第73話 悪魔の城へ再び
「1人で行くつもりか?」
夜が明け切らないうちに工場を出ようとしていたジョーにルイが後ろから声をかけた。
「そうだ。もう俺にはカタリーナしかいない。他には何もない」
「私との決着があるぞ」
ルイが言った。するとジョーはルイを見て、
「俺はあんたとやり合うつもりはない。ブランデンブルグを消し飛ばしたら、カタリーナと2人で銀河を出る」
「お前がそう思っていても、私は許さんぞ。例え何年かかろうと、決着はつける」
ルイはジョーの前に立った。そこへムラト・タケルが現れ、
「両雄並び立たずなのさ」
ジョーはフッと笑い、
「なるほどな。けどな、俺がブランデンブルグと相討ちになるって事もあり得るんだぜ」
「そんな事はない。お前は必ず勝つ。いや勝たねばならんのだ。ブランデンプルグのために命を落とした多くの人々のためにもな」
ルイの言葉にジョーは苦笑いして工場を出た。
「一緒に行くのなら勝手にしてくれ。但し、生きて帰れねえ確率が高いぜ」
「わかっている」
ルイはジョーを追うようにして工場を出た。
「俺も行こう」
ムラト・タケルが続いた。
宇宙の暗闇に中に、浮かぶ巨大なブランデンブルグの大宮で、ブランデンブルグは復活の椅子のある薄暗い部屋に立っていた。
「我が手にこの椅子がある限り、例えジョー・ウルフがどれほど強大になろうと、全く関係ない」
ブランデンブルグはマントを脱ぎ捨てて椅子に座り、
「復活の椅子よ、その持てる力を全て私に与えよ。宇宙の支配者たるこの私に」
復活の椅子がボワーッと青白く輝いた。その遥か上方にクリスタルガラスの巨大な箱に入れられたカタリーナの姿があった。ブランデンブルグはチラッと上を見て、
「もうすぐカタリーナが目を覚ます。早く来い、ジョー・ウルフ」
と言った。
ジョー達が乗る戦艦は、大宮のすぐそばにジャンピングアウトした。
「これが最後だ。今度こそケリをつけてやる」
ジョーはスクリーンに映る大宮を睨み据えて呟いた。ルイは隣の席でジョーを横目で見ながら、
「そうだな」
ト応じた。
( ジョーの強さも計り知れない。しかし、ブランデンブルグには謎が残されている。あの若さだ。年齢と釣り合わないあの肉体は一体……)
「見てみろ、誘導光だ。ここから入れって指示してやがるぞ」
ムラト・タケルが言った。戦艦はゆっくりと誘導光の方へ向かい、ハッチの一つに辿り着くと、大宮の中に入って行った。
ブランデンブルグは伏せていた目をカッと見開き、
「遂に来たか、ジョー・ウルフ。ここまでの道のりは険しいぞ」
立ち上がった。そして、
「雑魚共では相手にはならんだろうが、奴の力を計っておくにはちょうど良かろう」
ブランデンブルグはニヤリとして言った。
3人は戦艦を降り、格納庫を歩いていた。
「上か?」
ルイが呟いた。ブワーンと音を立てて、無数の兵がムササビのようなマントを身に着け、銃や鉄の爪を持って舞い降りて来た。ジョーはそれを見上げて、
「下がっていろ。巻き込まれるぞ」
ストラッグルを構えた。次の瞬間、信じられないような太い光束が放たれ、兵達全てを吹き飛ばした。
「ブランデンブルグ、いくらこんな雑魚共をぶつけて来ても、時間稼ぎにもならねえぞ」
ジョーが叫んだ。するとブランデンブルグの声が、
「ジョー・ウルフ、笑わせるな。お前の力など、まだ私に遠く及ばぬ」
と答えた。
カタリーナはクリスタルガラスの箱の中で目を覚ました。
「はっ!」
彼女は下を見た。そこには青白い光に包まれて、復活の椅子に座るブランデンブルグの姿が見えた。
「何、あの椅子の輝きは?」
カタリーナが呟くと、ブランデンブルグが上を見て、
「気がついたか、カタリーナ。もうすぐジョー・ウルフがここに来るぞ」
「えっ?」
カタリーナは複雑な思いだった。
( ジョー、ダメ! 来たら殺されちゃうわ! )
ジョー達3人は通路を抜け、エレベーターの前に来ていた。
「このエレベーターで一気に奴の所に行けるはずだ」
ジョーは言い、ボタンを押した。エレベーターの扉が開き、3人は中に入った。エレベーターは猛烈な勢いで上へと動き出した。やがてエレベーターは宇宙空間に出た。周りは透明な樹脂で出来ており、再び内部へと差しかかった時である。宇宙服にブースターを背負った兵達が現れ、エレベーターを狙って来た。
「うっ?」
エレベーターは破損し始め、遂に空気が漏れ出した。もう一発光束が命中し、樹脂に大穴が開いて空気がゴーッと噴き出して行った。
