第二章 脱出
カタリーナは軍本部を出た。軍本部のある「タトゥーク星」はかつての地球に良く似た気候の惑星で、緑豊かである。しかしカタリーナはそんな景観には目もくれず、建物の脇の駐車場に停めてあるエアバイクに飛び乗ると、エンジンを全開にし、本部の敷地を走り出た。
大通りに出たカタリーナは、騒々しく動き回る他のエアカーやエアバイクを巧みにかわしながら、自分の邸へと向かった。
カタリーナの邸は、高層ビルが林立する繁華街を抜けた高台にある軍の幹部達が住む高級住宅街にある。彼女は自分の邸の前でエアバイクを乗り捨てると、玄関まで走り、思い切りドアを開いた。
「お父様!」
カタリーナは邸全体に聞こえるような大声で父親を呼んだ。
「大声を出すな、カタリーナ。少しはお淑やかにせんか」
父親は奥の薄暗がりから姿を現した。
「お父様、大変なのよ、ジョーが……」
カタリーナが駆け寄って話し始めると、何故か父親はニヤリとして、
「知っとるよ。国家反逆罪で逮捕されたのだろう?」
「知ってるのなら、話は早いわ。すぐに軍に連絡して、ジョーの無実を証明して! 枢密院の委員をしているお父様なら、できるはずよね」
カタリーナはすがりつくようにして父親に言った。しかし彼は、
「できんよ、そんな事は」
「どうして?」
思ってもいない答えに、カタリーナは仰天した。
「ジョーを親衛隊に逮捕させたのは、この儂だからだ」
「何ですって!?」
カタリーナは父親の言った事が、一瞬理解できなかった。
(何を言っているの、お父様?)
「ジョーという男は、ビリオンス・ヒューマンとしてあまりにも成長し過ぎたため、危険な存在となった。このまま奴を放置しておけば、必ずや皇帝陛下に仇なすようになろう。今のうちに奴を始末しておかねば、帝国は奴に滅ぼされ、わしらも殺される。悪の芽は早めに摘み取っておかねばならんのだ、カタリーナ」
「……」
カタリーナの目から涙がこぼれ落ちた。
「何て、何て事を言うの、お父様!? ジョーは、私の婚約者なのよ! どうして、どうしてそんな事をっ!?」
「ジョーはお前のフィアンセだったのだ。今日限り、奴との婚約は解消し、お前には別の婚約者を探す事にする」
父親の言い方は冷たかった。もはやカタリーナには一言の反論の言葉もなかった。
「子供の頃から見て来たが、あれほどの男になるとは思わなかった。あれでもう少し融通というものが利けば、奴も、奴の父親も、死なずにすんだものを……」
カタリーナの父親はそう言い残すと、奥へと歩いて行ってしまった。
「おじ様まで巻き込んだの!?」
カタリーナの叫びは、父親には届かなかった。
「ジョー……」
カタリーナはそのまま床に座り込み、嗚咽を上げた。
帝国皇帝が執務を行っている皇帝宮。その造りの全体を見るためには、何百メートルも上空に上がらなければならない。中は迷路のように入り組んだ廊下や回廊で結ばれていて、スパイや暗殺者の侵入に万全の備えをしている。その中の中心部、皇帝の間の巨大な椅子に、帝国皇帝ストラード・マウエルが座していた。そして彼の前には、親衛隊長アウス・バッフェンが跪いている。
「バッフェンよ、ジョー・カンスタル・プランテスタッドの方はどうなった?」
ストラートが目を細めて尋ねる。バッフェンはニヤリとして、
「父親を奴の目の前で銃殺刑にし、奴は明日の朝、銃殺刑の予定です」
「そうか。ジョー・カンスタル・プランテスタッドの処刑は、公開にしろ。街の中心にある競技場で行うのだ。全臣民への見せしめ、そして不穏分子への威嚇としてな」
ストラードの言葉にバッフェンは頭を下げ、
「ははっ!」
と応じた。
夜になった。
ジョーは時の経過をほとんど何も感じない密室の中にいたが、正確に現在の時刻を捉えていた。
(午後十一時か。俺の命もあと数時間だな……)
その時である。扉の外で争う物音と声が聞こえた。ジョーはハッとして咄嗟に身を壁に寄せた。
「むっ?」
外に聞き耳を立てる。すると扉の鍵がガチャガチャと音を立て、次にギィーッと扉自体が開いた。それとともに、外の明かりが暗がりを照らし出した。
(誰かが入って来る?)
ジョーは後退りして身構える。すると光を背にして、一つの影が中に入って来た。ジョーは息を潜め、その影の動きを見守る。影はジョーに近づき、
「ジョー・カンスタル・プランテスタッドだな?」
「そうだ。貴様は誰だ?」
ジョーは身構えたまま尋ねた。すると影は、
「俺はケン・ナンジョー。新共和国の情報部員だ。お前を助けに来た」
「何?」
ジョーは身構えるのをやめた。ケン・ナンジョーと名乗った男は、手に持っていたライトを点けた。ジョーはその眩しさに目を細めて、
「何故俺を助ける?」
「お前は帝国に潰されようとしている。しかし、お前の力は、そのまま抹殺されてしまうには惜しいものだ。我が新共和国はお前の力を必要としている。我が国に来て、ストラード・マウエルとアウス・バッフェンを抹殺するのに協力して欲しい。真の平和は、新共和国から始まるのだ」
ケン・ナンジョーはジョーに近づきながら話す。ジョーは眉をひそめて、
「ドミニークスの狸が、平和を望んでいるとは思えないな」
ケンはジョーの言葉にニヤリとし、
「まァ、いいさ。とにかく、俺と一緒なら、ここを脱出できる。外の連中は全員片づけた。今ならまだ簡単に脱獄できる。我々に協力するしないは別として、ここはひとまず脱出する事を考えてみろ」
ケンの言い回しは巧妙だった。ジョーは、
(こいつ、信用できんが、軍服はどうやら狸の軍のものだ。騙されたつもりで乗ってみるか)
と考え、
「わかった。脱獄しよう」
「そうか。よし、行くぞ」
ケンの後に続き、ジョーは監禁室を出た。外には五人の親衛隊員が皆眉間を撃ち抜かれて死んでいた。
「大した腕だな?」
ジョーが言うと、ケンは腰のホルスターの大型の銃を指差し、
「このストラッグルのおかげさ」
ジョーはその銃を見て目を輝かせた。
「ストラッグルか……」
立ち止まったジョーにケンが、
「どうした?」
「一つ、取りに行きたいものがある」
「何だ?」
ケンはジョーを見た。
「親父の形見になっちまったものだ」
ケンはキョトンとして、
「何だ、それは? どこにある?」
「俺の邸だ」
「バカヤロウ、お前の邸には、暗殺団や秘密警察の連中がウロウロしているんだぞ。無理だ。諦めろ」
するとジョーは、
「お前らに協力するためにも、取りに行かなきゃならないんだよ」
「どういう事だ?」
ケンは訝しそうな顔でジョーに尋ねた。
「形見というのが、ストラッグルだからさ」
「なるほどな。我々の仲間を震撼させた、銀河系最強の狼の必殺の銃か」
ケンがニヤリとすると、ジョーはフッと笑い、
「そういう事だ」
二人はまた走り始めた。長い廊下を。