第50話 ジョー帝国に潜入す
ルイはストラッグルから手を放し、ブランデンブルグを見た。
「何故貴様はジョー・ウルフを部下にしようとするのだ?」
ブランデンブルグは赤く染まった白い軍服の胸のポケットから真っ白なハンカチを取り出して手を拭った。
「私の宇宙完全制覇のためだ。いくら私でも、いくつもの星雲を一度に制圧する事は出来ない」
ルイは眉をひそめた。ブランデンブルグは血で汚れたハンカチを投げ捨て、
「ジョー・ウルフがいれば、私は今までの倍の速さで宇宙制覇が進められる」
「宇宙全域を支配下に置くには、何百年もかかるぞ」
ルイが異論を唱えると、ブランデンブルグはフッと笑って、
「私は一体何歳に見えるのかな? お前と同じくらいか?」
「何!?」
ルイはブランデンブルグの言葉の意味を読み取った。
「まさか、貴様……」
「私はお前の5倍は生きている。でなければ、宇宙制覇などできん」
ルイは完全に打ちのめされていた。
( バカな……。奴は100歳を超えているというのか? )
「さてと」
ブランデンブルグは宮殿を見上げた。
「次はストラード・マウエルだな」
彼はそう言うと歩き出した。ルイは呆然としてそれを見ていた。
その頃ジョーは帝国領内に侵入していた。しかし、国境警備隊の艦もパトロール艦も現れなかった。
「妙だな」
ジョーはレーダーを見たが、何も映っていなかった。
「帝国で何か起こっているのか?」
ジョーは前方に見える帝国中枢の惑星を睨んだ。
ブランデンブルグが宮殿の中に入って行くと、そこには数多くの親衛隊員が様々な武器を携えて待ち構えていた。
「隊長の仇だ! ここから先は、一歩も通さん!」
隊員の1人が叫んだ。ブランデンブルグはその言葉を嘲笑って、
「お前達のような雑魚がどれ程束になろうと、私に触れる事すら出来ん」
隊員の別の1人が、
「バカにするな! 我々は銀河系最強の帝国親衛隊だ。貴様如き、瞬く間に殺してやる! かかれっ!」
20人程の隊員が一斉にブランデンブルグに突進した。
「愚かな奴らだ」
ブランデンブルグの両手がスーッと上がり、バッと開かれた。途端に襲いかかった20人の隊員達は催眠術にかかり、立ち止まった。
「お前達の敵は後ろだ。行け!」
ブランデンブルグの言葉に、20人の親衛隊員は後方に控えている残り30人に襲いかかった。
「バ、バカな!」
後方の30人は虚を突かれ、仲間のステルスや鉄の爪などの餌食になった。が、やがて反撃に移り、何人もの親衛隊員が同士討ちで命を落とした。
「そろそろか」
ブランデンブルグは目にも留まらぬ速さで、残っていた隊員達の頭を拳で砕くと、前へ進んだ。その顔は悪魔のような笑みを浮かべていた。
「バッフェンが侵入者に倒されました。一刻も早く脱出なさって下さい」
側近がエリザベートに進言した。エリザベートは悲しそうな顔で、
「わかりました。宰相はどうしましたか?」
「すでにこの星を破壊する作戦開始のため、戦艦に移られました」
「そうですか。では、脱出しましょう」
「はっ!」
エリザベートは椅子から立ち上がった。
( この星を破壊する? どういうつもりなのだろう? )
ジョーの小型艇は何の障害もなく宮殿のある惑星まで来た。彼はそのまま地上に降下し、宮殿の前に着陸した。
「何だ、この静けさは?」
敵が全く現れない異様さ。ジョーはとんでもない事が起こっているのを察した。
「むっ?」
宮殿の庭に入ると、ルイが立っているのが見えた。ルイはジョーを見てバッフェンの無惨な死体を見た。ジョーは死体に近づき、
「この服は……。バッフェン……。誰が?」
ルイを見た。ルイは宮殿を見やり、
「ブランデンブルグだ。奴が素手であのアウス・バッフェンを殺した。いとも簡単にな」
「ブランデンブルグのヤロウは?」
「中だ」
ジョーが宮殿内へ入って行こうとすると、ルイが肩を掴んだ。
「よせ。行けば奴に殺される。中を見てみろ」
「うっ?」
ジョーは薄暗がりの中廊下を見た。そこには親衛隊員の死体が累々と転がっていた。ジョーの額から汗が流れた。
「奴が1人で親衛隊員50人を殺した。一瞬のうちにだ」
ルイが言うと、ジョーはルイの手を払いのけ、
「心配しなくていいよ。俺はあんたとケリをつけるためにも、今は死ねねえ」
中に飛び込んだ。ルイは何故か追わなかった。
( 奴にはどんな事も可能にする力がある気がする )
「ブランデンブルグ、てめえとストラードだけはこの手でぶっ殺してやるぜ」
ジョーは呟き、ストラッグルに手をかけた。
その頃ストラード・マウエルは黒いマントを羽織り、黒い覆面をし、帝国皇帝専用艦に乗り込んでいた。彼は司令室で、
「宮殿にはジョー・ウルフとルイ・ド・ジャーマンもいるのか?」
通信兵に尋ねた。
「はい。そのようです」
「ならば尚更都合がいい。ブランデンブルグと共に地獄に送ってやる」
