第70話 激戦! ブランデンブルグ帝国
フレッドの別の艦の格納庫に収容されたジョーとルイは、フレッドとマリーとムラト・タケルに出迎えられた。
「バ、バルは……?」
フレッドが怖々と尋ねた。ジョーは無言のまま首を横に振った。
「まさか……」
フレッドは仰天した。マリーは泣き出した。ムラト・タケルは冷静に、
「それで、奴は?」
「逃げやがった。俺達のいるブロックを切り離してな」
ジョーは吐き捨てるように言った。その語気にはこの上ない苛立ちと怒りがこもっていた。フレッドはすっかり意気消沈し、
「バルが死んだのか……。何て事だ……」
「フレッド、ありったけの武器弾薬を揃えてくれ。今度はあの化け物屋敷ごとブランデンブルグを消し飛ばす」
ジョーが言った。するとルイが、
「待て、ジョー。カタリーナはどうするのだ? 彼女を助けぬうちにそんな事は出来ないぞ」
「もちろん彼女は助け出す。バルのためにもな」
「……」
ジョーはスッとフレッドの横をすり抜け、操縦室へと向かった。
一方カタリーナはその日出された食事を食べ、脱ぎ捨てたドレスの代わりに軍服を着込むと、部屋から飛び出した。
「ジョーが来ているのなら、私もここを出ないと……」
彼女は廊下を走った。
( 私だって軍にいた身。1週間や2週間食べなくても大丈夫 )
彼女は廊下の角に来た。そっと顔を覗かせると、兵が2人、こちらに歩いて来るのが見えた。
( ピティレスは取り上げられたけど、素手で何とか……)
「はっ!」
2人の兵はカタリーナに気づいた。カタリーナは2人に素早く駆け寄ると、鳩尾に突きを入れた。
「ぐふっ!」
2人は目を見開き、口をカッと開けたまま前に崩れるように倒れた。カタリーナは2人からベルトと銃を取り、自分の腰に着けた。
「この城を脱出しないと。ジョー達はまだいるのかしら? それにバルは……」
カタリーナの顔が曇った。
ブランデンブルグは薄暗い部屋の中央に据えられた巨大な石製の椅子に座っていた。その椅子は微かにだが青い光を放っており、ブランデンブルグの顔を青白く照らしていた。
「2人同時では私の命が危ない。復活の椅子よ、私に今以上の力を与えよ」
彼はそう呟き、目をゆっくりと閉じた。すると椅子の輝きが増した。ブランデンブルグは目を開いて、
「これで私はまた強くなった。2人同時でも戦える。倒せる」
ブランデンブルグは不気味に笑った。その時彼はカタリーナのイメージを感じた。
「むっ? カタリーナが動き出しおったな」
彼はフワッと立ち上がると、その部屋を出て行った。
ジョー達はフレッドの工場の前に来ていた。フレッドは気落ちした様子で、
「カタリーナさん、どうしているかな?」
「カタリーナは生きている。いや、生きていなかったら俺には……」
ジョーは言いかけ、口を噤んだ。
( 俺には何も残らねえ。あと望むのは、あのヤロウの命だけだ )
ジョーは怒りの炎を心の内に燃えたぎらせていた。ルイが、
「とにかく奴のいる部屋の周りは仕掛けだらけのようだからな。近づく事すら容易ではないぞ」
「今度は俺も行こう」
ムラト・タケルが口を挟んだ。ジョーは彼を見て、
「行くのは勝手だが、死んでも骨は拾ってやれねえぞ」
「構わん。この身は一度お前に消し飛ばされていたかも知れないのだ。今更惜しむ事はない」
「……」
ジョーはフッと笑った。ムラト・タケルもフッと笑った。
カタリーナは遂にエレベーターを見つけた。
( これに乗って行けば、どこかの格納庫に出られるはずだわ )
彼女は開閉ボタンを押して中に乗り込んだ。
「下へ」
エレベーターは落下するような速度で動き出した。
( ジョー…… )
彼女は思わず目を伏せた。やがてエレベーターは停止し、扉が開いた。カタリーナはハッとして顔を上げた。扉の向こうにはジョー達が乗って来たフレッドの艦が残されていた。
「あれは……」
カタリーナは駆け出し、フレッドの艦のハッチに近づいた。
「待て」
カタリーナはその聞き覚えのある声にビクンとした。彼女はゆっくりと振り向いた。そこにはいつの間にかブランデンブルグが立っていた。カタリーナは身構えて、
「いつの間に……?」
「お前より早くここに来ていた。お前がここに来るように仕向けてな」
「えっ?」
「まだお前がジョー・ウルフの所に戻るのは早い。眠っていろ」
ブランデンブルグの目がギラッと光った。その途端カタリーナはピクンとし、その場に崩れるように倒れてしまった。
「お前は我が子を生むのだ、カタリーナ・パンサー。真の支配者となるべき子をな」
ブランデンブルグは不敵に笑った。
