第十七章 突入
ドミニークス三世のいる人工惑星は、ジョーの奇策により、大混乱に陥っていた。
「おのれ……」
ドミニークス三世は、スクリーンを睨んだままで拳を震わせた。
(儂が裏切ると、最初からわかっていたというのか、あの男は? それがビリオンスヒューマンだというのか?)
ドミニークス三世も他の人間も、火の海になっている格納庫の映像に気を取られていて、カタリーナが拘束具を外したのに気づかなかった。
(この狸!)
彼女はダッとドミニークス三世の背後に回り込み、彼の首に爪を立てた。
「ぬ!」
ドミニークス三世はカタリーナを振り払おうとしたが、彼女はドミニークス三世の巨体を利用し、背中に乗ってしまった。
「それ以上暴れると、この爪が頚動脈を貫くよ、狸!」
その言葉に、飛び掛ろうとしていた兵達も硬直した。
「儂をどうするつもりだ、カタリーナ?」
ドミニークス三世は回らない首を精一杯動かし、カタリーナを見ようとした。
「まずは、私の銃があるところに行きなさい」
「わかった」
ドミニークス三世は兵達を手で制し、歩き出す。カタリーナはまるで彼に背負われるように貼りついていた。
「攻撃が弱くなったな?」
フレッドが特別回線でジョーに呼びかけた。
「ああ。内部は大混乱だろうし、周囲は何が起こったのかわからないんだろう。行くぜ、フレッド」
「え?」
フレッドが何か言おうとした時、ジョーの宇宙艇はすでに飛び去っていた。
「おい、ジョー!」
フレッドも戦艦を再びフランチェスコ星域に向け、動き出した。
帝国軍艦隊の旗艦のブリッジにいるバッフェンは、何が起こっているのか把握していた。
(やはりな。狸め、ジョーを侮ったな)
彼はニヤリとし、
「全艦進撃開始だ。一気にドミニークス軍を殲滅するぞ」
と命令した。
ドミニークス三世はカタリーナを背負ったまま廊下を歩いていた。
「閣下、帝国軍の艦隊が動き出しました!」
伝令兵が近づいて来て告げた。ドミニークス三世は忌ま忌ましそうな顔で、
「バッフェンめ、この隙に乗じるつもりか……」
「そんな事はいいから、サッサと歩きなさいよ」
苛ついたカタリーナが爪を強く押しつける。
「く……」
ドミニークス三世は悔しがるフリをしながら、次の手を打たせていた。
(バカな女だ。今まさに地獄に向かっておるとも知らずに)
彼の口元が醜く歪んだ。
ジョーの宇宙艇は、ドミニークス軍の弾幕も戦闘艇の抵抗もあっさり撃退し、星域の中心にある人工惑星に接近していた。
「ジョー・ウルフ!」
そこへ戦闘艇に乗ったケン・ナンジョーが現れた。
「貴様のせいで、俺の昇進がふいになった! その礼、たっぷりしてやる! 心置きなく受け取れ!」
ケンは戦闘艇の機銃で攻撃して来た。
「何だ、まだ生きてたのか、ケン?」
ジョーが挑発した。
「やかましい! 許せねえんだよ、てめえだけは!」
ケンの戦闘艇がジョーの宇宙艇に急接近した。
(激突するつもりか?)
