第六章 思惑
上昇を続ける駆逐艦の後方に、何十機もの宇宙艇が飛行していた。皆、親衛隊員が乗り込んでいる。
「いいか、絶対にジョーをこの星から出すな! 必ず、生きたまま捕えるのだ!」
バッフェンは地上で通信機に怒鳴った。
「どうするつもりだ? あれほどの数の宇宙艇に追われちゃ、脱出できないぜ」
ケン・ナンジョーがスクリーンを見ながら言うと、ジョーは、
「奴らが仕掛けて来るのは、恐らく大気圏脱出の直前だ。そこが狙い目さ」
「どういう事?」
カタリーナが尋ねる。ジョーはスクリーンを見上げて、
「脱出直前に、ジャンピング航法(時空跳躍航法)に入る」
「バカな! 一歩間違えれば、艦は粉微塵になるぞ」
ケンは思わず立ち上がった。
「それもいいさ。いずれにしても、このまま飛行していたら、奴らの餌食になるだけだぜ」
ジョーはケンを見上げた。カタリーナが、
「そうね。ジャンピング航法に懸けた方が確率が高そうね」
「……」
ケンは呆れて席に戻った。ジョーはニヤリとして、
「決まったな」
その時、宇宙艇が急接近して来た。
「来るぞ!」
ケンが叫ぶ。
「行けーっ!」
ジョーは大きなレバーを二つ同時に引いた。すると駆逐艦が輝き、忽然と姿を消した。
「何ィッ!?」
宇宙艇は駆逐艦のジャンピング航法が巻き起こした気流に揉まれ、次々に激突し合い、爆発した。
「何事だ? 何が起こっているのだ?」
バッフェンが上空を睨んだ。
「どうやら、駆逐艦がジャンピング航法を行ったようです。その余波で、我が隊の宇宙艇が激突してしまったと思われます」
バッフェンはギョッとした。
「ジャンピング航法だと? 何と大胆な……」
彼は冷や汗を掻いていた。
(やはり恐るべき男だ。陛下が先兵として使おうとお考えになっただけの事はある……)
バッフェンは隊員達に、
「ジャンピング航法の軌跡を軍に解析させろ。奴らの逃亡先を割り出すのだ」
「はっ!」
バッフェンは右拳を強く握りしめた。
「ジョーめ……」
その頃、ジョー達の乗る駆逐艦は、ある星系の中にジャンピングアウトした。
「生きた心地がしなかったぜ」
額に汗を滲ませて、ケンが言った。ジョーはフッと笑って、
「さてと。着いたぞ。中立領だ」
「あんたの恋人、気絶しているぞ」
ケンが補助席から崩れ落ちそうな態勢になっているカタリーナを見て言った。
「丁度いい。彼女には中立領で艦を降りてもらうからな」
ジョーはカタリーナを見た。ケンはその時何かを思い出し、
「いかん! この艦は、帝国のものだ! 中立領はよそ者の艦を容赦しない! もうすぐオートディフェンスシステムが作動するぞ」
と叫んだ。しかしジョーは、
「心配いらねえよ。俺が識別信号発信機を持っている。ディフェンスシステムは作動しない」
「ええっ!?」
ケンは唖然とした。
「お前、中立領に知り合いがいるのか? 宇宙艇が中立領にあると聞いた時から、変だとは思っていたんだが……」
ジョーはニヤリとしただけで、何も答えなかった。
バッフェンは、軍本部のコンピュータルームにいた。彼はジョー達の行き先の解析結果を待っていた。
「出ました!」
オベレーターが告げる。バッフェンはモニターを覗き込み、
「どこだ?」
「中立領です」
「何!? 気でも狂ったか、ジョーめ。帝国の艦で中立領に入れば、蜂の巣にされるぞ」
バッフェンは訝しそうな目で呟いた。
ジョー達の乗る駆逐艦は、多くの艦の残骸が漂う空間を航行していた。
「この艦の残骸は、識別信号発信機の偽物を掴まされた連中のものだ。中立領に入るって事は、想像以上に難しいって事さ」
ジョーは言った。ケンは肩を竦めて、
「確かにな。このディフェンスシステムは、俺達の予備知識を遥かに超えているな」
中立領とは、元々帝国の科学省にいて最先端技術を開発したグループが、帝国の圧力に不満を抱き、独立を宣言して造ったものだ。大した兵力も武器もないが、独立して二十年余り経つ今も、その境界線は全て守られている。それは科学者達が造った完全な自動防衛システムがあるからである。ジョーが言っていたディフェンスシステムがそれだ。このシステムは、他者の侵入を絶対に許さない。よそ者が侵入すると、たちまち無数の小型無人艇が攻撃を開始する。それでも敵を撃退できない場合には、電波攻撃で敵艦のレーダーを破壊し、航行不能にしてしまうのである。
中立領は決して鎖国をしている訳ではない。商船やその他侵略行為をしない艦は、自由に航行できる。そのためのフリーパスが、識別信号発信機なのである。このフリーパスを有する事ができるのは、科学者のグループが認め、許可をした者の艦だけで、誰もが手に入れられる訳ではない。そのため、偽の発信機が出回って事故が多発したり、宇宙海賊が商船を襲ってフリーパスを奪ったりする事件が起こったりしている。
「それより、ここはどこだ?」
ケンが尋ねた。ジョーは、
「ラルミーク星系だ。その第三番惑星に、俺の宇宙艇がある」
と答えた。
皇帝ストラード。マウエルは、バッフェンからの報告を受け、満足そうに笑い、
「そうか。奴は中立領へのフリーパスを持っているらしいな。さすがだ。奴になら、銀河系統一の原動力になる事ができる」
「しかし、奴がもし、我々に対して復讐を仕掛けて来たら、大変な事に……」
バッフェンが顔を上げて言った。
「その心配はない。ジョー・ウルフは、必ず狸の所に行く。狸がそう仕向けるはず。でなければ、情報部員まで使って、奴を脱獄させたりはしない」
ストラードは冷たく笑った。