第44話 謎のブランデンブルグ朝
大マゼラン雲。
銀河系から約17万光年離れたところにある不規則小宇宙である。
その大マゼラン雲には、古くから2つの勢力があり、相争いながら発展するという歴史が繰り返されていた。
ところが、別の銀河系から侵略者として現れたブランデンブルグ公国により、大マゼラン雲の二大勢力は瞬く間に滅ぼされ、ブランデンブルグ公国が大マゼラン雲に君臨した。
そして何年かが過ぎ、公国の支配者であるナブラスロハ・ブランデンブルグ公は銀河系に目をつけ、大群を率いて外宇宙を進軍中なのだ。
ブランデンブルグ公国の軍隊は、銀河系の全ての軍隊( 私設軍も含める )を合わせても、到底追いつかない程の規模のものであり、銀河系がブランデンブルグ公によって支配されるのは時間の問題と思えた。
帝国の宮殿の謁見の間で、エリザベートは深刻な顔をして椅子に座っていた。彼女の前には、バッフェンが跪いていた。
「ドミニークス軍のみが残ったとなれば、討たねばなりませんが、ブランデンブルグ公国の進撃が予想以上に早いとなると、ドミニークス軍の戦力も惜しく思われます」
エリザベートが言うと、バッフェンは、
「はい、仰せの通りです。ここは一つ、外敵を撃退するためにも、同盟関係を継続した方がよろしいかと」
「わかりました。そうしなさい。ブランデンブルグ公国にこの銀河系を渡す訳にはいきません」
「はっ」
バッフェンは頭を下げてニヤリとした。
「これからどうするの? フレッドのところに戻る?」
フレッドの艦の操縦室でカタリーナが尋ねた。ジョーはヘルメットを外しながら、
「いや。ドミニークス領に行く」
「何故?」
「バッフェンを殺る前に狸を殺る。バッフェンも許せねえが、狸も許せねえ。それにストラードみたいに殺る前に死なれちゃ困るからな」
「……」
ジョーはヘルメットを座席の肘掛けに引っ掛け、ドサッと座った。カタリーナはジョーを見て、
「私もこのままの方がいいわ。ジョーと2人っきりでいられるんですもの」
「……」
ジョーは無言のままカタリーナを見た。カタリーナは自分が大胆な事を言ったのに気づき、ボッと赤くなって俯いた。ジョーは操縦桿に手をかけて前を睨みつけ、
「ドミニークス領に向けてジャンピング航法!」
と言った。
外宇宙を航行する、一大艦隊があった。その数はまさしく星の数で、何隻あるのかまるでわからない。その中でもきわめて目立つ巨大な艦があった。艦首に大きな竜の頭がある。古めかしい造りだが、その大きさはフレンチステーションに匹敵している。言うまでもなくそれがナブラスロハ・ブランデンブルグ公の乗艦である。
「感じるぞ。銀河系には私に迫るビリオンス・ヒューマン能力を持つ男が2人いる。2人な」
乗艦の司令室のきらびやかな椅子に座っている、若くて美しい男が呟いた。彼がブランデンブルグ公である。美しく澄んだ瞳はまるで湖のようで人を惹きつける魔性の輝きがあった。肌の色艶も男とは思えない程きめが細かく、輝いていた。ブランデンブルグ公は、
「私を呼んでいる。この2人の男が……。銀河系は大マゼラン雲より攻略は難しいかも知れん」
フッと笑った。妖艶な笑みであった。彼の周りにいる部下達は皆同じ顔をしており、目には瞳がなく白目だけだ。その上顔は白に近い灰色で、髪は黄ばんだような白である。化け物の集まりとしか思えない人間達である。
この薄気味悪い連中こそ、ブランデンブルグ公国を宇宙最大の軍団にしたのだ。彼らは人間なら誰にでもある人を思いやる心が全くない。つまり人間ではないのである。彼らには感情がない。よって死を恐れる事もない。人を殺す事も厭わない。およそ人智の及ぶところではないような恐るべき戦闘要員である。
