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第46話 ドミニークス軍崩壊への序章

 ドミニークス三世の死によって、銀河の勢力図は大きく塗り替えられた。

 銀河系の大半は帝国領に戻っていた。元トムラー領、元フレンチ領、そしてドミニークス領の辺境域。統率者を失ったドミニークス軍は無惨で、どうにもならない程弱体化していた。

「ドミニークス三世は、後継者を作らずに死んでしまいました。ドミニークス軍はもはや腑抜け共の集まりに過ぎません。一気に叩き潰して、銀河系の完全統一をすべきです、皇帝陛下」

 謁見の間の椅子に座り、1人で物思いに耽るエリザベートに、影の宰相が声をかけた。エリザベートはハッとして、

「そうかも知れませんね。しかし、ドミニークス三世を倒したジョー・ウルフ、どうするつもりですか?」

「奴の事はバッフェンにお任せ下さい、陛下。ジョー・ウルフはバッフェンの部下だったのです。奴はバッフェンからあらゆる殺人のテクニックや銃の使い方を学びました。師匠が弟子に負ける訳がありません」

 影の宰相は答えた。エリザベートは目を伏せて、

「わかりました。バッフェンならきっとうまくやってくれるでしょう」

と言った。


 ドミニークス三世との戦いから、1ヶ月が過ぎた。

 ジョーは完全に回復していた。しかし、何故か右手が思うように動かなくなってしまい、ストラッグルが撃てなくなってしまった。

「医学的には何も支障はないんだがな。一体どうしちまったんだ?」

 フレッドが言った。ジョーは右拳を開閉しながら、

「わからねえ。普通に使う分には何も問題ないんだが、ストラッグルだけが使えない。精神的なものだと思うんだが、自分自身、何が原因なのか、思い当たる事がねえんだ」

「ストラードが原因だろ?」

 フレッドは容赦なく指摘した。ジョーにビクッとした。

「ストラードは最強のビリオンス・ヒューマンと言われた男だ。公式には奴はビリオンス・ヒューマンとは発表してねえが、裏じゃ公然の秘密のように囁かれていた。しかも完全無欠とも言われていた。勝ち目がねえよな」

 フレッドはジョーが怯えているとは思っていなかったが、ビリオンス・ヒューマンだからこそわかる何かをジョーが感じ取っていて、それが具体的にはどんな事なのか不明なので、余計に焦っているのだろうと思っていた。

「昔、敵を欺くために自分の死を隠した奴は多くいたが、死んだと思わせようとした奴の話は聞いた事がねえ。ストラードがどういう意図で死んだふりをしていたのか全くわからねえが、どちらにしても、死んでいねえのなら、奴は全く何も問題がない状態だろう」

 フレッドの言葉にジョーは考え込んだ。

( バッフェンですら今の俺に勝てるかわからねえのに、ストラードまで生きているとなると、皆目見当がつかねえ )

 ジョーは自分でもわかるほど、憔悴し切っていた。


ドミニークス軍の幹部達が、ドミニークス三世の邸の会議室で、円卓を囲んで話し合いをしていた。

「何はともあれ、後継者を選ばねば、いずれ新共和国は滅ぼされましょう。閣下の血縁者はどこにもいらっしゃらないのですか?」

 近衛連隊の隊長が尋ねた。すると側近が、

「残念ながら、閣下には血縁者はいらっしゃらぬ。閣下には奥方様もいず、ご兄弟もおられなかった」

「しかし、先々代、すなわちドミニークス一世の血縁者ならいるはずでは?」

 新共和国の名目上の首相が口を挟んだ。しかし側近は首を横に振り、

「いや。閣下は敵となった血縁者を悉く駆逐した。誰も残っていない」

 一同は静まり返り、顔を見合わせた。側近はさらに、

「こうなった以上、我々が合同して新共和国を復興させねばならぬ。何よりも先に、軍の整備が必要だ。帝国に対抗するためにもな」

「はァ……」

 近衛連隊長、首相、軍関係者2人は、側近を見た。


 宇宙の大海原を進撃するブランデンブルグ軍のブランデンブルグ公の下に、ドミニークス三世の死が伝えられた。

「なるほど。あのドミニークス三世が、ジョー・ウルフと戦って敗れたか。ジョー・ウルフこそが、私が会いたいと感じるビリオンス・ヒューマンの1人なのだな?」

 ブランデンブルグ公は椅子の肘掛けに寄りかかって、側近に尋ねた。側近は片膝を着いて、

「はァ、そのようです」

「ドミニークス亡き後の銀河系はまさに銀河帝国の天下だな。それをそっくり私が頂くとしよう。進撃停止。銀河系の連中が疲れ果てて戦意を喪失するのを待つ」

「はっ!」

 側近は敬礼して答えた。ブランデンブルグ公はフッと笑った。

( 私は無駄で無益な戦いはしない )


 夜になった。

 ジョーは工場の中の椅子に座って、ボンヤリと窓の外を眺めていた。そこにカタリーナが現れた。

「こんなところで何してるの、ジョー?」

 ジョーはカタリーナに気づいてハッとした。彼女の気配を感じない程ボンヤリしていたのだ。カタリーナはジョーの顔を覗き込んで、

「どうしたの?」

 ジョーは目を伏せて、

「いや、別に何でもない」

「バッフェンやストラードの事を考えていたのね?」

「……」

「もういいじゃないの、ジョー。バッフェンやストラードを倒したからと言って、何が得られるの? 何も得られはしないわ」

 するとジョーは立ち上がり、

「人には、損得抜きでやらなきゃならない事があるものさ。あの2人だけは、何が何でもぶっ倒す」

「ジョー……」

 カタリーナはジョーの顔に死相が出ているような気がした。彼女は恐ろしくなって身震いした。


 ドミニークス軍は、新共和国建て直しのために動き出したが、如何ともし難い事が余りにも多くて、どこから手をつけていいのかわからない状態に陥っていた。後継者争いなど本来起こるはずがないのに、ドミニークス三世の遠縁の者であるとか、ドミニークス三世の妾の子であるとか、様々な「後継者候補」が突如として現れた。

「こんな事では、帝国に滅ぼされてしまうぞ。どうすればいいのだ?」

 会議室の円卓の席で、側近が怒鳴った。首相が、

「集団指導体制を一刻も早く確立するしかありませんな。閣下が権力を一手に握っておられたために、我々が苦しむ事になったのです」

「つまり、軍の統帥権、行政権、立法権を分離せよ、という事ですかな?

