも買うのか、花蓮ちゃん。案外食い意地張ってるのかな?


 まぁ、アイドルとモデルもしてるわけで、食事制限とか、色々あるのだろう。


 そんなことを考えながら、指をピースマークにして、2つと呟く花蓮を見ていると、思わずクスッと笑ってしまう。


 本当に、彼女と付き合えて良かったと、心からそう思える。


「はいよー。つか嬢ちゃん、せっかくのデートなんだからお面くらい外した方が、彼氏も喜ぶんじゃねえのか?」


「あはは…私、結構有名で…顔だしたら大騒ぎになるんですよ」


 綿菓子とおつりを貰いながら、ヤクザのような兄さんと話をする花蓮。


 彼女の話を聞いて、少し驚いたような顔をしたヤクザな兄さんだったが、「まぁ、ここは異能島だし、有名人もいるよな」と納得したように「楽しんでおいで」と花蓮を送り出す。


「ありがとうございます!」


 もしかすると、綿菓子屋のお兄さんは花蓮だということに気づいたのかもしれない。


「ん!」


「え?くれるの?」


 余計なことを考えて歩く、悠馬の前に差し出される1つの綿菓子。


 こちらをマヌケなお面で見つめていた花蓮は、どうやら悠馬に綿菓子をくれるご様子だ。


「当たり前よ。私、2つも食べきれないわよ。…ところで悠馬。私、お面を外さないと食べられないことに、今気づいたんだけど…」


 今気づいたのかよ。


 綿菓子を買って、どうやって食べるんだろう?などとは思っていなかった悠馬だが、何も考えずに綿菓子を買った花蓮を見て、思わず笑ってしまう。


「あはは…!間抜けな花蓮ちゃんもすごく可愛い…!ありがとう、貰うね」


 花蓮から差し出された綿菓子を受け取り、微笑む悠馬。


「ま、マヌケじゃないわよ!仕方ないじゃない!お面つけてお祭り回るなんて、人生で初めてなんだから!」


 お面をつけてお祭りを回ることなんて、滅多にしないだろう。


 正直、ひょっとこよりもプ○キュア見たいな可愛いお面をチョイスして貰いたかったのだが、それは過ぎたことだ。


「あはは。ごめん。境内の裏にでも行こうか?」


 境内なら、きっと人も少ないだろう。


 歩くこと数分。


 祭り会場である、約3キロの直線の先にある大きな神社の境内…ではなく、中間地点で大通りから逸れた、小さな細道にある人気のない境内。


 そこへ足を運んだ2人の周りには、神社が祭りの会場から少し離れたところにあることもあってか、人は誰もいなかった。


「ここなら大丈夫かな?」


「うん、そうね。ふぅー…下駄って疲れるわ。帰りはおぶって帰ってよ」


 境内の石でできた階段に座り、お面を外した花蓮。


 彼女は足が疲れたのか、ブラブラと両足を揺らしながら、悠馬におねだりをする。


「いいよ。花蓮ちゃんの柔らかい胸の感触が伝わってきて幸せな気持ちになるだろうから」


 すっかり日がくれた、時刻は20時過ぎ。


 冗談を言い合いながら、「悠馬変態!」「花蓮ちゃんはど変態だけどな」などという会話が、境内に響く。


 多分、ここに神主とかがいたら、ブチ切れられて追い払われていることだろう。


「甘くて美味しい」


 冗談の言い合いがひと段落し、綿菓子をペロリと舐めた花蓮は、感嘆の声をあげた。


 きっと、お仕事とかが忙しくて、お祭りに行く機会なんてなかったのだろう。


「俺も花蓮ちゃんの舐めた綿菓子舐めたい…」


「奇遇ね。私もそう思ってたわ。交換よ」


 花蓮の喜ぶ姿を見て、ちょっぴりイタズラのような発言をした悠馬。


 イタズラというか、これはもう下心だ。

 可愛い彼女と間接キスがしたいという、悠馬の気持ち。


 しかし花蓮はそれに動じたそぶりも見せずに、悠馬が口にしている綿菓子へと手を伸ばす。


 この状況、引くに引けない。


 自分から言っておいて、やっぱ無理!などと言ったら、「はあ?付き合ってるし、あんなことやこんなことはしたのにこれは無理なわけ?論外!さよなら!」と、破局一直線になってしまうかもしれない。


