第47話 ナブラスロハ・ブランデンブルグ
宇宙でキラキラと輝くものがあった。多くの命が散る時の最後のきらめきなのかも知れない。また一つ。また一つ。
数知れぬ犠牲の後に生き延びるのは、個々の人間ではなく、国家という巨大な組織である。そこでは人格も個性も認められる余地はない。
「私が行くしかなさそうですね」
会議室の垂れ幕のそばにひっそりと立つ男が言った。円卓の一同はハッとしてそちらを見た。男は物陰から現れ、その容貌を明らかにした。カール・ラビーヌ。ドミニークス軍きっての名将と言われた男。年老いて隠居していたが、齢60を越えているにも関わらず、髪は漆黒で眼は生き生きと輝き、骨格はがっしりとし、どう見ても40代である。天才と呼ばれた男は、そう簡単に老いたりはしない。
「閣下が崩御された以上、何としても新共和国をお護りするのが臣下の務め。私めにやらせて下さい」
ラビーヌは跪いて深く頭を下げた。側近が立ち上がり、
「わかった。もはやお前しかおらんようだな、ラビーヌ。行け。そして帝国を叩き潰せ」
「ははっ」
ラビーヌはもう一度深々と頭を下げた。
その頃、帝国でも会議が開かれていた。
「ドミニークス軍を追いつめれば、必ず奴が出て来ます。そうすれば、我々は大きな痛手を食らう事になりましょう」
国境警備隊の隊長が言った。するとバッフェンが、
「ラビーヌが出て来る、という事ですか?」
「そうです。奴が出てくれば、我々警備隊では太刀打ちできません」
バッフェンは目を伏せて、
「ラビーヌの武勇伝は聞いていますがね。10年以上も前の歴戦の勇士が、我々との戦いで勝てると思いますか? いくら奴が天才でも10年のブランクは大きい。それに10年の間に戦争の形態も大きく変わっている」
「確かにバッフェンの言う通りだ。しかしここは一旦警備隊を撤退させる方が良いだろう」
影の宰相の声がした。一同は天井を見た。宰相はさらに、
「ラビーヌは深追いをせぬ男だ。だからこそ負けた事がなかった。今撤退しても、情勢が悪くなる事はない」
と言い添えた。一同は大きく頷いた。
ラルミーク星系第4番惑星の宇宙港の薄汚れた雰囲気に似つかわしくない女が1人立っていた。テリーザの妹、マリーである。彼女はテリーザがこの星で死んだ事を聞きつけ、やって来たのだ。
「姉さん……。ルイ様……」
マリーの本心は、姉テリーザの墓に行く事ではなかった。彼女はルイを探しているのだ。
( 姉さんがいなくなったのだから、私は堂々とルイ様に言える。私の気持ちを……。姉さんには悪いけど )
「はっ!」
マリーの周囲には、いつの間にか柄の悪そうな連中が集まっていた。この星にはマリーのような気品のある若い女はほとんどいない。だから、目につくのだ。
「ネエちゃん、俺達と付き合えよ」
その中の1人が声をかけて来た。その男は片目を眼帯で覆い、長い葉巻をくわえていた。マリーはギクッとして一歩退いた。
「そう怖がるこたねえよ。何も獲って食おうって訳じゃねえんだからよ」
男は軍人崩れらしく、薄汚れた軍服を着ていた。下っ端の1人が、薄気味悪い笑みを口元に浮かべて、マリーに近づいた。
「やめろ」
そいつらの後ろから、男の声がした。眼帯の男が振り向き、
「何だと?」
そこに立っていたのは、大きめのサングラスをかけ、真っ白い軍服に身を包んだ、痩身の男だった。顔はサングラスのためほとんどわからないが、若い男のようだ。
「へっ。青白の美青年かよ。引っ込んでろ」
「やめろと言ったのが、聞こえなかったようだな」
青年はスッと眼帯の男に近づいた。眼帯の男は、
「この命知らずが!」
言うや否や、小銃を出して青年を撃った。ところが青年はいとも簡単にその光束をかわした。これには眼帯の男ばかりでなく、他の連中もマリーも、周囲の人々も仰天した。次の瞬間、青年は眼帯の男のすぐそばにいた。
「ゲッ!」
眼帯の男は度肝を抜かれ、何も出来なかった。青年の電光石火の右拳が眼帯の男の顔に炸裂し、男はもんどりうって仰向けに倒れた。他の連中は青年が顔を向けただけで縮み上がった。眼帯の男は仲間に助け起こされて、転がるようにして逃走した。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
青年はニッコリしてそう尋ねた。マリーは頬を赤らめて、
「は、はい」
青年はマリーに近づき、
「気をつける事です。この星は貴女のような人の来る所ではない」
「はい……」
青年はマリーを見つめて、
「どこへ行かれるのですか?」
「墓地へ。町外れの……。私の姉が眠っているのです」
「お姉さんが……」
青年はサングラスを外した。青年はブランデンブルグ公であった。マリーはブランデンブルグの美しさにドキッとした。
(何て綺麗な人なの……)
マリーはブランデンブルグの美しさに魅了されてしまった。
「何? 帝国が撤退し始めただと?」
司令室に着くなり、ラビーヌはその報告を受け、仰天した。
「どういう事だ、これは?」
「恐らく、将軍の事を恐れての事と思われます」
司令室の監視員の1人が言うと、ラビーヌはキッとその監視員を睨み、
「愚か者め! そのような単純な理由で、帝国が撤退するか!」
さらに、
「何かある。帝国の中枢に、かなりの策士がいるようだ」
