第45話 ドミニークス三世死す
ジョーはチラッとストラッグルを見て、
「てめえ、仮病だったのか?」
と ドミニークス三世を睨んだ。ドミニークス三世はニヤリとして、
「いや。儂は本当に病に冒されている。しかし、お前への執念が儂を立ち上がらせたのだ」
右拳を突き出した。ジョーはフッと笑って、
「その乾涸びた身体で、一体何をしようってんだよ?」
「老いたりとは言え、儂も新共和国の当主。何の手立ても講じずに生きて来た訳ではない」
ドミニークス三世の右拳が床をぶち抜いた。ジョーはハッとして後ずさった。
「てめえ、一体?」
「儂か。儂はビリオンス・ヒューマンではない。バルトロメーウス・ブラハマーナと同じ、怪力の持ち主という事だ」
ドミニークス三世はズバンと拳を引き抜いた。ジョーはストラッグルに飛びついた。しかしそれよりも早く、ドミニークス三世が投げたベッドの破片が、ストラッグルを部屋の隅に弾き飛ばしていた。ジョーは只虚しく床を滑っただけだった。
「くそっ!」
彼はドミニークス三世を睨んだ。ドミニークス三世はズッと一歩前に踏み出し、
「貴様だけはこの手で殺してやる。そうでなければ、死んでも死に切れん!」
「てめえなんかに誰が殺されるか!」
ジョーは身構えた。しかし肉弾戦では勝ち目は少なかった。
「死ねっ!」
轟音と共にドミニークス三世が突進して来た。ジョーはドミニークス三世の右拳をかわし、後ろに回り込んだ。
「はっ!」
ジョーの右キックがドミニークス三世の背中に決まり、ドミニークス三世はドオッと床に倒れた。巨体が床を滑り、壁に激突した。壁が音を立てて崩れる中、ドミニークス三世はゆっくりと立ち上がった。ジョーはギョッとして一歩退いた。
「ストラッグルを持たぬ貴様など、儂の敵ではない!」
「だが俺を捕まえなきゃ、何もならねえだろ?」
ドミニークス三世はニヤッとして再び突進した。ジョーは闘牛士のようにドミニークス三世をかわし、再び後ろに回り込んだ。ところがドミニークス三世は急に方向転換し、ジョーに襲いかかって来た。不意を突かれたジョーは、ドミニークス三世の右の突きをまともに胸に食らってしまった。
「ぐわっ!」
前に受けた傷口が開き、血が噴き出した。ドミニークス三世は次に右拳をジョーの顔面に振るった。これもまともに食らったジョーは後ろにもんどりうって倒れた。鼻と口からダラダラと血が流れた。ドミニークス三世はニヤリとしてジョーに近づいた。その時、彼の身に発作が起こった。
「ううっ!」
ドミニークス三世はガクッと右膝を着き、頭を抱えた。ジョーはやっと起き上がると、ストラッグルの方へと走った。
「そうはさせるか!」
ドミニークス三世は汗を流しながらジョーを追いかけ、飛びかかった。
「チイッ!」
ジョーは間一髪でドミニークス三世をかわし、ストラッグルを拾った。ジョーはストラッグルを構えて、
「形勢逆転だな?」
ドミニークス三世はジョーを横目で睨みつけて、
「くそう……」
ジョーはドミニークス三世の眉間を狙った。ストラッグルが吠え、光束がドミニークス三世に向かった。ドミニークス三世は左手で眉間を覆った。光束は左手の甲に当たり、弾けた。ジョーは仰天した。
「何ィッ!?」
ドミニークス三世はニヤリとして、
「ロボテクターは誰の発案だと思っているのかな? この儂だよ、ジョー・ウルフ」
「くっ……」
「この左手にはリフレクトスーツと同じナノ素材が塗ってある。どこから撃っても無駄だぞ、ジョー・ウルフ」
「……」
ジョーの額を汗が伝わった。
(何て事だ……)
「何だって!?」
