第76話 カタリーナの愛
戦いが終わり、1ヶ月が過ぎた。
ジョーとカタリーナはラルミーク星系のフレッドの工場で静かに暮らしていた。マリーはルイを探して第4番惑星を去っていたので、完全に2人きりだった。
「初めてよ、貴方とこんなに静かな生活がてきるのって……」
カタリーナがテーブルの上の食器を片づけながら言った。
「そうだな」
ジョーは空返事をした。カタリーナはキッとして、
「何よ、もう! 私、貴方と2人で暮らすのが夢だったのに、貴方は少しも嬉しそうじゃないのね!」
「おい、カタリーナ……」
ジョーはカタリーナの剣幕に唖然としてしまった。カタリーナはプイと顔を背けてトレイを持ち上げると、サッと部屋を出て行った。
「はっ……」
ジョーは苦笑いをしてソファにもたれ掛かった。
( 俺は口下手なんだよ…… )
彼は天井を見上げた。
( 思えば俺は一体何人の敵を倒して来たんだろう…… )
ジョーは自分の置かれた状況を思い返した。
ラルミーク星系でのルイとの出会い。あの時ジョーはルイの名前すら知らなかった。
ロボテクターの工場でケン・ナンジョーの罠を破ってドミニークス軍と戦った時もあった。
そしてジェット・メーカーとの対決。ジョーはその時カタリーナを残してカジキという情報屋を追いかけた。その時彼は自分がカタリーナを愛している事を知ったのである。
更にジョーはドミニークス三世の罠にはめられ、彼を追っていたルイと爆死させられそうになった。
ルイはジョーを捕えられなかったために帝国を追放された。
ジョーはフレンチ領に入ってしまい、フレンチ軍のとの戦いに巻き込まれて行った。ビスドム・フレンチはカタリーナを人質にしてジョーをおびき寄せた。ビスドムの作戦は失敗し、ジョーはカタリーナを脱出させてそれを後から追った。
アーマンド星でのほんの一瞬の静かな生活。しかしジョーは安らぎとは縁がなかった。メストレスがカタリーナを操り、ジョーに協力を迫った事もあった。
ケン・ナンジョーが再び現れ、ジョーを卑怯な手段で追いつめる。しかしケンはジョーの反撃で右耳を失い、逃走する。ケンはその後ルイの怒りを買い、惨めな死を迎えた。
「どうしたの?」
カタリーナは言い過ぎたと思って戻って来ていた。ジョーハッとしてカタリーナを見て、
「いや、さっきのカタリーナの言葉が堪えたのさ」
「あら、やだ……。私、ちょっと拗ねてみせただけで、別に本気で言ったんじゃないわよ」
カタリーナは赤面して言い訳した。ジョーはフッと笑って、
「そりゃ良かった」
「もう!」
カタリーナはまた拗ねてみせた。彼女は嬉しくて仕方がなかった。
( ルイはあれ以来姿を見せないし……。もうジョーもルイとの対決なんて忘れてるみたいだし…… )
「ねえ……」
カタリーナはグラスに酒を注ぎながら、チラッとジョーを見た。ジョーはソファから起き上がって、
「何だ?」
「結婚式しましょうよ。2人だけで。この星に教会があるのよ。小さいけど、綺麗で可愛い……」
「えっ?」
ジョーは虚を突かれたようにポカンとした。カタリーナはグラスをジョーに突き出し、
「私達、婚約してたのよ! 結婚するはずだったの! 何よ、その顔は!?」
「あ、そうか……」
ジョーはまた苦笑いをした。カタリーナはグラスをジョーに渡すと、
「私、きちんとしたいの。小さい頃からの夢だったんだから。貴方と結婚式を挙げるのが」
「ああ」
ジョーはすっかり困っていた。この手の話は苦手なのだ。カタリーナは自分でもグラスを持つと、ジョーのグラスとかち合わせて、
「はい、決まりね!」
ニッコリした。ジョーは只苦笑いするだけだった。
ルイ・ド・ジャーマン。彼はブランデンブルグの大宮から離脱し、すぐにラルミーク星系に戻り、マリーと会い、彼女にクサヴァー家の親戚に行き、そこで暮らすように言うと姿を消した。マリーはすぐにルイを探したが、未だにどこにいるのか、有名な情報屋すら知らなかった。
「私は、ジョー・ウルフの名を知った時、屈辱に塗れていた。私より銃の腕がいい男など、いるはずがないと自惚れていた自分に腹が立った。だからこそ、奴とは決着をつけねばならない。これはもはや名誉のためでも名声のためでもない。男としての意地のためだ」
ルイはマリーにそう言い残していた。彼はカタリーナが想像したようにジョーとの対決を忘れたり、やめようと思った訳ではなかった。
「ジョーの戦いを見て、気づいた事がある。訓練次第、意識次第で、ビリオンス・ヒューマン能力は拡大できる、という事だ。私もジョーと互角の力を得る事が出来るに違いない」
ルイはそう考え、銀河系から姿を消した。彼はアンドロメダ大星雲に向かったのである。
カタリーナは気乗りしていないジョーの手をグイグイ引っ張って、ようやく町外れの森の奥にある教会にやって来た。そこはカタリーナの言う通り、小さくてこぎれいで、それでいて洗練された場所だった。
「ね、いいでしょ?」