すると別の監視員が、
「如何致しましょう?」
「深追いはいかん。こちらも軍を退かせろ。但し、最低限の監視は残しておけ」
「はっ!」
ラビーヌは気に入らないといった顔でスクリーンを睨みつけた。
ジョーは工場の椅子に座ってうたた寝をしていた。その時、彼の頭を槍の如き鋭い電撃が走り、驚いたジョーはハッとして起き上がった。
「何だ?」
そばで作業艇を修理していたフレッドとバルトロメーウスがジョーを見た。
「どうした、ジョー?」
ジョーは周りを見て、
「誰かがこの星に現れた。とてつもないヤロウだ。奴はここに向かっている」
「どういう事だ?」
フレッドが尋ねると、ジョーは、
「俺にわかるのはそこまでだ」
と答えた。
マリーはバーのカウンターでブランデンブルグと話をしていた。
「なるほど。貴女のお姉さんは、ジョー・ウルフという男に関わったために、巻き添えで亡くなられたのですか?」
「はい。私は別に、ジョー・ウルフという人をどうこうしようと思っている訳ではありません。姉の婚約者だった人に会いたいのです」
「ルイ・ド・ジャーマンという男にですか?」
「はい。私はいけないとは思いながらも、あの方の事をずっとお慕いしていました。姉が亡くなった今こそ、私はあの方に自分の思いを告白したいのです」
ブランデンブルグはフッと笑って、
「ルイ・ド・ジャーマンはジョー・ウルフの事で頭がいっぱいです。そのジョー・ウルフが帝国親衛隊の隊長であるアウス・バッフェンに殺されようとしているとしたら、ルイはどうするでしょうね?」
「えっ?」
マリーはギクッとしてブランデンブルグを見た。ブランデンブルグは俯いて、
「アウス・バッフェンは銀河系最強の男。そのバッフェンが、いよいよジョー・ウルフ抹殺に動き出したとしたら?」
「……」
マリーは絶句した。
(もしジョー・ウルフが殺されてしまったら、ルイ様は……)
「しかし、その方がルイを貴女の方に向かせる良い機会になるかも知れませんね」
ブランデンブルグは言った。だがマリーは、
「いいえ。私は姉とは違います。ルイ様にジョー・ウルフを倒してもらいたいのです。男の生き方をわかってあげられる女になりたいのです」
「そうですか」
ブランデンブルグはーニヤリとした。
( やはりこの女、使えるな )
ブランデンブルグは何を企んでいるのか?
その当のルイは全く別の街にいた。彼はテリーザの死のショックから抜け出せないでいた。放心状態の日々が何日も続いた。
「今になってわかる。私にとってお前がどれほど大きな存在だったかが……」
ルイはそう呟きながら、通りを歩いていた。そのルイを追う不気味な服装の男2人がいた。ブランデンブルグの配下のようである。ルイは尾行されている事に全く気づいていなかった。彼は到底ジョーと戦える状態ではなかった。
「テリーザ……」
ルイは空を見上げた。
「報告するか。ルイ・ド・ジャーマン、戦意喪失、と」
1人が言うと、もう1人が、
「それではあの方の計画が水の泡だ。ルイ・ド・ジャーマンをバッフェンにぶつけるというのが、あの方の狙いなのだからな。マリー・クサヴァーがもうすぐあの方とこちらに来る。その時あの女がルイに何を言うかがポイントだ」
と言った。
ルイは空を見上げるのをやめ、歩き出した。その時、彼の前に人が立ちはだかった。彼はハッとして顔を上げた。
「テリーザ?」
ルイはマリーをテリーザだと思って仰天したが、やがて、
「マリー……か?」
眉をひそめて尋ねた。マリーは後ろにいるブランデンブルグをチラッと見てから、
「そうです。マリーです。ルイ様、私、貴方に重要なお話があります」
「重要な話?」
ルイはますます訝しそうにマリーを見た。マリーはルイをジッと見つめて、
「ジョー・ウルフの事です」
ルイは途端に険しい顔つきになり、マリーを睨んだ。後ろにいるブランデンブルグと配下の2人はそれを見てニヤリとした。
「ジョー・ウルフは、アウス・バッフェンに狙われています」
「何!? バッフェンに?」
「そうです。もし、ジョー・ウルフがバッフェンと対決すれば、ジョー・ウルフは必ず殺されてしまいます」
「何が言いたいのだ、マリー?」
ルイは苛立って叫んだ。マリーはルイを見据えて、
「バッフェンを倒すべきです。情報によると、姉さんがこの星に来て死んでしまったのは、元を正せばバッフェンが姉さんに良からぬ事を吹き込んだからだそうです」
ルイはハッとした。
( テリーザが死んだのは、バッフェンのせい? )
「ルイ様、姉さんのためにも、バッフェンを倒して下さい。そしてジョー・ウルフと対決するためにも」
「何故お前はそこまで詳しく知っているのだ?」
ルイはブランデンブルグを睨みつけてマリーに尋ねた。マリーはギクッとして、
「そ、それは……」
ルイはブランデンブルグに近づき、
「貴様は何者だ? ジョー・ウルフ以上に貴様から圧迫感を受ける」
「フフフ……」
ブランデンブルグは目を伏せたままで何も答えなかった。
ジョーは工場の外に出て、街の方を見た。カタリーナが後ろに立った。
「どうしたの、ジョー?」
「何者だ? 俺に圧力をかけて来る奴がいる」
「えっ?」
カタリーナはジョーの顔を覗き込んだ。ジョーはジッと一点を睨みつけていた。