第77話 全て終わりし後……
銀河系の各地で共和制のための運動が起こり始めていた。
帝国の圧政や、ブランデンブルグの恐怖から逃れられた銀河の人々は、生き生きとしていた。
そんなある日、ラルミーク星系のジョー達のいる工場に、1人の若い男と2人の若い女性が訪れた。その中の男性が、ジョーに会いたいとカタリーナに告げた。カタリーナがジョーに伝えると、ジョーは客室で3人と会うと答え、奥から現れた。3人はジョーを見て感激しているようだった。
「私はケント・ストラッグルと言います。マイクは私の叔父に当たります」
男がそう言うと、ジョーは意外そうな顔で、
「マイクに兄弟がいて、しかも甥までいたとは知らなかったな」
「叔父は長く私達とは行き来がなかったものですから」
ケントはそう言い添えてから、
「こちらは私の妻のアルミス、そしてもう1人は私の妹のカミーラです」
女性2人を紹介した。2人はジョーに深々と頭を下げた。ジョーは黙ったままで3人を見渡した。ケントが、
「実は我々は共和国の建国を推し進めているのですが、是非貴方のお力を借りられればと思って、ここに参りました」
「俺の力?」
ジョーはカタリーナと顔を見合わせた。
「どういう事?」
カタリーナが代わりに尋ねた。
「今、銀河系には為政者がいません。そしてそれに該当するような人物もいません。それでは折角まとまりかけている共和国の話も水泡に帰してしまいます」
「まさか……」
カタリーナはハッとしてジョーを見た。ジョーは目を細めた。ケントもジョーを見て、
「そうです。ジョーさん、貴方に我々のリーダーになってもらいたいのです。そして最終的には共和国の総統領に就任して欲しいのです。それなら銀河系の誰もが納得してくれるはずです」
ジョーはフッと笑って、
「あんたらは俺の恩人のマイクの肉親だから、協力は惜しまないつもりだ。だが、総統領なんてものにはならないぜ」
「しかし……」
ケントはそれでも何とかジョーを説得しようと口を開きかけた。するとジョーはそれを遮るように、
「あんた、俺が政治に向いていると思うのか? だったら政治の勉強をし直した方が良い。俺はそんな器じゃねえし、仮に器だとしてもやる気もねえよ」
ケントに背中を向けた。ケントはジョーの前に回り込み、
「ではせめて共和国の重鎮として共和国を支えて下さい」
「俺は政治には関わるつもりはない。俺は拘束するのもされるのも大嫌いなんだ」
「政治とはそういうものです。それを否定しては、銀河はまとまりません。まとめるためには、貴方のようなカリスマ性のある方の存在が必要なんです」
ケントは汗まみれになって言った。しかしジョーはケントの脇を通り抜けて、
「断わる。そんなのは詭弁だ。政治っていうのは、上から押えつけるものじゃない。下から積み上げて行くものだ。カリスマ性とか力に頼るのなら、そんな政治はない方がいい」
「……」
ケントは言葉を失い、アルミスとカミーラを見た。二人共、無言のまま首を横に振った。
「用がすんだら帰ってくれないか。俺にはもっと大事な用があるんだ」
ジョーはそのまま奥の方へ歩いて行ってしまった。ケントはようやく、
「ジョーさん!」
しかしジョーは立ち止まる事なく奥の部屋に入って行った。ケントはカタリーナを見て、
「私はジョーさんを怒らせてしまったのでしょうか?」
「いえ、そんな事はないわ。彼は今、ある1人の男の事を考えているから、他の事に関わっている余裕がないのよ」
カタリーナは寂しそうな顔で言った。
「ある1人の男?」
ケントが鸚鵡返しに尋ねた。カタリーナは軽く頷いて、
「そう。その男の名はルイ・ド・ジャーマン。彼との決着がつかない限り、ジョーは貴方達の話をまともに聞く事はないでしょうね」
ケントは溜息を吐いて、
「そうですか。やはりあの方は、戦いの中で生きる人なのですね」
「かも知れないわね。悲しいけどね」
カタリーナはさらに表情を暗くして呟いた。
3人はそれからまもなくして工場から立ち去った。カタリーナは彼らを見送ってから奥の部屋へ行った。
「厳し過ぎたんじゃないの、貴方の言葉……」
カタリーナはジョーにグラスを渡しながら言った。ジョーは窓の外を見て、
「あのくらいでくじけるのなら、始めから何もしない方がいい。政治はそんな甘いものじゃないという事を自覚して欲しかったからな。だからこそ、人を頼らず、自分達の力で未来を切り開く意気込みが必要なのさ」
カタリーナはジョーの隣に立って、
「銀河が変わるのね」
ジョーの肩に寄りかかった。ジョーはカタリーナを見て、
「そうだな」
と応じた。
ケント達がジョーの所を訪れてから3ヶ月程経った頃である。
1人の男が、ラルミーク星系第4番惑星の宇宙港に降り立った。ルイ・ド・ジャーマンであった。
彼はアンドロメダ大星雲でビリオンス・ヒューマン能力の開発の訓練を受け、全てのテストをクリアし、あらゆる敵を倒して、遂にジョーとの最終決着をつけに現れたのだ。
「久しぶりだな、ジョー・ウルフ。私の存在がわかるか?」
ルイの身体から、凄まじいパワーが噴き出した。
