第48話 ジョーとルイとブランデンブルグ
ジョーは何かに吸い寄せられるように道を歩き始めた。カタリーナが慌てて彼を追いかけた。
「ジョー!」
ジョーは足早に歩いた。眼は遥か前方を睨みつけたままだった。
( 何者だ? バッフェンでもない。ストラードでもない )
「待って、ジョー!」
カタリーナは小走りでジョーを追いかけた。
その頃バッフェンは、謎の人物がいる部屋にいた。謎の人物は椅子の背もたれに寄りかかって、
「力を感じるのか、バッフェン?」
「はっ。何者かがこの銀河系に足を踏み入れたようです。とてつもない男です」
バッフェンは跪いて言った。謎の人物は椅子から立ち上がって振り向いた。それはストラード・マウエルであった。そして彼が影の宰相だったのだ。ストラードは目を細めて、
「私も感じる。これほどの力を持った者はあの男しかいない」
「あの男?」
バッフェンは虚を突かれたようにストラードを見た。ストラードは目を伏せて、
「ナブラスロハ・ブランデンブルグ。ブランデンブルグ公国の当主だ」
と答えた。
ブランデンブルグは目を上げてルイを見た。
「お前は私が思っていた程の男ではなかったようだ。お前が曲がりなりにもジョー・ウルフと互角に戦えていたのは、ジョー・ウルフにお前を殺す意志がなかったからだ。お前はビリオンス・ヒューマン能力において、ジョー・ウルフに劣っている」
「何!?」
ルイはブランデンブルグを睨みつけた。ブランデンブルグはフッと笑って、
「そのジョー・ウルフが、どうやらここに向かっているらしいぞ」
マリーは不意に後ろを向いた。そしてルイにしがみついた。ルイはハッとしてマリーを見た。
「ジョー・ウルフを倒すチャンスは今しかありません! ルイ様!」
「マリー……」
ルイがマリーに何かを言おうとした時、ブランデンブルグがそれを遮った。
「いや、それはできん。ジョー・ウルフとお前を今遭わせる訳にはいかん。お前はバッフェンと戦え!」
ブランデンブルグの右手がスッと差し出され、ルイに強い衝撃を与えた。ルイの眼の色が急に変わり、マリーを突き飛ばしてダッと駆け出した。それと一緒に配下の2人も姿を消した。マリーは、
「ルイ様!」
ルイを追った。ルイが姿を消した頃、ブランデンブルグの後方にジョーとカタリーナが姿を現した。
「来たか、ジョー・ウルフ」
ブランデンブルグは振り向きもせずに言った。ジョーは立ち止まり、
「てめえ、何者だ?」
「私か」
ブランデンブルグはサングラスを外して振り向いた。カタリーナはブランデンブルグの顔を見て、ビクッとした。
( 綺麗な顔だけど、氷のように冷たそうだわ )
「私はブランデンブルグ公国の当主、ナブラスロハ。宇宙最強の男だ」
「随分と面白い事を言うじゃねえか」
ジョーはニヤリとした。ジョーの右手がホルスターにかかった。しかし彼はストラッグルを抜けなかった。ブランデンブルグの左手がジョーの右手を押さえていたのである。
「はっ!」
ジョーは仰天した。
(こ、こいつ、いつの間に……)
カタリーナも唖然としていた。
「何て、何て男なの……」
ブランデンブルグは哀れむような顔でジョーを見て、
「今のお前では私を撃つ事は出来ん。お前は自分がビリオンス・ヒューマンである事を否定しようとしている。そのためにお前のビリオンス・ヒューマン能力は100%引き出されていない」
ジョーはギリッと歯ぎしりして、
「てめえ!」
ブランデンブルグの左手を払いのけようとした。しかしギシッと音を立てて、彼の左手はジョーの右手を押えつけたままだった。
「無駄だ。完璧なビリオンス・ヒューマンであるこの私に、欠陥品のビリオンス・ヒューマンであるお前が勝てる訳がないのだ」
「ぐっ!」
ジョーは呻いた。その時、カタリーナがピティレスを構え、間髪入れずにブランデンブルグを撃った。しかしブランデンブルグはスッと消え、次の瞬間カタリーナの右手をねじ上げていた。
