世界会合
6月某日。アメリカ支部のハワイ島にて。
ハワイ島の中心に位置する、日本支部の異能島とは違った形状の高層タワーの中には、世界でも名の知れた人物たちが集まっていた。
その中には、日本支部現総帥の寺坂や、その秘書である鏡花、そして日本支部異能島の理事兼冠位の死神の姿もある。
今日ここへ集まったのは、7カ国の総帥プラス異能王、戦乙女、そして冠位という豪華メンバーだ。
総帥が席に座り、その周りを各国の秘書、そして冠位が囲むようにして立っている。
「それじゃー、早速だけど、定例会に入ろうか?あはは」
「エスカ様。そのような軽い発言はお控えください。何度も言っていますが、貴方はこの世界の王なのです。そしてここにいる方々は、貴方の友達ではありません」
1人だけ豪華な椅子に座り、9人の女性を背後に並べた人物の軽々しい発言。
その発言にピクリと反応した、背後に控えていた翠色の髪に赤眼の女性は、鋭い眼差しでエスカと呼ばれた人物を睨みつける。
彼こそが現異能王、8代目異能王のエスカである。
「あはは、セレスちゃん、そんな厳しいこと言わないでよ。僕ぁ、みんなが幸せで、平和に暮らせればそれでいいんだ。だから仲良くしていかないと」
圧倒的な力や、態度でねじ伏せるのを好まないエスカは、セレスと呼んだ翠髪の女子に微笑みながら話をする。
「ですが、現状、エスカ様と同意見の支部はないように見えますが?」
エスカの発言を一蹴するセレス。
あれ?と、エスカが辺りを見渡すと、セレスの言った通り、エスカに同調する支部はどこもないようだ。
「…はぁ。わかったよ。では、これより定例会を始める。まずはアメリカ支部から。アリス総帥、君の国の異能島は現状、どのような状況だ?」
観念したよう手を挙げたエスカは、先ほどとは打って変わって真剣な表情になると、質問を始める。
最初はアメリカ支部総帥である、アリスからだ。
名前を呼ばれて立ち上がったアリス。
身長は150センチほどだろうか?
少し幼く見える容姿からするに、小学生とも誤解されそうな見た目ではあるものの、それを彼女に向かって言うのはタブーだ。
彼女はすでに30歳を超えており、低い身長と子供扱いされることにコンプレックスを抱いている。
そんな彼女の背後には、スーツを着た赤髪の男と、漆黒のバトルスーツを着た人物が控えている。
バトルスーツの人物は、顔まで鉄製のマスクで覆っているため性別すらわからないが、悠馬や連太郎が見たら、かっけぇ!と声を上げることだろう。
男なら憧れるような装備だ。
「では、アメリカ支部異能島の報告をする。異能島全体の成績は今まで通りの、高水準を保ったままだが、最近は自分が1番強いと自惚れる生徒も多く、自身よりもレベルが低い生徒に対する暴力行為などのルール違反が増え始めている。早急に対応を取るべきだと、進言します」
「なるほど。確かに、お山の大将であることをわからせないといけないかもね」
アリスの報告を聞いたエスカは、翠髪の女性にメモを取らせながら、アリスの隣に座っている金髪の人物を指差す。
「次、イタリア支部総帥アルデナくん」
「はっ。イタリア支部の異能島は、どこぞの自惚れ国家とは違い、良好な経過にあると思われます。生徒たちは互いに協力し合うことを学び、成長していっています。置いてけぼりになっている生徒も居ますが、視野の広い生徒たちが手を差し伸べ、補強し合っているように思えます」
「へぇ…イタリア支部は順調なんだ」
アメリカ支部のアリスのような答えが返ってくると思っていたのか、意外な報告に驚くエスカ。
「おい、自惚れ国家とはアメリカ支部のことか?」
「…それ以外にどこがあると思う?そもそも、アリス。君は10年近く総帥をやっているのに、大した結果を残せていない。異能島の報告は毎年悪くなっているし、お前は総帥の器じゃないんじゃないのか?」
どこぞの自惚れ国家と言われたことに反応を示したアリス。
