戦線離脱
インチキ魔法理論
インチキ武術
適当武器
これらの要素を寛大な心で見て下さい。文句があるなら、感想に来て下さい。全部、適当理論で返します。
真正面から、視界の片隅、目に見える全ては死体だった。
焼け野原の見渡す限り、そのそこここには友軍とも敵軍ともつかぬ兵士達の成れの果て。
己の心臓がやけに大きく聞こえるのは、己の疲労と戦場に見合わぬ静けさ故か。
死体の山に座り込み、立ち上がる事のできない己は既に死者の軍勢に取り込まれてしまっているのか、はたまた、死者の怨念が彼の足を掴んで離そうとしないのか、余りの疲労感と虚脱感から、ありもしない非科学的な幻想を思い抱いてしまうが、少なくとも立ち上がれそうにないのだけは本当である。
「お・・・い」
「ッ!」
呻くような声、聞こえた方へ咄嗟に拳銃を向ける。が、そこに居たのは最早武器を構える腕すら失った男性だった。
血塗れの身体、焼き潰したのか、醜い腕の断裂面。
五体不満足の彼は軽く笑いながら、拳銃を向けられた事など意にも介さず話を続けた。
「おめえ、何歳だ」
「13歳」
「かー、無愛想。そんなんじゃ、生きてても楽しくねえだろ」
楽しさ、そんな物は感じた事すらなかった。ただ、戦争。戦争。戦争。傭兵として稼いだ金の使い道すらも教えてもらわなかった、否教えてもらえなかった少年の人生に、楽しさは無縁だった。
「必要無・・」
「ある」
少年の言葉を遮り、男性は断言する。
思わず面食らった少年に、男性は続けた。
「俺の軍服、その胸ポケットを探れ」
言われたままに探ると、チェーンの付いた兵士証が入っていた。『ハルマン・フェルナンド』と刻まれている。
「そいつを持って、俺の国に亡命しろ。悪いようにはされない筈だ」
「敵兵の言葉を信じろと?」
「さあな、信用するかどうかはお前次第だし・・・」
出血の所為だろう、焦点の合わぬ瞳は虚で最早何も写していないように見えた。
「分かった。信じてやる」
「上から目線かよ・・・ま、いいけど・・・そうだ、名前は?」
「ハルトだ」
「そっか・・・」
それ以上、言葉は続かなかった。
先程まで僅かに動いていた胸元は完全に停止、最後の身体の中の空気全てを吐き出したかのような長い呼吸音、彼もまた死者の一員となったのだ。
「ハルマン・フェルナンド、安らかに眠れ」
呟きながら、立ち上がる。
あれ程の疲労感はいつのまにか消えており、歩き出した脚を止める何かは何も感じない。
山稜へと消えゆく夕陽が戦場を照らす。
黄金色の大地を埋め尽くす死者の山と、流れた夥しい量の血河。
それらの全てを振り切って、少年は足を進めた。
♢☆♢☆
「つまり、魔法という概念の誕生が第三次世界大戦のキッカケでした」
西暦2120年、アメリカ合衆国新首都『ワシントン』。
高層ビルの並ぶ街並みから外れ、辺りを緑に囲まれたヤードの中央に建てられた石材の多く使われている建物。
景観を崩さぬ柔らかな色合いのそれは、『カレドヴルム学院』。
総生徒数143名の3年制高等学校であり、現状世界で3つしかない高等学校の内の一つでもある。
「僅か2年前に漸く終戦を迎えたそれは、魔法によって放射性物質の除去が容易になった事も相まって、核の使用に対する忌避意識の緩んだ酷い戦争でした」
現代社会の授業、分かりきった事実をつらつらと読み上げるだけのそれは、生徒達にとって面白いものではない。
老先生の話を聞き流す彼らの興味は、明日この学校にやってくるという144人目の生徒にあった。
「しかし、皮肉にもその戦争は肥大した人口問題を解決しました。資源問題についても、魔法によってそれなりの余裕が出来始めた事もあり・・・そろそろ時間ですね」
チャイムの音と老先生が授業を終えるのは殆ど同時である。毎回時計の確認を行っているわけではないのに、完璧に終了時刻を合わせるのは何かしらの魔法でも使っているかのようだ。
窓際で外を眺めつつ、老先生の話を適当にノートへ書き留めていたキッドは先生の立ち去って行くのを見ながら、大きく身体を伸ばす。
「キッド、帰ろうぜ」
先生が教室から出て行くや否や、キッドに声を掛けたのは黒人の少年であった。
