第41話 テリーザ・クサヴァー愛に死す
その日の夜、フレッドの工場の周囲に黒い影が飛び交った。言うまでもなく、軽身隊である。正面から渡り合ったのでは勝てないと判断した彼らは、夜、皆が寝静まった頃を見計らってジョーを暗殺しようと考えた。もとより、ジョー達が不寝番を立てていることは承知していたが、それは別に問題にならなかった。
「来やがったな」
工場で見張っていたバルトロメーウスが呟いた。
ジョーは自分の部屋のベッドに入り、ストラッグルを手にしていた。フレッドもベッドの中で小銃を手にしており、カタリーナはテリーザを寝かせて、自分は毛布に包まってピティレスを構えていた。
「やはり戻って来たか」
ルイが建物の陰から軽身隊の動きを見ていた。
(ジョー・ウルフが殺されるとは思えん。しかし……)
ルイの脳裡をテリーザの顔がよぎった。ルイはハッとした。
(バカな……。私はテリーザの事など心配していない……)
ルイはストラッグルをホルスターから抜き、工場に近づいた。
一方軽身隊は隊長の合図で、工場、ジョーの部屋、フレッドの部屋、カタリーナの部屋の窓をぶち破って中に侵入した。テリーザが目を覚まして悲鳴を上げた。カタリーナはバッと毛布を投げ、ピティレスで軽身隊を撃った。流動物弾である。しかし軽身隊はそれをかわしてしまった。弾丸は壁に当たって弾けた。カタリーナは軽身隊の1人にピティレスを蹴り上げられた。
「くっ!」
もう1人の軽身隊がピティレスを拾い上げ、カタリーナの額に押し当てた。軽身隊は躊躇せずに引き金を引いた。しかし弾丸も光束も出なかった。カタリーナはフッと笑って軽身隊の顎を蹴った。軍靴の爪先は鋼製である。さすがの軽身隊も、
「ぐわっ!」
と叫んで倒れた。もう1人がカタリーナを羽交い締めにした。カタリーナは軽身隊の右手の人差し指と中指を両手で掴み、思い切り開いた。いくら身体を鍛えていても、指を無理に開かれては堪らない。
「ギャッ!」
軽身隊は右手を押さえてカタリーナから離れた。カタリーナはピティレスを拾った。しかし軽身隊は銃が壊れていると思ったのか、ニヤリとして無防備のままであった。しかしピティレスは光束を放った。軽身隊はそれをまともに喰らい、後ろに倒れた。カタリーナは溜息を吐いてから、
「大丈夫?」
テリーザを見た。テリーザは唖然としていたが、
「え、ええ……」
と答えた。
ジョーとフレッドもうまくやったらしく、カタリーナの部屋に来た。フレッドが、
「無事か、二人共?」
「ええ、無事よ」
カタリーナが答えた。ジョーは廊下に出て、
「バルはどうしたんだ?」
「大丈夫じゃろう」
フレッドが応じた。そこへバルトロメーウスが現れた。彼は右頬に痣を作っていた。
「何だ、お前殴られたのか?」
フレッドが言うと、バルトロメーウスは苛立たしそうに、
「ああ、そうだよ。ったく、頭に来るぜ」
するとジョーが、
「連中はもっと来ているはずだ。油断するなよ」
「わかってる」
4人は銃を構えた。カタリーナは小銃をテリーザに渡し、
「私が防ぎ切れない時は使って」
「はい」
テリーザは震えながら小銃を受け取った。その時、窓から軽身隊が飛び込んで来たが、すでに胸を撃ち抜かれていた。軽身隊は、そのままドサッと床に倒れた。ジョーは銃痕を見て、
「こいつは零距離射撃だ。ストラッグルだな」
カタリーナが咄嗟に、
「ルイが来ているのね?」
テリーザはハッとして窓の外を見た。そこには確かにルイが立っていた。彼は星明かりにボンヤリと照らし出されていた。
「ルイ……」
テリーザは嬉しそうに言った。しかしルイはテリーザを無視して、
「ジョー・ウルフ、中にいては不利だ。外に出ろ。奴らは閉所でその実力を発揮するのだからな」
