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君の誕生日

 7月7日。七夕。


 第1異能高等学校、1年Aクラスの教室の中は、いつになく賑やかだった。


「ねぇーねぇー、お祭り行く?」


「ごめーん、今日バイト〜」


 異能祭という大きなイベントが終わり、今月末に控えた期末テストまでの束の間の休息を満喫するAクラスの面々は、かなり充実した学校生活を送れているように感じる。


 七夕ということもあってか、今日は異能島内でもお祭りが開催される。


 今日のクラス内の話題は、その七夕祭りについてだ。


 あまり興味なさそうに廊下側の窓を眺める悠馬は、微かに見える笹の葉と、そしてひらひらと風に揺れるみんなのお願い事が書いてある短冊を見つめ、ため息を吐いた。


「どうしよう…」


 彼女ができて、初のお祭りごとともなると、当然はしゃぎたくもなる。


 しかしながら悠馬は今回、はしゃぐというよりも、深刻そうな表情に見えた。


 7月7日。それは悠馬にとっては、割と真面目に重要な日だった。


「よお!悠馬!今日は篠原さんの誕生日だな!俺様は花束買ってきたぜ!」


 後ろから悠馬を叩き、鞄から小さな花束を覗かせる通。


 そう、今日は美月の誕生日なのだ。


 入学試験のときから、悠馬と美月は協力関係として、様々な情報を共有してきた。


 悠馬がこの島で1番最初に暁闇だと打ち明けたのだって美月だし、彼女の過去だって、悠馬は知っている。


 そんな、今まで1番お世話になってきたであろう彼女の誕生日が、今日なのだ。


 悠馬はこの日のために、色々とリサーチをして、夕夏、花蓮から女の子の欲しいものを教えてもらったり、女子の流行を教えてもらったりしていた。


 アクセサリー、服、花束、etc…


 数え出せばきりがないほど、女性のプレゼントに対する知識を詰め込んでいた悠馬も、通と同じく、美月への誕生日プレゼントを用意している。


「そういえば、篠原の誕生日って今日か…知らなか…」


 通の話を聞いて、自分は知らなかったから用意していないと言おうとした悠馬。


 しかし、その言葉を最後まで言う前に、教室の前扉、つまり悠馬の目の前の扉から入ってきた、銀色の髪の女子生徒を見て、口を噤む。


「おっはー篠原さん!お誕生日おめでとう!これ、俺からのプレゼント!」


「おはよう桶狭間くん。そしてありがと。嬉しいな」


 なんとタイミングの悪いことだろうか。


 悠馬は照れ隠し、というか、通に冷やかされたり、広められたりするのが嫌で、誕生日を知らない風を装うつもりでいた。


 男の小ちゃなプライドだ。


 それがまさか、美月の目の前で誕生日だと知らなかったと発言してしまった。


 美月が一瞬だけ見せた、冷たい視線。


 目が合った悠馬は、そのまま机に項垂れて、嬉しそうに通のプレゼントを受け取って去って行く彼女を見送る。


「終わった…」


 まさか、プレゼントを渡すどころか、ホームルームが始まる前に、自爆するとは思いもしなかった。


 せっかく誕生日プレゼントを用意して、どこで渡そう?どのタイミングで渡そう?と真剣に考えていたのに、完全に嫌われた。


 美月が入ってくると同時に、おそらく悠馬の会話が聞こえていたのだろう、一瞬だけ見せた冷ややかな視線を思い出した悠馬は、頭を抱える。


 あれは怒ってる。絶対に怒ってる。


 俺だってムカつくもん。


 入学試験からずっと仲良くしてきた人に、誕生日知らなかった。と言われたら、なんだよお前!って心の中でなるし!


 こうして悠馬のプレゼント大作戦は、大きな失言を始まりの合図として、幕をあげた。


 まず1限目だ。


 1限目の授業は数学。


 授業前、移動教室も何もないため、美月への接触難易度は非常に高く、加えていうなら、彼女の誕生日を祝う女子生徒たちが、押し寄せている。


 こんな状況でわざわざプレゼントを持っていくのは、バカのすることだ。


 確実に渡せはするだろうが、もうちょっとこう…シチュエーションっていうか、場の雰囲気っていうか?ねぇ?