「何で追いかけないんだよ、じいさん!」
工場でバルトロメーウスが喚き散らしていた。フレッドは耳を塞いで、
「喧しい奴だな。お前、無粋過ぎるぞ」
「えっ?」
バルトロメーウスはキョトンとした。フレッドはククッと笑って、
「たまには2人っきりにしてやろうや。カップルの邪魔するなんざ、野暮ってもんだ」
「ああ、そうか」
バルトロメーウスは頭を掻いた。フレッドはニヤッとして、
「それともお前、まだカタリーナさんに惚れてるのか?」
「バ、バカヤロウ!」
バルトロメーウスは真っ赤になって怒鳴った。フレッドは大笑いである。
「何!? バカな!」
ドミニークス軍の司令官は、部下の報告に耳を疑った。部下はギクッとして一歩退いた。
「ジョー・ウルフが現れただと? 奴がどうしてここへ来るんだ?」
「しかし、現に……」
部下はスクリーンを指差した。そこにはフレッドの艦が映っていた。司令官は、
「あれはフレッド・ベルトの艦だ。ジョー・ウルフが乗っているとは限らん!」
「ですが、奴はフレンチステーションから脱出してあの艦に乗ったのです。時間的に考えて、奴が乗っている確率はかなり高いかと……」
「……!」
司令官は通信マイクを鷲掴みにして、
「全軍、出撃準備! 相手はジョー・ウルフだ。心してかかれ!」
と叫んだ。
ドミニークス三世もジョー・ウルフ出現を病床で側近から聞いていた。
「そうか……。やはり奴は現れたか……。儂に死の臭いが漂っているのを奴は気づいたのだな」
「まさか……」
「いや、奴ならそれがわかる。奴は恐らく銀河系一のビリオンス・ヒューマンのはずだ」
ドミニークス三世は目を伏せて言った。そしてフッと笑い、
「このまま病で朽ち果てるよりも、奴に討たれる方が良いかも知れぬ」
側近は青い顔をしてドミニークス三世を見ていた。
その頃、ブランデンブルグ公は側近から銀河系の近況報告を受けていた。
「なるほど。まだ戦乱が続いているのか。予想以上に乱れているようだな、銀河系は」
「はい。如何致しましょう?」
側近が尋ねると、ブランデンブルグ公は、
「様子を見るとしよう。連中が互いに潰し合ってくれれば、こちらも手間が省けて助かる」
「はっ。そのようで」
側近は深々と頭を下げた。ブランデンブルグ公はフッと笑い、椅子の背もたれに寄りかかった。そして、
「しかし、早く会いたいものだ、2人のビリオンス・ヒューマンに」
と呟いた。
ドミニークス領では、ジョーの小型艇とドミニークス軍との間で、壮絶な戦いが繰り広げられていた。
ストラッグルが次々に戦艦の装甲を貫き、撃破した。ジョーの小型艇は砲火とミサイルの間を縫うように飛んだ。
「てめら雑魚に用はねえ!」
ジョーは艦隊を強行突破し、ドミニークス三世がいる人工惑星を目指した。後方から艦隊の追撃が始まった。
「狸め、どこだ?」
ジョーは攻撃をかわしながら、密集する人工惑星を見渡した。その中に他より一周り大きい人工惑星があった。
「あれか?」
小型艇はその惑星に接近した。
「また罠かも知れねえか?」
ジョーは以前騙された事を思い出したが、
「たとえ罠でも、逃げられるよりはマシか」
さらに近づいた。
「ジョー・ウルフをあの人工惑星に近づかせるな! 閣下のお命、何としてもお守りするのだ!」
司令官は通信機に叫んだ。
砲火とミサイルが嵐のようにジョーの小型艇に降り注いだ。ジョーはそれを巧みにかいくぐり、ミサイルで反撃しながら、人工惑星に向かった。
「狸めっ!」
