第61話 ジョー・ウルフ VS メルト・スクリュー
ドミニークス軍が全滅して、一週間が経った。
ブランデンブルグ軍は鳴りを潜め、大宮は不気味な光を放ち、周囲を威圧するだけであった。
ジョーの身体の傷もほとんど治り、彼は1人で歩けるようになった。
ルイがマリーに言って、ジョーの世話をさせていた。マリーは実に甲斐甲斐しくジョーを世話した。バルトロメーウスが、
「カタリーナさんが見たら、怒りそうだ」
フレッドに言ったくらいだった。
「何故そんなに親切にしてくれるんだ?」
ジョーかマリーに不意に尋ねた。マリーはニッコリして、
「貴方はルイ様のお友達です。ですから……。それに、姉が誤解して貴方を撃とうとした話も聞いていますので……」
「友達か……。ルイとね。そうかな?」
ジョーはフッと笑った。マリーはジョーのベッドの脇から食器を片づけながら、
「そうですわ。ルイ様と貴方には共通点があって、ルイ様はそのために貴方と話をするのです。あの方は、あまり人と話したりしません。それに貴方には借りがあるとも言っていました」
ジョーはマリーを見上げて、
「テリーザの墓へ行ったかい?」
「いいえ、まだです」
「行ってみるか?」
マリーはジョーがそんな事を言い出すとは夢にも思わなかったので、一瞬目を見張った。
「は、はい」
彼女は少し間を置いてから答えた。
ジョー達がいるラルミーク星系第4番惑星の宇宙港に1人の大男が降り立った。他に誰もいないゴーストタウンのような港に現れたその男は、港を出ると街の方に歩き出した。
「ジョー・ウルフ……。遂に決着をつける時が来た」
大男は呟いた。
「俺はまた大きな戦いをくぐり抜けて来た。この前とは訳が違うぜ」
大男は言った。
ジョー、ルイ、フレッド、マリー、バルトロメーウスの5人は、テリーザの墓の前に立っていた。マリーは涙を拭い、
「姉はルイ様と会えて死んだのですね」
「私のために命を落としたのだ。テリーザには返し切れない借りがある」
ルイはマリーに近づいて呟いた。マリーは片膝を着いてテリーザの墓標に顔を近づけた。
(ごめんなさい、姉さん。結果的に私は姉さんを裏切ってしまった。ルイ様には会わないと心に誓っていたのに、今はこうしてルイ様のおそばにいる。ごめんなさい……)
「この星は開拓者達の墓が数多くある。見てくれ、この墓標の数を……」
フレッドが辺りを見渡して言った。遥か彼方まで続く墓標が見え、開拓者達の魂の叫びが聞こえて来るようであった。するとジョーが眼をギラつかせて、
「まだ墓に空きはあるか?」
「えっ? どういう事だ、ジョー?」
フレッドはキョトンとしてバルトロメーウスと顔を見合わせてから、ジョーを見た。ジョーは目を横に向け、
「無粋な奴が、こんなところまで追いかけて来やがったのさ」
「むっ?」
ルイはマリーを庇うようにしてジョーが目を向けた方を見た。
「久しぶりだな、ジョー・ウルフ」
そこに立っていたのは、ドミニークス軍の軍服を着込んだメルト・スクリューであった。ジョーはフレッド達を下がらせて、
「ドミニークス軍は全滅したって聞いたが、間抜けな軍人は死に損なったらしいな」
「黙れ! ブランデンブルグとの戦いで傷つき、半分死にかけている貴様など、今の俺の敵ではない!」
メルトはスルスルと鞭を2本取り出し、振り回してみせた。
「ラビーヌのじいさん直伝の舞踏鞭、見せてやる!」
「ラビーヌ?」
ジョーはハッとした。
(ラビーヌがこいつに教えたとなると、ちょっと面倒な事になりそうだな……)
「はァッ!」
メルトの振るった鞭はまるで蛇のようにクネクネとうねりながら、ジョーに向かった。
「くっ!」
ジョーは鞭をかわした。しかしかわしたはずの鞭は、ジョーの逃げた方へと動いて行き、遂にジョーの首に巻きついた。
「ううっ!」
ジョーは鞭を握りしめてメルトを睨みつけた。メルトはニヤリとし、
「ラビーヌのじいさんは貴様の事をよく知ってたぜ。貴様の弱点もな。地獄耳のカールっていうあだ名がついていたそうだな」
「俺に弱点なんかねえよ」
ジョーが言い返すと、メルトは、
「強がりを言うんじゃねえよ。貴様になくても、ストラッグルにあるのさ」
「何!?どういう意味だ?」
ジョーは徐々に締まって行く鞭に喘ぎながら尋ねた。メルトは両方の鞭をグイッと引き、
「ストラッグルも所詮光線銃だって事さ」
鞭の1本を解き、ホルスターのストラッグルに巻きつけた。ストラッグルは鞭によって宙に舞い上げられ、地面に落ちた。
「何のつもりだ、メルト・スクリュー?」
ルイはメルトの行動に疑問を感じた。
(ストラッグルを奪わずにただホルスターから抜き取っただけとは……)
ジョーはスッと鞭を引き寄せ、メルトに突進した。メルトはもう1本の鞭を振るってジョーの足に絡ませ、彼を引き倒した。
「うわっ!」
ジョーは前のめりに倒れた。メルトはそれと同時に鞭をグイッと引き、ジョーの首を締め上げた。
「うぐっ!」
ジョーの口から血が滴った。喉の内部が切れたらしい。メルトは高笑いして、
「ジョー・ウルフ。貴様の不敗神話も、今完全に消滅するぞ!」
と叫んだ。
一方ブランデンブルグはメルト・スクリューがジョーの所に行った事を側近から知らされていた。彼は目を細めて、
