第74話 ブランデンブルグの秘密
ジョーはストラッグルを構えて、
「そこまでだ、デカブツ。祈っとけ」
バイツは自分がバカにされたと感じたのか、
「ぐおおおっ!」
大声を上げ、斧を振り回してジョーに突進した。ジョーはストラッグルを撃った。バイツは光束をかわそうとサッと右に移動した。ところが、その移動した位置に光束が向かい、バイツの右眼を潰した。
「グギャギャーッ!」
バイツは右手から斧を投げ出し、右眼を押さえた。焼け爛れた右眼から、湯気が立ち上った。
「ど、どういう事だ?」
ルイが呟いた。ムラト・タケルも唖然としていた。
「なるほど。バイツは本能のみで動く。それをジョー・ウルフは見抜き、奴の行動パターンを読んだのか。計算ずくで動く奴も、本能で動く奴も、パターンを読まれれば、ジョー・ウルフの敵ではないという事か」
ブランデンブルグは愉快そうに呟いた。カタリーナはホッとして、
「勝てるわね、ジョー」
と呟いた。
ジョーは憎しみの目を向けるバイツと睨み合っていた。
「片目じゃ俺には勝てねえよ。やめとけ」
ジョーが言った。するとバイツは、
「ゲゲゲ……」
不気味な声で笑い、右眼の火傷の痕をビリビリと引き剥がしてしまった。ジョーは仰天した。
「何ィッ!?」
その痕の下から、新しい右眼が現れた。ジョーは驚愕のあまり、バイツが斧を拾い上げる間、立ち尽くしてしまった。
「ジョー、前だ!」
ルイの声にジョーはようやく我に返り、バイツの斧をかわした。
「何て奴だ……」
ジョーの額を汗が幾筋も流れた。バイツは気味の悪い笑い声を上げて、ジョーに突進した。
「くっ!」
ジョーはそれを飛び退いてかわし、バイツの背後に回り込んだ。
「こんな雑魚にもう用はねえ!」
ジョーはストラッグルを構えた。メルト・スクリューとの戦いの時と同じようにジョーの身体が白く輝き、ストラッグルから光束が放たれた。
「ぐがっ?」
バイツは不意を突かれた形となり、サッと振り向いて光束をかわそうとした。しかし、光束はその直前で膨れ上がり、楯諸共バイツをも呑み込んでしまった。
「ブギャーッ!」
バイツは白い光の中で溶け、燃え尽きて消滅した。ジョーはフーッと息を吐くと、
「ブランデンブルグ、もうてめえには手持ちの駒はねえはずだ」
上を見て叫んだ。するとブランデンブルグの声が、
「良かろう。真っ直ぐだ。真っ直ぐ来い。そこに私がいる」
ジョーはストラッグルをホルスターに戻し、前を見据えた。そして走り出した。ルイとムラト・タケルがそれに続いた。
「はァッ!」
ジョーは廊下の終わりにあった巨大な扉を蹴り開けた。扉はグーンと音を立てて開き、ジョーを招き入れた。彼は中に歩を進め、暗がりに目を凝らした。ルイとムラト・タケルが駆けつけた時、彼らの直前で扉はバタンと閉じてしまった。
「くっ!」
2人は扉を押したが、ビクともしなかった。
ジョーは暗がりの中にボンヤリと青白く輝くブランデンブルグを見た。ブランデンブルグはゆっくりと復活の椅子から立ち上がり、
「よくここまで来た、ジョー・ウルフ。誉めてやる」
ジョーはブランデンブルグに近づきながら、
「ブランデンブルグ、言いたい事は今のうちに言っておけ。今にその口が回らなくなる」
ブランデンブルグはマントをバッと後ろに落としてニヤリとし、
「減らず口を叩くな。すぐに楽にしてやる」
ジョーはすぐさまストラッグルを抜き、ブランデンブルグに向かって連射した。ブランデンブルグは風のように疾走し、ジョーのストラッグルを悉くかわした。
「ジョーッ!」
カタリーナが堪らなくなって叫んだ。ジョーはハッとして上を見た。
「カタリーナ……」
ブランデンブルグはフッと笑い、
「久しぶりの対面だな。そして最後の対面となる」
「ほざくな!」
ジョーの連射が再び始まった。ブランデンブルグは光束をかわしながら、ストラッグルを抜き、
「ストラッグルとはこう使うのだ、ジョー・ウルフ」
天井に向けて撃った。
「むっ?」
ジョーは妙に思ってそのストラッグルの行方に目を向けた。光束は高さが数十mはあろうかという天井に衝突する寸前にUターンし、無数に分裂してジョーに向かった。
「何ィッ?」
ジョーは一瞬目を見張った。ブランデンブルグは勝ち誇ったように、
「終わりだ、ジョー・ウルフ!」
光束がジョーを蜂の巣にするかと思った瞬間である。カタリーナは思わず目を背けた。
「うっ?」
ブランデンブルグは我が目を疑うように呆然としていた。ジョーに当たるはずの光束が彼を通過し、床に当たって消滅したのだ。ジョーはその場より何mか右に立っていた。ブランデンブルグは歯ぎしりして、
「貴様、一体……?」
「簡単な事さ。あの光束はてめえの意志だ。だから逃げても追って来るし、曲線も描く。しかし、狙った相手の動きが読めなきゃそれまでなのさ」
ジョーはブランデンブルグの考えを読んだのだ。カタリーナはジョーが無事なのを知ってホッと溜息を吐いた。ブランデンブルグはニヤリとしてストラッグルを放り投げ、
「さすがだ、ジョー・ウルフ。やはり貴様は私の最高の力で葬るしかないようだな」
