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開かない扉

 どうしてこうなってしまったんだろうか?


 機械音が鳴り響き、外の景色が一切見えない空間の中。


 1人寂しくその場に座る茶髪の男子、悠馬は、まるで全てを悟った人間のように色のない瞳で、無機質な空間を眺めていた。


「わーい…機械音だー…」


 なぜ悠馬がこんな空間に座っているのか。


 こうなってしまった原因は、約5分ほど前に遡る。


 連太郎に花蓮の名前を叫ばれた悠馬は、野次馬さんたちから逃げるべく、船内を逃げ惑い、そしてこの空間へとたどり着いた。


 立ち入り禁止などと記されてはいなかったため、何の躊躇もなくこの空間へと入り込んだ悠馬だったが、それこそが大きな間違いだったのだ。


 まず、この室内の唯一の出入り口である扉を見ていただきたい。


 外側から鍵の開け閉めが出来るのか、取っ手の下に銀色のカバーのようなものが付いているが、室内からは鍵が開けられない作りになっている。


「…アカナイ」


 オートロック式なのか、それとも立て付けが悪いのか。


 片言で開かないと呟いた悠馬は、絶望に満ちた表情で、その場に項垂れる。


「冷房ないし、蒸し暑いし、マジで地獄かよ此処は…」


 項垂れている間に、もう1人迷える子羊が入ってきたことに気づいていない悠馬は、地面を叩きながら悲しみにくれる。


「クク…お前、なにしてんだ?こんなとこで」


 真っ赤な髪の男。


 項垂れる悠馬を見て、愉快そうに笑ってみせる南雲は、ガタン。と閉まる扉を無視して、室内へと入ってくる。


「あーーー!お前!なに閉めてんだ!バカヤロウ!」


 南雲の声を聞くと同時に顔を上げた悠馬だったが、その時にはもう手遅れだ。


 閉まり行く扉を見送った悠馬は、悲鳴にも近い声で、南雲を怒鳴った。


「うるせぇ野郎だな。扉が閉まったからって何か問題でも…オイ、どうなってる、開かねえぞ」


 怒鳴る悠馬を見て、眉間に皺を寄せた南雲は、取っ手へと手をかけると、扉が開かないことを知る。


「開かないんだよ…それ」


「クク…ククク…飛んだ欠陥付きの船じゃねえか。クレームものだぞ、コレ」


 まだ販売していないし、売れてもいないそこそこ豪華な船。


 きっと試運転、そして悪いところを発見するために娘の真里亞のお友達をクルージングに招待したのだろう。


 幸い、悠馬や南雲には、文句を言う権利はあっても、真里亞の父親の営業先に支障は出ない。


 試運転での事故はつきもの。


 どの船だって、どの機械だって最初は失敗するもので、いきなり成功するということはない。


「真里亞にご報告だな」


「クク…そうだな」


 出れなくことに絶望はしているものの、怒っていない悠馬は、携帯端末を取り出すと、真里亞に出して貰うよう連絡を入れようとする。


「……俺真里亞の連絡先知らないや」


 衝撃の事実。


 携帯端末の連絡帳を漁った結果、真里亞の名前が見当たらなかった悠馬。


 悠馬は今日のお誘いを、クラスのグループメッセージで受けていた。


 実は悠馬、真里亞と連絡先を交換していない。


 原因としては、入学当初の悠馬は、ドーナツ屋さんでしか連絡先の交換を行っていなかった。


 そして当然のことながら、同じクラスのグループでしか連絡先を交換していない悠馬が、他クラスの生徒の連絡先を手に入れる方法は、2つ。


 1つは相手側が勝手に追加してくれること。そして2つ目は、自分から連絡先を聞きにいくことだ。


 後者の選択は、あまり人と関わろうとしない悠馬からしてみると、縁のないことだ。


 そもそも悠馬に、女子に自分から連絡先を聞くなどと言う度胸は備わっていない。


 そして前者も、真里亞は合宿まで悠馬を狙っていたと言えど、彼女にだってプライドがある。


 悠馬の性格がイマイチわかっていない状態で、下手に接触して図に乗らせるのが嫌だった真里亞は、他人から悠馬の連絡先を聞くという手段をとらなかった。


 結果として、夕夏が悠馬のことを想っていることを知った真里亞は、連絡先を聞く前に、降参してしまったわけだ。


 そんな背景があって、悠馬と真里亞は連絡先を交換していなかったのだ。


