第二話 魔法演習
「転校生を紹介しまっす!喜べ!」
シャキーン!
アニメで使われる効果音付き(スマホで鳴らした)でポーズを決めるのは1年A組の担任教師、オルガン・フェムトセルだ。
ちなみに、このクラスが始まって1ヶ月、一番最初に顔を出して以来、実に一月ぶりに顔を出した。
「先生、それは男ですか!?」
「取り敢えず、ホモ・サピエンスだ!さあ、入って〜」
そう言って、オルガンはスライドドアの方へと生徒達の視線を誘導する。
全員の視線が集まる中、ハルトがドアを開けると男子生徒の方からは落胆が、女子生徒の方からは溜息とも付かぬ声が出た。
「彼はハルト・イグニス。本当は1月前、入学式の段階でみんなと一緒に入学させる筈だったんだけど、手続きが滞っててね。ほら、じこしょー」
「ハルト・イグニス。よろしく」
低く、芯のある声。
ダークブラウンの目を隠さない程度まで伸ばされた髪の毛、その下には少年らしさの中にどこか影を落とす整った顔立ち。
浅黒い肌は黒人とも白人とも付かぬ有色人種。
「んー、30点!自己紹介じゃないし」
余りにもあんまりな自己紹介を酷評したのはオルガンだ。
まあ、現在開示された情報を伝えただけなので、当たり前と言えば当たり前だが。
「これ、点数とかあるんですか?」
「そうだよ。もっと真面目にやりたまえ・・・と、言いたいところだけど、それは必要無いね」
言うと、オルガンは胸元から巻物のような物を取り出して紐解くと、それをクラス中に見えるように掲げた。
『実地演習』
無駄に達筆に書かれたそれを見せびらかしながら、オルガンはニカッと歯を見せて笑う。
「得意な魔法を見せびらかせ!クラス対抗魔法演習戦をやるよ!」
♢☆
この世界で3つしか無い三年制の高等学校、とはいってもそれは高等学校に限った場合というのみで、学校という存在は士官学校という形で戦争中にも多くあった。
と、いうよりそもそも『カレドヴルム学院』もその前身は軍人を育てるための士官学校であり、実際に現3年生などは1年間とはいえ、軍人候補生としての教育を受けている。
「つまり、こういう軍事演習場ってのも残ってるわけ」
オルガンが生徒達を連れてきたのは、学院の敷地内に作られた1キロ平方メートルの森林であった。
塹壕や、堀、プレハブ小屋などが残っているのは軍事演習の名残か。
「実地演習と言っても何を?」
金髪をサイドで纏めた真面目そうな少女が尋ねる。
「いーい、質問ですね!これより、君達には魔法演習をやってもらいます!」
「魔法演習ですか?」
「そ、この学校、というより現在世界に存在する7つの小学校、5つの中学校、3つの高校、2つの大学、1つの大学院、この全てに通う生徒、その総数は約800人。んで、現在の人口は確認できている限り、150万人そして25歳以下の人口は110万人。さて、ここでクエッチョン。学生になれる年齢の子供達の殆どが学校に通っていない理由は?」
突然話題を切り替えたオルガンの質問に、聡明な少女はアッサリと答えてのけた。
「魔法の才能が無いから」
「正解、ま、厳密には無い訳じゃないけど、ここにいる君達よりは無いから。ま、他にも家庭事情とか、色々あるんだけど、主な理由はそれ。さて、ここでもう一つ。戦争からたった二年、未だに世界に傷跡が残る中、最も必要とされているものは?」
「魔法です」
期待していた答えと違わぬそれに、正解だ、とオルガンは満足気に頷く。
指を鳴らして、何も無い場所に突然一人の少女を召喚した彼は、彼女の頭を撫でながら続けた。
「そう、こういう言い方が良くないのは分かるが、僕達がこれまで培ってきた凡ゆる物の全てより、『魔法』という存在は遥かに万能だ。例えば、この少女型の人形に僕が命令を下すだけで、人が踏み込めない場所の探索や、災害現場での救助を楽々と行える。如何に高度なAIを搭載したロボットより余程、臨機応変な対応も効くしね」
それだけではない。
医療関係や建造関係、そして戦争においてすら、魔法は明らかにこれまでの人類の努力を小馬鹿にする程の成果を上げてきた。
「つまり、この学校はそういう物なの。こんな余裕の無い世界で、猶予を与えられたのは将来的な活躍を見込まれてるから。本当は最初の月から魔法演習を始めるつもりだったんだけど、僕を含めて、講師陣が所用で世界中の国を飛び回ってたからね。ようやく、色んな仕事もひと段落したということで、魔法分野に本腰を入れられる」
