第63話 2人の怪物
ルイはマリーを伴い、宇宙港に向かっていた。
「ジョー・ウルフに手を貸さなければならない。奴には借りがある」
「私も。あの方は何故あれほどまでに強くいられるのでしょう?」
マリーが尋ねると、ルイはフッと笑って、
「カタリーナ・パンサー。彼女の存在があるからだ」
マリーは意外そうな顔をした。
「まァ……。ジョー様はそんな風に見えませんが」
「そうだな。しかし、カタリーナがいなければ、ジョーはブランデンブルグに立ち向かって行く事はなかったろう」
「確かに……」
2人は港の入口に着いた。マリーがそのまま進もうとすると、
「待て。誰かいる」
ルイが止めた。マリーはギクッとして退いた。ルイは中に向かって、
「誰だ? ジョーはここにはいないぞ」
「俺は貴様に用があってここへ来たんだよ、ルイ・ド・ジャーマン」
「むっ?」
ルイは眉をひそめた。
( 今の声、聞き覚えがある )
港の奥から、傭兵の軍服を着て右眼に眼帯を当て、右脚を膝から下義足で補っている男が歩いて来た。ルイはハッとして、
「お前は……」
「カイネル・マルクだな」
いつの間にやって来たのか、ムラト・タケルがルイの後ろで言った。ルイはムラト・タケルをチラッと見てから、
「思い出したぞ、カイネル。お前はストラードの先代が皇位継承権獲得と同時に反対派の1人として追放され、憤死したキンケイド・マルクの息子だったな」
「そうよ。俺の親父はストラードの母親に殺され、俺は貴様に右眼と右脚を奪われた。あの時の事を思い出すと、全身を怒りの炎が駆け巡るんだ。ルイを八つ裂きにしろってな」
カイネルは残った左眼をギラつかせて言った。ルイはマリーを下がらせた。
「そうか。銀河の辺境で海賊の総大将に成り上がり、商船を何隻も襲って殺戮を繰り返し、その代償として私がお前から奪った右眼と右脚、そして自由の事を怨んでいるのか。身勝手な男だ」
「喧しい! 生きるためなんだよ! 親父を騙して殺しておきながら、綺麗事を並べ立てて俺達を犯罪者扱いし、投獄した帝国なんか滅んで当然だ!」
ルイはカイネルを哀れな者を見るような目で見て、
「脱獄したとは聞いていたが、相変わらず性格は自己中心的なままか。改善の余地なしだな」
「黙れ、帝国の犬め! ぶっ殺してやる!」
カイネルは狂気の眼をして叫んだ。ルイはそれでも冷静だった。
「相手をしてやる。かかって来い」
カイネルはニヤリとしてホルスターから奇妙な形の銃を取り出した。ムラト・タケルは銃に付いている三日月と星形と大鎌の重なった紋章を見て仰天した。
「ブ、ブランデンブルグの紋章!」
「何!?」
ルイとマリーはハッとした。カイネルはニヤリとして、
「そう、俺はブランデンブルグに取り入って、貴様を殺すためにここへ来た。奴は貴様がジョー・ウルフと力を合わせて自分に向かって来るのを恐れているようだぜ」
と言った。
「そこまで落ちたか、カイネル」
ムラト・タケルが言うと、カイネルはニッとして、
「傭兵になった時から、誇りも名誉も捨ててるよ。何もいらねえ。欲しいのはルイの首のみだ!」
ルイに銃を向けた。ルイはストラッグルに手をかけ、
「私もあの頃とは違うぞ。今度は右眼と右脚ではすまさん」
「へへへ、それはこっちのセリフだよ。今度は貴様に俺の味わった苦しみを与えてやる!」
カイネルは狂喜して叫んだ。ムラト・タケルとマリーは固唾を呑んでカイネルを見ていた。
「死ね、ルイ!」
カイネルの放ったのは短針だった。短針銃。数百の針を同時に放つ一撃必殺の銃である。しかも破壊範囲は遠くへ行く程広がり、10m離れた所で、5m四方の鉄板を砕き散らしてしまう程である。
「短針銃とは考えたな。しかしその銃は関係ない人間も巻き込むぞ」
ルイはカイネルの後ろにいた。カイネルは度肝を抜かれて、
「い、いつの間に……?」
「余計な事を喋っている間にだ。お前の射撃のタイミングはすでに読んだ。もはやお前に残されているのは降伏か死だ」
ルイが言うと、カイネルはルイを睨んで、
「ほざけ! 銃がダメなら、捨てるまでよ!」
カイネルは短針銃を投げ出した。ルイはフッと笑い、
「素手で私を殺す事は出来んぞ」
「普通の人間ならな」
カイネルは不敵に笑った。ルイは眉をひそめて、
「どういう意味だ?」
ジョーはしばらくストラッグルの山を見ていたが、
「そうか。マイクは矛盾と戦っていたんだ」
「矛盾と?」
フレッドとバルトロメーウスが異口同音に尋ねた。ジョーはストラッグルの失敗作の1つを拾い上げ、
「ストラッグルを造っている金属はその熱伝導性の低さと電導性の悪さ故に強固な金属でいられる。そのストラッグルに、ビリオンス・ヒューマン能力と言う莫大なエネルギーを伝えるにはどうすればいいのか? それがマイクにとって最大の問題だったんだ」
「なるほど。だからこれほどの失敗作の山が出来たのか」
フレッドは改めてストラッグルの山を見た。ジョーは失敗作の山の中に何かがあるのに気づいた。
