第78話 最後の決闘
「貴様、この私に恩を売るつもりか?」
ルイが尋ねると、ムラト・タケルは肩を竦めて、
「とんでもない。そんな気はさらさらないね。只、俺は世紀の一戦を見たいだけさ。ルイ・ド・ジャーマンが完全にビリオンス・ヒューマン能力に目覚め、無敵を誇るジョー・ウルフと互角に渡り合うのをね」
ルイは眉をひそめて、
「私が完全なビリオンス・ヒューマン能力に目覚めるだと?」
「そう。あんたはまだ100%ビリオンス・ヒューマン能力を出し切れていない。と言うよりは、使い方を習得していないんだ。だからジョーに軽くあしらわれたのさ」
「……」
ルイはハッとした。
( 確かにこの男の言う通りだ。考えてみれば、アンドロメダで戦った相手は、計算通りに動くロボット同然だった )
「わかったかい、あんたとジョーの差が? それさえわかれば、あんたがジョーに勝つ可能性が出て来るぜ」
「……」
ルイは無言のまま踵を返すと、港の方に歩き出した。ムラト・タケルはフッと笑い、
「最後の決闘には、もう少し時間がかかりそうだな」
と呟いた。
フレッドの工場ではジョーがカタリーナに問い詰められていた。
「私、こんな言い方をすると誤解されるかも知れないけど、ジョーにもルイにも生きていて欲しいの。あの人は唯一、私達と同じ境遇の人なんだから。それでも貴方はルイと決着をつけるって言うの?」
半ば興奮気味のカタリーナの口調に、ジョーは些かたじろいでいるようだったが、
「俺もできれば奴を殺したくないよ。確かにルイは他の連中と違って、一時的にしても共に戦った事もあった程の男だ。しかし、向こうはそうは思っちゃいねえ。その奴の意識が、ビリオンス・ヒューマンとしての能力を押し止めているんだけどな」
「えっ? どういう事?」
「つまり、ビリオンス・ヒューマンとは、素の人間て事なのさ。地位や名誉や財産なんてもの全てを捨ててこそ、なれるんだよ。ブランデンブルグが飛び抜けて能力が高かったのは、そのせいさ。奴は邪悪なものに魂を惹かれちまったために自滅したけどな」
「……」
カタリーナは黙って頷いた。ジョーはソファに座り、
「ルイはまだジャーマン家っていう身分を引き摺っている。そんなものを引き摺ってもこの宇宙じゃ役に立ちゃしねえって事さ。宇宙で生きるため、生き残るため、種の保存を賭けて人類が変革しようとしている。その先駆者がビリオンス・ヒューマンのはずなのに、ビリオンス・ヒューマンはすっかり戦争の道具にされ、ストラードのような奴のため、粛清までされちまった。ビリオンス・ヒューマンの名付け親のニコラス・グレイも、墓の下で泣いてるだろうぜ」
「そうね。悲しい歴史の繰り返しだもんね」
カタリーナは悲しそうに言った。
その頃ルイは宇宙港に向かっていた。
(ダメだ。今のまま奴と戦っても、私は勝てない。射撃の腕ではない。何かが足りない。何かが……)
「むっ?」
ルイはその時、雷に打たれたかのように身をピクンと動かした。
( そうか。今ようやくわかったぞ。私に何が足りないのか。わだかまりは解けた )
ルイは再びフレッドの工場へ向かって歩き始めた。
ジョーは小型艇の修理をするのに必要な部品を調達するために工場を出た。そして港の方へと歩き出した時、
「待て、ジョー・ウルフ」
ルイに後ろから声をかけられた。ジョーはハッとして振り返り、
「ルイ……。てめえ、いつの間に?」
「たった今だ。どうやら私の気配すら感じなかったらしいな」
ルイはニヤリとして言った。ジョーはギラッと目を光らせて、
「何か悟ったらしいな。何があった? 何に気づいたんだ?」
「フフフ」
ルイは笑って答えようとしない。そこへカタリーナが出て来た。
「ルイ!」
その声にルイはカタリーナの方へ目を向け、
「今まで私は何故ジョー・ウルフに拘り続け、ジョー・ウルフを倒そうとして来たのか、はっきりとわかってはいなかった。苦杯を舐めさせられたからだと思い込んでいた。しかし、違っていたのだ。そうではなかった」
「えっ?」
カタリーナはルイが自分を実に優しい目で見ているのに一瞬キョトンとした。それに反してジョーは素早くルイの意図を読み取り、
「なるほど、そういう事か。わかったぜ」
「そうだ。私はいつしかジョー・ウルフではなく、カタリーナ・パンサーを追っていたのだ」
「ええっ!?」
ルイの言葉にカタリーナは仰天してしまった。彼女は、
「だってルイ、マリーさんは……?」
「彼女はテリーザの妹だ。それだけの事」
「……」
カタリーナは唖然としてしまった。ルイは再びジョーを見て、
「ジョー・ウルフ、これでお前も私と戦う理由が出来た。私を倒さなければ、カタリーナとの暮らしは終わるぞ」
「……」
ジョーは黙ってルイを睨んでいた。カタリーナは言葉を忘れたかのように何も言わずにいた。
「行くぞ、ジョー!」
ルイの電光石火の攻撃が始まった。しかしすでにそこにはジョーの姿はなく、ジョーはストラッグルで反撃していた。
「くうっ!」
既のところでジョーのストラッグルの光束をかわしたルイは、歯ぎしりした。
( まだ私の方が劣るというのか……)
「ルイ、悟りを開いただけじゃ、この俺には勝てねえぜ」
