序章 ビリオンス・ヒューマン
ジョー・ウルフ本編の前日譚です。実際は全く別の設定で書いたものなので、完全に本編と一致してはいません。ご了承下さい。
地球人類が荒れ果てた地球を捨てて銀河系全体に進出した頃の事である。
歴史は繰り返すとは、まさに至言なのだ。人類は、その生活の大半を宇宙空間で過ごすようになると、民主主義や共和制などの綺麗事が一切通用しなくなる弱肉強食の世界へと逆行して行った。
すなわち、宇宙の原始時代の幕開けである。
その原始時代も地球内の時とは比べ物にならない程の恐怖が伴う。ヘルメットにヒビが入っただけで死が訪れる。人々は常に絶対的な死と隣り合わせで生活していた。
そんな時代から数世紀が過ぎ、銀河系は一つの強大な中央集権国家に統一された。圧倒的な軍事力を有する一団が他の勢力を駆逐し、ここに宇宙の専制君主時代の始まりを見るに至った。
統一国家は銀河帝国を名乗り、その頂点に皇帝を戴き、多くの貴族を名乗る者達が皇室を支える組織を作り、確実にその基礎を固めて行く。
しかし、銀河帝国の繁栄は、歴史が示すように永遠ではなかった。数々の王朝が誕生しては滅び、二十の王朝が交代した。そして世は、マウエル王朝の時代で、遂に反乱軍を生み出してしまう。
反乱軍は全部で三軍現れた。その中でも、ドミニークス・フランチェスコ一世率いる「新共和国」は、軍事力、人口共に帝国に切迫するもので、最大の敵となった。
更に数十年が経過した。
すでに帝国は、銀河系支配の機能を喪失し、領域の大半を三つの反乱軍と中立分子に侵略された。事態の急転を恐れた皇帝ストラード・マウエルは、帝国軍内の組織である暗殺団の強化を図り、三つの反乱軍に対抗するため、暗殺団の選りすぐりを投入して、帝国親衛隊を編成した。まさにその集団は「殺戮部隊」であった。
親衛隊の最大の特徴は、隊長アウス・バッフェン以下全員が、ビリオンス・ヒューマンだという事だ。ビリオンス・ヒューマンとは、その名の通り、十億分の一の確率で誕生すると言われている、通常人とはかけ離れた能力を有する者の事だ。
ビリオンス・ヒューマンの名付け親は、ニコラス・グレイという遺伝子工学の権威で、彼の言葉によれば、ビリオンス・ヒューマンの遺伝子は、普通の人間のものとはその基本構造から違うという。そのような人間の集団である親衛隊は、まさに帝国再生の切り札であった。