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真里亞のお誘い

 7月1日。


 天気は晴れ。


 空にはほんの少しだけ雲が見えるものの、それに目を瞑れば、快晴と言ってもいいかもしれない。


 そんなカラッと晴れた空の下、女子生徒たちの元気な声が、響き渡っている。


 もしここが教室で、これだけ騒がしかったのなら、教師が現れて注意をしに来てもおかしくないだろう。


 しかし今は、騒がしい女子たちを止める人物など、誰1人としていない。


 ここには、教師はいないのだ。


「はぁー!真里亞ちゃんマジ神だよな!」


 照りつける太陽の下、呑気にビーチチェアに座っていた悠馬の上に飛び乗る通。


「うぐっ…」


 不意打ちのような攻撃を食らった悠馬は、情けない声をあげながら、通を睨みつける。


「1年全員クルージングに招待なんて半端ないぜ!」


 下半身は水着、そして上にはわけのわからない英単語がプリントアウトされているTシャツを着ている通は、プールに入りそうな格好だというのに、髪の毛をワックスで固めているという、バカとしか言えない格好をしている。


 そして、通が言ったように、悠馬たちが現在寛いでいるのは、そこそこ大きな船。


 なにやら真里亞の父親が船の会社のお偉いさんらしく、今度販売される船に、試し乗りしてみないか?ということで、第1高校1年全員を船に招待してくれたのだ。


 休日ということもあってか、それとも真里亞がそこそこ人気なためか、生徒はほとんど乗船しているご様子だ。


 そんなことがあって、現在船に乗り込んでいる女子生徒たちも、男子生徒たちもハッチャケている。


「そだな」


 はしゃぐ通に対して、適当に遇らう悠馬。


 悠馬はもともと、このクルージングに参加するつもりなどなかった。


 何しろ、7月といえば期末試験。


 悠馬は問題を起こし、停学期間もあったため、入試のような余裕はなかった。


 もともと神童などと謳われていた悠馬だが、なにも天才なわけじゃない。


 努力を重ねて、頭が良くなったに過ぎないのだ。


 そんな悠馬からしてみれば、停学という大きなハンデを背負わされた状況で、呑気にクルージングなど行ってる暇などない。


 好きなヤツだけ勝手に行ってろよ!と、真里亞からのお誘いメッセージをガン無視するつもりでいた。


 しかぁし。悠馬はこうして、クルージングに来てしまった。


 その理由は、実に単純なことだ。


 夕夏が、クルージングに参加すると言ったから。


 真里亞のメッセージでは、大きなプールも付いているため、水着を持ってくるように。という単語もあった。


 つまり夕夏も、水着になってしまうわけだ。


 そして現在、悠馬と夕夏は、付き合っていることを発表していない。


 男子からは夕夏に好奇の視線が当てられ、変なことをされるかもしれない。


 そんなことを考えた悠馬は、お断りのメッセージを飛ばすのではなく、是非行きたいですという文章を送信したのだ。


「絶対他の男にはやらんからな…」


 まるで過保護な父親のように、鋭い眼差しで男たちを睨みつける悠馬。


「んぁ?なんか言ったか?」


「いや、何も言ってないよ?」


 ちょうどプールが見える位置のビーチチェアを陣取っている悠馬は、通に返事をしながら、プールサイドを見渡す。


 プールサイドに、夕夏の影はない。


「しっかし悠馬、お前良かったのかよ?」


「何が?」


「バッカヤロウ、俺は見てたぞ?お前ば船に乗り込むとき、他クラスの女子から色々お誘いされてたの。お前全部断ってただろ?」


 船に乗る前、悠馬が女子たちに何か誘われ、全て断っていたのを目にしていたらしい通は、恨めしそうに鼻息を荒くする。


「ああ…いいんだよ。だって、好きでもない人たちに、期待させちゃうのは申し訳ないだろ」


 少しは調子に乗っているものの、だからといって誰彼構わず手を出すということをしなかった悠馬。


「まじかよ…!俺だったら全員とデートしてみて、いいと思った女子全員と付き合うのにな!」


「……」


 クズだよクズ、こいつ本物のクズだ。


 片っ端から女に手を出して行きそうな通に冷ややかな視線を向ける悠馬は、通のことを心の中でクズだと罵る。


 そもそも、経済的にもどうなるかわからない年齢で、片っ端から付き合うというのはかなりまずいんじゃなかろうか?


