第59話 ドミニークス軍最後の反撃
ジョーとルイがブランデンブルグの旗艦に向かった事を知らされたラビーヌは、すぐさま全軍出撃を指示した。
「懐に2つの大型爆弾を抱えているブランデンブルグ軍には隙がある。今こそ、真の敵を叩く時だ」
ラビーヌは言い、艦隊指揮艦に乗り込むと、新共和国中枢を離れ、中立領へと向かった。
「ブランデンブルグ軍を切り崩すには、球面攻撃が有効だ。天球の面からブランデンブルグ軍に向かって攻撃を仕掛ける。敵は我が方一つのみを攻撃できるだけだが、我が方からは一つの敵をいくつもの、いや無数の方向から攻撃できる。その上、必要以上に密集している連中の艦隊なら、誘爆も大変なものになろう」
ラビーヌは部下に説明した。
「銀河系は誰にも渡さない。この私が生きている限りはな」
ラビーヌはそう呟いた。
ジョーはバルトロメーウスとフレッドの肩を借り、艦へと向かっていた。ルイもマリーを気遣いながらそれに続いた。
「妙だな? 何で何も仕掛けて来ないんだ?」
バルトロメーウスが言った。フレッドか、
「確かにな。一体どうしたっていうんだろうな」
ジョーは目もうつろで、苦しそうに息をしていた。
(俺は死ぬのか……)
フレッドの艦にブランデンブルグの部下達が近づいて来た。
「爆弾の取り付けは素早く行え。奴らがもうすぐ来る」
リーダーらしき男が言った。部下達は艦のあちこちに爆弾を仕掛け始めた。
「早くしろ、来るぞ」
「何してるんだ、お前達?」
「何!?」
リーダーはギクッとしてハッチを見た。フレッドの艦からムラト・タケルが降りて来ていた。
「お土産は別に頼んでいないぞ。持って帰れ」
「何だとォッ!?」
リーダーが銃を抜くより早く、ムラト・タケルのストラッグルがリーダーの頭を粉微塵にした。
「はっ!」
仰天した部下達はなす術もなくムラト・タケルに撃ち殺された。ムラト・タケルは爆弾のタイマーを撃ち抜き、爆破を阻止した。
「ブランデンブルグめ、汚い手を使う」
ブランデンブルグは脱出用の小型艇に乗り込み、部下からラビーヌ軍の接近を知らされた。
「天球の全方位からドミニークス軍が攻めて来ます。攻撃開始は約1分後です」
「そうか。わざわざ来てくれるとは、手間が省けたな」
ブランデンブルグはキャプテンシートにゆったりと座って言った。部下が、
「如何致しましょう?」
ブランデンブルグはニヤリとし、
「できるだけ引きつけ、奴らに逃げる隙を与えぬ距離で、返り討ちにしてやれ」
「はっ!」
ブランデンブルグは不敵に笑った。
「敵艦は一隻のみです」
レーダー係の報告を受けて、ラビーヌはキッとした。
「何だと? どういう事だ?」
「わかりません。しかし、その一隻がブランデンブルグの旗艦のようです」
「そうか。奴さえ倒せば、ブランデンブルグ軍など恐るるにたらん。全艦攻撃開始!」
ラビーヌは命じた。
ドミニークス軍の艦隊は、巨大な罠へと向かっていた。
「反撃の様子が全くありません!」
「どういう事なのだ?」
ラビーヌは眉をひそめた。
(ブランデンブルグの旗艦のみというのも気になるが……)
「むっ!?」
ラビーヌはスクリーンにサッと動いた光に気づいた。
「左舷上方に何かいる! 拡大しろ!」
「はっ!」
スクリーンに映ったのはブランデンブルグの脱出用小型艇だった。
「ブランデンブルグめ、脱出しおったな。あの小型艇逃がすな! 攻撃!」
砲火とミサイルが、ブランデンブルグの乗る小型艇に向かった。
「フッ。愚か者が」
ブランデンブルグは呟いた。小型艇はまさに一瞬のうちに消えた。ジャンピング航法より数段上の空間跳躍法である。ラビーヌはその早さに驚愕した。
「何だ!?」
(まさか……。あれほど早くジャンピング航法を……)
その頃、フレッドの艦は脱出にかかっていた。バルトロメーウスが席によろけて着いた。彼はムラト・タケルに、
「もう大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。それより、ジョー・ウルフは?」
「ジョーは大丈夫さ。カタリーナさんを助けるまで、ジョーが死ぬもんか!」
バルトロメーウスは力強く言った。ムラト・タケルはフッと笑い、
「ジョー・ウルフは死んではいかんのだ。奴に倒された男達のためにもな」
しかしバルトロメーウスはそれを聞いていなかった。
「脱出する!」
フレッドが艦を発進させた。艦は噴射を最大にして一気に加速し、ハッチをぶち抜いてブランデンブルグの艦を脱出した。
「おわっ!」
レーダーを覗いていたバルトロメーウスが叫んだ。ルイがバルトロメーウスを見て、
