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第39話 過去に刺さった棘

 ドミニークス三世は、遂に病床に伏せていた。天蓋付きの巨大なベッドに、その巨体が埋もれていた。

「帝国打倒どころか、ジョー・ウルフの始末もつけられぬまま、儂は逝ってしまうのか……」

 ドミニークス三世は、霞む目で天井を見つめたまま呟いた。

「ジョー・ウルフ……。少なくとも奴だけは、儂が生きているうちに……。考えようによっては、奴はブランデンブルグ以上の脅威かも知れん」

 ドミニークス三世は目を閉じた。

「ストラード……。貴様は本当に死んだのか? 貴様が帝国を操っているとしか思えん。それとも影の宰相が、貴様の知恵袋だったのか?」

 太い眉が寄り、眉間に深い皺が出来た。


 ジェット・メーカーとの戦いから1週間が過ぎた。ジョーは驚異的な回復力で、すっかり傷が癒えていた。

「どうしたの、ジョー?」

 部屋の中で、ぼんやりと窓の外を眺めているジョーを見て、カタリーナが声をかけた。ジョーはカタリーナを見て、

「ジェットの事を考えていた。奴はあんたを愛していたと言っていた」

 カタリーナはギクッとして、

「まさか……。あいつは私に酷い事をしたわ。貴方をおびき出すために私を監禁したのよ。そんな男が私の事を愛していたなんて……」

 身震いした。

「歪んだ愛情はそういう発言の仕方をする。奴はあんたの事を本当に愛していたようだった」

 ジョーは目を伏せて言い添えた。カタリーナはジョーの隣に立ち、

「もうやめて……。あんな男の事は思い出したくないわ」

 ジョーは窓の外に再び目を向け、

「俺とあんたが婚約したのは、親同士が決めていたからだった。古めかしい伝統を引き継ぐ旧家同士だったからな。あんたはそれで良かったのか?」

「ええ、良かったわ。親同士が決めた事だったけど、婚約には同意していたわ。だからこそ帝国軍の士官学校に入学したのよ。貴方と一緒に仕事がしたかったから」

 カタリーナはニッコリして答えた。そしてさらに、

「ジョーはどうだったの? 貴方は私と婚約する事に何の抵抗もなかったの?」

 ジョーはビクッとして部屋から出て行こうとした。カタリーナはダッと駆け出してドアの前に立ち塞がり、

「待ってよ。いつも貴方はそうやって誤摩化すのね。幸せだったあの頃もそうだった。卑怯よ、ジョー。私に尋ねるだけで、自分は何も答えないなんて」

 ジョーは苦笑いして、

「わかったよ。俺の負けだ、カタリーナ。俺だって嫌々婚約した訳じゃない。これでいいだろう?」

 ドアを開いて出て行ってしまった。カタリーナはプリプリして、

「全く、もう!」

 でも彼女は少しだけ嬉しくなった。


 ドミニークス三世は、医師の診察を受けていた。診療器具を片づけている医師に、

「儂はあとどれくらい生きられるのだ?」

 医師はビックリして、

「閣下、何をおっしゃるのです? まだまだ閣下は心配ございませんよ」

 するとドミニークス三世はニヤリとして、

「嘘は吐くな。儂は自分の寿命を見極めた上で、これからの生活を考えようと思っているのだ。正直に言ってくれ」

 医師は俯いてしばらく何も言わなかった。ドミニークス三世も黙っていた。

 長い沈黙の時が流れた。

「閣下のお命は、長くてあと3ヶ月です。しかし、悪くすれば、1ヶ月保たないかも知れません」

 医師は沈痛そうな顔で言った。

「フフフ……。なるほど、そうか」

 ドミニークス三世は目を伏せた。医師は続けた。

「申し訳ございません。私達の診療技術が未熟なために……」

「もう良い。お前達の責任ではない。儂が病を隠していたせいだ」

 ドミニークス三世はフッと笑って言った。

( 1ヶ月かも知れん命なら、過去に刺さった棘、一刻も早く取り除かねばなるまい )


 ジョーは工場にいた。そこへフレッドがやって来た。

「ジェット・メーカーとの間に何があったのか知らんが、奴は間違いなく死んだのかね?」

とフレッドが尋ねると、ジョーは彼を見て、

「ああ。小惑星諸共宇宙の塵になったよ。哀れな奴だった」

 フレッドは工具入れの中をガチャガチャとかき回しながら、

「何にしても、1人あんたの命を狙う奴が減った訳だな」

「ああ。だが、今度ばかりはあまりにも後味が悪かった」

「……」

 ジョーはそのまま工場を出て通りに向かった。フレッドは黙ってジョーを見送った。


「何? それは本当か?」

 ベスドムは、ステーションの居室で、ドミニークス三世がジョー・ウルフ抹殺協定締結を申し入れて来た事を知らさせ、我が耳を疑った。部下は深々と頭を下げて、

「はい。ジョー・ウルフを抹殺してくれたら、今後一切フレンチ領には軍事力を行使しないと言って来ております」

「うーむ」

 ベスドムは椅子に沈み込んで考えた。

 確かにドミニークス軍の脅威が消えるのは、今後の帝国攻略にプラスになる。しかし、もしジョー・ウルフ抹殺に失敗したら……。裏を返せば、ドミニークス軍はフレンチ領に軍事侵攻する、という事になる。