身体から妖気のようなものを発し始めた。ジョーは目を細めた。カタリーナは見ていられなくなりそうだったが、何とか堪えた。
「ジョーは負けない……」
彼女は自分に言い聞かせるように力を込めて言葉を発した。
「とうとう化け物が正体を現すのか、ブランデンブルグ」
ジョーはそう言いながら、ブランデンブルグの後ろに現れる亡霊達の姿に気づいた。
「何だ?」
それは地球の歴史に名を残している、数多の独裁者達の姿であった。
古代エジプトのファラオ達、古代中国の王達、古代メソポタミアの王達、そして古代インドの王達。さらにはローマ帝国のシーザー、アントニウス、オクタビアヌス。中世ヨーロッパの専制君主達、日本の藤原氏一族、平氏、源氏、戦国時代の武将達。近世フランスのナポレオン、第二次大戦時のヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、毛沢東、蒋介石、金日成、金正日、ポル・ポト……。数え切れない程の人物の姿が浮かび上がっていた。
「そうか……。その椅子が、地球制覇を夢見た連中が追い求めた、復活の椅子か……」
ジョーが呟くと、ブランデンブルグは狡猾そのものの笑みを浮かべて、
「そうだ。この椅子こそが我が力の源。この椅子が我が手にある限り、私は無類無敵。貴様にあるのは死のみだ」
ジョーはフッと笑って、
「亡霊共の力を借りて宇宙制覇かよ。そのツケが回って来るぜ、そのうちな」
「偉そうな事を抜かすな。私に敗北はない。そして死もない!」
ブランデンブルグの右手が輝き始めた。ジョーはストラッグルをホルスターに戻した。ブランデンブルグは右手を高く掲げ、
「食らえっ!」
振り下ろした。すると巨大な光球が生じ、ジョーに向かった。
「くっ!」
ジョーはそれを両手で受け止めた。凄まじい光が発し、カタリーナの顔を白く照らした。ジョーの姿が光の中に呑み込まれた。カタリーナは絶叫した。
「ジョーッ!」
しかしジョーは無傷だった。ブランデンブルグの攻撃に耐えたのである。ブランデンブルグは唖然としていた。
「一つだけ訊いておこうか。何故、宇宙制覇を思いついた?」
ジョーは手から埃を払うように叩きながら尋ねた。ブランデンブルグはスッと右手を胸に当て、
「私は生まれながらにして飛び抜けて優れた男だった。そのビリオンス・ヒューマン能力故にな。しかし周囲の連中はそれを認めなかった。私を悪魔と罵り、軽蔑し、憎悪した。これは私の復讐だ。全宇宙に対するな」
「笑わせやがる。前世紀の亡霊共に取り憑かれた哀れな愚か者が、言いてえ事を言うじゃねえかよ。全てはてめえの歪んだ心が元さ。例えビリオンス・ヒューマンだという事で差別されても、そんな理由で憎しみを募らせたりしねえのが、正常な人間の思考だよ」
ジョーは言い返した。するとブランデンブルグは一気に怒りを爆発させ、そのパワーが炎のように噴き出した。
「この私を愚か者と言ったか!? 貴様、もうどれほどの力があろうと殺す! この上なく悲惨な死を与えてやる!」
「面白えじゃねえか、やってみろ!」
ジョーの身体からも壮絶な殺気が迸った。ブランデンブルグはジョーの後ろに人の影を見た。
「何……?」
ジョーの後ろに見えたのは、バルトロメーウス、フレッド、テリーザ、ドミニークス三世、ストラード、エリザベート、バウエル、バッフェン、ジェット・メーカー、ケン・ナンジョー、ビスドム、ベスドム、ブランドールJr.、メストレス、エレトレス達、ジョーと関わり、命を失った人々であった。ブランデンブルグは不思議な戦慄を覚えた。しかし彼は作り笑いをして、
「貴様にも亡霊が憑いているぞ。今まで貴様が殺して来たな」
「違うな。連中は俺に憑いているんじゃねえよ。俺に力を貸してくれているのさ。共通の敵を倒すためにな」
「共通の敵、だと?」
ブランデンブルグは眉をひそめた。ジョーは彼を睨みつけて、
「そうさ。てめえは銀河系の人々ばかりでなく、全宇宙の人々の共通の敵。そして地球人類の有史以降の全ての人々の共通の敵だ。てめえに手を貸すのは悪魔か狂える独裁者達のみ。もはや三次元にてめえの居場所はねえぜ」
ブランデンブルグはそれでもせせら笑って、
「私は全宇宙を敵に回しても勝てる力を持っているのだ。宇宙の神すら、この私を倒す事は出来ぬ」
ジョーはスッとストラッグルを構え、
「ならよ、俺が宇宙の神に代わって、てめえをこの三次元宇宙から消し飛ばしてやるぜ」
「フハハ! やってみろ!」
ブランデンブルグは高笑いして言った。ジョーは目を閉じ、神経を指先に集中し、ストラッグルに気を込めるようにして引き金を引いた。すると巨大な光束が放たれ、ブランデンブルグに向かった。
「バカめ」
ブランデンブルグはサッと右手を出してこれを受け止めようとした。
「うわァッ!」
ところが彼は、そのまま光束に押されて壁まで飛ばされ、激突して崩れた壁の中に埋もれてしまった。
「ぐふっ……」
ブランデンブルグは口から血を流して立ち上がった。ジョーはニヤリとして、
「どうだ、ブランデンブルグ。もうてめえには1%も勝機はねえ」
と言った。