第68話 トータルビリオンス・ヒューマン
「陛下、ロムルスが……」
側近が跪いて言うと、ブランデンブルグは椅子の肘掛けに頬杖を着いて、
「わかっている。次を出せ。ゲームはこれからだ」
そして立ち上がり、
「3人を別々のルートでここへ向かわせるのだ。例の三つ子を出せ」
「はっ? 彼奴らをですか? 大丈夫ですか? 3人共殺されてしまっては、ゲームは終わってしまいますが?」
側近が顔を上げて尋ねた。ブランデンブルグはフッと笑い、
「その程度で死ぬ奴など、このゲームに参加する資格はない。1人くらいは残るはずだ」
と言い添えた。
3人は広々とした通路を進んでいたが、L字に曲がった角の先で、揺れ動く3つの影が見えた。
「何かいるぜ」
バルトロメーウスが言うと、ジョーが、
「手品の次は隠れん坊か? そんなところに隠れていねえで、さっさと出て来い」
すると揺れ動いていた影の本体が角から姿を現した。それは何もかもそっくりな三つ子だった。
「気味が悪いほど似ているな。何だ、あいつらは?」
バルトロメーウスが呟いた。ルイが、
「クローンか?」
「違うぞ」
三つ子の1人が答えた。ジョーは一歩前に出て、
「完全な遺伝子操作で生み出された、全く関係ない人間だ。見た目はそっくりだが、中身は違う」
「さすがジョー・ウルフだ。遺伝子工学にも詳しいらしいな」
別の1人が言った。バルトロメーウスは指をボキボキ鳴らして、
「こんな連中、俺1人で十分だ」
「そうかな?」
三つ子はフッと姿を消した。バルトロメーウスはハッとして、
「何ィッ!?」
次の瞬間、バルトロメーウスは両肩と両脇腹を斬られていた。
「ぐうっ!」
血が吹き上がり、バルトロメーウスは左膝を着いた。三つ子はまたスッと現れ、
「どうだ? お前1人では何も出来んぞ」
「下がっていろ、バルトロメーウス。こういう連中は、私の相手だ」
ルイが進み出た。バルトロメーウスは不服そうに彼を見たが、どうする事も出来ない。ルイはストラッグルを抜きもせず、
「素手で十分だ。かかって来い」
指をクイッと動かした。三つ子の1人がフッと笑い、
「ルイ・ド・ジャーマン、自分の力を過信するとどうなるか、教えてやる」
再び三つ子はフッと消えた。ルイは目を伏せ、
「軽業師のタネはすでに割れている。貴様らが私に爪を立てた時、貴様らの頭は砕け散る」
「ほざけっ!」
1人目がルイの足下に現れ、鉄の爪をルイの足首目がけて振るった。しかしルイの足はそこにはなく、鉄の爪は虚しく宙を切った。次の瞬間、ルイの警告通り、その三つ子の1人はルイの軍靴で蹴られ、壁に激突してベシャッと潰れた。
「くっ!」
他の2人はそれを見てルイへの攻撃を止めた。ルイは2人を見て、
「愚か者のやり方だ。貴様らは今まで同じフォーメーションで全ての敵を悉く倒して来た。しかし同じものをもう一度仕掛けても通用しない人間もいる。私がそうだ。そしてジョー・ウルフもな」
「見えていたと言うのか、我々の動きが?」
「ストラッグルの光束に比べれば、貴様らの動きなど止まって見える」
ルイのきっぱりとした言い方に2人はムッとした。そのうちの1人がズイッと前に出て、
「大口を叩きおって! 光束が見えるだと? ならば我ら2人の動きを見切ってみよ!」
2人は再び姿を消した。ルイの目が細くなった。
( 動きを変えたか? しかし…… )
「むっ?」
ジョーは2人の動きに不自然さを感じた。
( 妙だ。2人のはずが、3人に見える )
「そこか!」
ルイは左から現れた1人に左の水平打ちを食らわせ、次に右下から飛び上がって来たもう1人を右ストレートで吹っ飛ばした。ところが何故か3人目が上方から現れ、ルイの前髪と額を斬り裂いた。
「くっ!」
額から流れる血を拭い、ルイは一歩二歩と後退した。敵は動きを止めた。2人だった。ルイは目を見開き、
「これは一体……」
「わかるまい。お前ら如きの戦闘能力では、何故我ら2人が3人になるのかわかるはずがない」
1人が言い放った。ルイが出ようとすると、ジョーが、
「今度は俺が相手をする。3人が4人に増えてもどうって事ないぜ」
「ジョー・ウルフ、貴様も同じ事だ。何も出来ぬ!」
2人は姿をくらまし、ジョーに迫った。ジョーは目を閉じた。ルイは辺りを見回し、
「3人目の男がどこかから現れたのか?」
バルトロメーウスはすっかり驚いて、何も言えずに座り込んでいた。ジョーは耳をすませた。
「足音は2人。2人は3人にはならねえ。ましてや4人にもな」
「愚か者め! 足音も立てずに人に近づく事など容易だ!」
声がした。ジョーはパッと目を開き、
「ゲームオーバーだ!」
右手を突き出して何かをグイッと掴んだ。
「うぎゃっ!」
それは三つ子の1人の髪の毛だった。もう1人もそれにギョッとして立ち止まった。
「ま、まさか……。我らの動きを見切るどころか、捕えるとは……」
「人間の目って奴は、鍛えようによっちゃストラッグルの光束もその弾道まではっきり見えるようになるものなのさ。てめえらのような連中の動きは、戦場を飛び交う弾丸や光束に比べれば、蝶々みたいなもんだ」
ジョーはそう言うと捕えた三つ子の顔面に左フックを見舞った。
「ぶはっ!」
その三つ子は血を吐きながら倒れた。もう1人は呆然としてジョーを見ていたが、やがて、