ストラードは言い、ニヤッとした。するとそこへエリザベートが侍女と共にやって来た。ストラードはエリザベートを見て、
「おいでなされたか、エリザベート」
エリザベートはその聞き覚えのある声にギクッとして、
「貴方は?」
その覆面をした人物を見た。その人物は覆面を取り、
「私だ、エリザベート」
「あ、貴方は……。お義父様……」
エリザベートは仰天した。ストラードはフッと笑った。
ブランデンブルグは、後方から近づいて来る圧迫感に気づき、振り向いた。
「誰だ? ジョー・ウルフでもない……。ましてやルイ・ド・ジャーマンでもない……。ストラード・マウエルか?」
「違うぜ」
シルエットが答えた。ブランデンブルグはハッとした。
「その声は……」
シルエットはやがてジョーになった。ブランデンブルグは眉をひそめて、
「妙な……。この男にこれほどの圧迫感があったか?」
ジョーはストラッグルを抜き、
「ルイを帝国に来させたのはてめえか?」
「そうだ。奴を使って私の存在を消し、帝国に忍び込むためだ。同時にバッフェンの実力も見ておきたかった」
ブランデンブルグが答えると、ジョーはギラッと目を光らせ、
「なるほどな。それでバッフェンは用済みって殺した訳か」
「その通りだ。お前の手間を省いてやったのだぞ、感謝してもらいたいな」
ブランデンブルグはニヤリとした。そして、
「お前から以前より力を感じる。何故だ?」
「そんな事、俺の知った事か!」
ジョーが言った時、彼の後ろにルイがサーッと見えて消えた。
「むっ?」
ブランデンブルグはハッとして、
「まさか……。ルイ・ド・ジャーマンとエナジーコンタクトをとったのか?」
「何訳のわからねえ事を言ってやがるんだよ!」
ジョーはストラッグルを撃った。ブランデンブルグはスッと光束をかわし、ジョーに接近した。ジョーはストラッグルをホルスターに戻した。
「やはりお前も殺しておくべき男のようだな!」
「誰が殺されるかい!」
ジョーにブランデンブルグの右手が迫った。そしてジョーの額を掴んだ、かに見えた。
「うっ?」
しかし、ブランデンブルグの右手は虚しく宙をよぎっただけだった。ジョーはその場にいなかったのである。
「バカめ、何してるんだよ!」
ジョーの右フックがブランデンブルグの左顔面にヒットした。ブランデンブルグはドサッと倒れた。
「バカな……。私の身体に触れるなど……」
ブランデンブルグは口から流れる血を拭いながら呟いた。ジョーは再びストラッグルを構えた。
「ブランデンブルグ、死んでもらうぜ!」
しかし光束はブランデンブルグに命中しなかった。
「バカめ、私はすでにお前の動きを読める!」
ブランデンブルグの右正拳が、スーッと移動するジョーを追いかけ、顔面を捉えた。
「うわっ!」
ジョーは後ろに倒れ、ストラッグルを落とした。ブランデンブルグはニヤッとし、
「私の身体に触れた事は誉めてやろう。しかし私を殺す事は誰にも出来ん!」
飛び上がり、一直線にジョーに向かった。両手の突きがジョーの顔に近づいた時、爆発音がし、ゴゴーッと煙が押し寄せて来た。
「何!?」
ブランデンブルグは爆風に煽られ、着地した。ジョーはサッと立ち上がり、
「何だ?」
入り口の方を見た。次の爆発は頭上で起こり、天井が崩れて来た。2人は落下物を避け、外へ向かった。
「待て、ジョー・ウルフ!」
ブランデンブルグが鬼のような形相で叫んだ。ジョーはストラッグルを拾い、走った。
「むっ?」
2人が宮殿の外に出ると、宮殿への爆撃が始まっていた。ルイが宮殿の陰から現れ、
「帝国の戦艦の攻撃だ。脱出しないと、爆発に巻き込まれるぞ」
その時、ブランデンブルグはサッとルイの小型艇に乗り込み、飛び去ってしまった。
「くっ!」
ルイが歯ぎしりすると、ジョーが、
「俺のに乗れ。脱出するぞ」
「ああ……」
2人はジョーの小型艇に乗り、宮殿を飛び立った。次の瞬間、いくつもの光束が宮殿とその周辺を貫き、宮殿付近は大爆発を起こした。
「ストラード・マウエルが生きているというのは本当か?」
ルイが補助席に座りながら尋ねた。ジョーは操縦桿を握りながら、
「らしいぜ。狸が死ぬ時、そんな事を言ってた」
「そうか。やはり……」
ブランデンブルグは小型艇で自分の艦に辿り着くと、その宙域を離脱した。
「今は手を引いておこう。ジョー・ウルフ、ストラード・マウエルはお前が片づけろ」
彼は怒りに燃えてそう呟いた。
ジョーの小型艇は帝国の艦船に囲まれていた。数はそれほど多くなかったが、その中の一隻である皇帝専用艦は、他の戦艦の10倍程もある巨大なもので、武器が数多く装備されていた。
「皇帝専用戦艦か……」
ルイが呟いた。ジョーはスクリーンに映るインペリアルウォーシップを睨んだ。
( あの中にストラードがいるのか )