第十章 皇帝ストラード
帝国軍の宇宙ターミナルに着陸した大型宇宙艇から、鬼の形相のバッフェンが降り立った。彼は近づいた部下を怒鳴り散らしながら、エアカーに乗り込み、皇帝宮へと向かった。
「ジョー・ウルフめっ! 必ず殺してやる!」
バッフェンは歯軋りして叫んだ。運転席の親衛隊員は、震えている。
ジョーは宇宙艇を駆って、タトゥーク星を目指していた。
「妙だ……。ケン・ナンジョーがあっさり俺を脱獄させた事といい、今度の帝国軍の拙攻といい、何か変だ……」
ジョーは眼下に広がるタトゥーク星を睨んで呟いた。
皇帝の間の豪華な椅子に、冷酷な目つきのストラード・マウエルが座った。その前には、ワナワナと震えているバッフェンが跪いている。
「バッフェン、ドミニークス軍は第二次攻撃隊と交戦中、目下我が軍が圧倒されているそうだ」
「ははっ!」
バッフェンは深々と頭を下げる。
「どうするつもりだ?」
ストラードは目を細めて彼を見た。
「命に代えましても、奴を食い止めます」
バッフェンは滝のような汗を滴らせ、答えた。
「その言葉、忘れるな」
「はっ!」
バッフェンは頭を下げたまま、ギリギリと歯軋りしていた。
ジョーの宇宙帝はタトゥーク星大気圏付近に来ていた。
「どういう事だ? 警戒が全くないように見える……」
彼はレーダーを覗いた。
「むっ?」
ジョーはその時、ストラードの嘲笑する顔をタトゥーク星に重ねてイメージした。
「奴が全ての黒幕?」
「ジョー・ウルフゥッ!」
ジョーの思索を打ち破るように、バッフェンの大型宇宙艇が機銃を撃って来た。
「バッフェンか!?」
ジョーは機銃掃射をかわし、バッフェンの宇宙艇を見た。
「よほど急いで造ったらしいな。何の装備も見当たらない」
バッフェンはモニターに映るジョーの宇宙艇の三面図、内部構造図を見て言った。
「この勝負、見えたな!」
バッフェンは宇宙艇を高速接近させた。
「死ねっ!」
指が機銃のボタンにかかった時、彼はジョーがコクピットにいない事に気づいた。
「何ィッ!?」
バッフェンの宇宙艇とジョーの宇宙艇は右を内側にしてすれ違った。
「おうわっ!」
バッフェンはすれ違いざま、ジョーが宇宙艇の下から宇宙服姿でストラッグルを構えているのに気づいた。
「終わりだ、バッフェン!」
ストラッグルが吠え、光束がバッフェンの宇宙艇を貫いた。
「まだだ!」
バッフェンはすぐさまあるレバーを引いた。するとカプセルがコクピットから飛び出し、大気圏に突入した。
「逃がすか!」
ジョーはコクピットに戻り、バッフェンのカプセルを追った。
「ジョー・ウルフを始末しろ!」
バッフェンは小型マイクに怒鳴った。
「新手か?」
親衛隊の宇宙艇が群れをなして飛来した。
「雑魚共め!」
ジョーはチッと舌打ちして、フードを開き、立ち上がった。彼はストラッグルを連射し、次々に親衛隊の宇宙艇を撃破して行く。
「時間稼ぎが精一杯とは……。情けない奴らだ!」
バッフェンは振り向いて呟いた。
ジョーの宇宙艇は爆雲をくぐり抜け、大気圏に突入した。
「くそ、もう見えないか……」
加熱するコクピットの中で、ジョーは呟いた。
ストラードは皇帝の間の椅子に静かに座っていたが、不意に立ち上がり、
「ジョー・ウルフ、遂に来るか?」
と言うと、ビーンと空気を震わせた。
「ビリオンス・ヒューマンには、レベルというものがある事を思い知らせてやるぞ」
ストラードはそう言って目を光らせた。
一方バッフェンはカプセルを脱出し、皇帝宮の回廊を走っていた。
「はっ!」
彼はストラードの放つ恐るべき震動波に気づき、足を止めた。
「陛下が、お怒りになっているのか……」
バッフェンはブルブルと震えた。
ジョーは大気圏突入をすませ、皇帝宮を目指していた。
「何故だ? どうして攻撃がないんだ?」
辺りは静まり返り、人の姿が全く見えない。
「ストラードの仕業か?」
彼は遥か彼方に見える皇帝宮を睨んだ。
一方囚われの身のカタリーナは、窓が一つもない徹の扉の部屋に監禁されていた。中には簡易ベッドと小さなテーブルと椅子があるだけで、あとは何もない。彼女は銃やその他のあらゆる武器を奪われ、床に腰を落とし、ションボリしていた。
「ジョー……。私のせいで、危険な目に遭っているのね……」
彼女の目に涙が光る。
「無事でいて……」
カタリーナは天井を見上げた。
ストラードは皇帝の間で立ったままジョーを待ち構えていた。
「来たな……」
ストラードが扉の方に目をやると、扉をストラッグルの光束がぶち抜き、宇宙艇が壁を突き破って入って来た。
「ストラード、今こそ仇を討たせてもらうぜ」
フードを開き、ジョーが飛び出した。
「仇、だと? 青臭い事を言うな、ジョー・ウルフ」
ストラードはニヤリとした。