第71話 策略の迷宮
ブランデンブルグはスッと前に進み出て、
「さてと。どうやって殺してもらいたい? 八つ裂きか? 焼却か? 四散か?」
ジョーはフッと笑って、
「笑わせるな。てめえこそ、死に方を選べ。せめて好きな死に方で消し飛ばしてやる」
と応じた。2人のパワーが激しく火花を散らし、部屋には形容し難い緊迫感が漂っていた。
「ジョー……」
カタリーナがうわ言を言った。ジョーはルイ達を見て、
「カタリーナを連れ出してくれ。俺はこのヤロウを叩き潰す」
「わかった」
ルイはサッとカタリーナを抱え上げ、通路へ出た。ムラト・タケルはブランデンブルグを見据えたまま通路へ出た。
「良い事を一つ教えてやろう。カタリーナはすでに我が妃となり、我が帝国の真の支配者たる皇太子を宿しているのだ」
ブランデンブルグは勝ち誇った顔で言い放った。その途端、ジョーのパワーが爆発的に増大した。
「貴様……。どういう事だ?」
ブランデンブルグは怪訝そうな顔で言った。ジョーのパワーで近くの壁が変形した。ルイとムラト・タケルは仰天していた。
「凄い……。しかし、カタリーナ・パンサーがブランデンブルグの子を?」
ルイはカタリーナの顔を見た。カタリーナは相変わらず眠ったままだった。ジョーは怒りの炎が噴き出しそうな眼でブランデンブルグを睨み、
「その言葉で俺を動揺させたつもりか? てめえだけは絶対に許さねえ!」
と怒鳴った。ブランデンブルグはニヤリとして、
「私を倒せる人間はこの宇宙に1人もいない」
「俺がその1人になってやる!」
ジョーはストラッグルを構え、ブランデンブルグに向けた。
フレッドとマリーは工場の地下室に身を潜めていた。フレッドがコーヒーをカップに注ぎながら、
「3人が出かけて、24時間程経ったが、今頃どうしているかな?」
「私……」
マリーの心配そうな顔を見て、フレッドはニッコリし、
「大丈夫だよ、マリーさん。ジョーとルイが力を合わせれば、この宇宙に並ぶ者などいない。大丈夫さ」
「いえ、違うんです。ブランデンブルグの嘲笑が聞こえるような……。あの男がまともな戦い方をするかどうか……」
「はっ!」
フレッドはその言葉にギクッとした。
( 確かにこの人の言う通りだ。奴が真正面からジョー達を相手にするとは限らんぞ……)
「撃ってみろ、ジョー・ウルフ。この私をストラッグル如きで倒せるものならな」
ブランデンブルグはスッと胸に右手を当てて言った。ジョーは眼をギラつかせて、
「消え失せろ、ブランデンブルグ!」
とストラッグルを撃った。ブランデンブルグは右手を前に突き出し、ストラッグルの光束を受け止めた。ところが光束はより強大になり、ブランデンブルグの身体をズズーッと押し下げ、壁に激突させた。
「ぐはっ!」
ブランデンブルグは思わず右手を押さえた。ジョーは一歩踏み出し、
「まだ消えてねえのか? もう一発見舞ってやるぜ」
「くっ……」
ブランデンブルグの額に汗が流れた。ルイがそれに気づき、
「むっ?」
不信の目を向けた。
( いくらジョーが強大になっているとは言え、ブランデンブルグがこの程度でやられるはずがない。あの冷や汗は一体どういう事だ? )
「止めだ、ブランデンブルグ!」
ジョーのストラッグルが再び吠え、ブランデンブルグに命中した。ブランデンブルグは白く輝いた。
「うわーっ!」
ブランデンブルグは両膝を着き、這いつくばった。軍服が燃え尽き、ブランデンブルグも、
「ぎゃあああっ!」
凄まじい断末魔と共に燃え、遂に消滅した。
「やったか?」
ムラト・タケルが叫んだ。するとルイが、
「呆気なさ過ぎる」
「あんたもそう思うか?」
ジョーはストラッグルをホルスターに戻してルイを見た。ルイは頷いて、
「ああ。あの男がこんな簡単に死ぬ訳がない。こいつはブランデンブルグではないぞ」
「しかし偽者でもねえ」
ムラト・タケルはすっかり驚いて、
「ま、まさか……?」
「影武者。多分クローンだな」
ルイが答えた。ジョーはルイからカタリーナを受け、通路に出た。
「て事は、カタリーナも本物じゃねえか」
「気づくのが遅かったね、ジョー!」
カタリーナがギラッと目を見開いて叫んだ。カタリーナの両手の爪が伸び、ジョーの右腕に食い込んだ。
「この爪の毒は大マゼラン雲特有の毒。銀河系には解毒薬は存在しない。お前も終わりだ、ジョー・ウルフ」
「終わりはてめえの方だよ、偽者」
ジョーは偽者を放り出した。偽者はサッと着地し、身構えた。ジョーは右腕をさすって、
「俺の身体はビリオンス・ヒューマン能力ばかりでなく、帝国での訓練によっても、様々な抵抗力を身に着けている。この程度の毒じゃ、全く効かねえよ」