フレッドはカタリーナからの連絡を受けて仰天していた。モニターに映るカタリーナが、
「何かあると困ると思って連絡したんだけど……」
彼女はフレッドが呆れ顔で見ているのに気づいて、探るような調子で言った。フレッドは溜息を吐いて、
「もう少し早く連絡して欲しかったよ。ジョーの命が危ねえ」
「えっ? どういう事?」
カタリーナは心配そうに尋ねた。フレッドはバルトロメーウスをチラッと見て、
「ドミニークスの狸は、腐っても鯛だって事さ。奴はサシの勝負ならジョーには負けやしねえよ」
「何ですって!?」
「奴がジョーを恐れたのは、バルと会われると自分の命が危ないと思ったからだ。ジョーの射撃の腕とバルの怪力が合わさると、銀河系でそれに勝る力を持つ者はいないからな」
「……」
バルトロメーウスが、
「じゃあ、狸がジョーを殺しちまうって事なのか?」
「ああ。だが情報によると、奴は病んでいるって事だ。もしかすると、今ならジョーに勝ち目があるかも知れん」
フレッドはバルトロメーウスと顔を見合わせた。モニターのカタリーナは悲しそうに俯いた。
「ぐわっ!」
ジョーはドミニークス三世の鉄拳を腹に食らって血を吐いた。次にドミニークス三世の拳がジョーの顎に炸裂した。ジョーはそのまま後ろに吹っ飛ばされた。ストラッグルが右手から離れて床を転がった。
「止めを刺す時が来たようだな、ジョー・ウルフ。貴様の悪運もこれまでだ」
ドミニークス三世の巨体がヌーッとジョーに近づいた。ジョーは顎を摩りながらゆっくりと立ち上がった。
「どうだ、死神が見えて来たろう?」
ドミニークス三世は勝ち誇ったように笑った。しかしまたその時、彼の身体を発作が襲った。
「ぐっ……」
ドミニークス三世は立ち止まり、肩で息をした。ジョーはハッとして立ち上がり、ストラッグルを拾って構えた。ドミニークス三世は喘ぎながらジョーを見た。
「さァ、撃て、ジョー・ウルフ! 儂は病で死ぬより貴様と刺し違える方が良いと考えたのだ」
ジョーは何故か撃とうとしなかった。
( 何かある。こいつが銀河系支配の夢を捨てる訳がねえ )
「どうした、ジョー・ウルフ?」
ドミニークス三世はニヤリとした。
( 撃って来た時が貴様の最期だ。ストラッグルを両手で持っている貴様はまさに無防備だからな )
2人の間にはえも知れぬ緊迫感が漂っていた。ジョーは意を決したように目を見開き、引き金を絞った。光束が宙をつん裂いた。ドミニークス三世は左手で光束を弾き飛ばすと、最後の力を振り絞ってジョーに突進した。それはまさに一瞬の出来事だった。
「死ねっ!」
ドミニークス三世の両手がガシッとジョーの喉元に入った。グイグイと締め付けられて、ジョーはストラッグルを放してしまった。彼の顔から血の気が失せ、唇が変色した。ドミニークス三世の両手にさらに力が入った。ズブズブという音がして、ドミニークス三世の指がジョーの首にめり込み、血がシューッと噴き出した。返り血を浴びながらもドミニークス三世はジョーの首を絞め続けた。
「ぐぐっ……」
ジョーはドミニークス三世の手をなぎ払おうとしていた。
(このまま殺されてたまるか! まだ、バッフェンがいる……)
ジョーはドミニークス三世の腕を掴んだ。
「うおおおおっ!」
ジョーは右キックでドミニークス三世を蹴った。
「うおっ……」
ドミニークス三世はよもや反撃はないと思っていたのか、ジョーの蹴りに怯んでしまった。ジョーはドミニークス三世の両手を振り払い、ストラッグルを拾うと背中のベルトに差した。ドミニークス三世はフッと笑い、
「悪あがきはよせ、ジョー・ウルフ!」
