第七章 フレッド・ベルト
ジョー達は、ラルミーク星系第三番惑星に降り立った。ジョーは気を失ったままのカタリーナを背負い、ケン・ナンジョーと共に惑星の宇宙船ターミナルを出た。
街の中は活気に満ちていて、商人達や店の呼び込みが大声で客を呼び止めていた。しかし、ジョーとケンの姿が見えた途端、突然辺りは静まり返った。ジョーはフッと笑って、
「しばらくだったな、みんな。元気か?」
一同はおーっと声を上げた。
「よく来たな、ジョー」
と口々に声をかけて来る連中を見て、ケンは驚いていた。
(何故、帝国の一軍人が、中立領でこれほど顔が広いんだ?)
ケンが訝しそうな顔で考え込んでいると、
「おい、行くぞ」
ジョーは歩き出した。ケンはハッとして、
「あ、ああ……」
とジョーを追う。
「どういう事だ?」
ケンは思わず口にしていた。ジョーは前を向いたままで、
「何の事だ?」
ケンはジョーに追いついて、
「何故お前は中立領に顔なじみがいる?」
「何故かな?」
ジョーはニヤリとしただけで答えようとしない。ケンはチッと舌打ちした。
しばらく歩いた頃、ジョーがある建物の前で立ち止まった。
「ここだ」
そこは繁華街から外れた寂しい通りにある大きな修理工場だった。ケンは工場を見上げて、
「ここ? 一体誰が住んでいるんだ?」
と呟いた。すると、
「よォ、やっと来たな、ジョー」
と工場の中から声がした。
「久しぶりだな、フレッド」
ジョーが言うと、声の主は工場の中にある宇宙艇の陰から姿を現した。白髪混じりの七十歳近い老人である。老人はケンに気づき、
「むっ? そっちの兄ちゃんは?」
「この男は、狸のところの情報部員さ」
「狸の?」
ジョーはニヤリとして、
「とにかく休ませてくれ。俺はさっきから眠り姫を背負っていて、疲れ果てているんだ」
フレッドはジョーに背負われているカタリーナを見て、
「ああ、カタリーナさんも一緒か。こりゃ、二人揃ってとは、珍しいな」
フレッドは嬉しそうに言った。ケンはその間に工場の隅に行き、通信機を取り出した。
ドミニークス三世は、ケン・ナンジョーからの報告を側近から受けていた。彼は椅子の肘掛けをギシッと握り、
「中立領とは考えおったな。あそこは儂らにも簡単に手が出せんからな」
彼はニヤリとして、
「中立領内部にいる情報部員の一人と合流させ、カタリーナの奪取作戦を決行するように伝えよ」
「ははっ!」
側近は跪いて答えた。ドミニークス三世は、
「奴に弱点があるとすれば、女のみ。女を抑えれば、奴は我が意のままだ」
と呟いた。
ジョーは、フレッドが造った宇宙艇の前にいた。大きさは、全長十メートル、全幅十五メートル、全高三メートルであるが、後部エンジンは巨大で、星系間航行も可能なものである。
「どうだ、ジョー? 注文以上のものができたろう?」
フレッドが得意満面で言う。ジョーは、
「そうだな。大きさもパワーも申し分ない。最高の出来だよ」
しかし、フレッドは急に深刻な顔になった。彼は声を落として、
「どうしてもやるのか、ジョー? ストラード・マウエルは、鉄壁の守りの向こうだぞ」
「やる。やるさ。奴は、お袋ばかりか、親父まで殺した。例え帝国全体と戦う事になろうとも、俺は奴を殺る!」
ジョーはストラッグルに手をかけて言った。
ジョーの母親は、ジョーがまだ五歳の時に亡くなっている。公には、彼女は病死とされて、ジョーの父親はそれを信じ込まれさていた。しかし、ジョーは知っていたのである。彼の母親が、親衛隊の新兵器の実験の犠牲になった事を……。
二十年近く前、ストラードは親衛隊の創設のため、暗殺団の首領であるアウス・バッフェンに命じ、連射対応銃のステルスの実験を行わせた。バッフェンは暗殺団員を率いて軍本部近くの公園でその実験を行った。彼は、その日そこで、軍幹部の妻達数十人がパーティを開いている事を承知で、公園内に向けてステルスを乱射させた。
公園内は、地獄と化した。叫び声で泣き声が木霊し、辺り一面が血の海となって行く。ストラードは、軍幹部の中に帝国転覆を企てている者がいる事を知り、バッフェンにその者達への威嚇として、肉親を始末するように命じたのである。その中に、ジョーの母もいた。彼女はステルスの餌食となって死んだのだ。それを偶然にも、母に会いに行く途中で、ジョーは見たのだ。
しかし、真相はバッフェンによって闇に葬られ、彼女達は反逆者による細菌テロに巻き込まれ、病死したとされてしまった。
ジョーは真相を父にも話さず、復讐の機会を得るため、親衛隊に入隊したのだ。
「公園の事件の真相を聞かされた時は、儂も耳を疑ったよ。しかしこうして、親父さんを殺され、ジョー自身も追われる身となったのだから、事件の黒幕は、やっぱり奴らと考えるしかないな」
