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3人目の来訪者

 悠馬と南雲が密室に閉じ込められてから、10分ほどが経過した頃。


 2人の密室近くの通路でコソコソと電話をしている女子生徒は、いつになく甘々な声で話をしていた。


「うん、うん。学校はすっごく楽しいよ?みんないい人で、優しくしてくれるから。うん!」


 彼女の名は、三枝真里亞。


 本日のクルージングの主催者であって、Cクラスを纏める、レベル9の実力者でもある。


 いつもの嗜虐的な笑みと、そして人を見下すような声はどこに行ったのかと聞きたくなるような、子供らしい声。


 通りすがる生徒たちに隠れながら会話をする真里亞は、おそらくこんな姿は他人に見られたくないのだろう。


 人のいない方、いない方に進みながら、悠馬と南雲がいる扉へと手をかける。


 ここならきっと、生徒は誰もいない。


 立ち入り禁止とも記されていないが、重い鉄扉な事から、おそらく休憩室か何かだ。


 流石にここに迷い込んでいる生徒はいないだろうし、安心して通話ができるはずだ。


 そう判断した真里亞は、扉を開けながら、先ほどよりも少しだけ大きくなった声で、通話を再開した。


「もぉ!パパ!ありがとう!真里亞、パパのことだーいすき!」


 誰もいないはずだった密室。スマホを片手に、パパ大好きと言ってのけた真里亞は、室内に先客が2人いたことを知り、扉をそっと閉めた。


 真里亞、サービス終了のお知らせであった。



 ***



 扉が開いたというのに、ピクリとも動かなかった南雲と悠馬。


 別に、異能を使用されて、身動きが取れなくなったとか、そんな理由ではない。


 ただ、見間違い、聞き間違いか?と思うような出来事が、目の前で起こってしまったから、体が動かなくなってしまっただけだ。


 人間の体ってのは、不思議なものだ。


 自分の理解できないことが目の前で起こると、途中で身動きが取れなくなってしまう。


 例えば、青信号で歩道を渡っている時。突然車が突っ込んできたら?


 避けられないだろう。大抵の人間は、走って逃げる、という選択よりも先に、一度立ち止まるか、そのまま徒歩で直進するという選択肢しか浮かばないはずだ。


 咄嗟にできることなんて、その程度だ。


 そして悠馬たちも、それと似たような状況に陥っていた。


 原因は、Cクラスのまとめ役であり、そして今回のクルージングの主催者でもある真里亞が、スマホ片手に、パパ、だーいすき!などという発言をしていたからだ。


 普段の彼女からは考えられないような、甘々な声。


 身動きも取れないまま、扉が閉まるのを見送った悠馬は、室内から出られないことなど忘れ、自分含め3人目の来訪者を唖然とした表情で見つめる。


「ぱ…パパ…?」


「ごめんなさい、友達が来たわ。またね、お父さん」


 ドタバタと通話を切る真里亞を眺めながら、彼女の呟いた言葉を、インコのように繰り返す悠馬。


「パパだーいすき…クク…ククククク…あははははは!」


 まるで援助交際相手に電話でもしているんじゃないかと尋ねたくなるような、そんな声で話していた真里亞の言葉をリピートした南雲は、ツボに入ったのか、大爆笑してみせる。


「パパ…!パパ!」


 もちろん悠馬だって、我慢できない。


 最初こそ、呆気にとられて笑いなど込み上げて来なかったものの、少し冷静になってみると、あの真里亞がガキのようにパパパパといっている姿を思い出し、じわじわと込み上げてくるものがある。