「何だ、これは?」
彼はストラッグルをかき分けた。すると中から鋼鉄製の防弾服のようなものが出て来た。
「何故こんなものが?」
「どうやらストラッグルと同じ金属で出来ているようだな」
フレッドが言った。ジョーはその防弾服を取り出した。
「マイクがこんなものを造ったという事は、ストラッグルにとって、いやビリオンス・ヒューマンにとって、何か重大な関わりがあるに違いない」
ルイはズシンズシンと近づくカイネルを撃ちあぐねていた。
( 何かある。しかしそれがわからん )
「フハハ! 俺の気迫に呑まれたようだな、ルイ!」
カイネルの右拳がルイに向かった。ルイはスッと上体を倒してそれをかわし、カイネルの懐に飛び込んだ。
「むっ?」
カイネルの左眼がギラリと光った。ルイはストラッグルを抜き、カイネルの右胸に銃口を押し当てた。
「お前の心臓は確か右だったな」
ストラッグルが吠え、カイネルは右胸を撃ち抜かれた。
「呆気なく終わったな」
ムラト・タケルが呟いた。しかし終わってはいなかった。カイネルの右フックが、ルイを吹っ飛ばしていたのである。
「何!?」
ムラト・タケルは仰天した。マリーは真っ青になった。
「ルイ様!」
「バ、バカな……」
ルイは口から流れ出る血を右手で拭いながら起き上がった。カイネルは右胸から流れ出す血を右手で拭き取り、それをペロリと嘗めた。
「俺は死なん。ストラッグルでは俺は殺せん」
「……?」
ルイの額を汗が伝わった。
(一体どういう事なのだ? 確かに心臓を潰したはずなのに……)
ジョーは防弾服をジッと眺めていたが、ピクンと身体を動かし、振り向いた。
「何だ?」
バルトロメーウスも振り向いた。そこには宇宙服を着た大男が立っていた。
「何だ、貴様!?」
バルトロメーウスが近づくと、男はフッと右拳を突き出した。途端に届くはずもない拳がバルトロメーウスを弾き飛ばし、彼は壁に叩きつけられた。フレッドはビックリして、
「何だ、今のは?」
男はニヤリとしてジョーを見た。ジョーはギラッと目を光らせ、
「何だ、でめえは?」
「俺はラムル・カーン。ブランデンブルグ様の命令で、貴様を殺しに来た」
「ブランデンブルグに身売りしたのか?」
ジョーはストラッグルに手をかけて尋ねた。するとラムルは、
「俺は傭兵。金さえもらえば、誰の下でも働く。そしてジョー・ウルフが相手であれば、命を賭ける甲斐もある」
「やめとけ。そんな子供騙しの武器で俺は殺せねえぜ」
「何!?」
ラムルの目に見えない拳がジョーに向かった。ジョーはスッとストラッグルを抜き、ガチンと「拳」を止めた。
「くっ……」
ストラッグルに止められたのは、伸縮自在のバネに操られた金属の棒であった。ジョーはニヤッとして、
「俺を殺したいのなら一撃必殺。一発外した武器は二度と通用しないぜ」
「そうかな?」
ラムルはニヤリとした。ジョーはハッとした。
「何ッ!?」
次の瞬間、ジョーの腹部がグーッとへこんだ。
「ぐはっ!」
ジョーの口から血が出た。ヘルメットのフードが赤く染まった。バルトロメーウスとフレッドは仰天してジョーを見た。ラムルは高笑いして、
「忘れるな、ジョー・ウルフ。俺はブランデンブルグ様に命令されて来たのだ。貴様への対策はちゃんと用意してある」
「……」
ジョーは左手で腹部を押さえながら、ラムルを上目遣いで見た。ラムルはジョーに近づき、
「武器は1つではないという事を忘れるな」
「くっ……」
ジョーはストラッグルをホルスターに戻し、ラムルを睨んだ。バルトロメーウスがザッと立ち上がり、
「油断したぜ。お返しだ!」
ラムルに突進した。ラムルは右手から金属の棒を放った。バルトロメーウスはこれを右拳で砕き、ラムルに接近した。
「俺に肉弾戦を挑む奴はバカだぜ」
「そうかな?」
バルトロメーウスの右ストレートがラムルの腹に炸裂した。しかしラムルは微動だにしなかった。
「何!?」
「バカめ!」
次の瞬間、バルトロメーウスは天井に叩きつけられていた。
「ぐはーっ!」
バルトロメーウスは天井の破片と共に床に落ちた。ラムルはジョーに近づき、
「わかったろう? 俺には肉弾戦は通用しないという事が? あん?」
ジョーはニヤリとして、
「わかったよ。てめえの弱点がな」
「……?」
フレッドとバルトロメーウスはジョーを見た。ジョーは決して虚勢を張る男ではない。勝算を得たのである。
一方ルイは、化け物となったカイネルにジリジリと追いつめられていた。カイネルは高笑いをし、
「俺の前にはジョー・ウルフでさえ死しかない。貴様も同じだ」
ルイに突進した。ルイはストラッグルを連射した。カイネルの右頭部が吹き飛び、右腕が吹き飛んだ。しかし彼は止まらなかった。
「死ねーっ、ルイ!」
カイネルの拳がルイに迫った。ルイはそれをストラッグルで受け止めたが、そのまま後ろに弾き飛ばされてしまった。
「終わりだ」
カイネルの笑みにブランデンブルグの笑みが重なるのをルイは見た。