 実際そんなことにはならないのだが、あらぬ妄想を浮かべた悠馬は、思い切って花蓮の綿菓子を食べる。


 なんだか、自分の食べている綿菓子よりもずっと甘くて、ふわふわした感じだ。


「…それにしても、こんな所に神社があるなんてね…」


「そうだね…」


 口に残った花蓮の綿菓子を味わいながら、携帯端末の地図アプリを開く悠馬。


 結論から言うと、この地図アプリの中に、この神社は存在していなかった。


 それが地図アプリの不具合なのか、それとも2人が神隠しにあったのかはわからないが、ほんの少しだけ、怖い感じもする。


「それに、ここからだと星も見えないのね」


 七夕の夜といえば、天の川だろう。


 空を見上げた花蓮は、生い茂る木々と、そして異能島の明るさの影響で星が見えないことに、残念そうな声を上げる。


「異能島は明るいからね…」


 異能島は、日本支部でも最高峰の予算をかけられて作られた島だ。


 当然、本土と比べても金のかけ方が違うわけで、明るさも東京と同じくらい。


「いつか3人で、星を見に行きましょう?」


「うん。絶対に行こう」


 花蓮の提案を聞いた悠馬が、嬉しげにそう答える中。


 ワァ!という歓声が響き、顔を上げた2人は、バーン!という大きな音と共に、弾けた真っ青な花火を見る。


「あ、花火…」


「っああ!!ごめん!ほんとごめん!すっかり忘れてた!」


 歓声と共に、大きな爆発音を上げて、次々と円形に広がる花火。


 それを見て頭を抱えた悠馬は、すでに花火の時間になっていたのかと絶望する。


「あはは!いいわよ!ここからでも、花火は綺麗に見えるじゃない!…しかも、2人っきりで」


「そ、そうだね…すごい綺麗だ」


 微笑みながら花火を見上げる花蓮は、花火を綺麗だと呟き、そんな花蓮を見つめる悠馬は、花蓮を綺麗だと呟く。


 そういえば、この神社は何のご利益があるんだろうか?


 神社といえば、ご利益。


 日本支部にある神社では、それぞれの神社が違うご利益をもっているという、探し出せばキリがないようなものだ。


 どんなご利益なのだろうか?そう思い、花火の明かりで照らされた看板を見る。


 記されているのは、縁結びの神。という単語。


「はは…これも巡り合わせなのかな…」


 地図にもない、恋人と偶然立ち寄った神社のご利益が、縁結び。


 それはもう、お祈りをしろと言っているようにしか思えない。


「どうかしたの?」


「ここ、縁結びの神社らしいよ。お参りしよっか?」


「いいわね!そうしましょう、夕夏の分も!」


 そう言って、花火のことを一度忘れた2人は、賽銭箱まで歩み寄ると、お金を投げ込む。


 もちろん、互いに夕夏の分も投げ込んだ。


「悠馬と結婚できますように」


「花蓮ちゃんと夕夏と幸せになれますように」


 お互いに、願い事を口にして、笑い合う。


「にしても、七夕の癖に花火打ち上げるわ明るすぎるわで、天の川なんて見えないわね。雰囲気ぶち壊しよ」


「はは…仕方ないよ。そっちの方が集客率がいいんだろうし…」


 これが時代の流れってやつなのかな?


 星すら見えない夜空に、大きく輝く花火。


「さ、帰ろ?悠馬」


「え…?まだ花火上がってるよ?」


「あのねぇ…こういうイベントは、帰りが混雑して電車に乗れなくなるのよ!」


「なるほど!」


 お祭りにほぼ行ったことがなかった悠馬からすれば、目から鱗な話だ。


 意見も纏まったのか、神社の階段を下っていく2人。


 それを背後から見送る影が、ポツンと1つあったことを、2人は知らない。


「ふ…珍しいヤツも来たものだ」


 古風な着物を身に纏ったその人物は、遠くへ見えなくなっていく2人を見送りながら、そう呟いた。


 彼、いや、その神の名は大国主。


 七夕祭りの夜、会場には通常の神社とはもう1つ別に、小さな神社が現れる。


 そしてその神社に入れるのは、1年に1組だけで、当然人気もないため、花火を絶好のポジションで観れるようになっている。


 そして、そこで花火の途中にお詣りをしたものは、必ず結ばれるそうだ。


 当然、それはこの神様、大国主おかげなのだが、人々はそれを知る由もない。


 なにしろ年に1組しか入らない挙句、条件まで決まっているのだ。


 この神社について出回っている情報は、極めて少ない。


「さぁて。オレも帰るか…っと、その前にヘルメスに挨拶でもしとくか」


 年に一度しか、この世に顔を出さない大国主。


 そんな彼の神社に足を運べた悠馬と花蓮は、幸運だったと言ってもいいだろう。


「そして頑張れよ。シヴァ。クラミツハ。それと…」


 その先の言葉は、突如として巻き起こった風のせいで、聞き取ることが出来なかった。


 そして、風が吹き終わるのと同時に、無造作に広がる雑木林が見える。そこには、大国主の姿も、神社の影も、まるで最初から何もなかったかのように綺麗さっぱり消えて無くなっていた。

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