 尋ねたのは連隊長である。首相は頷いて、

「そういう事だ。独裁体制は、健在の時はこれに優る支配体制はない。しかし、一旦これが崩れると、二度と修復できないものなのだ。今は独裁の時期ではない」

「かも知れんな。閣下は偉大な方だったのだ。我々が集まってもどうする事も出来ない事をお一人でされていたのだからな」

 側近は言った。


 ジョーはフレッドの工場の地下室にある射撃練習場にいた。立体映像で現れる光の玉を、ストラッグルで撃つのである。0・15秒級を軽くこなせるはずの彼が、0・3秒級で2発外し、0・2秒級で5発外し、0・15秒級は1発も当てられなかった。ジョーはしばらくの間、ストラッグルを構えたままでいた。

(何て事だ……)

 彼の額を汗が流れた。

「腕が落ちたな、ジョー」

 いつの間にかフレッドがジョーの後ろに立っていた。ジョーはハッとしてストラッグルを下ろし、フレッドを見た。フレッドはジョーの肩に手をかけ、

「焦るな、ジョー。苛立ったままじゃ、正確な射撃はできない」

 ジョーはストラッグルをホルスターに戻し、

「そうだな」

 練習場を出て行った。光の玉が現れ、フレッドがそれを銃で撃った。しかし当たらなかった。彼は肩を竦めて、

「ちょいと荒療治だったが、仕方ないな」

 実はフレッドがレベルゲージをずらしていたのだ。0・3秒級を0・15秒、0・2秒級を0・1秒、0・15秒級を0・05秒にしていた。つまりジョーは0・15秒級で2発外しただけなのだ。多少の動揺はあったが、彼が思っている程腕はおちていなかった。フレッドはゲージを元に戻して、

「普段のジョーなら、この細工に気づくはず。それほどジョーは焦ってる。冷却期間を設けないと、バッフェンにも勝てない」

と呟いた。


 エリザベートは、謁見の間でバッフェンと会っていた。

「ドミニークス軍が動き出したとはどういう事です?」

 このところ、皇帝の職が板につき始めたエリザベートは、落ち着き払ってバッフェンに尋ねた。バッフェンは跪いて、

「ドミニークス三世が死んで乱れると思われたのですが、知恵者がいたようで、少しずつではありますが、統率されつつあるようです」

「つまり、帝国に刃向かうつもり、と見ていいのですね?」

 エリザベートは言った。バッフェンは上目遣いにエリザベートを見て、

「はい。そのようで」

「……」

 エリザベートは肘掛けに肘を載せて頬杖を着き、考え込むように目を閉じかけた。

「仕方ありません。刃向かう以上は討つべきでしょう」

 彼女はそう言って目を開いた。

「はっ」

 バッフェンは深々と頭を下げた。


「何ィッ!? 帝国の国境警備隊が仕掛けて来ただと?」

 部下の報告を受けて、軍の幹部は椅子を倒して立ち上がった。部下はすっかり慌てていて、

「は、はい。いきなり我が領内に発砲して来まして、只今交戦中です」

「停戦の呼びかけはしたのか?」

「ダメです。全く応じようとしません」

「帝国め、我が国を滅ぼすつもりだな。しかしそうはいかん」

 幹部はドンと机を叩いた。そしてサッとその拳を突き出し、

「すぐに軍を投入しろ。反撃だ。返り討ちにしてやれ!」

「はっ!」

 部下は敬礼して踵をカチッと合わせた。


「うわァッ!」

 ドミニークス領と帝国領を隔てる万里の長城の何億倍もの長さの小惑星のバリケードがあちこちで破られ、帝国の警備隊が続々と押し寄せていた。小型艇同士が撃ち合い、爆発があちこちで起こった。完全に虚を突かれた形のドミニークス軍は戦況を不利にし、警備隊の進撃を許してしまった。


「全軍を投入し、何としても食い止めろ。我々は今滅びる訳にはいかんのだ!」

 幹部は机をぶち抜いた拳から血を滴らせて叫んだ。


「帝国が遂にドミニークスを滅ぼしにかかったぞ」

 街に買い物に出ていたバルトロメーウスが、工場で修理をしていたフレッドに言った。フレッドは顔を上げて、

「それで戦況は?」

「帝国が圧倒的に有利だってよ。話にならねえらしい」

「そうか。じゃあ、奴が出て来るな」

「えっ?」

 バルトロメーウスはキョトンとした。フレッドは彼を見上げて、

「忘れたのか、あいつの事を?」

 バルトロメーウスはハッとした。

「まさか……。奴の伝説的な強さは、確かに聞いた事があるけど、でもそいつは10年以上も昔の話だぜ」

「奴が10年程度で錆び付くか?」

 フレッドが眼をギラッとさせた。バルトロメーウスはビクッとして、

「そ、そりゃ、まァ……」

「まァ、そのうちに帝国が返り討ちに遭わされるさ」

 フレッドはニヤリとしてそう言った。

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