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第38話 狼(ジョー) VS 狐(ジェット)

 2人の間合いが少しずつ詰まっていた。ジョーはジェットを睨んだまま、右前へと進んだ。ジェットもジョーを睨みつけて右前へと進んだ。

「署長が俺にはお前を倒せんと言った。しかし俺はそうは思わない」

「署長の言ってる事が正しいぜ、ジェット。てめえは士官学校時代も劣等生だったからな」

 ジョーが挑発すると、ジェットは目を見開いて、

「黙れ、ジョー・ウルフ! 俺も腕を上げた。貴様に完敗する程間抜けではない」

「そうかい」

 2人は相手の隙を狙っていた。しかしお互い手を出せないでいた。もちろんそれぞれ理由は違っていた。ジョーはジェットの奥の手を警戒していたからで、ジェットはジョーのストラッグルの弾薬が特殊弾薬でなければ作戦は成功しないと考えていたからだ。

「ちっ!」

 ジェットは作戦を開始するため、右前方の大きな岩山に向かった。ジョーはストラッグルを構えてそれを追った。

( さァ、撃って来い、ジョー・ウルフ。俺は何も自分の命を惜しんではいない )

 ジェットの作戦とは、まさに捨て身の作戦だったのである。


 その頃カタリーナとバルトロメーウスとフレッドは、宇宙港にいた。

「ジョーは小型艇でこの星を飛び立ったらしい。恐らくフレンチステーションに向かったのじゃろう」

とフレッドが言うと、カタリーナが、

「すぐに行きましょう。彼はまだ傷が治り切っていないのよ」

「ああ」

 3人はフレッドの艦に乗り込むと、すぐさま第4番惑星を飛び立った。

「ジョー、無事でいて」

 カタリーナはシートで祈った。


 ジェット・メーカーは目的の岩山の前に立ち、ジョーを見た。ジョーは思わず撃つのを躊躇った。ジェットの顔が自信に満ちていたからである。彼は勝利を確信しているようだった。しかもそれには、少しも過信が感じられなかった。

( 何だ? 何がこいつをここまで自信満々にしているんだ? )

 ジョーは不思議に思った。その時、胸の傷がズキンと痛んだ。

「くっ……。今になって……」

 ヘルメットまで血が上がって来た。血の玉がジョーの顔に当たって弾けた。

( 縫合した所が開いちまったのか……)

 ジョーの顔が苦痛に歪んだ。ジェット・メーカーはそれに気づき、

「どうやら手負いのようだな、ジョー・ウルフ?」

「……」

「その傷の痛み、すぐに消してやろう」

 ジェットはニヤリとして言った。彼はジョーが撃てないのを知ると、スタバンを岩山に向けた。

「何のつもりだ?」

 ジョーは息をやっとしながら尋ねた。ジェットは目を伏せて、

「この岩山は爆薬の塊だ。スタバン一発だけでこの小惑星が吹っ飛ぶ」

「てめえも死ぬぞ」

 ジョーが言うと、ジェットは目を開いて、

「覚悟の上だ。貴様と刺し違えられるのなら、本望だ」

 スタバンの引き金に指を掛けた。ジョーもストラッグルを構えた。ジェットはフッと笑い、

「貴様が撃てば、この岩山を貫くのは必至だ。撃てはしないだろう、ジョー・ウルフ?」

 ジョーは無言のままストラッグルの狙いを付けた。ところが目が霞んでジェットがぼんやりとし始めた。

「く……」

 ジョーは目をこする事もできず、頭を振った。胸に激痛が走る。ジョーは遂に膝を折り、地面に着いてしまった。

「フハハハ、無様だな、ジョー・ウルフ。貴様は今まで多くの敵を倒し、目に見えぬ血を全身に浴びているのだ。その血の怨念が貴様を死に追いやるのだ!」

 ジェット・メーカーは大声で言った。ジョーは半目を開いてジェットを見上げ、

「狂ったか、ジェット?」

「狂ってなどいない。勝利に酔いしれているだけだ」

「哀れな奴だな」

 ジェットの眼がギラッと光ってジョーを睨みつけた。彼は一歩踏み出して、

「何だと? 哀れな奴だと!?」

 ジョーはフッと笑って、

「そうさ。てめえには好きな女もいねえし、腹を割って話せる友人もいねえ。いつ死んだっていい身。哀れだよな」

 ジェットはその言葉に激怒した。

「黙れ、ジョー・ウルフ! 貴様だってそれは同じ事だ!」

「違うな。俺には好きな女も腹を割って話せる友人もいる。てめえとは全然違うよ」

「貴様ァッ!」

 スタバンがジョーに向けられた。ジョーはニヤリとしてストラッグルを下げた。スタバンが唸った。しかしジョーはすでにそこにはいず、右に走っていた。ジェットの後ろから岩山が外れた。彼の後ろは宇宙の闇になった。ストラッグルが吠えた。ジェットの右手首が撃ち抜かれ、スタバンが弾け飛んだ。

「ギャッ!」

 ジェットの右手から血が噴き出し、すぐに凍結した。

「ううっ……」

 ジェットはベルトから医療用のテープを取り出し、右手に巻きつけた。彼は自嘲して、

「ジョー・ウルフ、貴様、俺には好きな女も腹を割って話せる友人もいないと言ったな。しかし好きな女はいるぞ」

「何?」

 ジョーは眉をひそめた。ジェットはニヤリとして、

「カタリーナだ。カタリーナ・パンサー。いや、カタリーナ・エルメナール・カークラインハルトだ」

「……」

 ジョーは唖然としていた。ジェットは続けた。

「彼女とは士官学校で同期生だった。もちろん彼女には貴様と言う婚約者がいる事は承知していた。大抵の奴は、貴様とカタリーナを争う事をせずに身を引いていた。しかし俺は違った。何としても貴様からカタリーナを奪い取ってやろうと考えたんだ」