「非常に申し上げにくい事なのですが、もしこの申し出を受け入れない場合は、それ相応の措置を取らせてもらうとの事です」

 部下は言い添えた。ベスドムは憤然として、

「それでは脅迫ではないか!?」

「そういう事になります」

 部下は再び頭を下げた。ベスドムは額に手を当てて、

「ステーションの修理のためと軍の立て直しのためにも、時間を稼がねばならん。申し出を受け入れる事にする」

「わかりました。早速返信致します」

 部下は退室した。


 ドミニークス三世は、ベスドムが申し出を受け入れた事を聞いた。

「そうか。奴らにはまだ我が軍の衰退は知られていないようだな。とにかく、一刻も早くジョー・ウルフを殺すように念を押しておけ」

「はっ!」

 側近は敬礼して居室を出て行った。ドミニークス三世はベッドに横たわってニヤリとした。


 ジョーは通りの一角に人だかりが出来ているのに気づいたが、別に近づきもせず、通り過ぎようとした。その時、人だかりの中から、

「身分証だ。テリーザ・クサヴァー。帝国の人間だぞ」

という声が聞こえたので、ハッとして立ち止まった。

( テリーザ・クサヴァーというと、ルイの……)

 彼は野次馬達をかき分けてテリーザに近づいた。彼女はそこに倒れていた。

「知り合いかね?」

 テリーザの身分証を見ていた男が尋ねた。医者のようだ。ジョーは頷いて、

「ああ。引き取らせてもらうよ」

「そりゃ良かった。身体に異常は認められないから、只の疲労だろう。一日栄養を取って安静にすれば大丈夫だ」

「そうかい」

 ジョーは身分証を受け取るとテリーザを背負わせてもらい、フレッドの工場に戻り始めた。

( 何故あんなところで倒れていたんだ? )

 ジョーはテリーザに疑問を抱いた。


 カタリーナはジョーがまた1人でどこかに行ってしまったのではないかと思い、工場を出て港の方へ向かっていた。すると港の方からジョーが女性を背負って歩いて来るのが見えた。カタリーナはビックリして、

「ジョー、その女の人は誰!?」

 問い詰めるような口調で尋ねた。ジョーはテリーザの顔をチラッと見てから、

「テリーザ・クサヴァー。ルイの恋人だ」

「えっ? ルイ、の?」

 カタリーナは自分の早とちりがジョーに気づかれていないようだったのでホッとしたが、少しだけ赤くなってしまった。

( 私、何を考えてんのよ! )

 ジョーがそんな男ではないとわかっているつもりでも、つい疑ってしまった自分が恥ずかしかったのだ。


 テリーザはカタリーナの部屋のベッドに寝かされた。バルトロメーウスが、

「何で助けたんだ? この女は、ジョーの命を狙っているんだぜ」

 カタリーナはそれを聞いてギクッとした。ジョーは、

「ルイには借りがあるんでね。奴は俺の貸しを返したつもりらしいが、俺にとっちゃ返してもらった以上の事だったからな」

 カタリーナはテリーザの顔を濡れたタオルで拭いながら、

「この(ひと)、どうしてこの星にいたの? ジョーをまだ狙っているのかしら?」

「いや。それはもう諦めたさ。ルイがこの星にいるらしいので、奴を捜していたんだろう」

「……」

 フレッドが横合いから、

「有り金が尽きてたみたいだよ。この星じゃ、帝国の身分証は何の役にも立たない。稼ぐ事ができない女は、この(ひと)みたいに倒れて死にかける道しかないからな」

 身分証を眺めた。カタリーナはジョーを見て、

「ルイはこの(ひと)がこの星にいる事を知らないの?」

「知っているかも知れないが、会うつもりはないんだろう。だから彼女は疲れ果てて倒れちまったのさ」

「そう……」

 カタリーナは悲しそうにテリーザを見つめた。


 ルイはその頃宇宙港にいた。彼はラルミーク星系を出ようとしていた。

( ジョー・ウルフと戦って相討ちなら今でも出来よう。しかし私は勝ちたいのだ。刺し違えたい訳ではない )

 その時彼は目の前を通り過ぎて行く黒装束の一団に気づいた。全部で20人はいた。

( 何者だ? )

 ルイは思わず黒装束達を追った。

「むっ?」

 黒装束の一団は人混みの中、フレッドの工場の方向を目指していた。ルイはハッとした。

( こいつらの目的はジョー・ウルフなのか。しかし一体何者……? )

 ルイが考え込んでいると、黒装束の一団はルイの視界から消えた。

「ジョー・ウルフが目的なら、私にとっては邪魔者だな」

 ルイはフレッドの工場に向かって走り出した。そこにテリーザがいるとは夢にも思わずに。


「ルイ……。ルイ……」

 テリーザはうなされながらそう呟いていた。部屋にはカタリーナだけがいた。

「可哀想な(ひと)……」

 カタリーナはテリーザの額の汗をタオルで拭った。

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