「南雲は…?」


「クク…俺に他クラスの友達がいると思うのか?」


「いないな」


 入学初日に問題を起こしたことを知っている悠馬は、南雲に訊ねられると同時に即答をする。


 実際、停学の一件は南雲に非はないのだが、未だに南雲を警戒している生徒は多いわけで、そんな彼が女子の連絡先を知っている、という可能性はほぼないだろう。


「…即答されるとムカつくな」


 なんの迷いもなく答えた悠馬を不服そうに見つめる南雲。


 彼としても、他クラスの友達がいないのはコンプレックスのようだ。


「あはは…じゃあ、俺と友達になろうぜ」


「仕方ねえな。お前だって友達いないんじゃねえか?隠し事もしてるわけだし」


「うぐ…その節はどうも…」


 合宿での一件。


 隠し事というのは、恐らく闇堕ちのことだろう。


 悠馬のお願い通り、律儀に彼が闇堕ちであることを他人に告げていない南雲は、さっきのお返しだと言わんばかりに、笑ってみせる。


「別に。感謝されるようなことじゃねえよ。誰にだって隠し事はあるもんだろ。オレにだって、お前にだってあるわけだしな」


「へぇ…南雲にもあるんだ?」


 南雲にも隠し事はある。


 大なり小なり、人は秘密を抱えて生きていくものだ。


 今ここで話はしないが、興味深そうに話を聞く悠馬に一度深く頷いた南雲は、携帯端末を取り出すと、アドレスを悠馬に教える。


「…って、圏外か」


「海だしな。異能島からも少し離れてるんだろ」


 異能島の外周を回るといっても、それだけではたいした時間にはならない。


 きっと、真里亞のサービスでそこそこの距離をクルージングするのだろう。


 圏外であることを知った2人は、互いにアドレスだけ控え合うと、距離を開けて座り込む。


「暇だな」


「そう思うなら、面白い話でもしろよ。ほら、お前最近新たな彼女もできたしな…クク」


 真夏日に、密室の空間に男2人。


 面白い話をしろと無茶振りをしてくる南雲を見ながら汗を流す悠馬は、微妙そうな表情で口を開く。


「面白い話じゃないし、恥ずかしい話だから嫌かな」


「そか。まぁ、オレとしてもお前の色恋話なんざ微塵も興味がねえからな。そんなことよりも、お前が異能祭のフィナーレに出る気になった理由、そして本気を出したワケが知りてえな」


 興味がないなら最初から聞くなよ!


 ちょっと話しそうになったじゃん!


 南雲に花蓮との馴れ初めから何まで話すか、一瞬だけ迷っていた悠馬は、微塵も興味がないと一刀両断して見せた南雲を冷たく睨みながら、ため息を吐く。


「お前、そんなだから友達できないんじゃないのか?」


「クク…友達なんて、必要ねえよ。いつ裏切るかもわからないような奴らのことを、オレは友達とは呼ばねえ」


「そっか。それで?お前は俺がフィナーレに出た理由を知りたいのか?」


「ああ」


 そんなだから友達ができないと言った悠馬に捻くれた答えを返した南雲。


 悠馬がフィナーレに出た理由、というのは、本当に単純な理由だった。


「強い奴と戦ってみたかったんだ。俺の実力が、どこまで通用するのか知りたかったから」


「なるほどな。確かに、レベル10のお前や美哉坂からしてみると、自分の実力を測る場面なんて、フィナーレしかないからな」


 同じレベル10と、周りの目を気にせずに戦える。


 フィナーレなら、本来であればすぐに警察が駆けつけたり、停学、退学になることを心配して制限して使わなければならない異能を、容赦なくぶっ放せるのだ。


 実力を測りたい生徒からしてみると、願っても無い機会のはずだ。


「しかし、そうなると疑問も出てくるな。暁、お前は何で異能を隠してた?闇以外も使えるのなら、体育の時間に手を抜かなくても良かったんじゃねぇか?」


 悠馬は入学当初から、自分のことをレベル8だと自己紹介し、そして体育ではひたすら手を抜いてきた。


 その理由としてあげられるのは、闇堕ちだとバレるのが嫌だったから。とも考えられるが、闇以外も使えるのなら、そんな心配は不要なはずだ。


「ああ…1つ目の理由は、変に詮索されて、闇堕ちだってバレるのが怖かったから。ほら、入学当初って、色々噂立つだろ?変な噂が立つのは嫌だし、レベル8って言っておけば周りの目も向かないと思ったからね」