 プレゼントを渡すだけなのに、ヤケに色々とこだわる悠馬。


 結局、午前中はプレゼントを渡すどころか、話しかけることすらできずに、昼休み。


「あ"〜」


「どうしたんだよ悠馬。そんな声出すなんて、お前らしくもないな」


 西側校舎の外側、1階の外庭にある東屋へと足を運んでいる悠馬は、八神に頭を軽く叩かれながら、凹んでいた。


「ちょっと色々あってなぁ〜…」


「まさか、花蓮ちゃんか!?」


「ちげえよ!食いつくな!」


 花蓮のこととなると、見境がなくなる八神。


 まだ人の名前すら出していないというのに、勝手に誤解をする八神を怒鳴りつけた悠馬は、呆れたご様子でため息を吐く。


「じゃあなんだよ?」


「お前さ、人に何か渡す時って、どんなタイミングで渡す?」


「はあ?渡し物?あー…お前、付き合い始めたからって、もうそんなことまで考えてるのか?気が早いなー」


 人に何かを渡す。


 それを聞いた八神は、なにを誤解したのか、花蓮へ何かをプレゼントするつもりだと思っているご様子だ。


「ま、まぁ…」


「逆にお前は、どんなタイミングで渡すつもりだったんだ?」


「2人っきりのタイミングで、綺麗な景色を見ながら、なんて考えてた」


 美月に渡すとも言えないし、この際花蓮設定で乗り切ればいいや。


 特に否定することもなく、八神との会話を進める悠馬の理想は、2人きりの空間で、それなりにいいムードでプレゼントを渡す。というものだった。


 まぁ、ありきたりな、誰でも考えつくシチュエーションだ。


 しかしそれが、1番難しい。


「なるほどなぁ?人気者だと、2人っきりになるのも難しいもんな。すぐに人が集まってくるし」


「そうなんだよ!アイツらどうにかしないと!」


 八神は花蓮のことを話していて、悠馬は美月のことを話しているというのに、奇跡のシンクロを起こす会話内容。


「それならやっぱり、マイナーな場所しかなくないか?寮に連れ込むのはダメだ。絶対に許さん」


 私情を挟む八神。


 すでに悠馬が花蓮とそういうことをしているとも知らない八神は、鋭い視線で忠告をする。


「連れ込まねえよ!マイナーな所って具体的には?」


「うーん…第1でいうなら、間違いなく屋上だろうな。昼休みはそこそこ賑わってるけど、放課後はガラガラだって聞くし」


「ほほう…」


 教室や、時計塔、噴水で渡すことばかりに固執していた悠馬は、八神のおかげで屋上の存在を思い出し、ニヤリと笑みを浮かべる。


「屋上、いいな!」


「あとはプレゼントだろ。お前は場所ばかりこだわってるみたいだけど、結局渡すものが全てだぞ?クソみたいなものあげたら、景色なんて関係ないんだから」


 そう、八神の言う通りだ。


 いくらシチュエーションを凝ったところで、プレゼントがクソなら雰囲気も何もかもが一瞬にしてクソになってしまう。


 夕夏と花蓮から、変なものは絶対に渡すなと忠告されていたため、流石の悠馬も変なものは用意していない。


「腕時計を渡そうかなって。ほら、中学の時は腕時計禁止だったろ?でも高校では着用可だし…女子ってこう、可愛いのとか、オシャレな時計が欲しいんだろ?」


「おお…悠馬の割に鋭いな…」


「俺も日々、学習してるってことだ」


 実際は全て、夕夏と花蓮のアドバイスの賜物なのだが、八神に褒められて悪い気のしない悠馬は、ドヤ顔でそう答える。


「はぁー、羨ましい。どうせお前、今日のお祭りも花蓮ちゃんと行くんだろ?」


「うん。誘われてるし、そうなるな」


 彼女のいない八神は、自分の好きな人と付き合っている悠馬がどうしても羨ましいらしい。


 目が怖い。


「ま、闇討ちされないように気をつけろよ」


「はは、それしたら花蓮ちゃんに嫌われると思うけどな!」


「うぐ…!」


 本気で闇討ちをしそうな八神に釘を刺した悠馬は、ちょうど昼休み終了の予鈴が鳴り響いたため、椅子から立ち上がる。


 チャンスはもう、放課後しかない。


 放課後、人が居なくなった屋上でプレゼントを渡すんだ。


 そんな決意を胸の内に秘めた悠馬は、八神と共に、教室へと戻るのだった。



 ***


 放課後。ホームルームも終わり、賑やかになる教室内。


 いつになく騒がしい原因は、今から七夕祭りへと向かう生徒が大半だからだろう。


 ちなみに、悠馬の放課後のご予定は、花蓮と七夕祭りでデート。夕夏は、悠馬と付き合う以前から予定が入っていたらしく、一緒に回ることができないらしい。


「よし…」


 思い切って席を立った悠馬は、いつものメンバーで固まっている美月の元へと歩み寄ると、口を開く。


「篠原…少し時間いいか?」


 悠馬が声を発すると同時に、ギロッと睨みつけてくる湊。


 その様子は、まるでマフィアのボスの娘を守る用心棒のようだ。


 人でも殺したことがあるんじゃないのか?と不安になってくるほどの圧。


「ちょっと。暁くん、アンタ彼女いるでしょ。私らこれから七夕祭り行くから、邪魔しないでよ」


 湊はいつも手厳しい。


 お出かけするから邪魔するな。


 それを言われてしまえば、男子は大人しく手を引くしかないだろう。


 なんてったって、男が女子を呼び出す理由なんて、大抵は好意を寄せているからだ。


 君は嫌いな人を、わざわざ呼び出して話をしようとするか?