「メルト・スクリューか。奴の憎悪の念はここにいても伝わって来る程凄まじい。しかし、憎悪だけではジョー・ウルフを倒す事はできぬ。勝敗はすでに見えたが、少しだけ力を貸すぞ、メルト・スクリュー」
そしてバッとマントを翻して椅子から立ち上がり、
「また奴がここに来る事になろう。出迎えの準備をしておけ」
「ははっ!」
側近は深々と頭を下げて応じた。
他方カタリーナは囚われの身として一室に監禁されていた。そこは他の部屋とは違って、美しい装飾に彩られた、気品溢れる部屋であった。しかしカタリーナの顔は暗かった。彼女は部屋の窓から外を見やり、
「ジョー、早く来て。1分でも1秒でも……。早く私をここから連れ出して……」
カタリーナは着替えさせられた白のドレスをギュッと握りしめた。
( こんなもの、着たくない! 私には軍服しか似合わないし、軍服しか着たくない! )
カタリーナは心の中でそう叫んだ。
メルトの鞭は蛇のようにスルスルとジョーの首に巻きつき、彼の首をジワジワと締め付けて行った。
「その鞭は俺の手そのものだ。意のままに動く。決して貴様に振り解く事は出来ない」
「……」
ジョーは目も虚ろにメルトを見た。
(ストラッグルが拾えれば……)
ジョーは地面に転がっているストラッグルに目を落とした。メルトもそれに気づき、
「拾わせんぞ!」
ニヤリとした。そして、
「はァッ!」
鞭を振り上げた。すると鞭と共にジョーの身体が宙に舞い、地面に叩きつけられた。
「グフッ!」
ジョーは血を吐き、地面に仰向けになった。バルトロメーウスが拳を振り上げ、
「メルト、てめえっ!」
突進した。メルトは鞭の1本をジョーから振り解き、バルトロメーウスに向けて放った。
「バカめ、素手でこの俺に立ち向かう気か!?」
鞭がバルトロメーウスを滅多打ちにし、バルトロメーウスは血だらけになって倒れた。
「うう……」
ルイはメルトを見て、
「確かに腕を上げたようだな、メルト。士官学校時代とは雲泥の差だ」
「特待生のあんたが、俺の事を覚えていたとはな。ついでにあんたもここで永眠させてやるぜ」
「ジョーを殺せたらの話だがな」
ルイがフッと笑った。メルトはカッとなって、
「喧しい! ジョーはもはや死んだも同然だぜ」
と言い返した。その一瞬の隙を突き、ジョーはメルトの鞭をグイッと引いた。
「はっ!」
メルトは思わず鞭を手放した。鞭はジョーの首から解け、ジョーはストラッグルを拾った。
「メルト、勝負あったな」
ジョーがストラッグルを構えると、メルトはニヤリとして、
「そのようだな。俺の負けだ、ジョー」
ジョーはメルトの態度を不信に思った。
( こいつがこんな簡単に勝負を投げる訳がねえ。妙だな )
「ルイ様、メルトという男から強烈な憎しみを感じます。あの男はまだ、ジョー様を倒すのを諦めていません」
マリーが囁いた。ルイはマリーを見やり、
「どういう事だ、マリー?」
「私、姉さんの声を聞きました。メルトという男の後ろに、ブランデンブルグの力が動いている、と」
「何?」
ルイは改めてメルトを見た。確かにメルトの背後には、妖気のようなものがドンヨリと漂っていた。
「そうか。これは何かあるな」
メルトは再びニヤリとした。ジョーは眉をひそめた。
( こいつ、何故これほど余裕がある?)
「ラビーヌのじいさんが言ってたぜ。相手の心を読めなくなったら、その勝負は負けだってな」
メルトはさらに隠し持っていた鞭を取り出し、ジョーに振るった。
「2度は通用しねえぞ!」
ジョーはストラッグルの引き金を引いた。しかしストラッグルは何の反応も示さなかった。
「何!?」
ジョーは仰天してストラッグルを見た。ルイもマリーも、フレッドもバルトロメーウスもビックリしてメルトを見た。
「さっき言ったはずだ。ストラッグルも所詮は光線銃だとな。俺の鞭はストラッグルのエネルギーを吸い取るように出来てるのさ」
メルトは得意満面に鞭を踊らせた。ジョーは舌打ちをし、ベルトに手をやった。するとメルトが、
「無駄だ。予備の弾薬も全てエネルギーを吸い取ってある。貴様を滅多打ちにしなかったのは、そういう訳なのさ」
「くっ……」
ジョーの額が汗ばんだ。
( 甘く見過ぎたか。奴はこの前とは全然違う )
メルトは鞭を振り上げ、
「さてと。仕上げに入るか。ジョー・ウルフ、貴様は死ぬまで踊るんだ!」
ジョーはストラッグルをホルスターに戻して身構えた。メルトはクククと笑い、
「俺の鞭に素手で立ち向かうのは無謀だぜ」
言うや否や、ジョーに鞭を振るった。鞭はジョーの身体を滅多打ちにし始めた。軍服が次第に裂け始め、血飛沫が上がった。
「うっ!」
ジョーの片膝が地面に着いた。バルトロメーウスがようやく立ち上がり、
「メルトめっ!」
突進しようとすると、
「やめろ、バルトロメーウス。この勝負、すでに見えた」
ルイが止めた。バルトロメーウスはキッとルイを睨み、
「何ィッ!?」
ルイの言葉からすると、メルトの勝ちのような感じがした。しかしルイはジョーに何かを見ていた。
( ブランデンブルグの悪意がメルトを助けているのだとすれば、ジョーがそれに気づく事がこの勝負のポイントだ )