キッドの持つ白に近い金色の髪や、空を写したかのような蒼い瞳とは全く違う。
黒目に癖の強い黒髪、そして何より真っ黒な肌。
キッドと外見において何一つ同じで無いその少年は、第三次世界大戦以前からの親友、ルーカス・フェルナンドである。
「そうだな。てか、レポートの提出は?」
「家に忘れたから明日出すわ」
「明日休みなんだが?」
呆れたように言いつつ、中身のほとんどない鞄を持ち上げる。
教科書などの教材の殆どがデジタル化した現在では、ノートと筆記用具以外の持ち物は殆ど要らない為、随分と生徒達の荷物は少なくなった。
中には、教科書をきちんと持ってくる人も居るが、戦争の爪痕が未だ大きく残る現在、どんなものでも物価はそれなりに高いので、学校から与えられる物を態々買う物好きは少ない。
「それよりよ、明日の転校生の話聞いたか?」
帰り道の最中、ルーカスが聞いてきた。
「いや、全然」
「どうやら、かなりヤベー奴らしいぜ?」
「は?どういう事だよ」
ルーカスは周囲を伺ってから、少し声のトーンを落として続ける。
「どうやら、元ドイツ兵らしいんだよ」
「ドイツ兵って・・・俺たち15歳だぞ?20代のおっさんと授業すんのか?」
「いや、少年兵として参加してたらしいから俺たちとタメだってよ」
「少年兵・・・ね」
そういう話はよくある。
少なくとも、2080年時点でアメリカは高度なAIを搭載した無人機の開発に成功していたため、無意味な徴兵は行われなかったが、他の国では12歳以上の男性は戦争に参加していた。
ただ、核兵器やら魔法やらが飛び交う戦場で生きのびた者はかなり少ないが。
「で、何が言いたいんだ?お前の事だ、事実報告で終わるなんて事はないだろう?」
ルーカスは軽薄そうに見えて、意外と無駄話が好きでは無い。
特に、自らの持つ知識、それも後で分かるような事をひけらかすだけの無駄な行為は大嫌いだ。
そんな彼が、たったこれだけで話を終わらせるはずが無い。
そんな予測から、そう尋ねたキッドだったが、案の定ルーカスはニヤリと笑って話を続けた。
「大戦を生き残った兵士なんて、魔法対校戦のメンバーにもってこいじゃねえか?」
♢☆♢☆
本土決戦の折、北アメリカ大陸の沿岸部は主戦場となっていた為、そこには英霊達の名を刻んだ石碑が多く点在する。
その中の一つ、己がかつて戦った戦場に建てられた石碑の前に立ったハルトは一つの名前を探して、それを見上げた。
「探し人は見つかったかい?」
背後から声を掛けてきたのは、アメリカ合衆国大統領ノア・フェルナンド、『ハルマン・フェルナンド』のドッグタグを持ってアメリカを訪れたハルトを保護してくれた人物だ。
「フェルナンド、あんたは知らないのか?」
「さあ?親の反対を振り切って戦場に走った馬鹿者など覚えてはいないさ」
嘘だろう。
彼の視線を辿れば、そこには『ハルマン・フェルナンド』という文字があるのだから。
「・・・あんたは俺が憎く無いのか?」
「戦争を憎みこそすれ、その被害者を恨みはしない・・・戦争しか知らない子供に恨み言を言うような、情けない大人じゃ無いんだ」
引き取られて2年間、一度も尋ねる事の出来なかった質問の答えは、大統領として相応しい立派なものだった。
それが嘘か真かは分からないが、彼が2年間ハルトを育ててくれたという事実は変わらない。
常識を知らず、命の価値を知らないハルトに当たり前を教えてくれたのは彼だ。
「そうか」
「用事は済んだかい?」
「あんたのおかげでな」
「鋭い観察眼だ」
振り返って石碑を後にするハルトに感心5割、呆れ5割の言葉を投げつけてから、ノアは石碑を再度見た。
「ハルマン・・・どうしようもないボンクラ息子め・・・親より先に逝く息子が何処にいるというんだ」
ノア・フェルナンド。どこまでも気高く、第三次世界大戦という巨大な障害すらも乗り越えた歴代最高の大統領。
だが、彼とて人の子なのだ。
息子の死を悲しまぬ親など居ない。
例え、どれほどの馬鹿者であっても、親にとってはたった一人の息子なのだから。
嗄れた声が漏れ、透明な涙が一粒零れ落ちた。