その顔には、明らかに怒りがこもっていて、訂正をしろという脅しも混ざっているようにも見えた。
しかしアルデナは、訂正をすることもなく、アリスが総帥の器じゃないと、明言した。
2人の間に、ピリピリとした空気が流れる。
「ほぉ?さすがは先代異能王の息子様様だな?先代様もあの世で鼻高々だろうさ?」
「はいやめ。今日は喧嘩をしに来たわけじゃないんだよ?アリスくん、アルデナくん。僕の許可なく口を開かないでくれ」
今にも殴り合いに発展しそうな2人を見ていたエスカは、次はないぞ。と言いたげに、2人を睨みつける。
「はっ。失礼しました」
「以後気をつけます」
「よろしい。じゃあ次は、イギリス支部ソフィアくん」
2人が落ち着いたことにより、アルデナの横に座る、ナイスバディなお姉さんを指差すエスカ。
豊満な胸と、真っ白な肌の女性は、金髪の髪をお尻近くまで伸ばし、だるそうに会釈をして報告を始める。
「はいはい、イギリス支部も、アメリカ支部と似たり寄ったりね。調子に乗ってる生徒が増え始めてる。全員退学にしてやろうかしら?」
気に食わないから退学。簡単に言えばそう明言しているソフィアは、不満そうに報告を終えると、肘をついて大きな態度をとる。
「全員退学はダメだよ。色々問題になるし。それじゃあ次、シェーナくんエジプト支部」
「はいはーい、エジプト支部は、特に何事もなくやってるかナ。今年が始まってまだ問題は起こってないし、どちらかというとイタリア支部寄りかナ!」
エジプト支部総帥、シェーナ。
アリスと同じくらいの身長で、浅黒い肌。くるくると回転しながら報告を終えたその姿は、元気な子供にしか見えない。
「それは良かった。オーストラリア支部はどう?」
「異常なしです」
「そう。それじゃあザッツバームくん、ロシア支部は?」
オーストラリア支部が一言で報告を終えたことにツッコミすら入れないエスカは、やる気のない人物のことなどガン無視で次に移る。
ロシア支部総帥と言われて立ち上がったのは、年齢的には5.60代だろうか?
見るからにオーラが違う、歴戦の猛者という称号が似合いそうなご老人だ。
「アメリカ支部と同じだ。最近は、敗戦国だと言われるのが嫌だから、もう一度戦争を起こそうなどというバカもいて、忙しい」
力なく笑ってみせるザッツバーム。彼も彼で、苦労をしているのだろう。
「それじゃあ最後、寺坂くん、日本支部」
「はっ。日本支部も特に異常はなく、昨年と似たような経過を辿っています。よくもなっていないし、悪くもなっていません」
「はいおっけい。じゃあ、報告は終わったね。質問ある人はいる?」
各国の報告が終わった後に、質問コーナーを設けるエスカ。
特に理由はないのだが、疑問点があったなら、ここで洗いざらいして、不満を持ち帰らせないように、という気持ちがあってのことだ。
「はい、アルデナくん」
エスカの質問コーナーで手を挙げたのは、イタリア支部総帥の、アルデナだった。
「日本支部に質問だ。ここ数ヶ月の間に、日本支部では随分と事件が起こってるな」
「それがどうかしたのか?不祥事が続くことは、どの国にだってあることだろう」
日本支部では最近、事件が多い。
そのことを疑問視したアルデナに対して、寺坂は不祥事はどの国にだってある、とだけ告げる。
「そう、確かに、一見してみればどの国にだって起こりうるものだけど。2つほど不思議なものがある」
今回議題に挙がっている、事前に刷られたプリントを指差したアルデナ。
そこには、日本支部の異能島で起こった、夕夏の結界事件から、異能祭後の悪羅の遭遇までが記されていた。
「何が不思議なんだ?」
「この合宿の報告。死神、なぜ君が離島に訪れてる?そしてなぜ、この報告の注射器があのお方の力の恩恵を受けれるものだとわかった?この注射器については、研究機関からの報告は上がってないと聞いているが」
研究機関からの報告が上がっていないというのに、報告書ではあのお方の力の恩恵を受けれるナニか、として取り扱われている。