「どうした?」
「か、囲まれてるぜ。狸の軍だ」
「何!?」
ムラト・タケルとルイは窓の外を見た。そこには無数の光点が見え、砲火とミサイルが走っていた。
「これはブランデンブルグの艦を攻撃しているんだ。この場を離れりゃ大丈夫さ。ジャンピング航法に入るぞ」
フレッドが別のレバーに手をかけた時、ブランデンブルグの旗艦が爆発を始めた。
「何だ?」
バルトロメーウスが外を見た。フレッドは慌てて、
「畜生、ブランデンブルグの奴、この艦にも爆弾を仕掛けてたんだ。急がないと、爆発に巻き込まれるぞ!」
レバーを引いた。フレッドの艦はジャンピング航法に入り、その場を離れた。
「何だ?」
ラビーヌもブランデンブルグの旗艦の爆発に驚いていた。
「そうか、そういう事だったのか。だとすれば……」
ラビーヌは次の事を考え始めた。
「全艦反転! 敵は後方だ!」
彼は叫んだ。彼の言葉通り、ブランデンブルグ軍がドミニークス軍の外側を取り囲んでいた。
「ブランデンブルグめ、この私の策を読んでいたのか……」
ラビーヌは歯ぎしりして、
「しかし、私は負けぬ! いや、負けられぬ!」
ドミニークス軍とブランデンブルグ軍の壮絶な戦闘が開始された。
「爆発に巻き込まれるな! 迎撃しつつ、脱出だ」
ラビーヌは叫んだ。ドミニークス軍はラビーヌの確固たる指揮に支えられ、数で優るブランデンブルグ軍を撃破し、戦線を離脱し始めた。
「機雷放出! 追撃を断て!」
ドミニークス軍は機雷を放出し、ブランデンブルグ軍の追撃を封じた。ブランデンブルグ軍は機雷と旗艦の爆発に挟まれて、次々に爆発していった。
「ブランデンブルグ、私はそう簡単にやられはせぬぞ」
ラビーヌは呟いた。
「しかし、奴の軍はまだ星の数程いるな……」
ラビーヌは眉を寄せた。
ジョーはフレッドの艦の中の医務室のベッドで深い眠りに落ちていた。
「ジョー! 助けて! ジョー!」
ジョーはカタリーナの叫び声を聞き、ガバッとベッドから飛び起きた。全身に激痛が走る。
「グフッ!」
ジョーは血にむせ返り、咳き込んだ。ジョーは手に付いた血を見て、
(ブランデンブルグ……。完敗だった。奴は実力の半分も出しちゃいねえ……。なのに俺はカタリーナを助けるどころか、殺されかけた……)
「気がついたか?」
ベッドの足下にルイが立っていた。ジョーはルイを見て、
「俺は生まれて初めて、敗北感を味わったぜ。ブランデンブルグは本当に宇宙最強の男かも知れねえ」
「そうは思えんがな」
ルイはジョーに近づき、
「私を道化師にしないでくれ」
「どういう事だ?」
「私が目指し、そしていつかは超えようと思っている男が、ブランデンブルグのようなつまらぬ男に完敗したと思い込むようでは、私はまるで道化だ」
「……」
ジョーは何も言わずにルイを見上げた。ルイはジョーに背を向け、
「私が許しても、ケン・ナンジョーが、ストラード・マウエルが、そしてバッフェンが許さんぞ。ジョー・ウルフは誰にも負けてはいけないのだ。無敵の男でなければ、お前に倒された男や、お前との戦いを望んでいた男が浮かばれない」
「何言ってやがる……」
ジョーは苦笑いをした。ルイはドアに近づき、
「そして誰よりもカタリーナ・パンサーがお前を許さない。お前の負けはお前の死を意味するのだからな」
部屋を出て行った。ジョーはしばらくルイの出て行ったドアを見ていた。
ドミニークス軍の中枢部は静まり返っていた。人工惑星は輝きを失い、その回転を止めてつつあった。人の気配もなかった。ラビーヌはスクリーンに映るその光景を見て呆然としていた。
「何という事だ……。ブランデンブルグは始めからここを襲うつもりだったのか……」
「司令官……」
部下も声が弱々しかった。ラビーヌは右拳を握りしめて天井を見上げ、
「ブランデンブルグ、このカール・ラビーヌ、一世一代の大秘策をもって、貴様の息の根を止めてやるぞ!」
と叫んだ。
ブランデンブルグは新造された旗艦の司令室の椅子に座り、寛いでいた。椅子はグロテスクで、内装も悪趣味である。そして、ブランデンブルグの服装も白い軍服ではなく、真っ黒の軍服に、薄気味悪い悪魔のような顔の紋章を、肩、胸、袖口、襟にあしらっていた。ブランデンブルグの目は冷たく、悪魔のように血走っていた。
「我がブランデンブルグ帝国は宇宙に君臨する最強の帝国。銀河系のカス共を1人残らず殺してしまえ」
ブランデンブルグはニヤリとして言った。そして目を伏せ、
「来るか、カール・ラビーヌ。もはや万策尽きたと思うがな」
と呟いた。