「は…はははは!真里亞、お前ファザコンだったのか!てかなんだよ、さっきの声!まるで別人じゃないか!」


 笑い転げながら、先ほどの真里亞の甘々な声を思い出す悠馬。


 とても、Cクラスのリーダーの声とは思えなかった。それほどに、真里亞が発していた声というのは、いつも悠馬たちが見ている彼女からかけ離れたものだった。


「貴方たち…何がおかしいの!」


 笑い転げる2人を見て、顔を真っ赤にしながら地団駄を踏む真里亞。


 彼女としても、こんな家族にしか見せないような姿を、南雲や悠馬に見せるつもりなどなかった。


「だ、だって…!いつもの真里亞と全然違う声で、しかもパパ大好きっていうから…!ははは!」


「しかもオレらがいるって気づいて、パパからお父さんって言い換えるのが尚更…!パパでいいじゃねえか!クク…!ククク!」


 真里亞の意外な一面。


 真里亞が慌ててパパ呼びからお父さん呼びに変えたことも相まってか、南雲は死にそうなほど笑っている。


「は、はぁ?暁くん、そんなに私のことをバカにしていいんですか?貴方の秘密をバラしますよ?」


「ひ…ひひひひひ!ははは!やめ、真里亞、やめろ…!今その口調で話さないでくれ!」


 つい先ほどまでパパー!と言っていた人物が急に切り替えて、いつもCクラスを仕切る口調へと変わる。


 切り替わりの速さを見て、そしてつい先ほどの発言が頭から抜けない2人は、さらなる溝へとハマる。


 そんな、笑い転げる2人に頭を抱えた真里亞は、ヒーヒーと過呼吸になる悠馬の頭を引っ叩く。


「今のは忘れなさい!命令よ!」


「は、はひ…!」


「ク…パパ…」


「だまらっしゃい!まったく…よりによってこの2人に…」


 2人にファザコンがバレたことを、心底後悔しているご様子の真里亞。


 それもそのはず、悠馬と南雲は、AクラスとBクラスのリーダー格。


 権力的には、真里亞のそれと同じくらいの権力を有しているわけで、そんな2人に向かって、真里亞が脅しをかけたところで、2人が言うことを聞くことはまずないだろう。


 もし仮にこれが、悠馬や南雲でない生徒だったのなら、真里亞が少し甘い言葉をかければ、ホイホイ言うことを聞いてくれていただろうが、その可能性もない。


 なにしろ2人は、真里亞に対して微塵の興味も抱いていないから。


 他の生徒が真里亞に向けるような羨望の眼差しを向けない2人は、この件について、今後ともネタにしていくだろう。


「は…はは…!いいじゃん!そっちの真里亞をみんなに見せたら、人気でるかもしれないぞ…!ぷ…!」


「そこ!思ってもないことを言わない!」


 笑いを堪えているつもりなのだろうが、ニヤニヤとしながら真里亞の応援をする悠馬は、心にも思っていない発言だと即バレし、真里亞から指摘を受ける。


「はぁ…そもそも、なんで貴方たちがこんなところにいるの…」


「あ…」


 何故ここにいるのか。


 真里亞に質問されて、ようやくそのことを思い出した南雲と悠馬の顔には、つい先ほどのようなニヤニヤ笑いはなくなっていた。


 7月の室内。空気の入れ替えもなく、ジメジメと蒸し暑い室内に、3人目の訪問者。


 つい先ほどまではしゃいでいたこともあってか、室内はより一層熱く感じられた。


「なんです?なにか隠してるなら言いなさい?私の秘密もバレたわけですし」


 1番最後に入ってきた真里亞は、まだ自分が置かれている状況を理解していないのか、焦る悠馬と黙る南雲を見て、何か誤解をしている様子だ。


「扉が開かない」


「はい?」


 悠馬の口から発せられた、厳しい現状。


 汗をダラダラと流す悠馬と南雲の表情には、もう余裕などなかった。


 なにしろ、この扉は一度閉まってしまえば、内側から開けることは不可能なのだ。


 はしゃいでいた反動もあってか、2人は一変してお通夜のような雰囲気を漂わせている。


「ここの扉、内側からじゃ開かないんだよ」


 状況が理解できていない真里亞に、実演するようにガチャガチャと扉を押し引きする悠馬。


「……はぁ!?とんだ欠陥品じゃないですか!なにこの船!製造元出てきなさいよ!潰してやるわ!」


「お前の父親だろうが!」


 悠馬の実演により、現状を把握した真里亞。


 自分の父親が招待したクルージングだと言うのに、それを忘れて好き放題言っている真里亞に指摘を入れた悠馬は、頭を抱えながらその場に座り込んだ。


「…そうでした。私が招待しましたね、ここ」


「おい真里亞。なにかねえのか?ここから脱出できる方法」


 現状、1番この船に詳しいであろう真里亞。


 そんな彼女に、この状況を打開する方法を訊ねた南雲は、小さな室内の壁を叩いて回り、薄そうな部分を探す。


「携帯端末で助けを求める…とか?」


「オレたちはそんなにバカじゃねえ。それはもう試してる」


 人差し指を頬に当てながら、意見をする真里亞。


 しかし、真里亞の案はすでに試した、というか、偶然にも気づいてしまった内容だった。


 ここは島からも本土からも離れた、ちょうど中間あたり。


 そんなところに電波など通っているはずもなく、携帯端末は圏外なのだ。


「いや、ちょっと待て」


 真里亞の意見と、南雲の指摘を聞いた悠馬は、あることを思い出して2人の会話を中断させる。


「真里亞…お前さっき、電話してなかったか?」


「!」


 確かに、2人の携帯端末は圏外だった。


 しかし真里亞のスマホはどうだ?悠馬と南雲の携帯端末が圏外の時間帯に、真里亞のスマホは通話ができていた。


 ならば、真里亞のスマホでなら助けを呼べるのではなかろうか?