 悠馬は通帳の中にそれなりのお金が入っているものの、将来的なことも考えているつもりだ。


 しかし通は、おそらくお金もほとんどないだろうし、将来のことも何も考えていないだろう。


 そんな彼が後先考えず女に手を伸ばすと、どうなるのかくらいすぐに想像がつく。


 自分はこうはなりたくないな。


 心の中でそう呟いた悠馬は、置いてあるジュースを一口飲む。


「ま、俺は篠原さん一筋だからな」


「ゲホッゲホッ…お前美つ…篠原好きだったのか?」


 ジュースを飲んでいる真っ最中、通の好きな人を知った悠馬は、ジュースで噎せたのか、咳き込みながら通の方を見る。


「ああ!胸は控えめだけど、俺が揉んで大きくするんだ!」


 空中で胸を揉むような仕草を見せる通。


 その姿を見ていた悠馬は、全身から冷や汗を流していた。


 先日、クラミツハが言っていた、悠馬が好きになっているであろう、あの娘とあの娘。というのの片方は、美月なのだ。


 密かに美月へと思いを寄せている悠馬からして見たら、通の発言は無視できないものだ。


 もちろん、当然のことだが、悠馬は夕夏と花蓮に、美月のことが好きかもしれない。ということは報告済みだ。2人からゴーサインも出ている。


「あれはいいお嫁さんになるぜ!くぅ…!想像するだけで楽しくなってきた!!!」


「……」


 1人エキサイティングする通。


 そんな光景を見ている悠馬は、脳内で美月のことを必死に考えていた。


 どうしよう?俺、美月に嫌われてるし?停学明けから距離置かれてるし、メッセージも来ないし!


 恋は何が起こるかわからないって言うし、もしかして美月、通と付き合うかも!?


 いや、それが美月の選んだことならいいんだけど…でもなぁ?


 この変態だぜ?


 勝手に美月が通と付き合う前提で妄想をしている悠馬は、1人敗北感を味わう。


「よぉ敗北者!」


「うっ…」


 悠馬は何も口に出していないのだが、心でも読んだのか、敗北者!と叫ぶ通。


 そんな言葉に精神的なダメージを負った悠馬は、虚ろな目で顔を上げた。


「俺は敗北者じゃねえ…!取り消せよ!」


 そう返事をしたのは、悠馬ではない。


 悠馬が顔を上げた先にいるのは、真っ白な髪の美少年、八神と、八神の方を向いて手をあげる通だった。


 どうやら、通は花蓮というアイドル(好きな人)を失った八神のことを敗北者と呼んで、未だにバカにしているご様子だ。


「いやぁ?だってさぁ?好きな人が付き合ったからって、その彼氏に八つ当たりするとか、ほんっと、ダメダメなイケメン君ですなぁ〜、八神ボーイは!よっ、チェリー!」


「お前もだろうが!何自分のこと棚に上げて煽ってんだ!」


 教室で悠馬を襲ったことをバカにしながら、チェリーと煽る通。


 しかし通もチェリーなわけで、八神はそこに食いついたご様子だ。


「ハッ、俺は嫉妬チェリーじゃないからなっ!お前みたいにタチ悪くないんだよ!」


「なにを〜〜!」


 八神が通に言い包められるという、世にも珍しい光景。


 明日は雨が降りそうだ。だって天気予報雨だし。


 いつもと立場の違う2人を見ながら、そんなことを考える悠馬は、言い合いをする2人の背後に見えた金髪の男子生徒を見て、ゲンナリとする。


「よぉよぉ2人とも、やってんね〜!今日は平和的にした方がいいんじゃないの〜?だって今日は、女子のビキニパレードだぜ?男同士で喧嘩してちゃ損損!可愛い女の子捕まえようぜ〜、な?悠馬」


「俺は別に捕まえたい女はいない」


「ほんとかぁ?」


「ほんとだよ」


 実際は美月に話しかけたいという気持ちはあるものの、迂闊にそんなことを口にできない悠馬は、疑惑の瞳を向けてくる連太郎を手で払う。


「はぁーあ!さすが花咲花蓮と付き合ってる男は、余裕だな〜!」


 釣れない悠馬をおちょくりたいのか、声を大きくした連太郎。


 連太郎が声を大きくすると同時に、花蓮と付き合っているという言葉を耳にした男子たちが、興味深そうに悠馬へと視線を向ける。


「…お前、まじで1回くたばってくれ」


「やーだねっ ♪」


 通は居たが、比較的平穏な空間だった場所は、連太郎が大声をあげたことにより、戦地と化す。


 男子たちから野次を飛ばされるのも、質問攻めにあうのも嫌な悠馬は、連太郎に中指を立てると、その場から全力で逃げ出した。



 ***


「み、美月さんはビキニ着ないんですか?」


「ちょっとアンタ、なに美月のこと馴れ馴れしく呼んでるわけ?篠原さんでしょうが」


「す、すみません!」


 船室にて。


 廊下を歩いている、美月グループの周りには、チラホラと男子生徒たちの姿が見える。


 ギャル系女子、夜葉に叱られ、頬を赤らめる男子生徒を見るからに、ここにいる男子生徒たちのほとんどは、美月にわざと話しかけて、叱られて喜ぶという変態的な趣味をお持ちのお方たちなのだろう。


