第72話 フレッド・ベルト逝く
戦艦の中に入った3人は殺気に気づいて立ち止まった。
「誰だ? 出て来やがれ」
ジョーが怒鳴った。すると5人の男がスッ、スッと見え隠れしながら3人に近づいて来た。
「我々はニュービリオンス・ヒューマン。貴様らなど敵ではない。1分で息の根を止めてやろう」
5人のうちの1人が言った。ジョーはそれを鼻で笑って、
「隠れん坊がお得意のようだな?」
「ほざけ!」
1人が銃をジョーに向けた。ジョーはまさしく目にも留まらぬ早業でストラッグルを撃ち、男の眉間を貫いた。
「うがっ!」
1人倒れた。他の4人はギクッとして立ち止まった。ジョーは寂しそうに笑い、
「てめえらも哀れだな。もっとまともな男が主人だったら、こんな人生にはならなかったろうにな」
瞬く間に4人を撃ち倒した。ルイとムラト・タケルが唖然としていると、
「そいつらを外に放り出してくれ。俺はエンジンを始動させに行く」
「わかった」
2人は呆然としたままで答えた。
フレッドはジリジリと壁際に追いつめられて行った。
「くっ……」
「もうそれ以上退がれないぜ、じいさん」
ブランデンブルグの部下が笑いながら言った。フレッドはチラッと足下を見た。
( マリーさんを逃がさないと……。あの女を死なせる訳にはいかん 。ジョー達に知らせるためにも! )
フレッドはサッと足下の小銃を拾い、部下の1人に向け、撃った。
「効かぬ!」
しかし光束は部下の手の平で消滅した。
「そ、そんな……」
フレッドは焦った。しかし時を止める事は出来ない。部下の1人の右拳がフレッドの腹に叩き込まれた。
「ぐはっ!」
フレッドは血を吐き、膝を折った。部下はニヤリとし、
「じいさん、そんな簡単にくたばってもらっちゃ困るな」
フレッドの髪を鷲掴みにして彼の上体を起こした。
「くっ……」
「へへへ、もう2、3発は生きててもらわないと、面白味ってもんがないぜ」
フレッドは霞む目を恐怖に震えるマリーに向けた。
「マリー……さん……。逃げろ……。早く……。ジョー達に……」
「で、でも……」
マリーは泣き出してしまった。フレッドはニッコリして、
「心配しなさんな。わしは大丈夫だ。早く! 外にエアバイクがあるっ!」
マリーはハッとして頷き、外へ走り出た。
「待て、このアマがァッ!」
別の部下がマリーを追った。マリーは工場の外にあったエアバイクに乗り、すぐさまスタートさせた。フレッドは、
「何とか逃げ延びてくれ、マリーさん」
「そいつは無理だ。奴の脚は並みの人間の3倍だ。エアバイク如き、たちどころに追いつく」
「……」
フレッドは悔しそうに部下の1人を見上げた。
ブランデンブルグは工場の地下にあるフレッドの研究室の扉をストラッグルで破壊し、中へ入った。
「さすがにガンスミスだな。研究室の扉も、中も、マイク・ストラッグルのものと大差がない」
ブランデンブルグはニヤリとして奥に進んだ。ブランデンブルグは部屋の最も奥にある机の上にある防弾服に近づいた。
「あった……。遂に手に入れたぞ、マイク・ストラッグル。貴様が造った宇宙最強の防弾服をな」
彼は防弾服の前に来た。そして手に取り、
「遂に、遂に、私は完全無欠の支配者となる」
彼は呟いた。
マリーはエアバイクを飛ばして宇宙港を目指していた。人っ子一人いないゴーストタウンを風が吹き抜けていた。バイクを駆るマリーの髪が激しく揺れていた。
「追いついたぞ」
その声にマリーは仰天した。エアバイクのすぐ後ろにブランデンブルグの部下が走って来ていた。
「そ、そんな……」
部下はバイクの前に立ち塞がった。マリーはギクッとしてバイクのハンドルを切り、部下をかわした。
「逃げられねえよ」
部下はさらにバイクを追いかけ、前に出て、ハンドルを掴んでバイクを止めてしまった。
「嫌ァッ!」
マリーは絶叫し、バイクから飛び降りて走り出した。
「だから、逃げても無駄だって言ってるだろ、ネエちゃん!」
マリーはすぐに追いつかれてしまった。彼女の頭の中を絶望感が占めて行く。
「その綺麗な顔が歪んで醜くなるまでぶちのめして、それからゆっくり止めを刺してやるよ」
彼は不気味な笑みを浮かべ、スーッと右手を振り上げた。マリーの顔から血の気が引いて行く。右手がブーンと音を立てて振り下ろされた。
「何?」
しかしマリーの顔にその右手は当たらなかった。手首から先が、吹き飛ばされていたのである。
「ぐわーっ!」
部下はなくなった右手を見て叫び、のたうち回った。マリーが振り返ると、そこにはルイがストラッグルを構えて立っていた。
「ルイ様!」
「何とか間に合ったな」
ルイはストラッグルを下げて言い、マリーに近づいた。部下は苦悶の表情でルイを睨み、
「ルイ・ド・ジャーマン! ぶち殺してやるゥッ!」