ジョーが挑発した。ルイはジョーを睨みつけて、
「今度はそうはいかんぞ!」
ストラッグルを撃った。ジョーはそれをかわし、ストラッグルを撃った。ところがかわしたはずの光束がジョーを掠めた。
「ぐっ!」
ジョーはそれでもかろうじてそれをかわした。左頬から血が流れ出た。ルイはフッと笑い、
「言ったはずだ。今度はそうはいかんとな」
「それは俺も同じだ、ルイ」
ルイの右肩がスパッと切れて、血が噴き出した。
「くっ……」
ルイは思わず右肩を押さえ、ジョーを見た。
「かわしたつもりが……」
2人の戦いは、まさに壮絶の一語に尽きた。カタリーナは震えていた。
( 凄いわ……。2人の間に走る殺気、パワー……。ジョーが今まで戦って来たどの敵より、ルイは強大…… )
しかしカタリーナには疑問があった。
(でも何故ジョーはそのルイを挑発するのかしら? ルイはジョーに何か言われるたびに強くなっているような……)
「ジョー、一体何を考えているの?」
カタリーナはジョーが相討ちを狙っているのではないかと危惧していた。
「ルイィッ!」
「ジョーッ!」
2人の間を光束が走った。ジョーは右頬を切られ、ルイは左脇腹を切られた。光束が巻き起こす疾風が真空状態を作り出し、物を斬り裂いているのだ。
「うおおおっ!」
「はああああっ!」
2人の形相が険しくなり、ストラッグルが同時に吠えた。光束は2人のパワーの前に飛び散り、2人の周囲はそのパワーで変形し始めた。カタリーナはそれに気圧されて、後ずさりした。
「はァ、はァ……」
2人は大きく肩で息をしていた。もう終わりが近づいているのかとカタリーナが息を呑んだ時、
「まだだァッ!」
ルイが叫び、ストラッグルを撃った。ジョーもそれに呼応するようにストラッグルを撃った。2つの光束が2人の間で激突し、閃光を放った。
「何?」
カタリーナは閃光が膨らんで行くのを見てギョッとした。
「これで終わりだ!」
ルイが次の一撃を放った。ジョーも続いた。膨張する閃光に2つの光束が突き刺さり、四散した。
「くっ!」
「うおっ!」
ジョーとルイは飛び散った閃光で手や顔に火傷を負った。
「この程度で……」
ルイは歯ぎしりし、ストラッグルを構え直した。ジョーもストラッグルをルイに向けた。
「……」
カタリーナは何も考えられなくなっていた。2人の戦いの結末がわからなかった。どちらが倒れても不思議ではないくらい、2人の力は拮抗していた。
「?」
2人が動かなくなった。息遣いが聞こえて来る程辺りに静寂が立ち込めた。カタリーナも息を殺して2人を見た。
長い沈黙が続いた。2人は一瞬たりとも視線を外す事はなく、ストラッグルは相手に向けられたままだったが、動く事はなかった。
「ジョー……」
カタリーナが耐え切れなくなって呟いた時だった。
「最後だ、ルイ!」
「私もだ、ジョー!」
2人のストラッグルが全く同時に吠えた。一瞬の差もない、本当に完全な同時だった。光束は双方とも巨大化し、相手に向かった。そしてぶつかり合い、火花を散らし、周囲の路面を溶かして四散した。
「はっ!」
光束は消滅してしまったが、ジョーもルイも力尽きて倒れていた。カタリーナは仰天してジョーに駆け寄った。
「ジョー!」
ジョーは顔を上げて、
「俺は大丈夫だ。ルイを看てやってくれ。奴の方が、疲弊してる」
「えっ?」
カタリーナは弾かれたようにルイを見た。ルイは倒れたままで、顔も上げられないらしかった。ジョーは口から血を吐き出し、
「ルイ、もう十分だろう? あんたがカタリーナの事を方便で言ったのはわかっているんだからな」
するとルイはようやく顔を少しだけ上げて、
「そうか、やはりな。ジョー・ウルフは騙せなかったか……」
「えっ? どういう事?」
カタリーナは2人を見比べて言った。ルイはフッと笑って、
「カタリーナの事を持ち出して、ジョーの本気を出させたかった。同時に私の潜在能力も引き出したかった。しかしそれは失敗した。結局私は未だにジョーに追いつけていない……」
「じゃあ私はダシに使われたって事?」
カタリーナは憤然として言った。ルイはカタリーナを見上げて、
「すまなかった。しかし今は違う。本当にお前の事が好きになった」
「えっ?」
カタリーナはいきなり告白まがいの事を言われてドキマギしてしまった。ルイは半身を起こし、
「ジョー・ウルフ、私は諦めが悪い方だったが、今度こそ諦めがついた。お前の力は私の及ぶ範囲ではなかった」
「……」
ジョーはニヤリとして立ち上がった。カタリーナはジョーに目を転じて、
「ジョー?」
尋ねるように言った。するとジョーは、
「行くか?」
カタリーナはその言葉に涙ぐんでしまった。
「ええ、もちろん」
ルイもようやく立ち上がり、
「ジョー・ウルフ、カタリーナと幸せにな。私もマリーの所に行く」
背を向けて歩き始めた。カタリーナはジョーに寄り添った。
「銀河を出るか」
「ええ。どこでもいいわ。貴方と一緒に暮らせるのなら」
「……」
ジョーは初めてカタリーナの肩を抱いた。カタリーナは涙を拭いながらジョーに身を預けた。
ジョー・ウルフとカタリーナ・パンサーの姿が銀河系から消えたのは、それから間もなくの事だった。
完