一方ジョーとルイとムラト・タケルが乗ったフレッドの別の艦( 戦艦 )は、ラルミーク星系を離れてブランデンブルグの大宮を目指していた。
「ブランデンブルグはマイクを恐れていた。だから奴はマイクを殺した。今はマイクが全てのキーポイントだが、その謎を解いている暇はねえ」
ジョーが操縦桿を捜査しながら言うと、隣に座っているルイが、
「マイク・ストラッグルは他に何かブランデンブルグについて知っていたという事か?」
「恐らくな」
ジョーは答えた。
ブランデンブルグは司令室に1人で戻り、椅子に座った。
「ジョー・ウルフが再び大宮に接近中との事です」
部下報告した。ブランデンブルグはニヤリとして、
「愚か者が。何度来ても勝敗は見えている。2人まとめて叩き潰してやる」
と呟き、背もたれに寄りかかると、
「今回は容赦しないぞ、ジョー・ウルフ。もはやカタリーナは我が妃。そして我が子を生むのだ!」
と言い放った。
カタリーナは再びもとの部屋に戻されていた。今度は完全にドアはロックされていた。彼女は白い薄布で作られた服を着せられていた。それは肌も露で、彼女の美しい腕と脚が剥き出しになっていた。しかしカタリーナは眠ったままだった。
「ジョー……」
彼女はうわ言を言った。眼に涙が浮かんでいた。
「早く助けに来て……」
涙はやがて溢れ出し、頬を伝わった。
ジョー達の乗った戦艦は大宮のすぐそばにジャンピングアウトした。しかし大宮は静まり返ったままで、攻撃を仕掛けて来る様子はなかった。
「どうやら奴は、俺達を自分の手で殺したいらしいな」
ジョーが言った。ルイが頷いて、
「らしいな。我々も同様だ。奴はこの手で……」
戦艦は次第に大宮に近づいて行った。
「今度こそケリを着けてやるぞ、ブランデンブルグ」
ジョーは大宮を睨んで呟いた。
やがてジョー達の戦艦は大きく開かれたハッチの一つから大宮の大格納庫に入り、着地した。
「さてと」
ジョーはフレッドから譲り受けたライフルやバズーカを全て持ち出し、肩にかけたり背負ったりして戦艦の外に出た。ルイとムラト・タケルも、ライフルを持って外に出た。
「ジョー・ウルフ、今度はこの前程甘くはないぞ」
どこからか声が聞こえた。ジョーはその声を無視して、通路の入口へと走った。すると格納庫の上方から、1人の男が飛び降りて来た。男は両手にサブマシンガンを構えていた。
「俺は新人類の1人、ガモン! 死ねェッ、ジョー・ウルフ!」
男はそう叫びながらサブマシンガンをジョー達に向けた。ジョーはガモンを見もしなかった。しかし次の瞬間、ガモンはジョーの放ったバズーカで吹き飛ばされていた。ルイとムラト・タケルは思わず顔を見合わせた。
「す、凄まじい……。ジョーの腕の動きが見えなかった……」
ルイが言った。するとムラト・タケルも頷いて、
「俺も同じだ……」
ジョーは無言のまま通路に向かい、先へと進んだ。すると通路の上、左右、下から、何十人という数の兵が飛び出して来た。ジョーはそれでも表情を変えなかった。
「うおおおっ!」
兵達は一斉に銃をジョーに向けた。ジョーはギラッと兵達を睨み、
「邪魔だ、どけ」
「何ィッ!?」
兵達は自分達がすでにジョーのストラッグルで消し飛ばされかけている事に気づかないまま死んで行った。
( あれほどの数の兵が、一瞬にして燃え尽きたのか……? 何というパワーだ…… )
ルイは唖然としてしまった。
ブランデンブルグはジョーの強大な力を感じ、ハッとして立ち上がった。
「まさか……。奴はこの前より数倍も強くなっている。一体どういう事だ?」
「陛下!」
側近がブランデンブルグを見上げた。ブランデンブルグはスッと椅子を離れ、
「作戦を変更するぞ。カタリーナを使う」
「はっ!」
側近は深々と頭を下げた。ブランデンブルグは司令室の扉に近づきながら、
「奴らに気取られぬように行動しろ」
と命じ、司令室を出て行った。
ジョー達は遂にカタリーナが監禁されている部屋の扉の前に来ていた。ジョーは扉を見て、
「カタリーナがこの向こうにいる。扉をぶち抜く。下がっていろ」
ストラッグルを構えて撃った。扉は巨大な孔を開けられて、部屋の中へと倒れた。その向こうに、肌も露な服を着せられたカタリーナがベッドの上で眠っていた。ジョーは扉を飛び越え、カタリーナに近づいた。
「むっ?」
彼は影が動くのを感じた。その影の正体はブランデンブルグだった。彼は狡猾な笑みを浮かべ、ジョーを見ていた。
「よく来た、ジョー・ウルフ。せめて貴様の好きな女の前で殺してやろう」
ブランデンブルグがニヤリとして言った。ジョーは眼をギラッと光らせて、
「バルの仇、討たせてもらうぜ」
と言い返した。