「まさか君が、あのお方、なーんて言わないよな?」
あのお方、と聞いて静かになる室内。
日本支部、いや、死神に向けられた視線は、厳しいものだった。
総帥、秘書、冠位、異能王、戦乙女から向けられる疑惑の視線。
並大抵な人間なら、その圧だけで気絶してしまうほどだ。
ここにいるメンバーが、なぜこんなにも、あのお方という言葉に反応するのか。
各国は現在、大犯罪者である3人を捕まえるために、様々な創意工夫をしていた。
1番の大犯罪者は、もうわかっているだろうが悪羅百鬼。
先代異能王殺しの犯人であって、世界大戦の間接的な原因を作り出した人物。
度々何処かの国に現れては、大量に人を殺す快楽殺人犯だ。
そしてナンバー2が、ロシア支部前総帥のオクトーバー・ランタン。
彼は第5次世界大戦の引き金であり、総帥という権限を利用して、将来有望な自国の学生、そして他国の旅行客などを拉致して非人道的な実験をした後に殺害。
全てを裏でもみ消すという、とんでもない悪行を成した人物だ。
最後、ナンバー3。国籍不明、外見も不明、性別も不明という、三拍子揃った犯罪者が、あのお方だ。
その実態が一切不明のため、一般人に情報が出回ることはないが、各国のお偉方が集まる空間では、よく話題に上がる人物である。
あのお方もあのお方で、何がしたいのかはわからないが、他人を唆し、犯罪を起こさせている。
「おいおい、そんなわけないだろ。そもそも、俺があのお方なら、なんでこんな面倒な役職に就く?」
「それはわからないが。可能性としてはあり得るだろう。素顔も明かさず、功績だけ増やし続けてれば、怪しまれもするだろ」
お偉方が集まっているというのに、いつもと変わらぬ道化の仮面を外していない死神。
アメリカ支部のバトルスーツの人物も顔を隠しているのだが、各国のメンバーはそのことは指摘せずに、訝しそうな目で死神を見つめる。
「冠位になって半年だろ?そろそろ仮面の下の顔を見せろよ」
「おいおい、イタリア支部の総帥は国際法を破るのか?アメリカ支部が自惚れ国家なら、イタリア支部はルールを守らない野蛮国家だなぁ」
アルデナの発言を待っていました。と言わんばかりに、大げさに手を広げた死神は、愉快そうに声を上げる。
「国際法…だと?」
「まさか貴様も…」
「ご名答。俺は異能島に通う高校生だ。そんな俺に、イタリア支部の総帥は顔を見せろと強要してきた。これがどういう意味か、わかるよな?」
国際法の中には、無垢な学生たちが各国から唆され、自国でテロを起こさないように、異能、素顔を隠す権利を持っている。
他国から目をつけられて、危険視された挙句に殺される、などということを起こらないようにするためだ。
その権利は異能が強ければ強いほど重要視され、だから死神は、常日頃から仮面を付けているわけだ。
まぁ、本当に学生なのか、というのは、定かではないが。
「もしどうしても俺の素顔が見たいなら、戦神が先に素顔を見せてくれよ。そうすれば俺も、仮面を外してやるよ?」
仮面を外せ!というムードだった各国のメンバーも、流石に国際法を破るわけにはいかないのか、尻込みをして目をそらす。
「戦神は関係ないだろ!」
戦神。
第5次世界大戦で、核兵器の存在価値を無へと変えた、アメリカ支部の覚者であり冠位。シベリアを永久凍土へと変えたのも、この人物の仕業だ。
この人物もまた、死神と同じく学生であるために、こうして漆黒のバトルスーツに身を包んでいるわけだ。
そんな戦神の素顔を見せろと言われたアメリカ支部総帥は、当然黙っちゃいない。
死神を睨みつけたアリスは、他国のお偉方も一緒に睨み付けると、意見に乗るものがいないと知り、大人しく席に座る。
「はいじゃあ、この件はおしまいだな。あとでネチネチ言ってくるなよ?お前らそういうの好きそうだし」
誰も文句がないことを知り、煽りに煽る死神。
「それでは死神クン…ボクから質問、いいかな?」
そんな調子づいている死神を止めたのは、ロシア支部総帥、ザッツバームの背後に控える、漆黒の修道服に身を包んだ人物だった。