 まだ記憶に新しい、悠馬と八神の恋愛に関する噂。


 もし、悠馬がドーナツ屋でレベル10だと自己紹介していれば、有る事無い事言われていたのは、目に見えている。


「2つ目は?」


「…俺のレベルと、使える技、知ってるだろ?」


 悠馬に問いかけられ、首を縦に振る南雲。


 悠馬の異能は、今や異能島で知らない生徒はいないと言っても過言ではないだろう。


 レベル10能力者で、炎、氷、雷の最上位異能を使いこなせる。


 当然、モニター越しにフィナーレを見ていた生徒なら、そのことは誰でも知っているはずだ。


「なるほど、威力に特化した異能はもう用済みってことか」


「そ。だから俺は、この島に応用力を求めて入学したんだ。ほら、ここだったら同い年の奴らの異能も見れるし、いろんな使い方を学べるだろ?」


「クク…確かに。そんな理由で入学してるのは、お前くらいだろうけどな」


 大抵の生徒は、将来総帥になるため、異能王になるため、などと、野望を内に秘めて入学を希望していたはずだ。


 そして、そんな野望を秘めた生徒たちは、この島で最上位の異能、つまりはコキュートスやムスプルヘイムといった異能を覚えることを目当てに来ているわけであって、小技や応用力を求めて入学を希望していた生徒はほぼいないはずだ。


 悠馬が体育の授業で大した異能を見せなかった理由を理解した南雲は、1人納得すると、次の疑問を思い浮かべる。


「お前は、最終的には悪羅に復讐をするのか?」


 レベル10の闇堕ち。


 その時点で、悠馬のことを暁闇だと判断していた南雲は、最終目標であろう悪羅のことについて口にする。


 世界最悪の大犯罪者。暁闇の悠馬からしてみれば、大切なものを全て奪った、憎悪の対象でしかない人物。


 一度無言になった悠馬は、何か躊躇うそぶりを見せたものの、意を決して話を始める。


「……ああ。そのつもりだったんだけどな」


「なんだ?その言い方。まるで気が変わったみたいだな」


「実はさ、異能祭の後、偶然悪羅を見つけて。戦ったんだよ」


「!マジか?」


 悠馬の口から告げられた、衝撃の事実。


 異能祭後に、悪羅が現れたなどという話は、ニュースでも、噂でも一切聞かなかった。


 まさか悪羅が異能島に上陸していたなどと知らない南雲は、今日イチ驚いた顔で、悠馬を覗き込む。


「マジだよ。まぁ、結果はわかってるだろうけど、ボロ負け。傷1つ付けれなかったわけよ!悔しかったなぁ…俺だって、死に物狂いで努力して来たつもりだったのに、なにもかも足元にも及ばなかったんだ」


 常人では辿り着けない極地に、悪羅は立っていた。


 あの日の夜の出来事を思い出し、悔しさを滲ませる悠馬は、拳をギュッと握りながら、話をした。


「だから諦めるのか?」


「いいや。諦めるつもりはない。だけど、俺も心変わりしてさ。前までは、自分が死んでも、悪羅と相討ちならそれで良いって、本気で思ってたけど…だけど、今はそうは思えない。俺は生きたい」


 それが悠馬の出した結論だった。


「多分、悪羅に復讐するのは、ずっと先のことになる。もしかしたら、20年後や、もっと後になるのかもしれない。それでも俺は、ちゃんと悪羅だけを殺して、その後は…自分のやりたいように…生きていけたらなって思うんだ」


 悪羅を殺した後で、自分のやりたいことをする。


 今まで全てを諦めていた悠馬は、悪羅への復讐を果たした後の世界に夢を描きながら、南雲へと話をする。


「クク…いいな、それ。オレも目的を果たしたら、やりたいように生きてみるのも悪くないか」


 自分のやりたいように。


 その言葉を聞いた南雲は、少しだけ笑みを浮かべながら、呟く。


「お前も何かあるのか?」


「ああ。別に、お前ほど大したことじゃねえよ。探偵ごっこみたいなもんだ。オレは軍人になって、ある出来事の真相を探りたいんだ」


「へぇ…ってことは、南雲は卒業後は日本支部陸軍希望な訳か?」


「そういうことになるな。まぁ、実際に入りたいわけじゃないんだが、真相を探るためには避けて通れない道だから、仕方なく、だ」


 なにかの真相を探りたい南雲は、日本支部の陸軍への所属を希望しているご様子だ。


 決して深くは追求しない悠馬と、それ以上の事情はなにも話さない南雲。


「お互い、目的を果たせるといいな」


「クク…そうだな」


 会話がひと段落し、お互いの顔を見てニヤリと笑みを浮かべる2人。


 南雲と悠馬は、互いの心に、自分に近しい闇を感じながら、口を噤んだ。


 今は互いに、人の復讐に協力する余裕などない。


 出来ることは、互いの目的の達成を願うことのみだ。


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