第四章 策略
帰還したジェット・メーカーからの報告を受けた秘密警察の署長は、すぐさま親衛隊長のアウス・バッフェンにジョー脱獄の連絡をした。バッフェンもそれを聞いて蒼ざめ、慌てて皇帝ストラード・マウエルの下へと走った。
「そうか」
しかし、ストラードは落ち着き払っていた。バッフェンは唖然としたが、
「陛下、あの男が脱獄したのですぞ。しかも、ドミニークスの手の者と一緒に……」
するとストラードはニヤリとし、
「それは私が仕掛けた罠だ」
「はっ?」
バッフェンはポカンとした。ストラードは椅子に深々と身を沈めて、
「ジョーという男、一筋縄ではいかん。奴が帝国再統一の原動力となる。だからこそ、スパイの潜入を知りながら、ジョーの監視を手薄にしておいたのだ」
「つまり、ジョーは、自分でも知らぬ間に、我々の手先として狸のところに行くとという事ですか?」
バッフェンは汗を拭って尋ねる。
「その通り。狸がどこまでジョー・ウルフを操れるかだ。多分狸も、あの男を完全に自分の腹心とする事はできまい。どのような手段を用いようとな」
ストラードは目を細めて答えた。
カタリーナの父親は、自室のテレビ電話で、ジョー脱獄の一件をバッフェンから知らされた。彼は眉間に皺を寄せて、
「奴はどこに?」
「わからん。この星にはもういないかも知れん。もし、お前のところに姿を現したら、すぐに私に連絡しろ。いいな」
「は、はい」
カタリーナの父親は通信を終えると、部屋を出ようとドアを開いた。するとそこには、パジャマにガウンを羽織ったカタリーナが立っていた。彼女はキッとして、
「お父様、ジョーがどうかしたの?」
「あのバカ者、脱獄をしおった」
カタリーナの父親は吐き捨てるように言った。
「脱獄? それで、ジョーは?」
「まだ見つかっておらん。もしここに姿を現したら、すぐにバッフェン隊長のところに連絡するのだ。いいな、カタリーナ」
父親はカタリーナに背を向けて廊下を歩いて行った。カタリーナはギュッと右手を握りしめ、
「ジョー、無事でいて……」
と呟いた。
その頃、ジョーとケン・ナンジョーは、軍のドック付近に来ていた。街外れにあるドックは、何十隻もの宇宙戦艦があった。ケンが、
「こんなところに来てどうするつもりだ? 俺の艦は別の場所に隠してある。それで脱出する手筈なんだぞ」
と言うと、ジョーは、
「あんたの艦じゃ、大気圏を離脱する前に蜂の巣さ。もっとでかい艦じゃねえとな」
「まさかお前、戦艦を盗むつもりか?」
ケンは仰天して言った。ジョーはフッと笑って、
「大声を出すなよ。いくら夜中だからって、工場には警備員がいるんだぜ」
ケンは肩を竦め、
「お前、以前から帝国に叛旗を翻すつもりだったのか? 手際が良過ぎるぜ」
「何とも返答ができない質問だな、それは」
ジョーはニヤリとして歩き出す。
ドックの周囲は、高さ五メートル程の鉄製の壁で囲まれており、壁の上には高圧電流が流されている。出入り口には警備員が大型のレーザーガンを持って立っていた。表側に二人、内側に二人、そして出入り口の上にある監視塔に四人。ジョーは警備員の配置を目を細めて眺めていたが、
「妙だな。夜中とは言え、警備が手薄過ぎる。何かあるぞ、こいつは」
「軍が先手を打って罠を仕掛けているっていうのか?」
ケンが尋ねた。
「さてね」
ジョーはストラッグルをホルスターから出して、
「まァ、何とかなるだろう」
「気楽な奴だな、お前は」
ケンはジョーに続いて出入り口に近づいた。
「おい」
ジョーはいきなり出入り口の前で警備員に声をかけた。警備員はハッとして銃を構え、
「誰だ?」
「ジョー・ウルフだよ」
「ゲッ!」