ジョーはストラッグルで北極の入り口を破壊し、中に突入した。今度は惑星内部の攻撃が始まった。
「ちっ!」
ジョーはストラッグルを連射し、砲塔やミサイルランチャーを次々に破壊した。やがて前方にドミニークス三世の邸が見えて来た。
「あそこが狸の……」
その時、前方から無数のミサイルが乱れ飛んで来た。ジョーはそれをかわし、ストラッグルを邸に撃ち込んだ。しかし邸は磁気バリアに守られており、光束はねじ曲げられてしまった。
「ダメか」
ジョーは小型艇を邸の外に着陸させ、外に出た。周囲には誰もいないが、殺気が漂っていた。ジョーはストラッグルを構え、邸に近づいた。ジョーからは死角になっている壁や柱、屋根の上、木の陰などに近衛兵が潜んでおり、ジョーを狙っていた。
次の瞬間、幾筋もの光束が走り、ドサドサッと人の倒れる音がした。倒れたのは3人の近衛兵で、ジョーは邸に向かっていた。残りの5人の近衛兵は、サッとその場から姿を消した。
ジョーは邸の玄関から中に入り、高い天井の、広く長い廊下を進んだ。やはり周囲から殺気が漂っている。天井から5人の近衛兵が舞い降りて来た。ジョーはストラッグルで3人を撃ち、着地した残り2人の銃撃をかわし、ストラッグルで撃ち倒した。ジョーはストラッグルをホルスターに戻し、廊下をさらに奥へと進んだ。
やがて彼はT字路に出た。どちらがドミニークス三世の部屋に通じているのか、わからない。
「畜生、どっちだ?」
ジョーはストラッグルを構え、まず左を撃った。しかし反撃がない。次に右を撃った。すると途端に反撃が来た。
「こっちか」
ジョーはフッと笑い、右へと進んだ。再び光束がジョーを襲った。ジョーは壁に張りつき、前進した。足音がし、また光束がよぎった。
「うるせえ奴らだ!」
ストラッグルが吠え、人の倒れる音がした。ジョーはそのまま前進し、倒れている近衛兵の横を通り過ぎた。その時1人が立ち上がり、銃を構えた。しかしそれより早くジョーが振り向き、近衛兵を撃っていた。その近衛兵は、他の2人に重なるように倒れた。
その頃カタリーナは1人で操縦室にいた。彼女は寂しそうだった。
「やっぱりいくら怒られても、ついて行けば良かった……」
彼女は手持ち無沙汰に、席の肘掛けで指を動かした。そして、
「フレッド達に連絡を取ってみよう。何かあると困るから」
通信機に向かった。
ジョーは遂にドミニークス三世の部屋の前に来ていた。彼の後方には、幾人もの近衛兵が倒れていた。
「この扉の向こうに奴がいるのか」
ジョーは扉を蹴飛ばして開いた。中から眩しいくらいの光が漏れて来て、彼は一瞬目を覆った。やっと目が慣れると、その向こうにドミニークス三世の横たわる巨大なベッドが見えた。ジョーは警戒しながら中に入った。
「来たか、ジョー・ウルフ」
ベッドからドミニークス三世の声がした。ジョーはニヤリとして、
「来たぜ、狸」
ジョーはベッドに駆け寄り、
「病人だからって容赦はしねえぞ。てめえはぶっ殺す!」
下がっているカーテンをむしり取った。しかしそこに寝ていたのは、人形であった。
「くっ!」
ジョーは咄嗟に罠だと感じた。しかし何も起こらない。
「どこだ、狸!?」
「ここだ」
ベッドの下からヌーッと大きな手が現れ、ジョーの足首を掴むと、彼を引き倒してしまった。
「うわっ!」
ジョーは倒れた拍子にストラッグルを投げ出してしまった。バキバキバキッとベッドが真っ二つに割れて、ドミニークス三世の巨体がその下から現れた。
「何だと!?」
「フハハハハハッ! 待っていたぞ、ジョー・ウルフ!」
ドミニークス三世の眼がギラッと光った。