第九章 奇策
タトゥーク星の軍本部の作戦会議室の巨大な円卓に、アウス・バッフェンを始め、軍の総司令官、帝国枢密院の幹部、暗殺団首領、秘密警察署長らが着き、会議を開いていた。バッフェンが立ち上がり、
「奴らが責めて来るとすれば、二十四時間以内だ。我々に迎撃体制を整えさせないうちに、とな。そして奴らが侵入して来る地点も正確に判明している」
「それはどこかね?」
総司令官が尋ねる。バッフェンは総司令官を見て、
「小惑星群だ」
「小惑星群?」
一同が異口同音に言った。バッフェンはニヤリとして、
「小惑星の密集空域は、磁場の関係でレーダーが効かない。そのため、敵が侵入しても気づかない」
「そんな危険なポイントは、直ちに改善すべきではないかね?」
警察署長が口を挟む。しかしバッフェンは署長をジロリと見て、
「その必要はない。奴らをおびき寄せる格好の罠となるからだ。奴らも恐らく、そのポイントに気づいているはず。だからこそ、放っておく。我々は只、網にかかる愚かな魚が泳いで来るのを待っているだけでいい」
「なるほど。狸の軍も、盲点を見つけてしてやったりと考えているかも知れんな」
枢密院の幹部が頷く。
「その通り。ちょっと頭の切れる参謀がいれば、必ずそこから攻めて来るはず。しかし悲しいかな、我々は更にその上を行く作戦を用意して待っている、という訳だ」
バッフェンはフッと笑って言った。一同も互いに顔を見合わせてニヤリとした。
両軍の衝突ポイントと目される小惑星群があるのは、タトゥーク星からドミニークス領方向へ百万キロの地点である。そこには、地球の月程の大きさのものから、小石くらいの大きさのものまで、大小様々な小惑星が密集している。
その中のいくつかが、鉄分を多く含んでおり、磁場が発生していて、レーダー、電波の類いが通じないようになっている。まず現れたのは、帝国軍の大艦隊であった。小惑星群をグルリと取り囲むように展開し、全ての砲門を小惑星へと向けていた。
「次元レーダーを使い、奴らのジャンピングアウトタイムを計算する。反応が出たら、全艦一斉射撃だ。小惑星群を全て破壊するつもりで砲撃しろ」
艦隊の旗艦のブリッジで、バッフェンがマイクを片手に命令した。彼はニヤリとし、
「ジョー・ウルフ、貴様の悪運もここまでだ」
と呟いた。するとレーダー係が、
「次元レーダーに反応!」
「来たか?」
バッフェンは次元レーダーを覗いた。次元レーダーは三次元レーダー方式で、ジャンピング航法の終了時に生じる空間の歪みを捉え、スクリーンにコンピュータグラフィックスにより映像を投影するものである。
「ジャンピングアウト、十秒後です」
「全艦、砲撃開始!」
バッフェンはマイクに叫んだ。雨のようにビームとミサイルが小惑星群に向かい、ジャンビングアウトして来るドミニークス軍の艦を次々に撃破して行った。バッフェンは、
「バカめ、考えが甘いぞ」
と呟き、フッと笑った。
ドミニークス軍の艦は、全て爆発し、小惑星群はその大半を砕かれて、その姿を失いつつあった。
「ジョー・ウルフ、さらばだ」
バッフェンは誇らしそうに胸を張った。ところがレーダー係が、
「か、艦隊の外周にジャンピングアウト反応です!」
と絶叫した。バッフェンは仰天した。
「何ィッ!?」
彼は窓の外に目を向けた。帝国の艦隊のすぐ外側に次々にドミニークス軍の戦艦が姿を現した。
「こ、これは一体……?」
バッフェンは蒼ざめ、冷や汗を流した。
「ドミニークス軍です! 攻撃が始まります!」
バッフェンは歯軋りしながら、ブリッジを飛び出した。彼は廊下を走りながら、
「おのれ、ジョー・ウルフめ! この私に一杯食わせおったな!」
ドミニークス軍の艦隊の旗艦ブリッジで、
「お前の言う通りだったな、ジョー・ウルフ」
と司令長官が言った。ジョーはニヤリとして、
「バッフェンの考えそうな、姑息な戦法さ。さて、反撃だ」
「了解」
ドミニークス軍艦隊の砲撃が、次々に帝国軍の艦を撃破して行く。
「無人の囮艦を小惑星群にジャンピングアウトさせ、帝国軍の気を引くと同時に、帝国軍の正確な位置を映像に捉える。見事な奇策だな」
ジョーの隣に立ったケン・ナンジョーが言った。
「まァな。だが、まだ勝負がついた訳じゃねえぜ」
ジョーは窓の外を見た。
「敵艦隊より高速で離脱する物体があります」
レーダー係が伝える。ジョーはキッとして、
「バッフェンか!?」
爆発し、壊滅して行く艦隊の中から、バッフェンの乗る大型宇宙艇が脱出して来た。
「ジョー・ウルフめ、このままではすまさんぞ」
彼はそのままタトゥーク星へと向かった。
「無様だぞ、バッフェン」
モニターに皇帝ストラード・マウエルが映った。
「も、申し訳ありません、陛下……。ジョーを甘く見過ぎました……」
バッフェンは汗まみれになって答えた。
「すぐにタトゥーク星防衛に回れ。狸の軍をこれ以上調子づかせるな」
「ははっ!」
バッフェンの宇宙艇は、タトゥーク星へと消えた。
全滅した帝国軍の艦隊の残骸を尻目に、ドミニークス軍の艦隊は進撃を開始した。
「どこへ行くのだ?」
ブリッジから出て行こうとするジョーを司令長官が呼び止めた。ジョーは振り向いて、
「ここから先は、干渉なしだ。俺は俺のやり方で、本星に向かう」
「わかった。好きにしろ」
ジョーはブリッジを出て廊下を走った。
(カタリーナ、今頃どうしている?)