「きゃっ!」
カタリーナの右手が痙攣し、ピティレスを落とした。ジョーか振り向き、ストラッグルを撃った。ブランデンブルグは首をスッと傾けて光束をかわした。彼はニヤリとして、
「アウス・バッフェンにすら勝てなかったお前が、この私に勝てるはずもないな」
「……!」
ジョーは驚いてブランデンブルグを見た。
( 何故こいつはこうも俺の事を知っていやがるんだ? )
ルイはその頃宇宙港にいた。彼はブランデンブルグの力によって操られていた。彼は自分の艦に乗り込むとラルミーク星系第4番惑星を飛び立った。
やがてルイの艦は大気圏を離脱し、ジャンピング航法に入った。彼の眼は、死人のような眼だった。
ブランデンブルグはカタリーナの右手を放し、
「今はお前と戦うつもりはない。私はお前を殺したくないのでな」
「何だと!?」
ブランデンブルグの自信過剰とも思える言葉に、ジョーは怒りを露にした。ブランデンブルグはフッと笑い、
「お前にはそのうち私の腹心の部下になってもらおうと思っているのだ。宇宙全域を完全に支配するためにな」
「言ってくれるじゃねえか、てめえ」
ジョーはストラッグルをホルスターに戻した。カタリーナはサッとジョーの方へ走り、彼にすがりついた。
「今は戦うつもりはない。いずれはお前を完膚なきまでに叩きのめし、私の前に跪かせてやるがな」
ブランデンブルグはスッと消えた。カタリーナはビックリして、
「消えたわ!」
「いや、奴は人間の眼の盲点を利用して動いたんだ。だから俺達には消えたように見えたんだ」
ジョーは言った。
( とんでもねえ奴が現れた。あのヤロウ、一体何を考えているんだ? )
「ジョー!」
そこへバルトロメーウスが走って来た。ジョーはバルトロメーウスを見て、
「どうした?」
「ルイがこの星を出て行ったそうだ。それから、今フレッドがマリー・クサヴァーとかいう女と宇宙港にいる」
「マリー・クサヴァーって、テリーザさんの?」
カタリーナが口を挟んだ。バルトロメーウスは頷いて、
「そうです。どうやらルイはバッフェンのところに行ったらしい」
「バッフェンの?」
ジョーとカタリーナは同時にそう言った。
「ああ。マリーって女の話じゃ、ジョーを殺させないためにバッフェンを倒しに行ったって事だ」
「奴じゃバッフェンに勝てねえ。バッフェンは完全なビリオンス・ヒューマンと言われた男だ」
ジョーは言った。そして彼は走り出した。慌ててバルトロメーウスとカタリーナが彼を追った。
「どこへ?」
カタリーナが尋ねた。ジョーは振り返らずに、
「ルイを今死なせる訳にはいかねえ」
「えっ!?」
カタリーナとバルトロメーウスは驚いて顔を見合わせた。
( しかし、何故ルイはバッフェンの事に思い当たったんだ? )
ジョーは走りながらそう考えた。
ルイの乗る戦艦ジャーマンは、たちまち帝国国境警備隊を全滅させ、一気に帝国中枢の惑星に接近した。
「ルイ・ド・ジャーマンがここに向かっている?」
バッフェンは親衛隊の本部で隊員から報告を受けていた。
「奴が今更何をしに来たというのだ?」
「不明です。皇帝陛下からのご命令で、我々が出撃する事になりました」
「確かにルイと戦えるのは親衛隊しかないな。私が行こう」
「しかし、隊長自ら出撃されなくても……」
隊員が言うと、バッフェンはその隊員を睨みつけて、
「ルイを侮るな。奴はジョー・ウルフと何度か戦って引き分けに終わっている程の男だ。私の敵ではないが、お前らには勝てん」
と言い捨て、本部を出た。
ジャーマンは宮殿のある惑星の衛星軌道で停止した。ルイは小型艇に乗り込み、大気圏に突入した。
やがて小型艇は宮殿の庭に降り立った。何故か人の気配は全くなく、静まり返っていた。ルイは外に出た。彼の目はまだ虚空を見つめていた。
「さすがだ、ルイ・ド・ジャーマン。よくここまでやって来たな」