「ああ…この船、Wi-Fiが備え付けられてるので。……ここ、Wi-Fi届いてないです」


『……』


 わずか数秒で打ち砕かれた、希望。


 鉄で出来ているのか、それとも電波を妨害する作りになっているのか。


 全ての通信手段が不可能とも言える状況に陥った3人は、すでに策などなくなっているのか、静かになる。


「オイ、暁。異能を使って扉壊せよ。緊急事態なら、許されるだろ」


「いや、お前…バカだろ。俺は停学明け間もないんだぞ?そんな危険行為、だれがやるかよ」


「そもそも、ここは海の上ですし、適応される規則は、本土ルールのはずですよ」


「…そりゃあ、異能も使えねえな」


 異能で扉を壊すという案。


 一度ずつ停学を食らっている南雲と悠馬は、そう簡単に異能を使うという問題行為を起こすわけにはいかない。


 しかも、異能島のルールなら厳重注意で終わるかもしれないが、本土ルールならば、異能を使った時点で犯罪者、そく警察署行きだ。


 そんな状況で、異能を使う輩などまずいないだろう。


「助けを待つしかないだろ。真里亞、何か面白い話でもしてくれよ…この沈んだ気持ちが、消え失せるくらいの」


 脱出が出来ない。


 結局、いくら考えても助けが来ないことには出られないと判断した悠馬は、真里亞に無理難題をふっかけながら、俯く。


「そうですね…では。むかしむかし、あるところに…」


「はい中止。それ絶対に面白くない」


「お前、面白い話って言われて、日本昔話を話し始める奴がどこにいる?」


「此処にいます」


 冒頭の時点で、真里亞がなにを話すのか察した2人は、話が始まる前にそれを中断させ、冷ややかな視線を彼女に向ける。


 どうやら真里亞は、日本昔話を本気でおもしろいと思っているご様子だ。


 2人をバカにするような表情ではなく、ドヤ顔で立っていることから、彼女の本気度がわかる。


「真里亞、お前センスないよな…」


 おもしろい話と言われて、真剣に日本昔話を始める女子高生。


 そんな頭の狂った女子高生は、おそらく日本支部のどこを探しても、真里亞1人くらいなものだ。


 小学生なら喜んでいたかもしれないが、高校生が喜ぶような内容じゃない。


「な…!貴方!言わせておけばファザコンだのセンスないだの!いいですか?私、センスだけはあるんですよ?」


「いや…おもしろい話って言われて、日本昔話を選択するような奴に、センスがあるはずないだろ…ほら、私服だってロリっぽいし…」


 センスだけはあると言ってのける真里亞に対して、現在彼女が着ている服を指差しながらロリと答える悠馬。


 彼女が今来ている服は、確かに小学生に見えなくもない。


 真里亞は身長が低い上に、胸も極貧と言ってもいい。加えて、顔が童顔であることも相まって、ひらひらのスカートに、無地のTシャツなど着ていたら、運が良くて中学生、悪かったら小学生に見えなくもない姿だ。


「くっ…!暁くん、私はもう怒りましたよ!南雲くん、目を瞑ってください」


「?ああ、いいぜ?」


 ロリという指摘を受けて、激怒した真里亞。


 南雲へ目を瞑るように指示した真里亞は、彼が目を瞑ったことを確認すると、スカートをたくし上げて下着を見せる。


「な…!おま…!それは見せなくても…!」


 白い生地に、バラの装飾が施された下着。


 真里亞の下着を目にした悠馬は、目を手で塞ぎながら、仰け反る。


「どうです?これで私にセンスがあることも、ロリじゃないこともわか…」


 悠馬の反応を見て、勝ち誇っていた真里亞。


 しかし、その余裕は、会話が終わらないうちに、恐怖へと変わっていく。


 その原因は、悠馬の真後ろ。


 ちょうど偶然、扉を開いた人物がいたからだ。


 悠馬の後ろと言うことはつまり、スカートをたくし上げている真里亞の真正面ということになる。


 室内は暑いはずなのに、真里亞は全身が凍えるような感覚に陥りながら、スカートから手を離す。


 扉を開いた女子生徒。


 それは亜麻色の髪を腰近くまで伸ばした長髪の、そして真里亞の親友であり、悠馬の彼女でもある人物。夕夏だった。


 感情を失ったような目で、スカートをたくし上げていた真里亞と悠馬を交互に見つめる夕夏。


「あ、あの!違うのこれは!」


「う、うん?わかってるよ?密室ですることなんて、そのくらいだもんね?」


「ゆ…う…か?」


 慌てふためく真里亞の声と、返ってきた声を聞いた悠馬は、目から手を離すと、慌てて声のした方を振り返る。


 そこにいたのは、冷ややかな目で悠馬を見つめていた夕夏だった。


「失礼しました!」


 勢いよく扉を閉める夕夏。


「ちょ!まって!誤解だ!夕夏!誤解なんだ!」


 閉ざされた扉の中、悠馬の悲鳴にも近い叫び声だけが響き渡る。


 それから30分ほどして、3人は他の女子生徒たちに発見され、無事に室内から脱出できた。


 しかし悠馬は、クルージングから3日間ほど、夕夏に口を聞いてもらえなかった。

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