ジョーに言った。ジョーはルイを見て、
「ご忠告ありがとうよ。だがこっちにも考えがあるんでね」
ルイはニヤリとしたが、気配を感じて後ろを向き、ストラッグルを連射した。軽身隊が3人倒れた。しかし気絶しただけである。ルイは再びジョーを見て、
「わかった。私はこれで引き上げる」
闇の中に消えた。しかし彼は立ち去ってしまった訳ではなかった。
「そんなところに隠れてねえで出て来やがれ」
ジョーは外に向かって言った。すると軽身隊が3人現れ、気絶していた3人を起こして、一斉に窓から飛び込んで来た。
「おいでなすったな!」
バルトロメーウスの右ストレートが1人に決まり、後ろにいた1人を巻き込んで倒れた。ジョーは軽身隊の蹴りや突きをかわしながら、ストラッグルを軽身隊の喉に押し当てて撃った。零距離射撃なら、スーツに施されている特殊コーティングも通用しない。軽身隊は喉に風穴を開けられて倒れた。テリーザはカタリーナに庇われながらも小銃を構えて撃った。一発が軽身隊の1人の顔に当たり、流動物を拡散させた。
「この!」
フレッドもすばしこく動く1人を狙って撃った。しかし当たらない。するとバルトロメーウスが、
「じいさん、邪魔だ!」
逃げ回る軽身隊の顔面を両側から左右のフックで殴った。軽身隊はよろけたが、次の瞬間、バルトロメーウスの顎にキックをくれていた。バルトロメーウスは思わず仰け反り、後ろに倒れた。ジョーはもう1人を零距離射撃で倒すと、バルトロメーウスとフレッドの救援に向かった。ジョーは、
「あと3人!」
ストラッグルを構え、バルトロメーウスに馬乗りになっている軽身隊を撃った。軽身隊はそれをかわし、天井まで飛び上がると反動をつけてジョーに蹴りかかって来た。ジョーはそれをさっと避けてストラッグルをその軽身隊の背中に押し当て、撃った。軽身隊はそのまま床に落ちた。ジョーはカタリーナ達の方を見て、
「あと2人か」
カタリーナとテリーザは、軽身隊2人に部屋の隅へと追いつめられていた。カタリーナはともかく、疲労しているテリーザは息も絶え絶えであった。軽身隊の1人が飛び上がった。すると窓の外から光束が走り、軽身隊の頭を吹き飛ばした。首を失った胴体が、ドオッと床に落ちた。もう1人の軽身隊はギクッとして窓の方を見た。また光束が走り、その軽身隊は胸を撃ち抜かれて倒れた。
「ルイね。ルイがいるのね!?」
カタリーナが憤然として言った。ジョーは窓の方に目をやり、
「特殊弾薬をこんな狭い所で使うとは、大した自信だな」
ルイが窓の近くに現れて、
「私は標的を外した事はない。お前を除いてな」
ジョーを睨んだ。ジョーはフッと笑った。
軽身隊の隊長は宇宙港の脇にある小屋の中で部下の報告を受けていた。
「何? 15人も送り込んだのに、全員やられただと?」
隊長は激怒して言った。部下はビクビクして、
「はァ。それに予想外の男が現れまして……」
「予想外の男?」
隊長は眉をひそめた。そして、
「誰だ?」
「ルイ・ド・ジャーマンです」
「何!? 何故奴が……」
「フレッド・ベルトの工場に奴の恋人だったテリーザ・クサヴァーがいる事が確認されています。それで……」
「なるほど」
隊長は顎を撫でながらニヤリとした。そして、
「わかった。それではテリーザ・クサヴァーを使って、ルイ・ド・ジャーマンにいらぬ事をした礼をしようではないか」
と言った。
ルイは客室に通されていた。彼が1人で部屋の中を見回していると、
「隠しカメラも盗聴器も仕掛けてないわよ、ルイ」
カタリーナが入って来て言った。ルイはフッと笑って、
「お前1人か?」
「そうよ。私、貴方に話があるのよ」
「話?」
ルイは訝しそうな顔でカタリーナを見た。カタリーナは窓に近づいて、