「何ィッ!?」
カタリーナの偽者の身体がピクンと痙攣した。彼女は真っ青になり、
「ま、まさか……」
「お返ししたぜ、毒を。何秒で終わりかな?」
「ぐは、ぐは、ぐはーっ!」
偽者の顔が弾け、下から別の顔が現れた。それはカタリーナとは似ても似つかない兇悪な顔だった。ジョーはサッと女に近づき、
「だが俺は女は殺さねえ主義でな」
小瓶を差し出した。女は悶絶しながらジョーを見上げた。ジョーはニヤリとして、
「お前にお返ししたのは俺が持っていた毒さ。これが解毒薬だ。飲めば症状は治まる」
小瓶を女の前に置いた。
「さてと。本物のブランデンブルグを探すか」
ジョーは通路を歩き始めた。ルイとムラト・タケルが後を追った。
「いつ気づいた?」
ルイが尋ねた。ジョーは前を向いたままで、
「ブランデンブルグを見た時さ。奴がそんな単純な策を仕掛けて来るとは思えなかったんでね。それよりも、カタリーナが本物かどうかは一目でわかる」
「なるほど。お前もカタリーナをよく観察しているという事か」
ルイがフッと笑った。ジョーはフンと鼻を鳴らして、
「バカな事を言ってるんじゃねえよ」
と応じた。
ブランデンブルグは通路を歩きながら、側近からの報告を受けていた。
「いくら私のコピーに過ぎないとは言え、奴にああも簡単に消されてしまうとは情けない事だ。奴には今会うわけにはいかんな」
「はっ。何としても食い止めます」
「食い止めるだけでは足りぬ。消せ。少なくとも、ルイと残りの雑魚はな」
「ははっ!」
「それにもう一つ、ブランデンブルグが本体ではない事に気づいていながら何故?」
ルイがそう尋ねると、ジョーは、
「奴が本体じゃなくても、言葉は奴自身のものだ。カタリーナがすでにそんな目に遭わされているとは思いたくねえが、奴の考えている事があの言葉通りだという事は確かだ」
ムラト・タケルが、
「しかし、何故奴はクローンなどを使ったのだ? 力を計るつもりだったのか?」
「はっ!」
ジョーはムラト・タケルの言葉で電気に弾かれたように身を強ばらせた。
「しまった! 奴の狙いは俺達じゃない!」
「何だって!?」
ルイとムラト・タケルは異口同音に叫んだ。ジョーは来た道を駆け戻った。2人がそれを追いかけた。
「愚か者が。私の考えを見抜く頃には、何もかも手遅れとなっている」
ブランデンブルグは自分の専用艇で2人の部下と共に大宮を出ていた。
「マイク・ストラッグルの造った防弾服、今度こそ手に入れ、真に宇宙最強の男となってやろう」
ブランデンブルグは不敵に笑った。
「陛下、ラルミーク星系に入ります」
部下が伝えた。ブランデンブルグはニヤリとして、
「いよいよだ。私の戴冠式だ」
ジョーは戦艦のある格納庫に戻った。
「マイクの防弾服を盗られたら、本当に奴は宇宙最強の男になってしまう」
ジョーは呟き、戦艦の中へと走った。ルイとムラト・タケルも乗り込んだ。
「そして恐らく奴は……」
ルイはそう言いかけて口を噤んだ。
( いや、言うまい。フレッドとマリーの命は何としても助けなければ……)
フレッドは地下室から出て工場の外にいた。彼はボンヤリと空を見上げていた。
「バルよォ、何で死んじまったんだ……。儂ゃ……」
そのフレッドの思いを破るかのように、いきなりブランデンブルグの部下が現れた。
「うはっ!」
フレッドは2人に気づき、腰を抜かしそうになった。フレッドを探して中から出て来たマリーが、
「キャーッ!」
その2人の後ろから、スッとブランデンブルグが現れた。彼の身体は黒いマントで覆われていた。
「お、お前は?」
フレッドはブランデンブルグを知らなかったが、その威圧感から彼だと悟っていた。ブランデンブルグはニヤリとして、
「フレッド・ベルトだな? 我が最大の敵であるマイク・ストラッグルの遺した防弾服はどこにある?」
フレッドの額を汗が伝わった。ブランデンブルグは工場の中に入り、
「貴様が喋らなくてもわかる。こっちだな」
マリーの横を通り、工場の奥へと進んだ。フレッドはようやく我に返って工場に飛び込み、そばにあった自家製のストラッグルでブランデンブルグを撃った。しかし光束はブランデンブルグの直前でねじ曲がって消滅した。
「ま、まさか!?」
呆気に取られるフレッドを尻目に、ブランデンブルグはゆっくりと奥へと歩いて行った。マリーは恐怖のあまりその場に座り込んでしまった。フレッドがブランデンブルグを追おうとすると、2人の部下が立ち塞がり、
「待ちな、じいさん。てめえの相手は俺達がするぜ」
フレッドは2人を見上げて歯ぎしりをした。
( く、くそう…… )