バッフェンが姿を現して言った。彼は防弾服に身を固め、ステルスを両脇のホルスターに下げていた。ルイはバッフェンを見た途端我に返った。
「こ、ここは……?」
「何を言っている? お前を生かしておいたのは、誤算だったようだな。この場でステルスの餌食にしてやる!」
バッフェンはステルス2丁を抜き、ルイに向けて連射した。ルイはハッとして素早くステルスの光球をかわした。彼は動きながらストラッグルを抜いた。
「何故私はこんな所にいるのだ?」
ルイはそう呟き、バッフェンを撃った。しかしバッフェンはそれを簡単にかわし、ルイに接近した。ルイはふとマリーの言葉を思い出し、
「貴様がテリーザに妙な事を吹き込んだというのは本当か?」
「だとしたらどうだと言うのだ?」
ストラッグルの光束とステルスの光球が宙を飛び交った。
( やはりバッフェンがテリーザを!? )
ルイの顔に怒りが現れた。
「アウス・バッフェン、覚悟!」
バッフェンとルイの間が5m程になった時、ルイはバッフェンを撃った。しかしバッフェンはその光束をスッとかわしてしまった。
「バカな!?」
ルイの思索を破るかのように、バッフェンの右の正拳がルイの顔面に炸裂した。ルイはもんどり打って仰向けに倒れた。
「ルイ・ド・ジャーマン、お前程の男が、私の事を何も知らぬはずはなかろう? 私が何故親衛隊の隊長になったのかを」
「はっ!」
ルイはバッフェンの顔を見上げた。
(そうだ。奴はビリオンス・ヒューマン。帝国で唯一公認され、追放されなかったと聞く……)
ジャーマンのすぐそばに、一隻の小型艦がジャンピングアウトした。ブランデンブルグが乗る艦だった。
「アウス・バッフェンも、それ程ではないようだな」
彼は呟き、
「帝国の宮殿に向かえ。不要な奴を処分する」
と言った。
「むっ?」
バッフェンとルイが同時に空を見上げた。何かが近づいているのを2人は感じていた。
「何だ、この感覚は?」
ルイは眉をひそめた。バッフェンも、
「この圧迫感……。何者だ?」
と呟いた。
「来たか」
ストラード・マウエルはブランデンブルグが接近しているのを感じていた。
「まずはその力、見させてもらおうか」
ストラードはニヤリとした。
ルイとバッフェンは再び撃ち合いを始めた。
「くっ!」
ルイは次第に追いつめられて行った。
(やはり、格が違うというのか……?)
ルイは焦っていた。その時、宮殿にブランデンブルグが降り立った。彼は上空で小型艦を飛び出し、降下して来たのだ。
「何?」
バッフェンは庭に降り立ったブランデンブルグを見た。
( あの男か? )
バッフェンはステルスを撃つのをやめてブランデンブルグを見た。その時、ルイの放ったストラッグルの光束がバッフェンの顔を掠め、右頬から血飛沫が上がった。ルイはビックリしてバッフェンを見た。バッフェンはステルスを投げ出し、
「くっ!」
右頬を押さえた。そして一瞬のうちにルイに接近し、顔面を殴りつけた。ルイは後ろに吹っ飛ばされて倒れてしまった。バッフェンはブランデンブルグを睨みつけ、
「貴様、何者だ?」
ブランデンブルグはフッと笑い、
「アウス・バッフェンだな? 完全なビリオンス・ヒューマンだと思い込んでいるそうだな?」
「何!?」
バッフェンの両手がギュッと握られた。ブランデンブルグはニヤリとして、
「私はナブラスロハ・ブランデンブルグ。名前くらいは知っていよう?」
「何だと!?」
さすがのバッフェンも侵入者の正体を知って度肝を抜かれた。
( 何故奴がここに……? どうして侵入に気づかなかった? )
宇宙港に着いたジョー達を待っていたのは、フレッドとマリーを人質にしたブランデンブルグの配下2人だった。
「ジョー・ウルフ、お前を今この星から出す訳にはいかん」
配下の1人が言った。ジョーはフッと笑って、
「面白い事を言うな」
とストラッグルを抜いた。