ジョーはほんのわずかな差でケンの戦闘艇をかわした。
「もらった!」
ケンの戦闘艇は、後方にミサイルが搭載されていた。それが発射され、ジョーの宇宙艇に向かった。
「当たるかよ!」
ジョーの宇宙艇は直前でビュンと真横に動き、ミサイルをかわした。しかし、ミサイルはすぐに反転し、また向かって来る。
「ホーミングミサイルか?」
ジョーが呟く。ケンが狂喜して、
「そうだよ! そのミサイルは、てめえを打ち落とすまで、追いかけるんだ!」
「そうかい。なら、叩き落とすか」
ジョーが言った。するとケンは大笑いして、
「機銃なんかで落とせねんぞ、そのミサイルは! 特殊装甲だからな!」
「なるほどな」
ジョーはミサイルを避けながら、ストラッグルを手にした。
「ケン、教えてくれて感謝するぜ。おかげで無駄弾を撃たなくてすんだ」
「何!?」
ケンはジョーの言っている意味がわからなかった。
「強がりはよせ、ジョー! もうすぐてめえは死ぬんだよ!」
ケンは高笑いして、ジョーとミサイルの追撃戦を見ていた。
「俺は死なねえよ、こんなところじゃな」
宇宙艇のフードが開き、ジョーが立ち上がった。
「何をするつもりだ?」
ケンはジョーが追い詰められて狂ったと思った。
「哀れだな、ジョー・ウルフ!」
しかし、次の瞬間、ジョーはストラッグルを撃ち、ミサイルを撃墜した。
「何だと!?」
ケンは唖然とした。ジョーはケンをそれ以上相手にするつもりはないので、更に先へと進んだ。
「くそう、ジョー! 待てえ!」
ケンが追いかけようとした時、フレッドの戦艦の放った多弾頭ミサイルが彼の戦闘艇を攻撃して来た。
「うう!」
ケンは慌てて戦闘艇を回避させた。そして、フレッドの戦艦の更に後方に帝国軍の艦隊の光を見た。
「やばいぜ、こりゃあ……」
彼は基地に帰還するのをやめ、その宙域を離脱した。
(狸の運もここまでだな。別の反乱軍にでも行くとするか)
ケンはニヤリとし、そこから飛び去ってしまった。
「ジョー・ウルフです!」
ドミニークス三世が、カタリーナの銃が保管されている部屋の前に来た時、また伝令兵が言った。
「ケン・ナンジョーはどうした!?」
苛立つドミニークス三世が怒鳴る。
「逃亡した模様です!」
「何だと!?」
ドミニークス三世は目を見開いた。
(昔からそういう奴よね、あの男は)
カタリーナは士官学校時代のケンを思い出し、クスッと笑った。
「さあ、早く中に入りなさい」
カタリーナはドミニークス三世の首をグインとドアの方に向けた。
「開けろ」
ドミニークス三世が兵に命じる。兵の一人がドアのロックを開いた。
「さあ!」
カタリーナはドミニークス三世にドアを開けるように指示した。
「く……」
ドミニークス三世はドアを開く。
「早く!」
わざとゆっくり動いているドミニークス三世に、カタリーナはムッとし、横っ腹を蹴った。
「ぐう!」
ドミニークス三世はカタリーナの顔を睨もうとするが、彼女は真後ろにいるので見えない。彼は仕方なく部屋へと足を踏み入れた。そして、ゆっくりと部屋の中を進む。
「あれか」
前方のテーブルの上に無造作にカタリーナの銃が置かれている。
「さあ、儂の用はすんだはずだ。いい加減下りろ。重くてかなわん」
ドミニークス三世の「重くて」という言葉にカチンと来たカタリーナだったが、
「そうね。お年寄りにここまで背負ってもらって、申し訳なかったわね」
と言い、降りるフリをした。ドミニークス三世と後ろにいる兵が思わずニヤリとする。
「は!」
しかしカタリーナは、床には下りず、そのままテーブルまで跳躍した。
「何!?」
ドミニークス三世は仰天した。カタリーナは銃を手にして、
「残念だったわね。ここの床、電流が流れているんでしょ? 狸ジイさんは特殊な靴を履いているから、大丈夫みたいね」
「気づいていたのか?」
ドミニークス三世が歯軋りしてカタリーナを睨む。
「当たり前よ。私に仕掛けるつもりなら、ここまで連れて来る必要はないはず。それなのに何もしなかったのは、ここに何かあるという事」
カタリーナの推理は的中らしく、ドミニークス三世は兵達を睨みつける。
「そして、途中まで部屋に入って、早く下りろって言われたら、わかっちゃうわよ、普通」
「そこまで見抜いたか……。しかし、ここからは出さんぞ」
ドミニークス三世は後退りして部屋を出た。それと同時にドアがバタンと閉じた。
「この扉はお前の銃では破壊できん。ジョーが死ぬのをそこで待っていろ。先程の礼も兼ねて、じっくりといたぶってから殺してやる」
ドミニークス三世の声がどこかにあるスピーカから流れた。
「破壊できない、ですって?」
カタリーナはフッと笑った。
「私の銃をその辺のおもちゃと一緒にしないで欲しいわ。今その威力を見せてあげるから、お漏らしするんじゃないわよ!」
彼女は両手で銃を構えた。そして狙いをドアにつける。
「いっけええ!」
カタリーナの叫び声と共に銃から光束が発射された。それはドアにぶち当たるとそれを貫き、その向こうにいた兵の何人かを蒸発させ、更にその向こうの壁に穴を開けた。
「な、何だ……?」
歩き去りかけていたドミニークス三世は、その威力を見て驚愕していた。
そしてジョーの宇宙艇はドミニークス三世とカタリーナがいる人工惑星の入口に到達していた。
「カタリーナ……」
ジョーは恋人を思い、呟いた。