「そういう事」
A組と同じように学校側からやってきたのは、B組の担任を務める女性教師とその生徒達であった。
「やあ、ミラ。今日はよろしく。相変わらず不景気な顔」
「宜しく、馬鹿」
一学年は38名だが、そのクラスは3つに分けられている。A組は12名、B組は13名、C組は13名だ。
二人の教師は軽く握手を交わしてから、それぞれのクラスに戻って説明を続ける。
「クラス対抗魔法演習戦は3対3の実践演習、好きな人と組んでって話なんだけど、それやるとハブられとかあって悲しくなるからね。つーわけで、こっちで勝手に組んでおきました」
4チームにキッチリと分けられ、チーム毎に集まる。雑なオルガンの指示ではあったが、そもそもからして人数自体がかなり少ないので、アッサリとそれは終わった。
「よし、んじゃ、これがルールね。1チームに一枚づつだから。仲良く読み回してちょ」
ハルトが分けられたのはチーム1。
チームメンバーは、先程先生の質問に答えていた真面目少女と、明るい茶髪を後ろで編んで髪留めで留めた少女であった。
「取り敢えず、自己紹介しよっか。私はイヴ・レミリア。宜しくね、ハルト」
と、金髪少女。
「私はシデン・ライコウ、よろ〜」
真面目そうなイヴと、緩めのシデン、性格は合わなそうだが、意外にも仲は良いらしい。
なんて、どうでも良い情報を教えてもらいつつ、ハルトも改めて自己紹介をすると。
「あはー、ハルトには私と似たような何かを感じる〜」
シデンが緩く笑いながら、ハルトの肩をバシバシと叩く。
「そうか?」
「うん。そーいう、言葉少なめなのがさ無愛想なんじゃなくて、喋るのが面倒臭いから、という所とか」
成る程、言われてみればその通りだった。
戦場では、親交を深めた所で戦場から帰ってきたら死んでいるし、引き取られてからの二年はそもそも親しく喋ろうと思う間柄がノアしか居なかった。
彼女のそれと本質が同じかどうかは別として、喋る必要を見出せないから、面倒臭いというのは当たりだろう。
とはいえ、今は状況が違う。
友好は意味のあるものだし、次の日に死んでるなんて事もない。
であるならば。
「そうだな、じゃあ、もう少しだけ話そうか?」
コミュニケーションは取るべきだろう。
そう判断しての提案だったが、シデンは驚いたように目を見開いた。
「意外、そういうの乗ってくるんだ」
「ハルトは、意外とそういうノリは良さそうじゃない?シデンと同じで」
「うっそ、どこで分かったの?」
「ほら、最初の時、先生に「点数とかあるんですか?」って言い返してたし。ね?」
無駄に高いクオリティの声真似でハルトにイヴが話題を振る。
「逆にそういうのが出来ない奴の方が珍しいと思うが」
「いや、居るには居るのよ。それこそ、魔法を使えるような人種は、コミュ障でも社会的には役に立つから、根暗が多いって話」
「そういうもんか」
「そういうもんなのです。それより、好きなものとか教えてよ」
「さーんせー、私もちょー気になる」
「好きな物か、意外と気にした事がないからな」
よく考えてみたら、何かを話そうといっても彼女達からしたら面白くない話しか無い気がした。
士官学校であった頃ならまだしも、流石に銃の話をしても面白くは無いだろう。
二年間で、バラエティや音楽などに一通り目は通したが、特に心を揺さぶられた物は・・・。
「あ、小説は意外と好き・・・だな」
「ほえー、意外」
「小説って、どんなの?」
「何でも、まあ、頭を空にして没頭出来る事なら割と何でも好きかもしれない」
「ふーん、だったら、マリーとは趣味が合うかも」
「マリーか〜、どうだろ。あの子って、人見知りじゃん?終始無言で終わりそう」
「シデンってナチュラルに失礼な時あるよね」
「そこはほら、お互いサマンサ〜」
何処がお互いだったのか、少なくともシデンの言葉がマリーという子に聞こえたのなら、その子は傷つくのでは無いだろうか。
「ま、冗談はこれくらいにして、そろそろ真面目に作戦考えますか」
「そうだね、といってもあれじゃん?ハルトの得意魔法が分からないと」
「俺は身体能力強化と氷系統だな」
「なーる。なら、私とハルトが前線、イヴが後方支援だね〜」
「二人の得意魔法は?」
「私達は・・・」
そんな会話をしつつ、チームに与えられた作戦時間が過ぎて行く。
そして、演習場全体に響く銃声と共に、演習戦が開始された。