カタリーナは嬉しそうにジョーに微笑んだ。ジョーは呆然としていた。
2人は教会の中に入り、神父と会った。神父は2人が見た事もない軍服を着ているので、少し警戒していた。
「身分証をお持ちですか?」
神父が尋ねた。カタリーナは見せたくなかったのだが、仕方なく「カタリーナ・エルメナール・カークラインハルト」名義のIDカードを神父に見せた。神父はそれを見て仰天し、
「ああ、貴女は地球の方なのですか。私もですよ。いやァ、何年ぶりでしょうか、地球の方とお会いするのは……」
彼はブランデンブルグ軍の攻撃も及ばないような奥地にいたようだった。そんな事があった事も知らないらしかった。カタリーナはホッとしていた。
( 良かった。この人、本当に俗世間離れした人なのね。私の事、知らないみたい )
「そちらの方は?」
神父はジョーを見た。ジョーの鋭い眼が神父を見返した。神父はギクッとして、
「い、いやあの、け、結構です。では、こちらへ」
祭壇の方に歩き出した。カタリーナはジョーを見て、
「ダメじゃない、脅かしちゃ」
小声でたしなめた。ジョーはフッと笑って肩を竦めた。
2人は祭壇の前に立った。神父は正装をし、2人の前に来た。
「宇宙の万物を生みたもうた全能の神の前にかしずく2人の男女が、今ここに永遠の愛を誓わんとする」
神父はジョーを見て、
「汝はこの女を生涯の妻とし、慈しみ、病める時も健やかなる時も変わる事なく愛する事を誓うか?」
「はい」
ジョーは穏やかに答えた。カタリーナは大声で叫びそうになった。神父は次にカタリーナを見て、
「汝はこの男を生涯の夫とし、慈しみ、病める時も健やかなる時も変わる事なく愛する事を誓うか?」
「はい」
カタリーナは頬を紅潮させて答えた。神父はニッコリして、
「では指輪の交換を」
「はい」
カタリーナはベルトのポシェットから小さな箱を取り出し、蓋を開いた。中には指輪が2つ並んで入っていた。ジョーはそれを見てびっくりした。
「そ、それは……」
その指輪は、2人が婚約してまもなく、カタリーナと2人で帝国軍近くの宝石店で購入したものだったのだ。
(カタリーナ、それをずっとなくさずに……)
ジョーは胸が熱くなるのを感じた。
「はい」
カタリーナは自分用の指輪をジョーに手渡した。ジョーはそれをカタリーナの左手の薬指にはめた。カタリーナもジョーの左手の薬指に指輪をはめた。神父は大きく頷き、
「これで2人は神の前で夫婦となる事を宣しました」
カタリーナの目から涙が溢れ出した。彼女はジョーに抱きついた。ジョーはこの時初めてカタリーナを抱きしめた。
「ジョー」
「カタリーナ」
ジョーは素直になれた気がした。カタリーナのあまりにも健気な行動に、すっかり胸を打たれてしまったのである。
( 彼女は何度も俺のせいで命を失いかけ、酷い目に遭った。なのに、指輪を大切に持っていて、俺を愛し続けてくれている )
ジョーの目が少し潤んだのを神父は気づいたが、また睨まれると思い、コホンと咳払いをすると、
「お幸せに。お金はいりませんから」
そそくさと礼拝堂を出て行ってしまった。カタリーナはハッとしてジョーを見上げ、
「また脅かしたのね?」
「まさか」
ジョーは苦笑いをした。そして次の瞬間、
「扉の向こうにいるバカ共、さっさと入って来いよ。用があるんだろう?」
カタリーナはギクッとして扉を見た。
( 誰? )
扉をぶち破り、姿を現したのはゴロツキ共5人であった。その中のリーダー格の男は2m以上ある大男だった。他の連中も巨漢揃いだ。リーダーはニヤリとして、
「へへへェ、いくらブランデンブルグが死んだからってよ、呑気に結婚式なんかしてるんじゃねえよ、兄ちゃんよォ」
「消えろ」
ジョーは目を伏せて言った。部下の1人がムカッとして、
「何だと、このガキィッ!?」
「待て」
リーダーはいきがる部下を押し止めてジョー達に近づいた。
「いい指輪してるじゃねえか。俺によこしな」
カタリーナに言った。彼はカタリーナが震え出すとでも思ったのだろう、凄みを利かせた目で睨んだ。しかし当のカタリーナはもうカンカンに怒っていた。彼女は鋭い眼でリーダーを睨み返すと、
「あんた達、私達の式を汚した罪は重いよ!」
ゴロツキ共はカタリーナの口からそんな啖呵を聞かされるとは夢にも思っていなかったので唖然としてしまった。
「消えな、クズ共!」
カタリーナはホルスターからピティレスを抜いて撃つと、リーダーの頭髪を削ぎ取った。リーダーは歯の根も合わない程震え、
「と、とんでもねえ女だァッ!」
部下共と文字通り転がるように逃げ出して行った。カタリーナはしばらく睨みを利かせたままだったが、ジョーが隣にいるのを思い出して赤面し、
「や、やだ、私ったら……」
とモジモジした。ジョーは大笑いして、
「その方がカタリーナらしくないぜ。もっと溌剌としてろよ」
「もう!」
カタリーナはプーッと膨れてジョーから顔を背けた。
2人は本当に幸せだった。