フレッドは腕組みして言った。
「カタリーナを頼む。彼女はもう帝国には戻れない」
ジョーはフレッドを見た。フレッドは頷いて、
「わかった。死ぬなよ、ジョー」
「もちろんだ」
ジョーはニヤリとした。するとそこへケンが戻って来た。ジョーはケンを睨んで、
「どこへ行っていた?」
「ちょっとな……」
ケンは肩を竦めて答えた。そして、
「大した宇宙艇だな。これなら帝国を叩けるし、我が新共和国へも楽に行けそうだ」
するとジョーは、
「当然だ。フレッドの造る艇は最高だよ」
と答えた。
バッフェンは軍本部の小ホールに隊員達三十名を集めて、作戦の説明をしていた。
「ジョー・ウルフは恐らくドミニークス軍と共に我が国を襲撃するつもりだ。それを防ぐためにお前に働いてもらう。今こそ、我が親衛隊の恐ろしさを狸に思い知らせるのだ」
バッフェンが力強く語ると、隊員達は静かに頷いてみせた。彼等は常に沈着冷静で、動じる事はほとんどない親衛隊員中の親衛隊員達なのである。恐らく、戦闘能力でもジョーにほとんどひけをとらないだろう。
「集結地点は、タトゥーク星よりドミニークス領方向へ百万キロの地点。ここを最後の砦とする」
バッフェンはスクリーンに映し出された点滅している箇所を棒で指し示した。
カタリーナは夢の中にいた。彼女の周囲には炎の壁がてきて、誰一人として人影は見当たらなかった。
「ジョーッ!」
彼女は全身全霊を込めて叫んだ。しかし声が反響するだけで、答えはなかった。
「ジョー! ジョー!」
カタリーナは炎の壁の間を走り続けた。
「ジョー!」
彼女は遂にジョーの後ろ姿を見つけた。
「ジョー、ここだったのね?」
カタリーナが話しかけると、振り向いたのはジェット・メーカーだった。
「ジ、ジェット!」
カタリーナは驚いて退いた。
「へへへ、カタリーナ、ジョーは死んだよ。俺が殺した。今日からお前は、俺の女だ」
「イヤァッ!」
絶叫したところで、彼女は目を覚ました。
「ここは?」
カタリーナは周囲を見た。そこはフレッドの工場の端にある部屋の中のソファの上だった。
「やァ、カタリーナさん。気がついたかね? 久しぶりだな」
そこへフレッドが現れた。カタリーナは驚いて、
「フレッドなの? ここはどこ?」
フレッドはカタリーナに近づいて、
「ラルミーク星系の、儂の工場だよ」
カタリーナはソファから飛び起きて、
「そう。それで、ジョーは?」
「えっ?」
フレッドはギクッとした。カタリーナはすぐにピンと来て、
「いないのね、ジョーは?」
フレッドはカタリーナの強い口調にソワソワして、
「いや、そのな、儂が出先から帰って来たら、あんたが寝かせられていて、ジョーの置き手紙があったんだよ。儂もジョーには会っていないんだ」
「そう?」
カタリーナは全然フレッドの言葉を信用していない。フレッドはますます焦り出し、
「とにかく、あんたはここにいる事だ。ジョーからもそうさせるように頼まれているんだ。あんた、親衛隊のヘリを撃ったそうだな?」
カタリーナは不意に悲しそうな顔をして、
「ええ。でも、私、あの時はああするしか……」
「もうあんたも帝国には戻れんぞ」
フレッドは落ち着いた声で話す。
「わかってるわ。わかってる」
カタリーナはそう言いながら、グッとフレッドに近づく。
「そんな事より、ジョーはどこ!?」
「ひっ!」
フレッドは後退りした。
「本当に知らんよ。いくら脅されたって、答えられんよ」
フレッドが冷や汗を垂らして言う。
「そう……。ジョーは私の事が邪魔なのね」
カタリーナは悲しそうに背を向けた。
「私なんか、どうでもいいのね、きっと」
するとフレッドはカタリーナの前に回り込んで、
「そうじゃない。それは違うぞ、カタリーナさん」
フレッドは優しい目でカタリーナを見て、
「ジョーはあんたに惚れとる。それは間違いない。だからこそ、あんたをここに連れて来た。あんたを危ない目に遭わせたくないからだ」
するとカタリーナはキッとフレッドを睨みつけ、
「私はジョーとならどんな目に遭っても構わないわ。私だって、暗殺団の女子部隊にいたのよ」
するとフレッドは途端に厳しい目になり、
「暗殺団と言う組織の中の一人として戦うのと、たった一人で戦うのとでは、プレッシャーが全然違う。フォーメーションを組んで戦う兵団の中の一人としてのカタリーナさんは、『黒い女豹』の異名通り、強い。しかし、一人では、それほどの力は発揮できんぞ」
カタリーナはその言葉にハッとした。そして目を伏せて、
「わかったわ。ここで待つ。ジョーはこの銀河系で最強の男だもの。決して負けはしないわ。ね、フレッド?」
とフレッドを見て微笑む。フレッドも微笑み返して、
「そうだ」
と大きく頷いた。