ジョーは工場の長椅子に横になって目を瞑っていたが、ルイの鋭いパワーを感じてハッとして飛び起きた。
「ルイ?」
ジョーかそう呟いた時、カタリーナが外から帰って来た。彼女はジョーの言葉を聞き逃さなかった。
「えっ、何?」
ジョーはカタリーナをチラッと見てから立ち上がり、
「化け物に追われている夢を見たのさ」
背を向けて奥へ歩き出した。するとカタリーナはムッとして、
「嘘つき! 今貴方は確かに『ルイ』って言ったわ!」
ジョーはその言葉に立ち止まり、
「そうだ。カタリーナ、一つだけ言っとくがな。俺がどれほど逃げ回っても、ルイは俺を見つけ出して戦いを挑んで来るぜ。必ずな」
「……」
カタリーナは息を呑んだ。
( ルイが最後に言い残した言葉、今になってずっしりと心に重くのしかかるわ…… )
「って訳だ。奴とはケリをつけるしかないのさ」
ジョーはそう言いながら奥へと姿を消した。カタリーナはすぐにジョーを追いかけ、
「ならすぐにルイと戦って、彼を叩きのめしてよ! そうすれば、彼はもう二度と貴方に戦いを挑んだりしないわ!」
それは悲痛なものだった。しかしジョーはカタリーナを見て、
「奴は死なない限り俺に向かって来る。殺す以外しかないのさ。この戦いにそれ以外の終わり方はない。但し、その逆はあるかも知れないけどな」
「やめてよ! 貴方が死ぬなんて、私考えたくもないわ!」
カタリーナは耳を塞いで目を伏せた。ジョーはギラッと目を輝かせて工場の方を睨んだ。
「来たか、ルイ」
ジョーはカタリーナを押しのけて工場に向かった。カタリーナは慌ててジョーを追った。
「待って、ジョー!」
ルイは工場の入口にサングラスをかけたままで立っていた。ジョーはニヤリとして、
「アンドロメダは楽しかったか、ルイ?」
「貴様、何故それを……?」
ルイはサングラスを投げ捨てた。ジョーは肩を竦めて、
「簡単な事さ」
「まだ私の力を見くびっているようだな。もう私は以前とは比べ物にならない程強くなっているぞ」
「あんたの力はあんたを見た瞬間からわかっているさ。だからこそ、こうして巫山戯ていられるんだ」
「何!?」
ルイはキッとしてジョーを睨んだ。ジョーはフッと笑って、
「納得が行かねえようだな。なら、試してみるか?」
「当然だ」
カタリーナにはルイの手がホルスターにかかるのが見えなかった。ストラッグルは一瞬にして撃たれ、ジョーに光束が向かった。
「勝った!」
ルイは思わず叫んだ。しかしジョーはすでにそこにはいなかった。
「何!?」
ルイは慌てて工場を見渡した。ジョーはやや右に動いていただけだった。
「い、いつの間に?」
「あんたは確かに腕を上げている。それにストラッグルもアンドロメダで改造してもらったようだな。しかし、俺を撃つ事は出来ねえよ」
「何故だ?」
ルイは一歩踏み出した。ジョーはニヤリとして、
「あんたは腕を上げたが、癖を治していねえ。相手を撃つ時、必ず静止した状態を想定している。それじゃ100年経っても俺には当たらねえよ」
「……!」
ルイはギョッとした。
( バカな。私は確かにジョーの動きを読んで撃ったはず。しかし当たらなかった。まだ足りないというのか、その程度では……)
「超人的な腕の人間が戦う時、相手が撃って来るのをかわしていたんじゃ、かわす事は出来ても、反撃できねえ。だから相手の動きを読み、それより速く動き、逆に攻撃の態勢を整えるんだ」
「……」
ルイは汗まみれだった。
( まだ私は追いついていないのか。いや、奴の背中も見えていないというのか……)
「つまりこういう事さ」
ジョーがストラッグルを構えた。ルイは狼狽えたままだった。
「くっ!」
「出直して来い、ルイ!」
ストラッグルが吠え、光束が放たれた。
( どうする? 動くのか、このまま静止しているのか? )
「うっ……」
光束はルイの左頬を掠めた。ルイの頬が切れ、血がスーッと流れた。ルイはその血を拭って、
「外したのか?」
「どうとでも取ってくれ。だが、今のままじゃ勝負にならねえ。帰りな」
ジョーは言い放った。ルイはギュッと両手を握りしめ、
「私は諦めが悪い。次は必ず」
工場を出て行った。カタリーナがやっと我に返り、
「どうするの、ジョー?」
「どうするもこうするも、道は只一つ。やるか、やられるかだ」
「……」
カタリーナは何故ジョーがルイを倒さなかったのかわからなかった。
( ジョーは勝てたはずなのに。ルイが追いつくのを待っているの? )
カタリーナは結末が怖くて仕方がなかった。
「ジョー・ウルフにあっさりとあしらわれたらしいな」
港に向かうルイに声をかけた者がいた。ルイはキッとして声のした方を見た。
「お前は……」
そこに立っていたのは、ムラト・タケルであった。彼はニヤリとして、
「やはりそうか。ルイ、あんたはジョーに引けを取らないくらい腕を上げたつもりだろうが、奴はあんた以上になっていたんだな」
「……」
ルイはムラト・タケルを無視して歩き出した。するとムラト・タケルは、
「いいのかい。ジョーに唯一対抗する方法があるんだけどな」
「何?」
ルイは立ち止まって振り向いた。ムラト・タケルは不敵に笑っていた。