「その顔、ネットに晒すわよ?」


「すみませんでした」


 叱られて喜んでいる男子たちに、カメラを向ける湊。


 それを見た瞬間、表情を引き締めた男子たちは、一斉に逃亡を始める。


 おそらく、自分の性癖をネットで晒される度胸はないのだろう。


 冷たく罵られるのが好きなだけであって、キモがられ避けられるのは、彼らの趣味ではない。


「今日も変な奴、多いね」


 湊、夜葉、愛海に囲まれながらそう呟いた美月のご様子は、いつもとなんら変わらないようにも見えるが、少しだけ冷たいオーラを纏っているようにも見える。


 その原因は、間違いなく悠馬だろう。


 美月の好きな人は、悠馬だ。


 おそらく入試の時に助けられたから、そして自分の傷を見ても、側にいてくれた悠馬に、いつしか協力し合う関係ではなく、好きという感情を抱いてしまっていた。


 そんな彼女に異能祭後、待ち構えていたのは、悠馬が花咲花蓮と付き合ったという情報。


 朱理の一件は、何かの間違いだという結論を下した美月だったが、悠馬の許嫁が花蓮だと薄々感づいていた美月は、その情報を耳にしてから、ご機嫌斜めだ。


 自分の恋は終わってしまった。


 あんなアイドルと比較されれば、腹部に傷を負ってる私なんて女として見てもらえない。


 そう思っている美月は、悠馬が停学期間を明けてからも、距離を置いている。


「多いねー。最近美月が冷たい目をするようになったから、それで何かに目覚めたんじゃない?」


「えぇ…私は普通だよ…いつも通りだし…」


 異能祭後から、美月が男子に対して冷たくなったせいだと指摘する愛海に対して、そんなことはないと告げる美月。


 多分だが、そんなことはある。


 美月ほどの美女に冷たい視線を向けられるなら、嬉しいと感じる男子がいても無理はない。


「いんやー?美月はいつも通りじゃないよね?湊」


「うん…ここ最近、美月の様子がおかしいのは、流石にわかるよ。話したくない内容かもしれないけど、もし私らに相談できることなら、相談してね?」


「え…?あ、うん。大丈夫!少し疲れてるだけだから!病気のせい!」


 調子が戻らない美月に、不安そうな湊。


 しかし、男性関係で大きなトラウマを抱えている湊に対して、好きな人に告白したいけど〜〜などという話をするのはかなりハードだ。


 湊に気を使っている美月は、全てを病気(設定)のせいにして、誤魔化す。


「そう?ならいいんだけど…お薬ちゃんと飲んでる?この前みたいに、飲み忘れとかないよね?」


 異能祭前の、まだまだ記憶に真新しい出来事。


 美月が悠馬と入れ替わった際に、悠馬が薬を飲み忘れ、倒れたというハプニングだ。


 もしかすると、薬を飲んでないとか、そういった理由なのかもしれないと考えた湊は、お母さんのように美月に確認をとる。


「もう…大丈夫だよ、湊心配しすぎ」


「あはは…ごめん。どうしても、さ…」


 湊の過去では、親友を気にかけることも、心配することもしなかったせいで、事件が起こってしまった。


 だから二度と、同じヘマはしないように、何度も美月に確認をするのだろう。


 遠くを見るような眼差しの湊。


 その様子を見た美月は、自分よりも体格の大きい湊に抱きつく。


「ちょ!なに?美月」


 優しく包み込む、美月の腕。ゆっくりと力が入って行き、ぎゅーっと心地よい力で抱きしめてくれる美月へと視線を落とした湊は、耳を真っ赤にする。


「いつもありがとう。湊。大好き」


 少し気持ちが紛れたのか、微笑んで見せた美月は、湊から手を離すと、再び歩き始める。


「さ、ご飯食べよ?私お腹すいてきちゃった!」


「そうね、私も!」


「美月、あんま食べすぎちゃダメよ!」


「湊、ほんと美月のお母さんみたいでウケる!」


 いつものように賑やかに話す4人は、行き先が決まったご様子で、船内備え付けのレストランへと向かう。

エルフは出てきません

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