ルイに向かって走り出した。ルイはマリーを見たままで、
「まだ動けるつもりか? 右脚がなくなっているぞ」
「えっ?」
部下は踏み出したつもりの右脚が膝から下を失っているのに気づいた。血がダラダラと流れていた。
「い、いつの間に……」
「手首を失って動転している間にだ。そして次は胴がずれ始めたぞ」
「ギャーッ!」
部下は身体を半分にされ、倒れ、絶命した。マリーはしっかりとルイに抱きつき、
「ルイ様!」
「ブランデンブルグは?」
「まだ工場に……。フレッドさんが……」
「ジョーとムラト・タケルが一足先に工場に向かった。今度こそ決着がつくはずだ」
ルイは前方を見据えた。
「ぐはっ!」
フレッドは血を吐いて壁からずり落ちた。部下のもう1人が、ズシン、ズシンとフレッドに近づき、
「そろそろ止めを刺して楽にしてやるよ」
「うっ……」
フレッドは虚ろな目を部下に向けた。その時、
「待て。お前の相手は俺がする」
声がした。部下のもう1人はギラッと目を光らせて、工場の入口に目を向けた。そこにはムラト・タケルが立っていた。部下のもう1人はせせら笑って、
「貴様如きがこの俺とやり合おうというのか? 笑わせるな」
ムラト・タケルは素早くストラッグルを抜き、部下の右腕を肩から吹き飛ばした。
「ウギャッ!」
部下は仰天と痛みの入り交じった複雑な表情をしてムラト・タケルを睨んだ。ムラト・タケルは、
「俺を甘く見るなよ、雑魚ヤロウ。その気になれば、髪の毛だけ燃やす事も出来るんだぞ」
「グーッ!」
部下は右肩からドクドクと血を流しながらムラト・タケルを見て、
「俺はニュービリオンス・ヒューマン……。この程度で死ぬかよ」
フレッドから離れてムラト・タケルに突進した。
「死ねっ!」
部下は勢いをつけて飛び、頭からムラト・タケルに突っ込んで来た。
「何のつもりだ?」
ムラト・タケルのストラッグルが部下の頭を貫いた。返り血がムラト・タケルに飛び散った。部下の死体はドサッと床に落ち、血の海を作った。
「うっ!」
ムラト・タケルに飛び散った血が、ジーッと音を立てて彼の服や肌を焼いた。
「くそっ!」
ムラト・タケルは素早く工場の隅の洗面台に走り、水で顔を洗った。
「何だったんだ、あの血は?」
そしてムラト・タケルはグッタリしているフレッドに近づいた。フレッドは虫の息だった。
「しっかりしろ」
「あ……。ジョーは?」
「そこまで来ている。俺の方が一足早かったのだが……」
ムラト・タケルは言いかけ、ハッとして奥を見た。光と共に何かが近づいて来る。ムラト・タケルは目を細めて、
「何だ……?」
光はやがて人の形になり、ブランデンブルグになった。ムラト・タケルはギョッとした。
「ブ、ブランデンブルグ……」
「雑魚が一匹か。ジョー・ウルフはどうした?」
ブランデンブルグはまるで自分が神であるかのような目つきで尋ねた。
「いるぜ、ここに」
ジョーの声がし、壁をストラッグルの光束がぶち抜いてブランデンブルグに向かった。
「フッ」
ブランデンブルグは全く慌てずに光束をねじ曲げてしまった。光束は天井を貫いて消滅した。崩れた壁の向こうからジョーが凄まじいパワーを漲らせて現れた。ブランデンブルグはバッとマントを翻して防弾服を見せ、
「遅かったぞ、ジョー・ウルフ。私はすでに完全無欠。貴様など相手にならぬ」
「それはどうかな?」
「何?」
ブランデンブルグの右の頬がスパッと斬り裂かれ、血が噴き出した。ブランデンブルグは右手で血を拭い、
「何と……」
ジョーはニヤリとして、
「俺のストラッグルは普通の光束を放っている訳じゃねえぜ」
「く……」
ブランデンブルグは苦虫を噛み潰したような顔をした。ジョーはブランデンブルグに近づき、
「てめえは俺を怒らせ過ぎた。てめえの存在は、この三次元宇宙に残さねえ。跡形もなく消し飛ばしてやるぜ」
と言った。ブランデンブルグはそれでも余裕の笑みを浮かべ、
「面白い。この私を消し飛ばすと言うのか? やってみるがいい!」
と叫んだ。すると突然ブランデンブルグの身体が輝き出し、彼の足下の床が溶け始めた。ジョーはハッとした。
「この私を本気にさせたいらしいな。良かろう。貴様は私の最高の力で葬り去ってやる。但し、カタリーナ・パンサーの前でな」
「何!?」
ブランデンブルグは疾風のような速さで工場から駆け去った。ジョーはすぐさま外へ出た。
「大宮で待っているぞ、ジョー・ウルフ」
とブランデンブルグの声がどこからともなく聞こえた。ジョーはムラト・タケルに目をやった。ムラト・タケルは無言のまま首を横に振った。
「フレッド……」
ジョーはフレッドに駆け寄った。彼はすでに息絶えていた。ジョーの身体から怒りのパワーが噴き出した。
「ブランデンブルグめっ!」
ジョーはブランデンブルグとの最終戦を決意していた。