 ジョーはストラッグルをホルスターに戻した。

「彼女は神々しいという形容詞が当てはまる程美しかった。それまで出世欲にばかり囚われていた俺が、生まれて初めて心を奪われた女性だった」

 ジェットの顔に懐かしそうな笑みが浮かんだ。

「そこで俺はカタリーナの親父さんと結託し、貴様を帝国から追放する事を考えた。そしてある日、貴様がビリオンス・ヒューマンだという事を知った。ビリオンス・ヒューマン追放令が出て、10日程の事だった。俺とカタリーナの親父は、すぐさまそれを枢密院に密告し、貴様の親父を銃殺してもらい、貴様を帝国から追放してもらったんだ。貴様の命は俺が助けてやった」

「どういう意味だ?」

 ジョーが尋ねた。ジェットは狡猾に笑い、

「貴様はいつか俺がこの手で殺してやろうと思ったからだ。ところがそれは逆効果になってしまった。貴様が帝国を追放されるや否や、カタリーナも行方をくらました。カタリーナが家を出てしまったので彼女の親父は狂乱気味になり、遂に軍の職を退いた。カタリーナは貴様がドミニークス軍にいる事を知ると、一旦帝国に戻った。しかし彼女もまた貴様と婚約していたという理由で、帝国を追放されてしまった」

 ジョーは無表情にジェットを見ていた。ジェットは左手をギュッと握りしめて、

「俺は貴様を怨んだ。全て貴様のせいだ。貴様がカタリーナと婚約していたために、悲劇は起こったのだ!」

「身勝手な言い分だな」

 ジョーは目を伏せて言った。

「うるさい!」

 ジェットはスタバンのところへ駆け寄ると、

「ハハハ、これで貴様も終わりだ、ジョー・ウルフ!」

 スタバンを拾い上げ、岩山を狙った。ジョーのストラッグルがジェットの左胸を貫いた。ジェットは口から血を吐き、スタバンを持ったまま左へドサッと倒れた。ジョーはジェットに近づいた。ジェットはまだ息絶えていなかった。彼はニヤリとして、

「俺の負けだ、ジョー・ウルフ。やっぱり署長の言う通りだった……」

「わかるのが遅過ぎたな、ジェット」

 ジョーは喋るたびに胸が痛むのに気づいた。

( 肺に血が入ったのか? )

「だがな、カタリーナへの愛は、お前に負けてはいなかった。俺は本当に彼女を愛していた。彼女を囮にして貴様を釣ろうとしたのも、彼女の前で貴様を倒したかったからだ」

 ジェットは目を閉じた。声も途切れ途切れになって来た。

「俺は……俺は……犬死には……せん……」

 左手がスタバンを持ち上げ、岩山を狙った。そして撃った。ジェットはその時息絶えた。岩山はスタバンの光束で崩壊し、ゴゴゴッと地鳴りを起こして揺れ始めた。ジョーはやっとの思いで岩山から離れ、自分の小型艇に向かった。

「間に合わねえか……」

 岩山は遂に爆発した。小惑星全体に亀裂が走り、誘爆が起こった。ジョーはようやく小型艇に辿り着くと、爆発の中、小惑星を飛び立った。

「ジェット……。哀れな奴だ……」

 ジョーは砕け散る小惑星を見た。その時、小型艇の前方にフレッドの艦が現れた。

「フレッド……。どうしてここが?」

 ジョーは呟いた。


「どうだい、カタリーナさん。儂の上げたGPSは? ジョーの小型艇の位置を見事に探し当てたじゃろ?」

 フレットが操縦席で得意満面で言った。カタリーナは副操縦席でニッコリして、

「そうね」

と答えた。


 ジェットが死んだ事を部下から報告された秘密警察署長は、

「バカめ。あれほど言ったのにな……。まァ、奴はそれで良かったのかも知れんがな」

 そしてすぐにそれを枢密院に上申した。枢密院は各セクションからの報告書をまとめ、エリザベートに提出した。


「ジェット・メーカー戦死……。ジョー・ウルフに負けたのですか?」

 エリザベートは沈痛な面持ちで尋ねた。枢密院幹部は跪いて、

「はい、そうです」

「彼とて超一流の戦士だったと聞いています。それなのに、ジョー・ウルフには勝てないのですか……」

 枢密院幹部は恐縮して、

「誠にもって、侮り難い存在です」

「……」

 エリザベートは悲しそうに目を伏せた。

「どうすればいいのでしょう?」

 彼女は独り言とも問いかけとも取れる言葉を発した。幹部は、

「はァ……」

 ただ頭を深々と下げるしかなかった。


 ジョーはフレッドの艦の医務室で手当を受けていた。カタリーナがジョーの胸に止血剤をスプレーしていると、

「カタリーナ、ジェットの事を覚えているか? 士官学校時代の時の?」

「少しはね。それがどうかしたの?」

「いや、別に……」

 フレッドとバルトロメーウスは気を利かせて医務室を出ていた。カタリーナはジョーの顔に顔を近づけて、

「もう無茶はやめてね」

 ジョーはフッと笑って、

「それは約束できねえな」

「どうして?」

「俺の運命の半分は、他人が握っているからさ。どうにもならない部分をね」

 ジョーは目を伏せて言った。カタリーナは何か言い返そうとしたが、ジョーの顔が悲しそうだったので何も言わなかった。

( ジョー……。ジェットと何があったの? )

 カタリーナは何となくだが、自分が関係しているのではないかと思った。

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