女性のような声。
すらっとした体系をアピールしたいのか、腰はあたりきつく巻きつけられ、くびれを意識したようなものとなっているが、残念なことに胸はない。
そして顔は…
マスクも何もつけていないのに、見ることができない。
まるでシスターのような服装で、肌を一切露わにしていないこの人物は、ロシア支部覚者。冠位のルクスだ。
持っている異名は、漆黒。
異名から察するに、闇かなにかの使い手であることは、容易に想像がつく。
「なんだ?今日は質問が多いな」
「キミの統括する異能島。つい最近、悪羅百鬼が現れたらしいね」
「それがどうかしたのか?」
その報告はすでに、各国へと行った情報だった。
別に隠しているわけでもない死神は、なぜそんなことを聞かれるのかわからないのか、不思議そうに返事をする。
「キミはセラフ化、使ったのかい?」
「使ってないが…それがどうかしたのか?」
死神は悪羅との戦闘時、セラフ化を使っていない。
しかし、だからといって敗北したわけではないし、野次なら誰だって飛ばせるわけだ。
ルクスがわかりやすい野次を飛ばそうとしているのだと判断した死神だったが、ルクスから返ってきた言葉は、想定外なものだった。
「そう。報告書でも、キミも悪羅も、セラフ化を使用してない。でもね?それだとおかしいことが出てくるんだよ。ボクはこの日、この地球儀を偶然眺めていた。するとおかしなことに、キミと悪羅が戦っているほんの少し前に、セラフ化を使ったであろう反応があったんだよ」
半透明な地球儀を手にしたルクスは、日付を異能祭、つまり悪羅と死神が戦った時刻に設定し、赤い反応を見せる。
「…」
ルクスが持っている地球儀は、オクトーバー前総帥が作り上げた、セラフ化を使用している人物をリアルタイムで見つけ出せるものだ。
セラフ化を使用しているものがあれば、その地球儀上で赤く点がつく。
どこで何が起こっているのかを知ることのできる、優れものだ。
「キミの前に、誰か戦ってたんじゃないの?ほら、キミの国って確か、ボクと同じ闇堕ちとかいるし。暁闇だっけ?その子、今学生でしょ?悪羅を偶然見つけたら、どうなるかな?」
「…わからないな。俺が訪れた時はもう、悪羅しかいなかった」
悠馬が悪羅と戦ったことを伏せていた死神は、まさかルクスが地球儀を持っていて、ここまで割り出されているとは思わなかったご様子だ。
少しの沈黙の後に、わからないと告げた死神は、両手を挙げてやれやれ。とポーズをとる。
「でも危険だよね。ボクもだけど、闇堕ちなんて所詮、犯罪者予備軍。悪羅に唆されでもしたら、結構まずいんじゃないの?セラフ化使えるみたいだし」
「はいやめ。ルクスくん。他国の学生の詮索はよしてくれ。それは各国の問題。各々で解決すべき課題だよ」
死神が何も答えなかったことから、暁闇が悪羅と接触した仮説を立てたルクスは、さらなる追い打ちをかけようとした。
しかしそれを止めたのは、異能王だった。
学生の権利を守るために、これ以上の詮索を辞めさせたエスカだったが、その時にはもう遅かった様子だ。
暁闇。
3年前、日本支部が、悪羅に救われたなどという事実を公表したくなかったが為に、悪羅と同等の実力者という大ウソをついて、各国へと噂を流した人物のことだ。
そして今、それが仇となりつつある。
悪羅と並ぶ実力を持った学生。
しかも闇堕ちで、悪羅と2度目の接触を果たしている。
もし悪羅に唆されて、犯罪者にでもなったら大ごとだ。
きっと、各国のお偉方は、今のうちに消しておくべきだと、そう判断したはずだ。
「これ以上は無理そうだね。解散。もういいよ。帰って」
会合を開くごとに、溝が深まっていく各国。
これ以上話を続けたところで、疑心暗鬼になるだけだと判断したエスカは、解散を宣言する。
「ほんと、バカばっか」
そう呟いたエスカの一言は、誰の耳にも聞こえることなく、静かに消えていく。
ついに100話突入…!