再び突進して来た。ジョーも突進した。ドミニークス三世の右拳がジョーの顔面に向かった。ジョーはそれをかわし、ドミニークス三世の懐に飛び込んだ。
「むっ!?」
ドミニークス三世が逃れようとした時、ジョーはストラッグルを抜き、ドミニークス三世の胸に押し当てた。
「はっ!」
ドミニークス三世は仰天した。胸には何も防備を施していないようだった。ストラッグルが吠え、ドミニークス三世の胸に大きな穴が開いた。
「グワァッ!」
ドミニークス三世はジョーに寄りかかるようにして倒れて来た。ジョーはそれを避けた。巨体が波を打って床に倒れ伏した。ジョーはストラッグルをホルスターに戻すと、部屋を出て行こうとした。すると、虫の息のドミニークス三世が、
「待て、ジョー・ウルフ……」
「まだ生きてやがったのか?」
ジョーは振り向いてドミニークス三世を見下ろした。
「貴様、帝国に行く気だな?」
「……」
ジョーは何も答えなかった。ドミニークス三世は這いつくばって、
「儂に勝てたからと言って……奴に勝てると思うな……。奴はビリオンス・ヒューマン……」
ジョーは背を向けて歩き出した。ドミニークス三世はニヤリとして、
「奴は生きている……。儂にはわかる……」
謎の言葉を残し、絶命した。ジョーはハッとして立ち止まった。
( 奴は生きている? 誰の事だ? )
フレッドは別の艦にバルトロメーウスと共に乗り込み、ドミニークス領付近へジャンピングアウトした。そこにはカタリーナの乗る艦があった。
「カタリーナさん、ジョーはどうした?」
フレッドが通信機で尋ねると、カタリーナは、
「今小型艇で戻って来たわ。酷い怪我をしているの」
「生きているんだな?」
「当たり前でしょ!」
カタリーナの声がスピーカの向こうからキンキンと響いて来た。フレッドは思わず耳を塞いだ。
カタリーナは医務室のベッドに横になっているジョーを見下ろした。ジョーは頭、首、胸に包帯を巻かれていた。
「生きている? 誰の事なのかしら?」
カタリーナはジョーを見て呟いた。ジョーは天井を見たまま、
「誰かわからねえ。狸はそれだけ言うと死んじまったからな……」
カタリーナも思案顔で、
「ビリオンス・ヒューマンだと言ったのなら、限定されるわね。バッフェンの他にビリオンス・ヒューマンはいたかしら?」
ジョーはハッとした。
(まさか……)
彼の脳裡にある人物が浮かんだ。
(1人いやがった。全くそのとおりじゃねえか……。狸の暗示がその事なら、俺はとんでもねえ奴を忘れていた事になる)
「まさか、ジョー……」
カタリーナもジョーと同じ人物に思い当たったようだった。そして、
「でもそれなら辻褄が合うわね。死んだ事になっていて、ビリオンス・ヒューマンであった……」
ジョーはカタリーナを見て頷き、
「間違いねえ。あの男、死んでいなかったんだ。だからこそ……」
「バッフェンだけじゃすまなくなったわね」
カタリーナは薬棚のそばに行って言った。ジョーはカタリーナの方を見て、
「ああ。そうだな」
天井を見た。カタリーナはジョーのそばに戻り、
「貴方はバッフェンと刺し違えちゃいけないわ。あの男を倒すためにも」
「……」
ジョーは無言のままカタリーナを見た。カタリーナは眼に涙を溜めて、
「いいえ、あの男とも刺し違えちゃいけない! そんな事になったら、私はどうすればいいの?」
カタリーナは涙を拭いながら、
「あの男は、貴方が命を捨ててまで倒す程の値打ちはないわ。あの男、ストラード・マウエルは」
ストラード・マウエル。病死したはずの先々代の皇帝が、生きているというのか?