 しないだろう。


 そんなわけで、好きな女の子の邪魔になるくらいなら、大人しく手を引いて、高感度を下げないようにする。


 それが男としての定石だろう。


 しかし悠馬は、いつもとは違う。


 なにしろ、美月の誕生日は、今日を逃せばまた来年なのだ。


 高感度最悪の状態で1年放置なんて、それは絶対にしてはいけない。


「ごめん、借りてく!」


「え!?は!?」


「ちょっと!待ちなさいよ!」


「どゆことぉ!?」


 大人しく手を引くように見えた悠馬が、いきなり美月の手を掴み、走り去って行く。


 突然の出来事で身動きが取れなかった湊たちは、教室から出て行く悠馬の方へと手を伸ばしながら叫ぶものの、もう遅い。


「何よアイツ!」


 教室内には、湊の叫び声が響き渡る。


「ちょっと?悠馬…いや、暁くん!何!?」


「ごめん…!でも、すぐ終わるから、大人しく付いてきてくれ!」


「えぇ…1分で終わらせてよ?」


 手を引きながら階段を上る悠馬に、問いかける美月。


 大人しく付いてきて欲しいと言われた美月は、好きな人に手を繋がれているせいか、少しだけ迷ったような声を出しながら、満更でもないご様子で無茶振りをしてみる。


「それは厳しいな…でも5分以内で終わらせれるように頑張るから!」


 階段を駆け上りながら、そう答えた悠馬。


 屋上への踊り場へとたどり着いた悠馬は、扉の鍵を解放すると、足で扉を開けて、美月と繋いでいた手を離した。


「はぁ…それで?何?珍しく学校で話しかけてきたと思ったら、いきなり手を引いて走り始めるし。重要な話?」


 ご立腹な様子の美月さん。


 もちろん、内心では踊り出したいほど喜んでいる。


 ただ、朝に誕生日を覚えていないと発言した悠馬を、少し困らせようとしているだけだ。


 演技で怒っている美月を見た悠馬は、少し焦るような表情を見せながら、深々と頭を下げた。


「ごめん。朝の通との話は全部嘘なんだ。本当は、今日が美月の誕生日だってことは、ずっと覚えてた」


「えっ…」


 嘘だと聞いて、硬直する美月。


 恥ずかしくて通を誤魔化したなどとは言わないが、ちゃんと誕生日を覚えていたことだけ告げた悠馬は、カバンの中から箱を取り出すと、美月へと差し出す。


「入学試験のときから、美月にはずっとお世話になってたから。日頃の感謝も込めて、君に似合いそうなものを選んだ。…俺が選んだものだから、美月の好みじゃなかったらごめん。先に謝らせてほしい」


 頭を下げながら、プレゼントを差し出す悠馬。


 悠馬の掌の上に乗っているプレゼントを手に取った美月は、嬉しいのか少しだけ身体を震わせると、頬を赤らめながら口を開く。


「開けていい?」


「うん。確認してくれ」


 包装紙を開き、箱を開ける美月。


「っ!本当に?本当に貰っていいの?」


「うん。美月へのプレゼントだから。美月が貰ってくれると、俺は嬉しい」


 箱の中から、ピンクゴールドの時計を手にする美月。


 悠馬が贈ったのは、最近異能島内の女子で流行しているメーカーの腕時計の、最新型だった。


 当然のことだが、異能島の生徒、学生が買えるものだから金額は大したことはない。


「返せって言われても、返さないよ?」


「言わないよ。だって、…美月に似合いそうだからこの色にしたんだよ」


 少し照れながら、そっぽを向く悠馬。


 その様子は、初々しいカップルのようだ。付き合ってないけど。


「…ありがとう。悠馬」


 プレゼントをもらってから、美月は怒った様子を演じることもなく、悠馬へと歩み寄る。


 自分が何を悩んで、怒っていたんだと疑問に思うほど、気づけば心の中は穏やかで、愛おしさだけが増していた。


 私は彼が好きだ。彼の全部が好きだ。きっとこの気持ちを伝えたところで、彼の迷惑になってしまうだろうけど…ならせめて…今までと同じように、彼の側に協力関係として有りたい。


「私からのお礼」


 悠馬の腰に手を回し、抱きしめる美月。


「み、美月さぁん!?」


 抱きしめられた悠馬が情けない声を上げる。


 好きな人からいきなり抱きつかれれば、男子なんてそんなものだ。


「ほんとに、ありがとう。すっごく嬉しい」


 嬉しさを滲み出す美月は、今にも泣きそうなほどの笑顔を悠馬に向けてきた。


 この笑顔を見れたなら、これだけ思い悩んだ甲斐もあったというものだ。


 微笑みながらそう安堵した悠馬だったが、この後教室に戻り、湊たちにめちゃくちゃ怒られた。

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