「私、同じ女として、テリーザさんに対する貴方の態度に我慢がてぎないの。どうしてあんなに冷たくするの?」
「余計なお世話だ。お前には関係ない」
ルイは冷静な口調で言った。カタリーナはムッとして振り向き、
「じゃあ訊くけど、貴方はどうしてテリーザさんと婚約していたの?」
「答える必要はないと思うがな」
ルイは言い返した。
2人がいる客室のドアの前に、軽身隊が3人立っていた。
「ルイ・ド・ジャーマン、テリーザ・クサヴァーを血祭りに上げて、貴様が邪魔をした礼をさせてもらうぞ」
1人が残り、1人が走り出した。残った1人はドアノブに手をかけた。バッと開くと、その軽身隊員は中に飛び込んだ。カタリーナとルイは、ハッとして軽身隊員を見た。軽身隊員は右手を突き出して、
「ルイ・ド・ジャーマン、邪魔をした礼をさせてもらう!」
ルイに突きを繰り出した。ルイはそれをかわし、ストラッグルに手をやったが、軽身隊員の方が動きが速く、ストラッグルを蹴り上げられてしまった。
「くっ!」
ストラッグルが宙を舞った。軽身隊がそれを取ろうとジャンプすると、光束がストラッグルを弾いた。ストラッグルは壁に当たって落ちた。ルイと軽身隊はハッとしてカタリーナを見た。カタリーナはピティレスを構えて、
「私は2人のどっちも撃ちたい心境なのよ」
銃声を聞きつけて、フレッドとバルトロメーウスが来た。軽身隊は不利と悟るや、窓を破って逃走した。
「ジョーは?」
カタリーナがフレッドに尋ねた。
「テリーザさんの所だ。軽身隊は一人じゃ来ないからな」
「……!」
カタリーナはフレッドとバルトロメーウスを押しのけて廊下に出た。
テリーザはベッドに横たわっていたが、気配を感じて起きた。ベッドの脇に2人の軽身隊員が立っているのが見えた。
「はっ!」
テリーザは驚いてベッドから出た。1人の軽身隊員がテリーザに掴みかかろうとした時、光束が軽身隊員の手を弾いた。
「くっ!」
軽身隊は光束が来た方を見た。ドアの所にジョーが立っていた。
「何してるんだよ、てめえらは?」
軽身隊は一瞬怯んだが、すぐに1人がテリーザの胸に右手を突き立てた。テリーザはギクッとした。
「この女を殺されたくなかったら、ストラッグルを捨てて我々に大人しく殺されるんだ、ジョー・ウルフ!」
ジョーは無言のままストラッグルを下げかけた。その時テリーザがグッと身を乗り出し、自ら軽身隊の手刀を胸にグサリと突き立てた。これにはジョーばかりてなく、駆けつけたカタリーナ、そして軽身隊の2人も驚いた。ジョーはすぐに気を取り直し、軽身隊を素早くストラッグルで撃ち、気絶させた。カタリーナはテリーザに駆け寄り、倒れかけた彼女を支えた。カタリーナが、
「何故こんな事を?」
テリーザはニッコリして、
「私にとって大事なのはルイ……。そしてそのルイが必死になって追っているのが彼……」
ジョーを指差した。ジョーはストラッグルをホルスターに戻した。そこへルイとフレッドとバルトロメーウスが来た。
「テリーザ!」
ルイもテリーザの胸が真っ赤に染まっているのを見て驚愕し、彼女に駆け寄った。テリーザはルイを見て弱々しく微笑み、
「ルイ……。貴方のために死ねるのよ……。嬉しいわ……」
「どういう意味だ?」
ルイはテリーザを抱きかかえた。カタリーナはそっとそばを離れた。テリーザは目を閉じて、
「私はジョー・ウルフを助けたの……。貴方のために……」
「何をバカな事を言っているんだ!」
ルイはテリーザが錯乱していると思った。彼女はもう一度微笑んで、
「ルイ……。最後のお願いを聞いて……。マリーを……マリーを……」
と言うと、目を閉じた。テリーザの身体から力が抜けて行くのをルイははっきりと感じた。
「バカな……」
ルイはそう呟き、目を閉じた。