「まさか本気で戦う事になるとは思わなかったぞ。しかも我ら秘伝のこの銃を使う事になろうとはな」
不可思議な形の銃を取り出した。その銃にはブランデンブルグの紋章が入っていた。
「これはストラッグルの遥か上を行く銃。スブリームと呼ばれている。すなわち、最高の銃なのだ。そしてスプリームの存在は誰にも語れぬ」
「ほォ。何でだよ?」
ジョーがとぼけて尋ねた。すると三つ子の生き残りは、
「見た者は全員死ぬからだ!」
ジョーはせせら笑って、
「やってみろ。俺を殺せるならな」
三つ子の生き残りはバッとスプリームを構え、
「スプリームの光球から逃れた者は1人もいない!」
光球が銃口から飛び出し、ジョーに向かった。ジョーは容易くそれをかわした。しかし光球はジョーの後方でUターンし、再びジョーに向かって来た。バルトロメーウスが大声で、
「ジョー、危ない!」
ルイも息を呑んだ。
( 光球が反転した? )
しかしジョーはサッと光球をかわし、ついでストラッグルで三つ子生き残りを撃った。生き残りはストラッグルの光束をかわし、再びスプリームを撃った。一撃目の光球は床に当たって穴をあけた。ジョーは素早く光球をかわし、生き残りに接近した。二撃目の光球がUターンし、ジョーに向かった。生き残りはジョーの考えを読んだつもりで、
「愚かな!」
しかしジョーは、ブランドールJr.がブランデンブルグに対して採った捨て身の攻撃とは違った方法を選んだ。
「何!?」
ジョーの右ストレートが生き残りの顔面に炸裂し、生き残りは後ろに吹っ飛んだ。光球は途端におかしな動きを始め、通路の壁に当たって穴を開けた。ジョーは生き残りのそばに立ち、
「思った通りだ。あれは光球じゃねえ。実に精巧に造られた光る超小型ミサイルだ。そしてそのスプリームとかいう銃の銃口の上に誘導光の出る小さな孔がある。それが俺に向けられていたのさ。そしてミサイルを誘導していた。だからてめえが2発目を撃つと1発目は誘導されなくなって床にぶつかった。2発目はてめえがぶっ倒れたせいで壁に向かった。タネは割れた。ショーは終わりだ」
「くっ……」
図星を突かれた三つ子の生き残りは、口から流れ出る血を拭ってジョーを見上げた。ジョーはストラッグルを向けて、
「今まで弄んで殺した連中が向こうで待ってるぜ」
その時、三つ子の生き残りの身体中の血管が浮き上がった。
「むっ?」
ジョーはその異変に気づき、前を見た。その途端、三つ子の生き残りの身体はプーッと風船のように膨らんで爆発した。ジョーはそれよりも早く先に進んでいたので、返り血は浴びなかった。ジョーは天井を見上げて、
「ブランデンブルグ、てめえ、精神波も身につけたのか!?」
ルイとバルトロメーウスも辺りを見回した。するとブランデンブルグの声が、
「そのとおりだ、ジョー・ウルフ。私は、ストラード・マウエルでさえ到達出来なかった、絶対的変異人間になったのだ。もはや貴様がマイク・ストラッグルの遺品からどんなヒントを得ようと、私を倒す事は出来ぬ」
ジョーはその声に眼をギラつかせた。ブランデンブルグはさらに、
「早く来い、ジョー・ウルフ。カタリーナ・パンサーの命、風前の灯火だぞ」
ジョーは一瞬ハッとした。カタリーナの弱々しい声が聞こえたのだ。
「ジョー……。早く来て……」
確かにカタリーナは衰弱しており、その身体はジョーに対する思いのみで支えられていた。
「くっ……」
ジョーが拳を握りしめた時、バルトロメーウス、ルイ、ジョーの3人の間に巨大な鋼鉄の壁が降りた。
「はっ!」
3人はそれぞれ別々にされてしまった。
「私は3人一度に相手をしても構わぬが、それでは面白くない。一人一人招待して、一人一人地獄に送ってやる」
とブランデンブルグの声がすると、3人の周りの壁の一面がそれぞれ開き、3人は違う方向へと行く事になってしまった。
「早い順に勝負か」
ジョーはそう呟き、走り出した。
( バルやルイを死なせる訳にはいかねえ。ブランデンブルグは俺が殺る! )
しかし運命は皮肉であった。ブランデンブルグの待つ部屋への最短距離を走っているのは、バルトロメーウスであった。
「むっ?」
バルトロメーウスは突き当たりにエレベーターがあるのに気づいた。
( これに乗って行くのか? )
彼がエレベーターの開閉ボタンに手を触れた時、扉がガッと開き、中から光束の雨が降って湧いた。
「うわっ!」
バルトロメーウスはかろうじてそれをかわし、中から出て来た戦闘要員達5人を殴り倒した。
「道は遠いようだな」
バルトロメーウスはエレベーターに乗り込んだ。
一方ルイは、螺旋階段に行き当たっていた。それは遥か上方まで続いており、果ては確認できなかった。
「山のように高い所だな。しかしこの先に奴がいるのは間違いない」
ルイは螺旋階段を登り始めた。突然階段の脇から兵が現れ、ルイに銃を向けた。しかしルイのストラッグルがそれより早く兵の眉間を撃ち抜いていた。
ジョーは長く続く迷路のような廊下を走り続けていた。
( カタリーナ……。何故あんなに衰弱しているんだ? )
彼はカタリーナの呼びかけが聞こえなくなるのを恐れた。
( 先に彼女を見つけないと手遅れになる…… )
ジョーは髪を振り乱して疾走した。