「チッ!」
ジョーは素早く流動物弾を撃ち、空気の流出を止めた。エレベーターは大宮の中に戻った。
「小賢しいマネをしやがる」
ジョーは吐き捨てるように言った。
「やはり無駄であったか。実験段階だが仕方あるまい。バイツを出せ」
ブランデンブルグは通信機に言った。すると部下の声が、
「しかし、奴はまだ我々の命令も理解できない程度の知能しかありません。大丈夫でしょうか?」
「計算ずくの兵よりも、そういう不可解な行動をする奴の方が、ジョー・ウルフにぶつける面白味があるというもの。バイツを使え」
「ははっ!」
ブランデンブルグはニヤリとした。そして彼は再びカタリーナを見上げ、
「もうすぐ面白いショーを見せてやろう」
「……」
カタリーナは無言のままブランデンブルグを睨んだ。
ジョー達はエレベーターを降り、広く長く薄暗い廊下を歩いていた。周囲の壁は不気味な装飾で埋め尽くされており、妖気が漂っているかのようである。
「むっ?」
ジョーはピタリと足を止め、前を見据えた。ルイとムラト・タケルも立ち止まり、
「何か来るか?」
「ああ。それもとてつもない奴だな。天井も床も壁も、ミシミシ音を立ててやがるぜ」
ジョーはストラッグルに手をかけた。廊下遥か前方から、叫び声と地響きが次第にその強さを増しながら近づいて来た。そして遂にその主が薄明かりの中に姿を現した。ルイは思わず、
「化け物か?」
と呟いた。ブランデンブルグが「バイツ」と呼んだ生き物は、身長が3m程、体重は2tはあろうかという巨大なもので、口には牙が生え、目は血走り、耳は尖って髪はまるで針金のように硬く突き立っていた。バイツは右手に巨大な斧を持ち、左手には巨大な楯を持っていた。ジョーはフッと笑って、
「旧世紀の怪物ってとこか」
その時バイツが斧を振り上げ、いきなりジョーに襲いかかって来た。
「くっ!」
ジョーはそれを素早くかわし、ストラッグルを抜くとバイツの眉間を狙って撃った。しかしバイツは楯で素早く眉間をガードした。しかもその楯はストラッグルの光束を全て弾き飛ばしてしまった。
「何ィッ!?」
ジョーばかりでなく、ルイもムラト・タケルも驚愕した。
「まさか、あの楯は……」
ルイが言った。ジョーはストラッグルを構え直して、
「そのまさかだ。奴はストラッグルを造っている金属と同じ素材、合金αで造った楯を持っていやがるんだ」
「ぐおーっ!」
息つく暇もなく、次の一撃がジョーを襲った。ジョーはそれもかわし、バイツの右に移動してバイツの首筋を撃った。しかしバイツはまたそれを楯でガードし、光束を弾いてしまった。
「速い……」
ルイは呆然としていた。
( あの巨体のどこにあれほどの敏捷性があるのだ? )
「うがーっ!」
バイツは三たびジョーの方へ斧を振り上げた。その一瞬をついてジョーはバイツの懐に飛び込んだ。
「食らえっ!」
ジョーはストラッグルでバイツの左手首を撃った。
( 楯を持つ手をガードできるか? )
「何!?」
ジョーは二の句が継げなかった。バイツはまるで疾風のような速さでジョーから離れ、ストラッグルをかわしていたのだ。バイツは不気味に笑い、涎を垂らした。ジョーはニヤリとし、
「やるじゃねえか、化け物ヤロウ」
と言った。
カタリーナは空間に映し出された立体映像で、ジョーとバイツの戦いを見せられていた。
「ジョー……」
彼女は悲しそうに呟いた。
( 何て奴なの……。あの巨体で…… )
「バイツは私が造らせた人工のビリオンス・ヒューマンだ。ほぼ完璧なね」
ブランデンブルグはカタリーナを見ずに言った。カタリーナはキッとして、
「あんな奴、ジョーの敵じゃないわ!」
「そうかな? 奴は今までのどの敵よりも、バイツに苦戦しているように見えるがな」
「……」
カタリーナは反論できなかった。
( 確かにジョーは追いつめられている……)
「ぐわーっ!」
バイツの斧が壮絶な速さで動き始め、ジョーに襲いかかって来た。ジョーはそれを次々にかわしながら、後退した。
「くっ!」
遂にジョーの頬がスパッと斬り裂かれ、鮮血が辺りに飛び散った。バイツは返り血を浴びるとそれをペロリと嘗め、
「ギーッ!」
歓喜の雄叫びを上げた。ジョーはフッと笑って、
「さてと。そのくらい運動したら、少しは疲れたろう? 休んでろ。今度は俺の番だ」
バイツはジョーの言葉にキョトンとした。ルイはハッとして、
「まさか奴を倒す方法を……」
「考えついたらしいな」
ムラト・タケルが言った。