警備員二人は蒼ざめた。ジョーは間髪入れずにストラッグルを撃った。特殊弾薬の光束が、グワオオンと吠え、警備員は仰天してこれをかわした。光束は扉をぶち抜き、監視塔の足場を破壊して、四人の警備員を地面に投げ出した。内側の二人がすぐさま中から撃って来たが、すでにジョーは二人より中へ行ってしまっていた。
「どこ狙ってるんだよ?」
「うわっ!」
さっきまで前にいたと思っていた男に後ろから声をかけられ、二人は度肝を抜かれた。ジョーはスッと接近し、二人をストラッグルの銃身で殴り倒した。ケンがやって来て、
「殺さねえのか? 息を吹き返して、通報されるぞ」
「そうなる前にここを脱出する」
ジョーはケンの抗議を無視して、ドックの奥へと歩いて行った。
現在、ドミニークス・フランチェスコ三世が統治する新共和国の領域は、銀河系全体の三分の一に相当する。「フランチェスコ星域」と呼ばれるその領域の中心部は、人工惑星の密集域で、大小様々な人工惑星が浮遊している。
その中の一つ、「プラネット・フランチェスコ」と呼ばれているドミニークス三世のいる人工惑星は、一際大きくて一際目立っていた。そしてその中の共和国総帥府に、ドミニークス三世はいた。狡猾で冷静、そして大胆不敵な老人だ。スキンヘッドは幾重にも寄った皺があり、身体は象のように大きい。彼はストラード・マウエルの好敵手とされている。
「そうか。ケン・ナンジョーが成功したか」
ドミニークス三世は呟いた。
「はっ、そのようで。しかし、果たしてあのストラードを出し抜き、新共和国まで辿り着けますかどうか……」
側近が跪いて言うと、ドミニークス三世は椅子の肘掛けに肘をついて、
「辿り着ける。奴が、儂の想像通りの怪物だとしたらな……」
と言い、フッと笑った。
ジョーとケンは、駆逐艦の一つに忍び込んでいた。中には小さな明かりが点いているだけで、ほとんど見えない状態である。しかしジョーの歩調は速かった。ケンは慌ててジョーを追っていた。
「やっぱり妙だ。こうあっさり艦が手に入る訳がねえ」
ジョーが呟くと、ケンは、
「そんな事より、一刻も早くここを発つ事だ。軍の本隊が稼働したら、脱出など到底できんぞ」
するとジョーはニヤリとして、
「そしたら、さっきあんたが使っていた超空間通信機で、狸の軍を呼び寄せりゃあいいじゃねえか」
ケンはビクッとした。
「バ、バカな……。我が国は帝国と全面戦争をするつもりはない。事は穏便にすませなきゃならないんだよ」
ジョーはケンがあまりに真剣な顔で反論したので、
「冗談だよ。本気にするな」
「……」
ケンはムスッとした。その時、サイレンの音が静寂を破った。
「畜生、あの警備員共がもう通報しやがった!」
ケンが叫ぶ。ジョーは、
「急ぐぞ。本当に脱出できなくなる」
と走り出す。ケンも走り出した。
ドックの周囲には、次々と三連裝戦車や装甲車、エアーバギーが集まって来ていた。空にも武装ヘリと戦闘艇が滑空している。サーチライトがジョー達の乗る駆逐艦に集中した。
「もうすっかり囲まれているぞ」
ブリッジの窓から外を見たケンが叫ぶ。ジョーは、
「やっぱり罠か。奴らの通報にしちゃ、集まり方が早過ぎる。バッフェンの考えそうな事だぜ」
と言ってニヤリとした。ケンは唖然としていた。
(こいつ、楽しんでやがるのか、この危機の極限を……)
エアーバギーの一台にジェット・メーカーとバッフェンが乗り込んでいた。
「ジョーの始末は自分にやらせて下さい。奴には借りがあります」
ジェットが言った。しかしバッフェンはギロッと彼を睨み、
「お前のような雑魚にジョーを始末できるのか?」
「ざ、雑魚……?」
ジェットは何も言い返せない。バッフェンはニヤリとして、
「奴とは一度本気で戦ってみたかったのだ。まさか、こんな形で実現するとは思わなかったぞ」
ジェットは黙ったままバッフェンの横顔を見ていた。
(この人の皮を被った悪魔には、さすがのジョー・ウルフも勝てまい)